予想を裏切るシルエット、“かたち”を愉しむ。 「テリアカ」濱田明日香が生み出すユニークな挑戦

われわれの生活に不可欠な要素である衣食住の「衣」。ステイホームが続く中で、世界的にファッションの楽しみ方が急変している。ドイツのベルリンを拠点に活動する「テリアカ」デザイナーの濱田明日香は展覧会や出版物を通して「服を着ることの楽しさ」を提唱してきた。モードにユーモアとアートを掛け合わせたようなデザインで、着る者の心をワクワクさせる不思議なパワーがある。

自身初となるニットにフォーカスした『かたちのニット』を制作し、YOUTUBEチャンネル「ASUKA CREATIVE STUDIO」をスタートさせた。『かたちのニット』を主軸に今までの展示作品から、濱田の服に対する意識を探る。

――『かたちのニット』、とても興味深く拝見しました。最初の見開きには平面にニットが置かれ、並んだ様子が化学の教科書や図鑑みたいでおもしろいなぁと(「テリアカ」の名前も万能解毒剤という意味があってちょっと化学的ですよね)。遊び心みたいなものは今回のニットだけでなく、濱田さんの作る洋服に共通する魅力だと思います。濱田さんが最近おもしろいと思った出来事などがあれば教えてください。

濱田明日香(以下、濱田):コロナで出歩けないこともあって、おもしろい出来事にはなかなか出くわさないので、家でできる遊びをしてますが、ふざけるのは大好きなので、クッキーの生地で陶芸してみたりとか、クッキーの概念からどれだけ外れられるかみたいな遊びをするのは楽しいですね。小さい頃もホットケーキを丸く焼くんじゃなくて線画のようにホットプレートに絵を描いて焼いたりして、食べ物で遊ぶな、とよく怒られましたけど、服作りにしてもそういう遊びから新しいことやおもしろいことが生まれてくる気がします。

――『かたちのニット』はご自身初のニット本とのことですが、出版しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

濱田:実は1冊目の本『かたちの服』を出版した時から、これをニットで作ったらおもしろいだろうなと思っていて、5年前くらいから構想はありました。ニットの作品を作るにはなんせ時間がかかるので、十分な時間が取れるタイミングを待っていたら今になったという感じです。

――『かたちのニット』に掲載されている“かたち”は、ニット特有の柔らかさによって実現できたものばかりだと思います。今回の制作において特に意識した部分、またニットだからこそ大変だった部分があれば教えてください。

濱田:そうですね、袖が変な方向についたセーターなんかはまさにニットだから実現できた“かたち”だったりします。編み模様に凝った本はたくさんあるので、ファッションデザイナーである私だからこそ追求できる、おもしろいパターンとシンプルな編地と色との組み合わせで、ニットの新しい可能性を追求したいと思いました。

大変だったのはやはり編むのに時間がかかったことですね。編みながらデザインを変えていくこともあるので、1~2日かけて編んだものをほどくこともざらにありました。

――「編み物の作る工程が楽しい」と過去のインタビューで答えられていたのですが、黙々と編み物をしているときって集中力が必要となるので、ちょっと瞑想にも似てるなぁと。濱田さん自身は何かに没頭して取り組むのが得意なほうでしょうか? 私は頭の中で、あれやこれやと考えてしまって集中力に欠けるので、没頭できる人に憧れてしまいます。

濱田:編み物は編んでいる間、無心になれるという意味では瞑想に近いかもしれませんね。もちろん私の場合は既存の図案を黙々と編む、というよりは模様の出方や“かたち”がかわいいかなど、デザインを考えながら編むので無心にはなれないんですけど、お察しの通り何かをやり始めたら没頭するタイプです。もうちょっとこうしてみたらおもしろいんじゃないかとか、こうやってみたらどうなるだろう、とか探究心が人より強いのかもしれません。なので、ゲームとかにはまってしまうと、永遠にやってしまうので人生終わります。

――濱田さんは「テリアカ」でさまざまな“かたち”を追求されていますが、学生時代でもブランドを始めてからでも、研究の方向性が決まった転機のような作品があれば教えてください。

濱田:“かたち”の追求というよりは、引いたパターンとそれを人が身につけた時のシルエットの変化に興味があるという感じですね。企業デザイナーをしていた頃は紙にデザイン画を書く仕事だったので、自分が見たことあるもの以上のものをデザインすることに限界を感じていました。ロンドン芸術大学に通って学生に戻ったことで、自分で布を触って、立体でデザインしていく時間ができて、要は布で彫刻作品を作るような作業をデザインに取り入れてから可能性が広がったような感覚はありました。大学の課題はほぼ無視して、自分の研究したいことをやっていましたね。

――以前の展覧会で、梯子やベッドシーツ、クッションなど“もののかたち”を人が着ることによってまた違うシルエットが出現するのがおもしろいなと思いました。ニットはより一層、“かたち”の変化が豊かだなあと着用写真を見ていて思いました。普段から“もののかたち”を濱田さんは意識してるのでしょうか?「これを服にしたらおもしろそうだな……」など、どんなふうにインスピレーション源を集めているのか、プロセスを知りたいです。

濱田:服とは本来、身体を包むためのものであって、人間から形を取って人間にピッタリの服を作るというのが本来の服作りの正解だと思います。でも私は服はただ機能的なだけの布ではなく、人が着られる造形物だと思っているので、不必要なところに変なボリュームがあったり、動くことで布が引っ張られて動いたり、そういうことに興味があるんですよね。なので、人間の形から離れるという意味で、ソファーカバーとか人間以外が“着ている”ものに目を向けることもありますし、服からなるべく遠いアートやダンス、映画とかを積極的に観て、いろんなクリエイターが物事をどう見ているのかをリサーチすることもあります。インスピレーション源が服から遠ければ遠いほど、自分も新しい発見がある気がします。形を特別に意識しているというよりは、布で表現できるものの可能性を考えているんだと思います。

――ファッションのトレンドからは距離をおいている濱田さんですが、展覧会やコレクションを発表する際のテーマはどんなことを意識して決めていますか?

濱田:トレンドをリサーチしてその波に乗っかるというのがわかりやすいアパレルビジネスですけど、流行りからの逆算ではなく、私が今興味あることをいかにおもしろいと思ってもらうかというのが作品を発表する時の課題です。
見る人を置いてけぼりにする虚しさとか悲しさはアートをやっていた時に身にしみてわかっていることなので、私の表現と世間の溝を埋めながら、ぎりぎりのラインで自分を出しまくることを意識しています。なので美術館などの展示は特に、おじいちゃんが来ても子どもが来てもおもしろいと思ってもらえるテーマに落とし込みますし、コレクションも私が考えていることを伝えやすくするための言葉を選ぶ感じで制作しています。

テーマが先にあってものを作ることは少ないですね。自分でも言葉にできないもの作りの時間が先にあって、みんなが作品を見やすくなる言葉をあとから探す感じ。見つかった言葉からインスピレーションを受けてさらにクリエイションが広がることもありますが、明確なテーマは作っていくうちにしか出てこないので、説明するのが難しいです。

――「テリアカ」の服は置いた状態だと一見服に見えないからこそ、「着たらどんな“かたち”になるんだろう?」というワクワクがあります。『かたちのニット』の前書きにも「enjoy!」とありましたが、「テリアカ」の魅力の1つは「服を着ることの楽しさ」を改めて感じられる点だと思っています。濱田さんが「服を着ることの楽しさ」を感じたエピソードがあれば教えてください。

濱田:そこが伝わっているのは嬉しいです。服っておもしろいってことを伝えたくていろんな活動をしているので。幼稚園の頃、自分が好きな服を着ている時に褒められたりだとか、声をかけてもらったりした経験が楽しかったのは覚えています。やっぱりファッションは表現なので、声をかけたくなるくらいのフックがあるというのは1つの成功というか、服が服以上の仕事をした証明ですよね。

展示会でお客さんが試着するのを眺めながら、やっぱり服はおもしろいなと再認識することもよくあります。一番最近のコレクションでテーブルカバーの形をしたドレスがあるんですけど、妊婦さんが着たらそういう形になるし、自転車に乗った男性が着るとそういう形になるし、着る人で服の形やまとう雰囲気が変わるのも服の楽しさだなと思います。

――「テリアカ」の服は変わった“かたち”でありながら、着ると日常に馴染む服としての“使いやすさ”も兼ね備えているのが素晴らしいなと。濱田さんは作品でもご自身が着用される服でも“使いやすさ”は意識されていますか?

濱田:それはすごく意識しています。展覧会では日常には着られないアイデアの原石みたいな服を作ることもありますし、舞台衣装は作品の世界観の表現になるので話はまた変わってくるんですけど。コレクションの場合は自分が着たいものでないと熱を持って作れないので、思いついた変なアイデアをいかに自分が着たいと思えるレベルに持っていけるか、というのがコレクションを作る時にやっている作業です。日常に馴染んだ、ちょっと変な布のアートというイメージですね。

――「テリアカ」をスタートしてから、自分の中で変化したこと、そしてずっと変わらないことがあれば教えていただきたいです。

濱田:企業デザイナーを辞めて自分でブランドを立ち上げているので、企業デザイナーをしていた時にはできないことをやらないと意味がないと思っています。私がやる意味のあることをやれているか、自分が一番楽しんで作っているかどうか、自分が一番欲しいかどうか、熱を持っておすすめできるかを見失わないように心がけています。

――以前、インタビューで好きな色は赤と答えられていましたが、濱田さんの選ぶ色のニュアンスが絶妙だなあと。ギンガムチェックも色味によってはほっこりしてしまうけれど、濱田さんの選ぶギンガムチェックはクラシックでありながらコンテンポラリーなムードを持っていて。色、そして色の組み合わせのこだわりはありますか?

濱田:色については感覚的に自分が気持ちのいい色合わせを考えているだけなので、言葉で説明するのは難しいのですが、説明できることがあるとしたら、布は色と素材感の掛け合わせなので、色だけではなく素材とのバランスで考えているということでしょうか。リネンやコットンで織られたギンガムチェックはほっこりしますし、化繊で織られたギンガムチェックはシャープさが出る。テキスタイル科出身なので、一見無地に見えて素材感にめちゃくちゃこだわってる、みたいなことを『かたちのニット』で編地をデザインした時にもやっています。

――他のインタビューで「ベルリンはじっくりモノ作りをしたい人には向いている」と話していましたが、その印象は今も変わりませんか? またヨーロッパ全体で新型コロナの被害が深刻になっていると思いますが、ベルリンの街の雰囲気や濱田さんの生活&クリエイションにどんな変化があったと思いますか?

濱田:ベルリンは徐々に忙しい街になってきました。家賃や人件費が上がることはクリエイターから余裕と時間を奪います。自分はまだ余裕のある時期にブランドを始められたのでラッキーなタイミングだったと思いますが、時間と金銭面で余裕があるから好きなことができていたクリエイター達が住みにくい街になって去ってしまうと、街の雰囲気が変わってしまうのでそこは少し心配ではあります。

コロナの影響としては2回目のロックダウンから美術館もシアターも閉まってしまったし、みんな文化的生活に飢えている感じはありますね。ただ、社会全体が強制的にオンラインにかじを切った、その変化のスピードを見て興味深いなと思っています。こういう制限がかけられた環境から新しいことは生まれてくるんだろうなというワクワク感もありますね。

――今はフィジカルの展示なども難しくなってしまいましたが、今後の予定で何か決まっているものがあれば教えてください。

濱田:再燃している編み物を新しい視点で考えるようなプロジェクトが動き始めているのと、糸の老舗メーカー「DARUMA」さんと春夏に発表する新しい糸の開発に取り組んでいます。おもしろい糸ができてきているので楽しみにしてください。あとは自分で何かを作り出すことの尊さを、私が身にしみて知っているので、YOUTUBEも含めてファッションとクリエイションの両方の楽しさを伝えられるような活動も模索中です。

そして2021年秋にはそろそろ展示会をできたらいいなぁとは思っていますね。ベルリンはおしゃれに興味がある人が少ないので、日本に行っておしゃれを楽しんでいる人達を見てわくわくしたいです。やりたいことが多すぎて時間が足りないんですよね。1つひとつのプロジェクトに満足いくまで時間をかけて取り組むタイプなので、発表の速度はけっこう遅いほうですが、これからも気長に活動を見守っていただけると嬉しいです。

濱田明日香/ ASUKA HAMADA
ファッションデザイナー。京都市立芸術大学、ノヴァスコシア芸術大学(カナダ)にてテキスタイルデザインを勉強後、デザイナーとしてアパレル企画に数年携わり、渡英。ファッションとパターンについて研究し、自由な発想の服作りを続けている。2014年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション在学中に自身のレーベル“THERIACA”(テリアカ/万能解毒剤という意味の言葉)をスタート。2015年からはベルリンに拠点を移し活動を展開。ギャラリー、美術館での作品発表、ショップでの販売に加え、書籍などいろいろな方法で作品を発表してきた。著書に『かたちの服』『大きな服を着る、小さな服を着る。』『ピースワークの服』『甘い服』『かたちのニット』(文化出版局)、『THERIACA 服のかたち / 体のかたち』(torch press) がある。 
www.theriaca.org
Instagram :@_theriaca_
YOUTUBE :ACS / Asuka Creative Studio

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author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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