日常的な体験と所有の光景、人との関わり、本質への回帰 WDsoundsオーナー、澤田政嗣インタビュー -後編-

ハードコアとヒップホップ、その双方における東京のアンダーグラウンドシーンを10年以上にわたって率い、先導しているレーベル、WDsounds。そのオーナーである澤田政嗣へのインタビューを行った。現場主義と言える分野の当事者は新型コロナを経て、どういった考えに至ったのか。後編ではリリースをしていく意義などを問う。

対インターネット、対コロナの反動

澤田政嗣(以下、澤田):“ルーティン化”って情報の出し方にも言えて、この間、人と話をしていたのは、ニュースとかいろんなウェブ媒体に載せてもらうよう情報をとりあえず送るんだけど、同じニュースがいっぱい載るのって逆にマイナスじゃない? って。それによって読み手は1つも見なくなっている気がするんですよね。自分が埋まっていく感覚というか。雑誌は読み手全員がすべてを読んでいるわけじゃないし、どれに載っていても良いんですけれども、ウェブだと全部アクセスできちゃうから、重要なものが埋没して、見過ごされる可能性が出てくる。

――そうだと思います。情報の価値が落ちますからね。

澤田:さっきの店の話じゃないですけど、昔は情報と一緒にCDを送って、媒体の人と電話で会話をして盛り上がったら取材をしてもらって、っていう流れでやっていて。ウェブが主になってからは、インタビューも似たような記事になっちゃったりするんです。プロモーションのためのインタビューなんだけど、これ意味あんのかなって。興味をもつ動機になるものは1つだけで良いと思うんです。

――それもこれも、結果的にひと手間を削ってしまったネットの功罪というか……

澤田:まあコロナになって、現場メインで動いていたのに動けなくなった時に、表現が続けられるっていう可能性を見出せたのはネットのおかげではありますけどね。でもさっきのCDの話に戻すと、CDってやっぱり異常に情報量が多いじゃないですか。ミックステープもそうだけど。それ自体がメディアとしての機能を果たしているし、この人達って仲良いんだっていうのがわかったりするとか、そういう繋がりの部分が目に見えてわかったりすると思うんで。CDを買って聴きながら、ジャケットを見るっていう昔はよくやっていた行為を再び積極的にするようになったんですよね。ハードコアの場合、意図的に歌詞の要約みたいなのしか入れていない人がたまにいておもしろいんですよ。

――なるほど。買ったらおもしろいよ、楽しいよということは伝えていきたい部分ではありますよね。サブスクが楽っていうのはわかるんですけど、それに甘んじていると聴き方が悪くなってくるというか、つまみ食いが多くなっていくし、先ほどマーシーさんが仰った通り、重要なものが埋没する可能性もある。

澤田:特に専門店だと、店主が自らの判断で仕入れてレビューをつけていたりするから、それを見ているだけでもおもしろい。それによって聴きたい欲が掻き立てられるというか。サブスクにもラインアップされている作品だったりするんですけど、そこでは聴かずに買って、レコードが届くのを待とうみたいな。そういうのをより楽しめるようになったと思いますね。忙しさにやられていなかった分。

――レコード好きの方であれば皆さんがわかっている言うまでもない話ですけど、こだわったスリーブがあったり、カラーヴァイナルだったと知らずにレコードが届くと、子どもみたいにテンション上がるし。

澤田:そのおもしろさって他の人がそういう話をしていて知ると思うんですよね。自分がもともと好きだったわけではないし、さっき言った通り、人が溜まっているところで聞いて、俺もそういう話をしたいって。皆が生き生きしている光景を目の当たりにするっていうか。食べ物みたいになければ死んでしまうものではないわけじゃないですか。でも、それがあると楽しく生きていける。

やってみればできることの方が多い

――CDの話が幾度か出たので、ここからはWDのカタログから、象徴的とも言えるCD等の作品をいくつかピックアップして、その解説をしていただけたらと思います。

澤田:絞ってみたんですけど、結構いっぱいあって(笑)。コーナー別に分けられたりはするんですけどね。

澤田:これ(=『SALVATION MALEVOLENCE』)については別のタイトルで出すものが本当はあったんですけど、当時、メンバーと連絡が取れなくなって。その後、アメリカに行った時にボルチモアでそのバンドのライヴがあるから行こうって友達に誘われて行ったら、プリング・ティースのドムってやつと知り合って、そこからインテグリティのCDを出さないかってなったんです。この品番が002なんですけど、000が自分がやっていたバンドで、001がネクスト・ステップ・アップっていうバンドと東京のDSLのスプリットを予定していたんですが、それが結局出なかったので、『SALVATION MALEVOLENCE』がWDの実質的な1枚目。プリング・ティースは比較的新しいバンドだったりするんですけど、もともと自分が好きだったアメリカのハードコアのバンドでも、突っ込んで行ったらその中にも入って行けるんだっていう実感がありましたね。

特にコールド・アズ・ライフのデモの再販(=『1988-1993 DISCOGRAPHY』)は思い出深くて。高校生の頃から好きだったバンドなんですけど、先輩方しかデモテープの実物を持っていなかったんですよ。当時、それをCD-Rに焼いてもらったのをよく覚えているんですが、まさか自分が本来求めていたものを、自分のレーベルで、かつオフィシャルで流通させてもらえるなんて思っていなくて。ちょっとウケるな、みたいな。自分がこの中のシーンを代弁しているつもりはなく、ただただ好きで聴いていたリスナーだったわけですけど、自分に影響を与え続けてくれたものを手伝わせてもらえたのは素直に嬉しかったですね。このあたりのラインアップは自分の趣味の部分にも近いけれども、こういうのも出していることをリスナーの人には知ってほしいとは思っています。

実は、完全にヒップホップのレーベルだと思っている人が少なくなくて。俺がバンドをやってることすら知らない人もいたりするんで。これ(=『JAPAN SUSPECT TOUR』)は日本ツアーを収めたDVDで、アメリカとヨーロッパでも流通していて、日本でのディストリビューションがWD。ツアーも全部同行したおかげで深い交流が生まれ、アメリカに行くとうち来なよ、みたいな感じで遊んでもらったりするんで、リリースしたり関わり合うことでいろんなことを知れた感がありますね。

澤田:次はFEBBの『THE SEASON』。このリリースは自分にとって、かなり大きかったですね。これよりもすごいものはもう作れないかもと思ったくらいで。だから、昔はこれが褒められるのは嬉しくなかったんです。レーベルとしては、これより更新していかなければならないわけですから。制作期間は1年半以上かかっていて、P-VINEとの共同で、ある程度、大きな予算がついてやったのもこれが初めてでした。ジャケットの絵もニューヨークまでチャンス・ロードに頼みに行って、トラックに関してもケン・スポート(ニューヨーク在住のビートメイカー)に直接、お願いしに行きました。それこそ、他のCDのクレジットをFEBBとめちゃくちゃ見て、エンジニアを探したんですよね。ミックスはラッパーのカレンシーのファースト、セカンドを担当している人で。クレジットを見て、こいつくせーとか言いながら半信半疑でコンタクト取って。また、中のアートワークはギャラリーみたいにしようっていうコンセプトがあって、1ページごとにFEBBの『THE SEASON』っていうテーマに基づいて作品を作ってもらいました。これのおかげで自分も成長できたと思いますね。無理かもと思いながら物事を進めたらダメだっていう、やってみればできることの方が多いっていうことを、改めて自分に教えてくれたアルバムですね。

澤田:STRUGGLE FOR PRIDEのアルバムはスペースシャワーと一緒に制作させていただきました。WDのロゴが入ってるのをとても誇りに思っています。2枚のCDがコンパイルされている仕様になっていて、レゲエとかオールディーズの2枚とか3枚がセットになってる CDがすごく好きなんですけど、その感覚で妄想したり。そういった想像を膨らませられるのも、CDのおもしろい点ですよね。DJHOLIDAYの『SETAGAYA TALES』は今里さんが送ってくれた手紙にあったトラックリストから作ったものです。レコードバッグに入っていたものから選んだって話してくれました。

澤田:『voice』は、絶対にアルバムを出した方が良いっていうのを本人にオファーしまくって作ったアルバムですね。セカンドアルバムの『BOY MEETS WORLD』(同じくWDからリリースされている作品)がガチガチなヒップホップのアルバムなのに対して、こっちは音のバラエティが富んでいて、そういう意味でもWDのカラーが出ている気がしています。『voice』をリリースした後、ツアーで20何か所か一緒に回り、リリースパーティをリキッドルームでやったのも、これの時が初めてだったし。とにかく挑戦しようじゃないですけど。仙人掌って皆に愛されていて、尊敬もされているラッパーだから、それに対してどれだけかっこいい舞台を用意できるかっていうのを考えたりしました。ただ、とにかくツアーは地獄でしたけどね(笑)。ツアーライフとか言ってたの最初だけだったな、と。東京帰ったらやんなきゃいけないことがたまってるんだよなぁって思いながらこなしていました。とか言って車の運転を友達に任せて車の後ろで転がったりして(笑)、めちゃくちゃ楽しんでましたけどね。ツアーの時にアキさんって尊敬しててお世話になってるPRの方がいるんですけど、「ツアーのサポートに」ってNIXONのハイエース貸してくれて。思い返すと本当にかっこいいツアーでしたね。

――期間はどのくらいだったんですか?

澤田:半年くらいですね。2月にスタートして、9月も少し入っていたけれど、8月の終わりとかをケツにしていたんで。その反省を生かして、『BOY MEETS WORLD』の時は4か所にとどめて、夜中じゃなくて昼にして。若い子って夜、クラブに遊びに来られなかったりして、昼にやってほしいっていうのを感じたので、それをフィードバックしたんですよね。

――『BOY MEETS WORLD』がリリースされたタイミングに出た、仙人掌さんのバストアップの写真が表紙に大胆に採用された「ollie」も当時、かなり話題になっていましたね。

澤田:『BOY MEETS WORLD』のジャケットの写真は、その時の別カットなんです。アルバムのジャケットも同時に撮りたいって言って。アナログだとCDとは微妙に写真と配置が違っているやつを採用していて、リミックスだと絵になっている。3つそろえると楽しめるようにしたのが、こだわった部分でしたね。そういう仕様のこだわりがよく出ているのが、ERAのアルバム。これは3面開きのデジパックで、全面的にアートワークをグラフィティライターのQPにお願いをしました。制作する単価コストがものすごくかかるから、かなりの数を買ってもらっているんですが、出れば出るほど赤字ゾーンに入っていくっていう(苦笑)。それでも良いから、絶対に手に取ってほしいって思って。実はこれ、デジタルだとそこまで売り上げがないんですね。リスナーのほとんどは物で持っているイメージ。

生き生きとすること、迷走、コミュニティ、支え、アクションとリアクション

澤田:リリースする意義って俺は他にもあると思っていて。アーティストだって人間なわけじゃないですか。そういう部分があるからこその魅力だと思うんです。人間だから迷走するし、でもトータルで見るとそういう時期が良かったりもする。迷走しているからって駄作とも限らないから、そこをレーベルがサポートしてリリースすることは素晴らしいことだな、と。俺らはコミュニティに寄り添いながらやってるから、FEBBが悩んで迷走している時も、WDからは出していないけど、ULTRA-VYBEだったら話聞いてくれるんじゃない? って助言したり(セカンドソロアルバムの『SO SOPHISTICATED』のこと)。

『SO SOPHISTICATED』に収録されている楽曲「OPERATION SURVIVE」

澤田:俺の場合は力ある感じでレーベルをやっていなくて、あくまでインディペンデントだし、一気にいろんなことができないのもあるんで。それでスペースシャワーとかも紹介したりしたけど(GRADIS NICEとのジョイントアルバム『L.O.C -Talkin’ About Money-』のこと)。そういったことがあって、みんなが力を貸してくれて、あいつは最後まで全うできた、っていう言い方が正しいかどうかわからないですけど。裏方の人間が支えていたからリリースできて。コミュニティ、支え、ライヴなんかのアクションとお客さん、リスナーのリアクションがあるから、アーティストは生活していけるっていうか。

――昔のジャズメンとか、美化されまくっていますけど、エピソードを読んだり聞いたりすると、クズみたいな人ばっかりですしね。

澤田:そうですよね。クズなものをクズとオンタイムで言うこともまた楽しいことだと思うんですよね。みんなが理解できて、みんなが良いと言うものを作れば良いっていうわけではなくて、その人が作っている理由があるわけで、その人そのものが出ちゃっている方が良い。それを作り、出すためには近いチームじゃなきゃできないっていうのもあるし。

――FEBBさんのセカンドを聴くと、まさにそれを痛感します。

澤田:でも、実際はあれを録っている前の方がひどかったですからね。セカンドはラップでリハビリしたって感じなんで、そういう意味で聴くと結構良いものに聴こえちゃったりするっていうか。前にも『SO SOPHISTICATED』のリミックスを作ったSACくん(SCARSのビートメイカー)と、あいつはやっぱクソでしょって話していました。

――(笑)。

澤田:FEBBは確かにクソ野郎だったけど、見放したことはなかったんで。今、電話で頼りにされても応えられないよって思ってしまったりもしたけど、結局は一緒にいましたね。CDの“中”には、その時の背景も含まれていると思うんです。当時の写真の雰囲気、写っているアーティストの姿とか。とにかく多くの人に聴いてほしいっていう上昇志向が強い時期もあったんですけど、“聴いてほしい”っていうだけではない、もっと良い届け方があるよな、と。同時に、雑に聴かれてしまう音楽には携わりたくないんですよね。悪い言い方をすると、ゴミを増やしたくなくて。なので、変に広くっていうよりかは、特化したものの方が自分達がやっている意味がある気がするし。CDを買ってほしいっていうのは、可能性を広げるためだと思うんですよね。CDが全体的には売れなくなったって言うけど、ここだけはちゃんと売れてるってなったら、他の人達に目を向けさせることもできるし、強いものを作った方が良いっていう意識を改めてもったって感じです。ヤバい時期を経て。

澤田政嗣
1979年生まれ。音楽レーベル・WDsoundsを主宰し、仙人掌、FEBB、CAMPANELLA、ERAらの作品制作に携わるほか、自身もJ.COLUMBUS名義でラッパーとして活動。またハードコアパンクバンドのPAY BACK BOYSではヴォーカルを担当。読書家集団「Riverside Reading Club」のメンバーでもある。
http://wdsounds.jp

Photography Teppei Hori

author:

大隅祐輔

福島県福島市生まれ。編集者・ライター。武蔵野美術大学 芸術文化学科を卒業した後、いくつかのメディアを経て、2016年にフリーに。ライフワークとしてテクノとアンビエントを作っており、現在、アルバム制作中。好きな画家はセザンヌとモネ。

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