これまで「アンダーカバー」デザイナーの高橋盾は周囲を驚かせる実験を試みてきた。コレクションは言わずもがな、ショー形式やファッション以外のプロダクトの制作など、その事例は多岐にわたる。さらに、キャンペーンヴィジュアルなどでは知名度やジャンルを問わないアーティストとの協業によって、特定のカルチャーに依存することなく、あるジャンルにカテゴライズされない、孤高の存在そのものといえるだろう。
そして、今期の「ザ・シェパード アンダーカバー」2021年春夏コレクションのイメージヴィジュアルでは、モデルにミュージシャンの松任谷由実を起用し、高橋自らスタイリングを手掛けた。今回は撮影の合間に交わした2人の会話を収録。等身大の話から、それぞれのルーツや音楽への価値観、未来などを垣間見る。
1970年代の音楽のルーツと80年代のヒプノシスの衝撃
松任谷由実(以下、松任谷):70年代後半に、初めてロンドンを訪れた時、「セディショナリーズ」のお店に行ったんですよ。行ってみたら、たまたまヴィヴィアン・ウエストウッド本人がいて。ハードゲイみたいな人達が彼女をガードしていたけれど。
高橋盾(以下、高橋):当時の「セディショナリーズ」の店に行っているって、すごいですね。それは観光で行ったんですか? レコーディングですか?
松任谷:観光ですね。スローンスクエアからキングスロードまで、ずっと歩いて。でも、それが後に「時のないホテル」という私の8枚目のアルバムの着想になってます。
高橋:そうなんですね。そうすると、1978年ぐらいですか?
松任谷:そう、78年。松任谷姓になって2年くらいの頃。私自身は音楽もファッションも具体的にパンクを通ってきたわけじゃないけど、姿勢は同じものを感じていましたよ。そもそもミュージシャンになろうとしたきっかけがブリティッシュロックで、ロンドンにはずっと憧れていました。私の10代は、ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれるイギリスのロックが世界を席巻する時代だったので、ジミヘン(ジミ・ヘンドリクス)や(エリック・)クラプトンやクリームとかも夢中で聴きました。
高橋:すごい時代ですね。
松任谷:ロックがロックとして機能していた時代。ベトナム戦争の終わりというか、激しくなった頃ですね。ウッドストックにも繋がっていきます。
高橋:最近、家でレコードをよく聴くんですが、やっぱり60年代後半から70年代のものばかりになっています。
松任谷:70年代はピンク・フロイドが出てきますよね。
高橋:ピンク・フロイドは『Dark Side of the Moon』を出したのがその頃ですね。
松任谷:81年に、『昨晩お会いしましょう』で初めてヒプノシスと仕事ができたんです。
高橋:『昨晩お会いしましょう』のアルバムを最初に聴いたのは中学校の頃です。ジャケットがすごくかっこよかった。高校生ぐらいになってから、ヒプノシスのアートワークを見ていくうちに、そのジャケットがヒプノシスだと知って、うわぁ~と思って。あのジャケットはどういう経緯でできたんですか?
松任谷:我が社が、今よりもさらに小さかった頃ですね。無理やり社長をやらせた学生が帰国子女だったんですが、1つだけ条件に、やりたいことをやらせてくれって言って。それがヒプノシスとの仕事でした。その人がヒプノシスに直接電話して、そうしたら本当に彼らがやって来て。
高橋:そうだったんですね。あのジャケは本当にかっこよかったです。
松任谷:ヒプノシスは当時、3人でやっていた会社だったんですね。クリエイターがストーム・トーガソンで、カメラマンのピーター(・クリストファーソン)、プロデューサーが(オーブリー・)パウエルっていう3人のアート集団。その頃の私の自宅に、ジャケットの絵コンテをバーって並べて選びましたね。そこで私達が選ばなかったものが、後にピンク・フロイドの『時空の舞踏』っていうアルバムでジャケットになっていたりもしました。
高橋:そうなんですか!
松任谷:(選ばなかったアートワークが)アラン・パーソンズのジャケットになっていたり、とか。ちなみに、エレクトロニックグループ「アンダーワールド」も所属する、90年代を象徴するロンドンのグラフィック集団「Tomato」も、ヒプノシスから大きな影響を受けていますが、今みたいにCGでやるんじゃなくて、アナログで、みんなフリーハンド・ジーニアス。だから余計すごかったんですけどね。
高橋:全部アナログのアートワークだったんですね。もちろん内容も最高だけど、ジャケットも最高。今朝、(『昨晩お会いしましょう』を)聴いてきました。
松任谷:嬉しい! ありがとう! それを80年代前半にやった、ということがすごく貴重でしょ? そのあと日本はバブルになっていって、(一般の人達にとって、私は)すごくバブリーな人だと思われていってしまうんだけれど(笑)。わかってくれている人がいるといっても、あまりそうではないかもしれない。
高橋:でも、松任谷さんのことがずっと好きな人は、そういう印象をあまり持たないんじゃないですか。
やり続けることで生まれる次代のジェネレーションとの出会い
松任谷:アンダーカバーは、いつぐらいから台頭した、という感じがしています?
高橋:自分が学生の頃から始めたんですけれど、それが1990年でした。東京でショーを初めてやったのが93年で、それぐらいからですかね。あとは、2000年以降はパリでショーをやり始めたので、その頃という感覚ですかね。
松任谷:でもブレてないから、素晴らしいですよね。
高橋:自分だとわからないですけど(笑)。
松任谷:アパレルの成功者って、会社の売買とかもして、もう作るのをやめてしまったりもするじゃないですか。でも、やっぱりクリエイターで居続けたいっていうことですか?
高橋:何か作っていることが好きなんですよ。それは服だけじゃなくて、絵を描くのもそうですし。だから、続けていないと気がすまない、というか。
松任谷:続けてないと錆びちゃう感じがして、自分が気持ち悪いんでしょう?
高橋:そうですね。続けていくことによって、また新しいものも生まれるし、またおもしろいものが見られるって感じがする。
松任谷:続けていると、重要な人との出会いもあるしね。
高橋:本当にそう思います。(ブランドを)売ったりしたらダメでしょう。最悪困ったらですが(笑)。でも、もう30年やってますからね。
松任谷:学生の時とかって、少し先輩の時代の音楽とかファッションとか、少し前のカルチャーのことをやりたいなって思うじゃないですか。でも、自分が実際にできるようになった時には、その時代を担うジェネレーション、もしくは少し下の世代の優秀な人達と組みたくなる。
高橋:そうすると、自分の持っている違う面が出てきたりして、それが一番おもしろい。お互いを引き出せたらいいですしね。
松任谷:先日まで(アートディレクターの)石岡瑛子展をやっていたじゃないですか。それで、周りの人達から「当時、一緒にお仕事されていないんですか?」って聞かれたけれど、実際にはその頃とは10年くらいずれていて。高校生くらいの時に、パルコの広告が出てきたりして、すごいなって感じだったから、もし自分で何かを作る時には、すでにエスタブリッシュされている人とはやらなくなる。外国人だったら別だけど。
高橋:確かにそうかもしれないです。逆に、若い人との企画とかないんですか?
松任谷:なくもないですよ。会いたがってくれますね。明後日は、常田(大希)さんと一緒です。
高橋:そのあたりの、20代のファンがすごく多いんじゃないですか?
松任谷:いやいや、その親御さん達が聴いていたっていうことですよね。ただ、特に男性達からは、「50年続けるってどういうこと?」ということにすごく興味を持たれているみたい。結局は内容の話にはなるんだけれど。
高橋:同じミュージシャンからしたら、すごく聞きたいポイントだと思います。
松任谷:「どうしたら続けられるんですか?」って言われても、「それは続けることですよ」としか言えない(笑)。やめたら、そこで終わるから。
高橋:あと、自然に続いちゃいますよね。
松任谷:そうですね、協力者もいるし。
「人は過去を見て、後ろ向きに前進している」
高橋:今、活動されて何年ですか? 50年ですか?
松任谷:来年ね。
高橋:それを聞くと、アンダーカバーもまだまだ子どもですね(笑)。
松任谷:だんだん山頂が逆放物線上に遠くなっていくから、険しいというか。10年とか20年くらいまでは、ワーッて進んでいくのだけれど、そこからどんどん坂が急になっていくでしょ。
高橋:はい、急になっていく。
松任谷:振り返ってみるとあっという間だけれど、これからやろうとすると、すごく遠い。
高橋:すごいです。
松任谷:ビートニクの考え方に、「人は過去を見て、後ろ向きに前進しているんだ」というフレーズがあって。これまでにやってきたことはパッと見える。こうしてきたから、こう足を出せばいいんじゃないかな、と前に進める。
高橋:確かに、そういうところはありますね。ものを作ることは、自分の中から出していって、自分で自分の首を絞めているみたいなところがある。
松任谷:基準も高くなるしね。
高橋:基準も高くなるし、自分でネタを出してしまうから、引き出しの中身は増えるけど、バランスはだんだん難しくなるじゃないですか。だけど、思いがけないところから新しいものが生まれたりするし、そういうことがおもしろくて、いつの間にか続いていっている。
松任谷:忘れていた引き出しがね、開けると「あれ、結構入ってる」って。
高橋:「こんなのあるんだ」っていう。
松任谷:一度やったことも視点が違うから、決して古いってこともない。
高橋:解釈も違うし、新しく自分で直せる。
松任谷:そういうことは、まさに高橋さん達が体現した世代じゃないですか? エディットとか、コラージュとか。
高橋:90年代はリミックス世代なので、そうですね。でも、幼い頃の根本は、70年代とか80年代なので、アナログとデジタルの両方の狭間を体験していて、両方いけるというか、それがなかなかおもしろいですよね。今、僕は完全にアナログに傾倒してしまっているけど。
松任谷:今は情報が多いですからね。(情報が)ないと思っていた世代からすると、今はこんなにあるから。
高橋:アナログのほうが、目が行き届く分、細かく、深く見るようになっているので、結局はアナログなのかな。今の若い人達でも、音楽においてはアナログ派もだいぶ増えていますよね。
松任谷:そうかもしれないですね。でも50代って、結構分かれ目なんじゃないかと勝手に思うんですよね。攻めていく人はいくし、ここでいい、と思った人はそうなる。
高橋:ここでいいや、って思った人はどんな感じの人達ですか?
松任谷:具体的にはあげられないけれど、「この感じでいいんじゃない」っていうね。それは、その人の好みの問題だけど。
高橋:進化していかなくなるけど、ゆったりしていくってことですかね。
松任谷:そうとも言える。
高橋:僕は今年で52歳ですが、やっぱり迷いますよね。このままいってしまってもいいんだけど、でもやっぱりのんびりしたいって思うこともあって。その両方をバランス取っていけないのかな? って思う。
松任谷:クオリティを落とさないようにするために、のんびりっていうか、時間がかかるようになってはいきますよね。体のこともあるし。
高橋:それはすごく思いますね。そうなると、今までやってきた仕事の量では回らなくなってきていて。もう少しゆったり時間をかけて、1つ1つクオリティを上げていきたい。それが、時間の使い方がゆっくりしていくことかなと思うんです。
悩みや不安、前進するための停滞期の重要性
松任谷:高みの見物になってしまいますが、男の人が一番いろんなことができるのは40代だと思うんですよ。見晴らしもよくて、体力もあって。
高橋:30代で熟した感じを、40代ではいい具合で加速させられる時間が10年間ある。50代って、ある程度、熟成に磨きがかかってくる時だと思うんですけど、そこからの感じが難しい。近頃、生活がものすごく変わってきているんですよ。そういう時、ゆったりしたいなっていう自分と、攻めたいという気持ちとのせめぎ合いで、その結論がまだ出てなくて。自分的にはその変化がすごくおもしろいんですけど、どうしたらいいですかね?(笑)
松任谷:そうねぇ。そういう人達に話して、いつも納得してもらうのは、「ナチュラルと草ボーボーは違うからね」って(笑)。ナチュラルに見えるということは、刈り込みとかもちゃんとしているということだから。
高橋:整理されていない状態っていうのが草ボーボーですからね。
松任谷:使わなくちゃいけない労力は、自分のやりたいことのために、自分をメンテナンスしたり、ゆったりするということの解釈、ということですよね。そこもゆったりしちゃったら、ただのオッサン(笑)。そういう人は会った瞬間にすぐわかる。
高橋:考えすぎてしまう時もあるんですけど、自分にとって本当にいろんな変化の年なんですよね。そういうタイミングとかもありました?
松任谷:そうですねぇ。男性と女性は違うかもしれない。音楽とファッションが違うのかもしれないけれど。50代に抜かなくてよかったなって思うこともありますよ。
高橋:その時はわからないことも多いですよね。
松任谷:例えば、スキーでも英会話でも、物事の上達で本当に力が必要な時って、階段の踊り場にいる時間が長い状態だったりして、変化があまり見えなくて、全部が徒労に終わっているんじゃないかと思うけれど、それがないと次へは登れない。
高橋:停滞期というか、その時期はすごく大事ですよね。悩んだり、もう無理かなとか、いろんなことがあって、そこを乗り越えないとその先に進めない。
松任谷:ただ消費されてしまうんじゃないか、とか、若い人がやたら怖かったりね。今思うと、くだらないことなんだけれど。
高橋:新しいパワーがある人を見ると、自分が置いてかれている気がするというか。その分、自分は積み重なったパワーがあることを、その時は忘れてしまっていたりもする。
松任谷:その時はすごくパワーがあった時代の自分が見えていないから。
高橋:今の若い人ってすぐ諦めるっていうか、でもそれは本当に好きなことじゃないのかもしれないけど。
松任谷:答えをすぐに求める、というのはあるかもしれない。
高橋:スピーディにいかないと、っていう気になっているのかも。
松任谷:人によると思うけれど、ゼロか100しかないというか。83とか、37とか、そういうのもないわけね。
高橋:結構多いですよ、そういう人。
松任谷:国際宇宙ステーション時代というか、世界国家みたいな時代にシフトしていく過程で、3次元的にスペースが少ししか与えられなくても生きていくのが大丈夫なように、プログラムされているんじゃないかと聞いたけど(笑)。今までの感覚からすると、すごく窮屈なんじゃないかって思うけど、その中ではすごく自由にやっているというか。だから、ユーザーを一緒に教育していかないと、ユーザーがいなくなっちゃいますよね。「天然のお刺身がこんなおいしいんだぞ」って言っても、錠剤でいいっていうところには通じないわけだから。
高橋:そういう世の中になってしまいますよね。
−−そうなったらファッションも一緒ですよね。ネットで全部買えたりするけど、やっぱりフィジカルにお店で買う行為が楽しいわけですしね。
かっこいいとリアル(日常)の両立
高橋:今は(コロナでフィジカル的に)状況が難しいっていうのがあるけど。自分は、特にライヴは、生で観に行って、そこでしか体験できないエモーショナルな感覚があるということで、ずっと育ってきているから。そう考えると、ミュージシャンって、言い方が悪いんですけど、ちょっとずるいというか(笑)。すごく羨ましいなと思います。
松任谷:その分、熾烈なところもあると思う。分母が多くいて、もともと一人の分子に対してユーザーがたくさんいたところに、今はみんなが発信するようになって。人が作ったものを喜ぶよりも、分子側にみんないっているから、あっという間にブレイクして、あっという間に消えていく、という。ファッションも、そういうスターのシステムみたいなものがあるのかな?
高橋:例えば「ルイ・ヴィトン」とか、ああいうビッグメゾンのデザイナーがどんどん変わっていくこと、とかですかね。前は、「実力がある次のデザイナーは誰だ?」ということだったのが、今はもっとキャッチーな、キャラクター的な人選になってきているので、それはどうなのかなって思いますけどね。
松任谷:ヴァージル・アブローとか?
高橋:ヴァージル達は、自分達が90年代に原宿でやっていたことに影響を受けていたりもするので、それがまたすごく複雑な気持ちになったりもするんですが。
松任谷:だから、そういう葛藤も含めての50代なんですよ。消費されてしまう感じを抱いてしまう。自分がやってきたことが、いとも簡単にそこに現れるっていうか。ただ、それも順繰りですからね。
高橋:それを乗り越えると、その先のステージがあるんですかね。
松任谷:そのフェンスを取り払うことを、やるしかないんじゃないかな。
高橋:結局はそうですよね。でも、ここまで続けてきたら、その興味が尽きないっていうところもあるので、やっていけばまた変わるだろうし。引き出しがあるから、仮に若い人達と同じことをやっても、別のものになるだろうし。
松任谷:もっとハイブリッドにすることができる、とかね。
高橋:できることはたくさんありますよね。それを自分がどれだけ楽しめるかっていう。
松任谷:例えば、視点を与えるっていうこともアリですよね。デザインって、そういうことなんだろうけれど、フィロソフィーとかも含まれて「こういう視点があったんだ」って思わせるもの。
高橋:切り口ってことですよね。ファッションだと、当時のマルジェラとかもそうだったけど、概念とか、違う角度でのファッションの見方があったんだ、と。それは音楽だと、新しいジャンルのスタートもそうじゃないですか。それってすごいことですよね。
松任谷:その時点で、かっこいいことと、リアルクローズを両立させないとおもしろくないじゃないですか。音楽も、ただかっこいいだけの現代音楽が「すごい」と思われても、かっこいいという基準が、明日には変わっているかもしれない。その音楽が、普通に人が口ずさめるところまで、どうやって溶け込ませられるか。だから素敵なんだけどね。
高橋:日常にどれだけ溶け込めるかっていうことですよね。だけど、そこで斬新だったりかっこいいっていうのは違うんですよね。そのバランスが。
松任谷:そうですね。今日は楽しかったです。ありがとうございました。
高橋:こちらこそありがとうございました!