「アフター6ジャンクション」が提示するカルチャーの意義 TBSラジオ橋本吉史インタビュー前編

2018年4月からTBSラジオでスタートしたカルチャーキュレーション番組「アフター6ジャンクション」(以下、「アトロク」)。番組のコンセプトは、「あなたの”好き”が否定されない、あなたの”好き”が見つかる場所。映画・音楽・本・ゲームなどの分析や、独自視点による文化研究など、日常の中にある『おもしろ』を掘り起こすカルチャー・キュレーションで現代社会に広がるさまざまな趣味嗜好の多様性を受け止める」というもの。

メインMCはライムスターの宇多丸が務め、平日18〜21時、3時間生放送で、毎回多様なテーマでカルチャーを紹介している。「アトロク」の前身となる番組「ウィークエンド・シャッフル」は2007年4月〜2018年3月まで毎週土曜日の22時から2時間生放送で行われていて、多くのコアなリスナーから支持を得ていた。そうした実績があるものの、平日の18〜21時にカルチャーを扱う番組にどれだけ勝算があったのか。番組のプロデューサーを務めるTBSラジオの橋本吉史に話を聞いた。前編では、「アトロク」を始める経緯からそこに込められた想いについて。

カルチャーとの偶然の出合いを創出する

——個人的に「ウィークエンド・シャッフル」は好きだったんですが、「アトロク」が始まると聴いて、平日の18〜21時で大丈夫かって思いもありました。当初から平日の18時~21時の時間帯でカルチャー番組をやるというのは、勝算はあったんですか?

橋本吉史(以下、橋本):もちろん勝算はありましたが、勝利してるのかどうか、は視点によるんだろうなとも思いつつ(笑)、ただなんでこの時間帯にカルチャー番組をやるのかについては、しっかりとした理由があります。

もともとTBSラジオでは平日の18〜21時って野球のナイター中継をしていた時間なんです。それでナイター中継をやめて次に何をやるか、そのあと枠を考えてくれというのが会社からのオーダーでした。それでまず考えたのは、平日の18〜21時はどういう時間なんだっていうこと。この時間って仕事をしている人もいれば、家でくつろいでいる人もいたり、人によって何をしているかが違う。そんな中でも、あえていうならば、「仕事や学校からプライベートへと、自分の時間に移行していくグラデーションの時間帯」だと思っています。

その時間帯にどんな情報が流れていればいいのかを考えると、自分のための時間の使い方、つまり余暇や、趣味にまつわるものだとフィットするんじゃないかと。それを番組に落とし込む時に、宇多丸さんとずっとやってきた「ウィークエンド・シャッフル」の要素をうまくミックスすると、カルチャー・キュレーション番組みたいなものが成立するんじゃないか、というのがまずありました。

あとは番組のコンセプトともつながるのですが、1人で趣味を楽しんでいた人が番組を通して仲間がいるんだって気が付いたり、趣味がなかった人でも「これだったらもしかして自分も楽しめるかも」みたいなカルチャーが見つかったり、そういった“好きが見つかる”とか“好きがつながる”場を番組を通して作れたらいいなと思って。それはラジオがもともと持っている「リスナーとのつながり」や「コミュニティー性」と相性がいいだろうという考えもあって始めました。

——なるほど。そういう意図があったんですね。番組制作で意識していることはありますか?

橋本:番組を運営する上で、「ただみんなが好きそうなものばかりを提供する番組にはしない」というのは意識しています。今はインターネットでも自分が好きそうなものを自動でおすすめされていく。それが当たり前になってきているので、「思いもよらない好きなものとの出合い」という体験がなかなかなかできなくなっています。そうした体験は今や不特定多数に向けたメディアじゃないと作れない。全く興味のなかった音楽だけど、勝手に流れてきて、それと接触したらすごく良かった。そういう体験ってたぶんその人の人生の中で楽しみが増えることにつながる、すごくいい体験なはずなんです。だから「勝手に出合わされてしまうことの価値」を番組で作れたら、それは意味のあることだし、それであればやる意味があるはずだと信じています。少なくとも自分は出身がカルチャー不毛な地域だったので(笑)、学生の頃とかまだ自我が形成されきってない時期に、いろんなカルチャーを教えてくれる場があってほしかったこともあり、こんな番組があったら最高だっただろうなあと思ってやっているところもあります。

——「ウィークエンド・シャッフル」の実績があったとはいえ、平日毎日3時間、しかも生放送でカルチャー番組をやることに対して、「それで数字が取れるのか」とか「スポンサーが本当につくのか」みたいな否定的な意見はなかったんですか?

橋本:それはなかったですね。というか「カルチャー番組」ってだけで数字が取れない、っていうイメージがあるんですか? それ知ってたら考え直したかな(笑)。確かに番組作りで言えば、すごく人気がある人を起用したり、ゲストに呼んだりすると、当然数字が取りやすいというロジックが出てくるのも想像できますし、スポンサーにも人気者の◯◯さんの番組ですといえば話をしやすいのかもしれません。

「みんなが聴きたい番組」っていうのはもちろん大事なことなんですが、加えて「メディアがやるべき番組」っていうことも考えないといけない。かといって “お勉強”みたいなことを地味にやっても仕方がないので、そこにエンタメとして聞ける要素もケレン味ある演出でプラスしてカルチャーを紹介する番組であれば「おもしろくて、ためになる」可能性はあると思っていました。

インターネットのPV至上主義みたいに、「わかりやすくて、みんなが聴きたい」だけを考えると、当然、人気者に出てもらえばいいって話が出てくる。でも、「人気者が出て何をするんですか」「人気者が出て何を伝えるんですか」っていうことがあまり考えられていない。番組を通して、どういうビジョンを描いてリスナーに伝えていくのかを答えられる作り手は、ラジオ業界に少なくなっている気がします。要は「ブッキングさえできれば、あとはその人が好きなことをやってくれればそれでいい」と思っているスタッフも少なからずいる気がして。そうじゃなくて、「この人にこれをやってほしい」と企画もしっかり作るというのが、僕らの仕事。YouTubeやClubhouseでタレント自身が直接受け手に発信できる時代になって、ラジオのプロとしての役割って何なのかっていうのが、問われてきていると思います。

もちろんタレントさんや芸人さん、アーティストさんと一緒に何かを作ることの楽しさ、重要さ、キャッチーさも当然あるから、それをしてないわけじゃないんですが、そこにもう1つ「番組としてこういうスタンスを打ち出すんだ」っていうところはあるべきですね。

パーソナリティの覚悟

——そもそも宇多丸さんのスケジュールを押さえるのも大変だったんじゃないですか?

橋本:現役バリバリのミュージシャンですから、もちろん大変でした。ただ、以前から宇多丸さんには「ラジオパーソナリティを長くやっていくと、この先、月曜日から金曜日の帯番組をやらないかって話が来るのが普通の流れです。だからその時にどうするかっていうのは、覚悟しておいたほうがいいかもしれないです」って話をしていました。

それでいよいよ帯番組の話が来るなって予感があったので、前振り的に「たぶん来るかもしれないです」って話したら、「まずはやってみる」と宇多丸さんが快諾してくれて。全然もめることもなく決まりました。

これは放送でも言っていましたけど、土曜日の夜のほうが実はスケジュールを押さえられているのがミュージシャンとしてはきつかったみたいで、週末空くほうがツアーやライブがやりやすいそうです。ただ平日の帯の3時間生放送は大変ですけどね(笑)。

——番組をスタートしてどれくらいの時期に手応えを感じましたか?

橋本:何をもって手応えとするか次第ですが、開始してまもない頃に、「今まで知らなかったけどこれ好きになりました」とか、「今まで全くその人が接触してなかったジャンルにハマってオタクになりました」とか、リスナーの声が聴けると、やっている意味があるなって思うし、その人の人生の選択肢が増えたことがすごくうれしいですね。生放送中に、働くビジネスマンから「今日はまっすぐ帰る予定でしたが、紹介されていた書店に帰り道の途中で寄れそうだったので、立ち寄ってみたらそこで出合った本が素晴らしかった」と感謝のメッセージをいただいたこともありました。これこそまさに!といううれしいリアクションでしたね。

「おもしろかった」っていうのももちろんうれしいんですけど、番組を通じて何か行動を起こしてくれたり、視点が変わったりっていう報告があるのが一番の手応えです。また、映画業界の人に「番組で聴いてた話を自分の作品の参考にした」とか音楽関係者の人が「紹介されてたアーティストが気になったのでコラボした」とか、「番組でやっていた企画を書籍化したい」「ドラマ化したい」など、クリエイターの方々からリアクションをもらえるのも、こんな光栄なことってないなと思いますね。

——実際の指標としては、聴取率やradikoの再生数ですか?

橋本:あとはマネタイズも大切と言われますね。民放なので。これらはもちろん頑張らないといけないんですが、それだけをクリアするものが良いメディアです、って状況がいいのだろうかって思っています。「広告収入がたくさんあります」「大勢の人に聴いてもらえています」って、それは素晴らしいことだけど、メディアの役割ってそれだけじゃない。もう1つ発信する側の責任というか、それは絶対に必要で、番組の作り手としての矜持がないといけないんじゃないかと思います。

番組が社会に対してどう役に立ってるのか、とか、あとは他メディアにも取り上げられるような存在感も重要ですね。ラジオってよくネットニュースに取り上げられますが、「出演者がこんなことを言った」というゴシップ的な視点も多い中で、「あの番組でこんな企画やるらしいぞ」と番組側が企画したことについてニュースになることが大事かなと。

——「アトロク」は、その番組内容と姿勢からリスナーからの信頼度は高そうですね。

橋本:そうですね。だからその信頼を裏切れないし、そういった意味では慎重に作っています。というと腰が引けているように聴こえるかもしれないですが、「何この企画」と思われる攻めた姿勢を忘れないという意味での慎重さと、時代に取り残されないようにするという意味での慎重さ、です!

後編へ続く

橋本吉史(はしもと・よしふみ)
1979年富山県生まれ。2004年TBSラジオ入社。2007年『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』を立上げ、プロデューサーを務めた。2018年4月に『アフター6ジャンクション』を立ち上げ、現在は同番組のプロデューサーを務める。大学生時代は、一橋大学世界プロレスリング同盟(学生プロレス団体)に所属。
https://www.tbsradio.jp/a6j/
Twitter:@nakapiro

Photography Hironori Sakunaga

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author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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