「ハラスメント」に負けないために 連載:小指の日々是発明Vol.2

私には困った思考の癖がある。何か問題が起きると、すぐに自分の性格すべてに元凶があったのではと考え「だから私はダメなんだ」とひたすら自己卑下に走る。
特によく引っ張り出されるのは、絵を描いたり漫画を描いたりという自分の一貫性の無い活動に対するコンプレックスだった。
20代のはじめはバンドでドラムを叩いていて、気付くと子どもの頃から好きだった絵を再び描き始めるようになった。そして漫画も描いたり、時々文章も書いたりするようにもなった。
これらの創作はどれも私にとって欠けてはならないものに違いないのだが、元気が無くなるとすぐ「この中途半端さが自分が本物になれない元凶なんだろうな」と、心の中で自分を責めだしてしまう。
でも、自分以外の人にはそんな風には思うことはない。他の人には「いろいろできるんだなあ。すごいな」と感心するだけのことが、自分には自己嫌悪を引き出すスイッチになってしまうのだった。
この感情は一体どこからきたのだろう。そう考えた時、私は作家を始めたばかりの時に受けた嫌がらせの数々を思い出した。

最近「ハラスメント(=嫌がらせ)」という言葉を散見するようになって、やっと自分がこれまで受けた被害の輪郭をやんわりと捉え直せるようになった。
何か嫌な目に遭っても、「女だから仕方がない」「自分は生意気だから、目をつけられても仕方がない」…そう思いながら、それでも実力をつけて変な虫が寄ってこない作家になろうと自分なりに必死にやってきたつもりだった。
でも、何故ただ絵を描いているだけ、音楽をしていただけの私があんな目に遭わなきゃいけなかったんだろう。それが未だにどうしてもわからない。

私は、自分の活動の拠点であった音楽と美術の両方で嫌がらせに遭った。
1つはライブの対バン相手だった。自分の演奏までの待機中、ある男とたまたま目があったので挨拶をしたら突然上半身を触られた。それだけで、と思うような人もいるかもしれないけど、私は不快感と恐怖で頭の中が真っ白になった。その時、相手は笑っていた気がする。もしかしたらコミュニケーションか何かのつもりだったのかもしれない。
ここで怯んだり隙を見せたら相手はさらにつけ上がるだろうと感じ、私は恐怖を感じつつも渾身の力で睨み返した。すると相手もまずいことと悟ったのか、逃げるように去っていった。気持ち悪さと怒りで頭が沸騰しそうになったが、自分の演奏の出番がすぐ後に迫っていたので私は必死に気を紛らわせてその場を無かったことにしてしまった。それが結果、良くなかった。

男は、その後も何を勘違いしたのかしつこくDMやリプライで粘着してきた。逆上されたら何をされるかわからないので極力刺激しないようにしたが、相手の全く反省のない態度に痺れを切らし、「あの時触りましたよね」と問いただすと男はあろうことか「覚えていない」としらばっくれた。ずるい奴だなと怒りが込み上げたが、私は勇気を出して「もう連絡をよこさないでほしい」と伝えた。
これで流石に連絡も止まるかな、と思ったのが甘かった。それどころかさらにエスカレートした。
男の知人達は、面倒な奴とわかってるから関わりたがらず何もしてくれない。
結局私のほうが、その人物が現れそうな場所に近づかないようにしたり活動を制限したりして、折れる他なかった。
後から知ったことだが、その男は猥褻行為の常習犯だったらしい。

こうしたあからさまなセクハラ以外にも、自分の個展やグループ展で不快な被害に何度も遭った。
そのうちの1人は、わざわざ会場に来ては私の作品をけなし、しつこくつきまとい私が嫌がる様子を見て喜んでいた。ダメ出しをして上に立とうとすることで、とにかく自分を認めさせたくて仕方がなかったのだと思う。
私の初個展の日も、その男はオープンと同時に来て誰よりも先にレセプションの食事を食い荒らしていた。まるで住居進入してきた不審者に冷蔵庫の中を食い荒らされてるような気分だった。この恐怖は経験した人にしかわからないだろう。
私が呆気にとられて見ていると、男もこちらに気付いて口いっぱいに食べ物が入ったまま「いた!」と指をさしどんどん近づいてきた。
逃げなきゃ、と思ってふと男の隣にいた連れの女性を見ると、その女まで私を指さして笑っていた。
言葉にできない屈辱だった。
今だったら、その悲しい人達に何か言い返すなりしていただろうが、その時20代前半だった私は何も言うことができなかった。
とにかく関わりたくない一心で、ギャラリースタッフに事情を話し観にきてくれたお客さんを掻き分け私は会場から走って逃げた。自分の個展なのに。
本当に情けなかった。

今思えば、出禁にしたりそれなりの措置をとればよかったんだろうが活動したばかりで何も知らない私はただ耐えることしかできなかった。あの頃はバイト、バンド、制作とあまりにも毎日忙しくて、友達も少なく誰かに相談することもできなかった。それに、自分ばかりこんな連中に絡まれているということが恥ずかしくて仕方がなかった。
その後も、自分の展示のレセプションさえビクビクしながら出席しなくてはならないという困った状況がしばらく続くようになってしまった。

他にも、私のことが気に食わないからと1日に何十回も着信を入れてきた人がいた。
少し目を離すだけで履歴がその男の名前で埋まる。こちらも我慢の限界で、思わず電話に出ると怒り散らした男の声で「いろんなことを中途半端に手を出す(初めのほうで言った一貫性の無い活動についてだと思う)お前みたいな人間は、これしかないと一筋でやってる俺らにとっては目障りで仕方がない」「気に食わない」とまくし立てられた。

確かに一理あるかもしれないが、その人は恐らく自分の活動のうまくいかなさを私にぶつけているだけだった。
味方も少なく、見た感じも弱そうな私は格好の標的だったのだろう。
本来は自分の表現や未来に頭を悩ますべき時期を、嫌がらせの対処で随分疲弊させられてしまった。

それからというもの、私は極力厄介そうな人間の目にとまらないよう注意深く活動するようにした。自分の安全を脅かしそうな人間と関わりのあるギャラリーやイベントからの誘いはすべて断るようにして、どこへ行くでも当時付き合っていた彼氏をボディガードのように連れて歩いた。その人は特別強そうな見た目ではなかったけれど、まるで虫除けのように効いた。自分より弱い相手にのみ加害をする人間にとっては「同性がいる」ということは畏怖することらしい。
被害も少しずつ減っていって本当に感謝しているけれど、正直なことを言えば、私だってどんな場所にも一人で出向き堂々と自由に活動がしたかった。

加害者達は、私に対してびっくりするくらい同じようなことを言ってきた。
「女に生まれたことで十分過ぎるほどお前は恩恵を受けている。
男の自分達よりも絶対においしい思いをしている。
お前が女じゃなかったら誰も見向きもしない」。
こうした内容を、みんな口をそろえて言った。私個人としては女の恩恵を受けている自覚も無いしどちらかというと貧乏くじを引いてるほうだと思うが、彼らの歪んだフィルターを通すとそう見えているようだった。

「私が女だからのびのびと活動できてるんだ/だからその受けた恩恵分、俺達に感謝しろ」。
言われた時はウワーと思ったが、今思えば滅茶苦茶な理屈だなと思う。そして、「私が女を利用してズルしてる、自分は地道に頑張っている」と一見正義の顔で責めるわりには、彼らの行為の根底には私に対する蔑視しか無かったように感じた。そもそも相手に危害を与えるほどの嫉妬や妬みは、根底でどこか相手のことを見下していないとそうそう生まれないんじゃないか。

1つだけわかることがあるとすれば、私が大きくて頑強な男だったらまずこんな目には遭わなかったということだろう。私自身も、若い女性がこうした理不尽な目に遭うことはどこか仕方のないことと思っているところがあった。私は女だけど我が強いから、変な人間に痛い目に遭わされるのは仕方がない……そう自分を納得させていた。でも、生意気だからという理由で体を穢されたり存在を叩かれることはやっぱりおかしい。
今、ネット上では盛んに議論をされていてもクローズドなスペースではまだまだ解決に時間がかかっている。最初のほうで話した私の胸部を触った男も、ライブハウスやバーといった自分の狭いテリトリーでそうした行為に及んでいたようだ。路上や電車の中でも同じことをしたら捕まるのだから、同じように罰されるべきだ。

身内は私がされたことに対し一緒に怒ってくれたが、加害者側と共通の知人の第三者に相談すると決まって「あいつも気の毒な奴なんだよ、許してやって」とか「でもあいつもいいところあるよ」と言い籠められた。この話を以前Twitterで呟いたら、そうやって女性が受けたセクハラ等の被害を周り(主に男性)が許す行為を「マン フォー ギブン」と呼ぶのだと友達が教えてくれた。こんな言葉があるくらいなのだからよくあることなのだろう。「別に自分の女がやられたわけでもないし、やった方も知り合いだし、面倒だからとりあえず場をおさめよう」という感じなのだろうが、それは本当に友人関係と言えるのだろうか?
友人でい続けることは否定しないけど、友人関係を続けながら注意することもできると思う。

私は32歳になった。昔とやってることは何一つ変わらないが、「若い女」じゃなくなってからは嫌がらせは減り活動のストレスは無くなった。ここまで10年かかった。
また、今のような状況になったのも活動期間を経て周囲に良識ある人が増えてくれたことが大きいと思う。展示に足を運んでくれる人や、漫画や絵を楽しんでくれる人達の存在が監視の目となり私を守ってくれているように感じる。
でも、そうしているうちに卑怯な人間はまた別の若い女性のところへ流れていくのだろうから、それを許していたら私がこんな目に遭った意味が無い。

ただでさえ私たちが何のしがらみもなく活動できる時間は限られている。ハラスメントに消費されて良い時間なんてどこにもない。私はあの連中に負けたつもりはないけど、時間や安心といった大切なものを確実に奪われた。
この原稿を書きながら、結局どうすれば良いんだろうなあと今も考えている。こうしてしつこく話題に出しながら、草の根運動をするしか無いのだろうか。
「そういうのってありえないよね」という、加害者がやりづらい空気を1つも取りこぼしなくあらゆる場所で作っていかないといけない。

author:

小指

1988年神奈川県生まれ。漫画家、随筆家。バンド「小さいテレーズ」のDr.。 過去に『夢の本』『旅の本』『宇宙人の食卓』を自費出版で発表。小林紗織名義にて音楽を聴き浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「score drawing」の制作も行う。 https://koyubii.wixsite.com/website Twitter:@koyubii Instagram:@koyubim Photography Noa Sonoda

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