「TWIGGY.」の人気美容師・松浦美穂が振り返る30年 「愛を持って人と人をつなげることが未来につながる」

ヘア&メイクアップアーティストとしても活躍する人気美容師・松浦美穂が代表を務めるヘアサロン「TWIGGY.(ツイギー)」は1990年に東京のマンションの一室からスタートし、2020年に30周年を迎えた。栄枯盛衰が激しいヘアサロン業界において、ブレずに独自の立ち位置を貫き、現在でも多くのモデルや俳優、文化人などからの信頼も厚い。昨年10月には『情熱大陸』にも出演し、そのヘアデザインへのこだわりも話題となった。コロナ禍で一時は休業を余儀なくされるなど、ヘアサロン業界にとっても2020年は激動の年となり、ヘアサロンの価値を見つめ直したという松浦。設立30周年を迎えた今の想いを聞いた。

——「TWIGGY.」は2020年にサロン設立30周年を迎えました。振り返ってみてどんな30年でしたか?

松浦美穂(以下、松浦):いろいろとありましたが、30年やってきて言えることは、常に挑戦すること、「このままではいけない」と変化を恐れなかったこと、そして「人と人とをつなげる」こと、この3つはずっとやり続けてきました。「人と人とをつなげる」といってもビジネスとしてだけではなく、「この人とこの人をつなげたら、奇跡的な温もりのある何かが始まる」という喜びもあります 。愛を持って、人と人をつなぐことが未来につながるとずっと感じていますし、それが本来の「サロン」の形なのではないか? と思っています。

価値観って、モノを中心に考える人と、人を中心に考える人がいて、30年間私がブレなかったのは、人を中心にいつも考えてきたこと。そこだけは譲らなかった。30年もやっていると、私が意図していないところで美容室ビジネスの競争みたいなものに巻き込まれそうになるのですが、ずっとその軸がブレなかったからこそ、今も続けていられるんだと思います。

特に2011年3月11日以降、共感されることも増え、自分の考えは間違っていなかったと自信につながっています。昨年は新型コロナの影響で一時休業もしたのですが、改めて自分のメッセージや立ち位置を見直すきっかけになり、これから自分がやるべきことが、わりとクリアに見えてきました。「TWIGGY.」が30周年、私自身も還暦を迎え、1周したというか、また新たなスタートが切れるっていうワクワクした気持ちでいます。

TWIGGY.」30周年記念ムービー

——松浦さん自身の考え方でこの30年で変化したことはありますか?

松浦:やることはどんどん変化しているのですが、考え方はずっと変わらないです。これはロンドンから帰国してずっと考えていることなんですが、東洋の中庸*的な考え方は大事にした方がいいと思っています。1980年代後半にロンドンに行った時に、「日本はモノマネ文化。もっと日本のオリジナリティを大切にした方がいいよ」って言われて、帰国して「TWIGGY.」を始めてからは「オリジナリティとは何か」をずっと考えてきました。「中庸」は東洋的であり、すごく日本的でもある。今の世の中、二極化が進み、分断という言葉もよく聞くようになってきて、改めて中庸的な考えを見直すのも必要な時期なのかなと感じています。

*偏ることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること

中庸的といっても中途半端でいいということではなく、そうあるためには自分で考えることがより大切で。これだけ情報が多いと、人の意見に流されてしまうし、そこに自分の意志がなくて人の言葉につられてばかりだと自分を見失ってしまう。ヘアサロン業界でも成功するための秘訣みたいな情報がいろいろとありますが、美容師だったらまずは、1人1人のお客さまに向き合って、その人の気分や容姿に合ったヘアスタイルを提供することが大切。そうして1人1人が自分で考えビジョンを持つスタッフがそろったサロンがたくさん出てきたらいいなと思います。

——自分で考えることは確かに必要なことですね。一方で最近は「わかりやすさ」が重視されて、さまざまなものがなるべく自分で考えなくていいように作られています。

松浦:でも、結局ラクをしたら、それが最後には自分に返ってくるんです。自分独自の考えを持ったら、そこには自分にしかない答えがある。ラクな方に行きたかったら行けばいいと思うけど、そうじゃない生き方を選ぶ人がいたっていい。ちょっと前まで、そういうのがパンクだと思っていたんですが、今はそういう人達が増えてきているなと思いますね。私がおすすめするのは、「長いものに巻かれることで安心する生き方」より、「中庸な生き方」。それを楽しんでほしいし、そちらサイドの応援団長でいたいと思っています。

「ご自愛ください」って言葉があって、私がやっている「ユメドリーミン」というブランドからも昨年7月にグロス&パフューム「i(愛)」を発売したんですが、「ご自愛」って100人いたら100人が異なる受け取り方をすると思うんです。「自分を愛することってどういうことなのか」、私も答えを持っていないし、答えは自分自身にしかない。どこを信じたら自分を好きになれるのか、「自己愛」でうぶぼれるのではなく、「自愛」で自分を大切にすることが大事なんです。

今は人生が長いから20代、30代でピークを迎えたら、50代、60代はきつくなる。年を取ってラクするために今があるって考えは、平成で終わった。令和は死ぬまで楽しもう、死ぬ前日まで楽しく生きようという考えになってきたと思っています。その方が生き生きしていられる。私のキャリアになってくると、伝えていくことの重要性も感じています。知っているだけでなく、実行していくことが、未来への指針になるので、経験だけはしっかりと伝えていきたいです。

スターは作るものではなく、自然と生まれるもの

——1990年代にはカリスマブームなど、ヘア業界にもさまざまなトレンドがありました。その中でも、「TWIGGY.」はトレンドに左右されず、独自の立ち位置でやっていますね。

松浦:そのカリスマ美容師ブームの時に当時人気だったテレビ番組『シザーズリーグ』からオファーをいただいたこともありますが、まだ小さな美容室で1店舗主義の私は「有名」になることより、サロンのスタッフとお客さまの「喜び」を考えました。私としては、スターは自然に生まれるべきもので、無理やりスターは作らない方がいいと思っていました。あの時に調子に乗らなくてよかったなと思いますね(笑)。当時もカリスマ美容師ってもてはやされて、そこで調子こいてたらまずいよって思っていました。

そもそもそ美容の世界で順位を争うことは意味がないし、いいヘアスタイルなんて、それぞれの価値観でいいと思っています。それが人間らしさだと思うのに、なんで勝つとか負けるとかになるんだろうってずっと疑問に感じています。そういうのがあると、どうしても人と比較しちゃうし、そこを気にしないで生きられるようにできれば、もう少しラクに自分の道を行けるのに。ヘアスタイルの「トレンド」は、追うことではなく、「見つけ出す」「作り出す」ことなのではないでしょうか。

——松浦さんは2003年のヘアケアブランド「アヴェダ」が日本に進出した際にはアーティスティックディレクターに就任するなど、いち早くオーガニック製品やその考えを取り入れていました。ここ10年ほどで日本でもオーガニックという考えは浸透してきましたが、松浦さんが最初に興味を持ったのは、どういったきっかけがあったんですか?

松浦:ロンドンに留学した時に、ナディアという友達に出会ったのがきっかけです。彼女は西洋のハーブにも詳しかったんですが、一方で東洋医学を学んでいて。「日本人よりもロンドンに住んでいるイタリア人の方が東洋医学に詳しいのはまずい」と思って、それで私も日本に戻って東洋医学について勉強を始めました。そこから気功やアーユルヴェーダ、鍼灸、漢方など、この30年ずっと学んだり、試したりして経験してきました。あと、32年前に子供を産んで、そこで未来を考えるようになったことも大きかったです。「美容」もホリスティックであるべき! と……。「美容」と「健康」がイコールになった時でしたね。

——最近は、ファッションやビューティの分野でも「サステナビリティ」が注目されるようになってきたことに関しては、どの様にとらえていますか?

松浦:「サステナビリティ」という言葉がここまで流行るのは、良い世の中になっているからだと思います。だってそのために、私達はずっと言い続けてきたので。流行ること自体は悪くなくて、ただその言葉に忠実な勉強をしたら、経験を積んでほしいと思います。「サステナブルな生活」を目指すのはいいですが、自分が楽しいと思う気持ちでやる方がいいし、苦しいのに続けるべきではないと思います。正しいと思うけど向いてないから何か別の方法に変えられないかとか、そこで立ち止まって考えることも大事です。「地球環境」のために、自分が不健康になったら「サステナブル」ではないですからね。

「サステナブル」って循環だから、まず自分の循環を良くしないといけない。自分の循環が悪いのに、それが正しいと言い切っちゃいけないと思っているし、実行することは大事だけど、本当に自分の心に聞いてね、って。難しいことだけど、1回1回立ち止まろうねって思います。そういう自分の見つめ直しは、1年に1度くらいはやった方がいい。そうすることで自分を大切にできるし、同じように地球環境を見直せるのではないかと思うのです。

——コロナ禍での美容室の在り方は変わりましたか?

松浦:緊急事態宣言が出される前日の4月6〜19日までは休業しました。それはコロナについて調べないといけなかったから。休業中に知り合いの医師の方々から情報をいただいて、どうすればいいか考えました。そうして判断できる材料を持っておくのは、美容室のオーナーとしては大事なこと。他の美容室の動向とかは関係なく、どう運営していくか、それは自分達で判断すべきことだと思います。

再開後は、席数も半分以下から始めて、秋からは8割ほどで営業しています。医療と美容、美容と病院はつながるべきだと私は思っています。だから、これからの美容師は医療的なこともある程度は知っておいた方がいいし、どこかで医師や病院とつながっていくことも必要なのかなと感じています。その上で、ホリスティック的な要素を取り入れて、経験することが、これからの美容師には必要だと信じています。だって長生きする世の中になっていくのですから。

楽しむことだけ考えてきたら30年経っていた

——話題を変えて、オリジナルブランド「ユメドリーミン」について。2011年に登場して、現在はラインアップもかなり充実していますね。

松浦:ラインアップは幅広くといっても、ヘア関連のものしか作らないようにしています。やはり美容師が作るものだから、髪の毛に特化して、その人にしかできないことをやろうと。あとは、やはり国産の素材を使用することにもこだわっています。普通だとより売り上げを伸ばすために、スキンケアなども作ったり、あれもこれもみたいに考えがちなんですが、そこは一度立ち止まって、「美容師にできることは何か」って考えるべき時期にきたと思います。もう「モノ」はそんなにいらないですから……。

——最後に、30周年を迎えて、今後の展望を教えてください。

松浦:生き抜くことです。その上で1年1年がちょっとずつ楽しくなるのが目標。今年は昨年よりも少し楽しければいいし、昨年の自分より少しでも成長していたらそれでいいと思っています。

私の場合は3年後、5年後にどうなっていたいとかまったく目標を立てないんです。30年前に「TWIGGY.」を立ち上げたのはマンションの一室だったけど、その時から目標を持たずに、どうやったら楽しいだろうって考えて挑戦していたら、いつのまにか30年経っていました。そうして楽しむことだけは本気でやってきました(笑)。それで何とかなるんだから、若い人達も「楽しい挑戦」を大事にして、生きてほしいですね。

松浦美穂
「TWIGGY.」オーナースタイリスト。美容師、ヘア&メイクアップアーティストを経て、1988年に渡英。1990年、帰国後にヘアサロン「ツイギー」を設立。サロンワークに加え、雑誌、広告、ショーなどヘアアーティストとしても幅広く活動。2003年の「アヴェダ」日本上陸に伴いアーティスティック ディレクターに就任し、5年に渡り商品開発アドバイスやヘアスタイル提案を行う。2011年、人間本来の「自然治癒力」に着目し、国産にこだわったヘアケアプロダクツ「ユメドリーミン エピキュリアン」、2016年には「ツイ」を発表。ナチュラルな中に革新的な要素を加えることをテーマとし、一人ひとりの個性に応じた美容、健康、ファッションを、ヘアスタイルとともに提案していくことを心掛けている。また、サロンにはオーガニックカフェを併設、2018年夏よりサロンの電力を100%自然電力に変更。2019年サロン2Fにギャラリースペース「Flat101」をオープンし、「サステナブル」をテーマにさまざまなイベントを開催している。「健康」と「美容」と「地球環境」を軸に活動の場を広げている。
Instagram:@twiggy.miho

■TWIGGY.
住所:東京都渋谷区神宮前3-35-7
営業時間:月・木10:00-19:00、水・金11:00-20:00、土11:00-19:00、日・祝10:00-18:00
定休日:火曜日
TEL:03-6413-1590
https://twiggy.co.jp
Instagram:@twiggytokyo
Instagram:@yumedreaming

Photography Hironori Sakunaga

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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