今泉力哉×劔樹人 映画『あの頃。』で描く「アイドルに捧げた大人の青春」

『あの頃。」の監督を務めた今泉力哉(左)と原作者の劔樹人

2014年、劔樹人(つるぎ・みきと)による自伝的コミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』(イースト・プレス)が気鋭の映画監督・今泉力哉によって映画化された。同作では、2000年代初頭、大阪・阿倍野を舞台に、モーニング娘。や松浦亜弥など、「ハロー!プロジェクト」のアイドルに青春を捧げた劔やその仲間達とのリアルな様子が描かれている。

映画『あの頃。』では、主役の劔役を松坂桃李が演じることでも話題に。ほかにも、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、そして本作が映画初出演となるお笑いコンビ「ロッチ」のコカドケンタロウなど、幅広い分野で活躍する俳優陣が集結。強烈なキャラクターを熱演している。

原作をどう映画化し、作品を通してどんなメッセージを伝えたいのか。監督を務めた今泉と原作の劔による対談から探っていく。

劇中の松坂桃李はまさに劔樹人だった

――劔さんが映画をご覧になった感想から聞かせてください。

劔樹人(以下、劔):まず言えるのは、監督、脚本の冨永昌敬さん、スタッフのみなさんに原作を大事にしていただいたということで。スティーヴン・キング的な、原作者が映画に不満だとかそういうのが全然ないんです。

――『シャイニング』とは違う(笑)。

劔:自分で作り直したいということになりませんでしたから(笑)。むしろ人に届けづらい作品をブラッシュアップしていただきました。本当にありがたいですね。それに尽きます。

――劔さんはかなり撮影現場に入られたんですよね。

劔:そうなんですよ。その時は普通のつもりだったんです。「明日もいらっしゃいますか?」と聞かれるので、「じゃあ明日も」みたいな感じで行ってたんですけど、あとになってあんなに原作者が現場にいることは珍しいと言われるので、だんだん恥ずかしい気持ちになってきちゃって(笑)。楽しいから行っていただけなんですけど、それもどうかと思いますよね。

今泉力哉(以下、今泉):これが例えば小説とか漫画の大先生みたいな人が毎日来たらすごい空気になると思うんですけど(笑)。むしろ劇中のイベントのセリフとかも書いてもらったりしたし、現場にいてもらうと、困った時に「ここ、変じゃないですか?」と確認できたりするので、原作者というより監修みたいな感覚もありました。

劔:当時のハロプロの状況や友達のことは僕にしかわからないことなので、そういう時に役者さんや監督から聞かれたら答えたりしていました。

――劔さんが現場に行くことで、松坂桃李さんが劔役を演じるにあたって特徴を観察するということもあったみたいですね。

劔:松坂さんはそうおっしゃってますよね。

――すでに映画を観た方がよく言うことですが、松坂さんが劔さんにしか見えないと。

劔:僕が言うのもなんですが、そうなんですよね(笑)。「松坂桃李がキモかった」みたいな感想も見るんですけど、それは単純に僕が気持ち悪かっただけですから。一般的なハロプロファンを表現しているわけではなくて、僕のことを表現しているので。松坂さんの演技が評価されるほど僕に刺さってくるんです(笑)。

今泉:劔さんと松坂さんの話をすると見た目のことでイジられることが結構あるけど、もしかしたら中身も似てるのかな。

劔:本当ですか!?

今泉:どちらかというと劔さんのほうがしっかりしてるのかな? そんな気もします。

劔:ああ、わかります。松坂さんは根がハンサムな感じじゃないというか。

今泉:普段は普通の人なんですよね。フラットというか。いい意味で。

劔:人からどう見られるとかを意識してないんでしょうね。だから僕みたいなのにもスッとなじめるんです。自分と松坂さんは近いと思うんですけど、映画に出てくる友達に関しては、劇中のキャラクターになっているなと感じました。

原作ものならではの難しさ

――今泉監督は、どの役者を誰役にするかのイメージが立ち上がってくるまでに時間が必要だったと言っていましたよね。

今泉:劇中の劔とかコズミンみたいにわかりやすい役割がある人は迷わなかったんですけど、最初は西野、イトウ、ナカウチ、ロビとかに関しては、役者さん達が達者ということもあって、誰が誰をやるというキャラクター付けが自分の中で明確になってなかったんです。この人ならどっちでもいけるのかなと思っちゃったり。でも、蓋を開けてみれば今の配役を入れ替えるのは想像もつかないから、これでよかったのかなと。人数の整理もあるので、実存する2人の人物を1人に投影している部分もあったりして。今回、「NO MUSIC, NO IDOL!」のポスターがあるじゃないですか。あそこには映画で省いてしまった人も劔さんが描いてくださっていたので、よかったなと思いました。

劔:タワーレコードさんのほうから原作のキャラクターを描いてほしいと言われたんです。

今泉:今回に限らずですが、登場人物みんな出すというのもいいけど、パンクしちゃわないように整理しないといけないことはありますよね。

――原作を読むと登場人物だけじゃなくて複数のエピソードもまとまったりしていることがわかって、改めて見事な脚本だと思いました。冨永昌敬さんとどんなやりとりをしてできていったのでしょうか。

今泉:まず大きな構成を冨永さんが作ってくれて、そこからでしたね。この作品にかかわらず、原作ものの脚本を自分で書くことはしないようにしていて。取捨選択や構成の能力というのは、オリジナルで物語を生み出すのとは別の力だと思うんです。俺は小さいエピソードが好きなので、自分でやり出すと捨てられなくて縮まらなくなっちゃう。2つの話をまとめるにしても、こことここの間には逡巡があるよな、とか、それをまとめるのは元の作品に失礼なんじゃないか、とか思って何もできなくなったりするんです。それを冨永さんがやってくれて、そのあと詰めていきました。最初のほうは劔のうだつの上がらない描写がもっと丁寧に書かれていたんですよね。職場の描写もありましたし。ただ、全体の温度感とかバランスを見ながら(シーンを)削っていった感じです。

劔:監督は細かいエピソードを大事にしてくれようとするんですよね。

今泉:だって西野さんがその後、クイズ王になってるとか、入れたくなっちゃうじゃないですか(笑)。それぞれのメンバーの現在の様子を点描で入れようとしたときが一瞬あって。『スタンド・バイ・ミー』みたいな(笑)。でも、それをやってるとウェイトがすごいことになる。あと、実際問題、クイズ王のシーンってどうやるんだ、みたいな。入れてもおもしろかったかもしれないですけどね。

劔:Netflixで10話のドラマとかだったらできるのかもしれないですけど(笑)。

今泉:たしかに。あとは大阪から上京してからの劔さんをどれだけのリアリティーでやるのかというのも意外と難しくて。劔さんがやっているバンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」のことや、神聖かまってちゃんのマネージャーだったこともやりだすとしたら……みたいな。音楽事務所の仕事だと、自分が担当しているアーティストの取材に立ち会うとか、そういう描写になるじゃないですか。でも、その仕事のさまってどう伝わるんだ? みたいなことを考えたり、ロケハンしていく中で、今の形にまとまっていった感じですね。

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見逃せない今泉監督の細かいこだわり

――ディテールへのこだわりも今作の見どころの1つだと思います。劔の部屋のエアコンに松浦亜弥「Yeah!めっちゃホリディ」のミュージックビデオと同じように「故障だってさ。」と書かれた紙が貼ってあったり。

劔:ああ、よくぞ(笑)。

今泉:嬉しいですね。初見で気付いてくれる人は少ないんじゃないかと思います。原作のなかに描いてありましたよね。

劔:はい、さりげなく。僕も当時、誰か気付くかなと思って描いてました。「Yeah!めっちゃホリディ」をちゃんと見てないと気付かないんですよね。

今泉:あのシーンも編集で飛ばせるっちゃ飛ばせるのでカット候補になっていたんですけど、これがどうというわけではないけど部屋があやや化した瞬間はあったほうがいいと思いますと話したのを覚えてます。

劔:文字も似た感じになってましたよね(笑)。何回も観ると細かいことにたくさん気づくと思います。

――今泉監督らしさも随所に見られます。劔が初めて仲間の家に行った時など、どこまでがセリフなのかなというやりとりはまさに今泉節を感じました。なかなか次のシーンにいかずに、素のような顔が垣間見れる瞬間があって。

今泉:一応、セリフがあるにはあるんですけど、間のごちゃごちゃの繋ぎの部分は役者さんの芝居です。ぶっつけで一発撮りではなく、何回かのリハーサルの中で役者さんがやったことを「それもおもしろいですね」と採用していく感じでした。それで言うとシチューのくだりも終わりをどうするか決めずに撮ってますね。

――監督も予期しないものを撮りたいという思いがあるのでしょうか。

今泉:それもありますし、さっき「どこまでがセリフなのか」と言われたみたいに、現実世界と近づくといいのかなというのもあって。作り物度が下がるし。ただ、一歩間違って素に戻り過ぎると役から離れてしまう危うさはあるんですけどね。ああいうシーンはテイクを重ねて固めていく時もあれば、一発でしか撮れない時もあります。現場で1人にだけ台本にないセリフをぶっこむ時もあります。今回はそんなになかったんですけど、準備を丁寧にして、役が固まっていく人を崩す時にたまにやりますね。どうしても決まったこと以上が出てこなくなっちゃうという時にやったりします。

『あの頃。』をきっかけに、今のハロプロを知ってほしい

――題材となったアイドルとファンについての話もお聞きしたいと思います。

今泉:劔さんはあややにハマる前、何かにハマったことはありますか?

劔:音楽とかはもちろんありますし、あとはグラビアアイドルが大好きだったんですよ。

今泉:ああ。それはなかなか表立って話さないことですよね。なんか恥ずかしくて。俺も当時は何人か好きな人がいましたね。杏さゆりさんを筆頭に。

劔:僕はそんなに隠してなかったんですけど、優香さんとか眞鍋かをりさんとか。めちゃくちゃチェックしてました。懐かしいなぁ。

――時とともに好きな対象が変わるじゃないですか。熱量が変わっていく寂しさというのも当然あって。

劔:わかります。熱量が変わってない人間からすると寂しいんですよね。最近興味ないのかな、みたいな。流動的なものじゃないですか。僕の知り合いでも急にハロプロに熱を持つ人がいれば、最近はNiziUが好きなんだなという人もいたりするし。

今泉:離れていく時の理由って、それだけ熱量を持っていたからだと思うんです。思い入れがあるからこそ、変わっていくことについていけない人もいるだろうし、変わることを否定的には捉えていないけど、これ以上増えるとちょっと覚えられないぞ、みたいなこともある。思い入れがあればあるほど、一番推してた人が卒業するとか、距離ができたりするそれぞれのきっかけはあるのかなと思います。

――きっと誰しもがそういう経験があるので、この映画もハロプロ関係なく広く共感できるのかなと思うんです。

今泉:この原作って、いま現在から見れば、ハロプロの歴史の中でも、ある過去の1つの時代を描いているということになるので、あの時が一番良かったと見られるこわさがあって。最初からそうはしたくないとずっと言ってました。でも実際、みんなが離れていったり、劔達が東京に行ったりしますよね。脚本上もそうなんですけど、後半はあまりハロプロの曲がかからないので、それで2008年前後から10年あたりのハロプロがあまり良くないように見えちゃったりしたらこわいな、とか。実際のコズミンは当時、Perfumeを聴いてたという話ですし。

劔:ですね。

今泉:タイトルがもう『あの頃。』ですし、過去は良かったね、というのが前面に出て勘違いされる危険性に関しては、俺がハマったりオタクだったりしてこなかったぶん、めちゃくちゃ気を使ったかなと思います。

――今が一番楽しいというメッセージが込められた作品でもありますよね。

劔:そのメッセージに辿り着いていただければと思います。

今泉:あとは単純に、映画をきっかけにして、現在のハロプロのライブを見に行くのがいいと思うんです。それが補完というわけじゃないけど、映画では現在のライブは描かれていないので、そっちに関してはいまのハロプロを見に行ってもらって、という。そういえば、最近、YouTubeでハロプロの番組とかを見ていて。変遷を知っていくと、こんなに変わることってある? というくらいメンバーも変わっているんですよね。ああいうのを見れば見るほどに道重(さゆみ)さんのすごさを知ったり、あるタイミングあるタイミングの新規メンバー加入時に(モーニング)娘。の平均年齢がめちゃくちゃ下がったことを知ったり。いま、どんどん詳しくなってるんですよね(笑)。後藤真希さんのYouTubeで柏木由紀さんとコラボしてるのを見て、ネットサーフィンの末、最終的にはハロオタの指原莉乃さんと峯岸みなみさんのコラボ動画にたどり着いて朝を迎える、みたいな(笑)。=LOVEのMVもいいし、ハロプロに戻って、BEYOOOOONDSもやっぱいいな、みたいな。

――このタイミングで監督がその方向に(笑)。

今泉:不思議ですよね。どういうハマり方なんだという。この間、映画『のぼる小寺さん』のトークゲストに出て。

――元モーニング娘。の工藤遥さん主演の。

今泉:はい。朝の戦隊もの(『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』)にモーニング娘。のOGの方が抜擢されたというのが最初の認識だったんですけど、最近、過去の番組とかを見てたら、工藤さんが当時まだ13歳とかで。ええ!? って驚いたり(笑)。その程度の知識のやつが監督したのかと思われたら申し訳ないんですけど、作ってる時は劇中の時代のことを認識するので精一杯だったので、最近になってわかったことも多いんです。

――はからずも監督がそうしているように、今回の作品からさかのぼったりする人が増える可能性も大いにありますよね。

劔:それに期待しています。僕にできることはそれだけなので。

――劔さんが10年ほど前に「今、自分が応援すべきは、あややなんだと。」とブログで決意したじゃないですか。それが巡り巡って、今泉監督が映画化することになり、結果的に劔さんは大きな規模で応援することになっているというのがすごい話だなと思います。

劔:本当にそうですよね(笑)。当時は松浦さんにもう一度表舞台に出てもらうための活動をしたりしていたんですよ。企画書持って事務所に行ったり。それがなかなかかなわぬままだったんですけど、こういう別のかたちになったというか。

今泉:こっちはあとから乗っかってる部分もあるので不思議です。俺は原作を書いているわけではなく、いただいた話なので。でもやっぱり、ハロプロはあれだけの歴史があるのがいいですよね。後藤真希さんがあややとバチバチだった話とかもあちこちでしてるじゃないですか。そういうのもおもしろいなと思うし。……いま話していたように、この映画からさかのぼってハロプロを知りたいと思う人の第一号が俺になった可能性がありますね(笑)。

今泉力哉
1981年生まれ、福島県出身。2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2013年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞受賞。翌年には『サッドティー』が公開され、話題に。その他の長編映画に『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018)、『愛がなんだ』(2019)、『アイネクライネナハトムジーク』(2019)、『mellow』(2020)、『his』(2020)など。2021年には、『あの頃。』の他に、全編下北沢で撮影した若葉竜也主演『街の上で』が4月9日に公開予定。
Twitter:@_necoze_

劔 樹人
1979年5月7日生まれ、新潟県出身。漫画家、「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト。また、過去にはパーフェクトミュージックで「神聖かまってちゃん」や「撃鉄」のマネジメントを担当。数々のウェブサイトで漫画コラムを執筆するなど、音楽の領域に留まらない幅広い活動が注目を集めている。2014年にエッセイストの犬山紙子と結婚し、「主夫の友アワード2018」を受賞。2020年12月には新作コミック『僕らの輝き ハロヲタ人生賛歌』(イースト・プレス)を刊行。
Twitter:@tsurugimikito

映画『あの頃。』
監督:今泉力哉
脚本:冨永昌敬
出演:松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウほか
2021年2月19日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://phantom-film.com/anokoro/index.php

Photography Kazuo Yoshida

author:

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。レーベル「PENGUIN DISC」主宰。さまざまなメディアで執筆するほか、「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。 Twitter:@kazuminamba

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