フランス女性の心をつかむ日本古来のエステ技術“古美道” 立役者は技術を継承するエキスパート、デルフィーヌ・ラングロワ

多くのコスメブランドが存在する美容大国フランス。コスメやスキンケアで丁寧な手入れを行うのは美容目的だけではなく、自分自身を慈しみ精神性を高める儀式として再認識されている。そんなフランスの美容業界で今注目を浴びているのが、日本古来の伝統的なエステ技術「古美道」である。フランス語でも“KOBIDO”の名称で知られ、茶道や華道と同じくらい高いスキルを要する奥義と解釈され始めた。

古美道とは1000を超えるテクニックが基盤となり、筋肉の深い部分にまで作用するフェイスマッサージ。その歴史は540年前にさかのぼり、2人のマッサージ師の技術を融合して48の手技が生み出された。現在では、医師で日本式マッサージのスペシャリストである望月正吾が26代目家元として古美道を受け継いでいる。彼から古美道の正統な手法を学んだセラピストは世界に約50人、フランスには5人しかいないといわれている。そのうちの1人が、フェイシャリストのデルフィーヌ・ラングロワであり、フランスで“KOBIDO”を有名にした立役者。彼女は古美道の技術を数年かけて学び、パリに自身のスタジオを開設。フランス人医師ルシアン・ジャケー考案の“ジャケー ピンチング”と、中国伝統療法のグアシャを取り入れたロシア人医師ヤコブ・ゲルシコビッチ考案の“ブッカル マッサージ”も習得した彼女はアンチエイジングケアを提供している。

昨年、フランスで初となるフェイシャル専門の「アカデミー・デ・フェイシャリスト」を立ち上げ、独自のフェイシャルメソッドを伝授する活動も始めた。“古来の美の道”をフランスで開拓するデルフィーヌに、古美道のスピリットやフランスと日本の美容について聞いた。

26代目古美道、家元の望月正吾の技術を見た瞬間に心を奪われる

――美容業界に入ったきっかけは?

デルフィーヌ・ラングロワ(以下、デルフィーヌ):子どもの頃、母がエステサロンに行くのをよく付き添っていました。施術を眺めるのが好きで、特にエステティシャンの指使いや異なるクリームを使うプロセスに見入っていたのを覚えています。これがフェイシャルマッサージに興味を持つ最初のきっかけになって、美容専門学校に進みました。そしてパリの「フォーシーズンズホテル」のエステルームでエステティシャンとセラピストスーパバイザーを13年務めた後、2017年に美容家の原点に立ち返った時、最も関心のあるフェイスマッサージにのみ注力したいと思って退職しました。

――13年間も5つ星ホテルのエステルームに勤めていたのであれば、既に美容家として高い技術と豊富な経験をお持ちのように思うのですが、何がデルフィーヌさんを次なるステージへと突き動かしたのでしょうか?

デルフィーヌ:エステルームではスキンセラピスト専門家として、肌全般のエキスパートでした。美容専門学校での学習も、主には肌に関することで、肌の下にあるリンパ、筋膜、筋肉、骨については学ぶ機会がありませんでした。一般的に、ストレッチによって体の筋肉をほぐしたり、痩身やデトックスといったボディマッサージの重要性は何世紀にもわたり広く認知されていますが、顔のマッサージについての利点は話されていませんよね。しかし実際には、顔にはリンパと筋肉がたくさんあり、これらに働きかけることでリフティングの効果、特にアンチエイジングに関して素晴らしい結果を得ることができるのです。フェイスマッサージを追究するために技術や解剖学、専門知識を習得する必要があると思いました。

――古美道についてはどのように知ったのですか?

デルフィーヌ:エステルームに勤めていた頃、75歳でたるみのない美しい肌の顧客がいました。彼女に若々しい美肌を保つ秘訣を聞くと「週に1度、1時間かけてフェイスマッサージをしている」と教えてくれました。表情筋を鍛えて、血液循環を良くするマッサージを時間をかけて行うことは、とても理にかなっています。それから世界中の伝統的なフェイスマッサージの技法について調べる中で、日本で長い歴史を持つ古美道にたどり着きました。26代目家元、望月正吾の技術を見た瞬間に心を奪われました! 彼の指先の動きはまるで肌の上でダンスしているように美しい。ソフトタッチでありながら、筋肉の深くに作用する技術によって、驚くべきリフティング効果を発揮します。その時、古美道を習得することが目標になりました。

――古美道とフランスのフェイスマッサージはどのように異なるのでしょうか?

デルフィーヌ:例えば、フランスのエステサロンでフェイシャル施術を受けると、最初に顔の筋肉をリラックスさせるマッサージを10〜15分程度行い、その後はさまざまなクリームやマスク、機械を用いて肌の表皮に働きかけるのが一般的です。つまり、フェイスマッサージはリラックスさせることが主な目的。しかし、古美道は15の表情筋をほぐし、鍛え、刺激する奥深いマッサージです。リンパと筋肉、骨格に合わせて、指と手をゆっくり動かしたり早くしたり、優しくなぞる動作もあれば強く指圧を加えることもあり、さまざまなテクニックが必要です。筋肉や肌は本来の位置へと戻り、施術後はたるみが改善され目がはっきりと開き、自然なリフティングを促してくれます。リラックス効果も高く、古美道のフェイスマッサージを受けると心がほぐれ、神経を落ち着かせることもできます。

――古美道は美容業界で注目を集めており、デルフィーヌさんが開設したアカデミーはプロのエステティシャンから好評のようですね。

デルフィーヌ:基本的にフランス女性は自然療法を好みます。ボトックスや美容整形ではなく、手を使って内側にアプローチする古美道の技法は、そんなフランス女性に魅力的なアンチエイジング方法であり、エステティシャンにとっても習得する価値のある技術だと捉えられています。古美道を取り入れたフェイスマッサージは今後ますます発展する可能性を感じます。

――古美道以外の他国のテクニックも習得されていますよね。異なるメソッドをミックスさせた独自のマッサージをどのようにして編み出したのですか?

デルフィーヌ:古美道はリフティングを促す技法のため、シワの改善などアンチエイジングに関わる他のテクニックも学ばなければならないと思いました。いくつかのテクニックを学ぶ中で、“ブッカル マッサージ”は非常に有効な結果を示す技術でした。イギリスで人気のあるこのマッサージを、私はロシア人医師から学び、今では15分間のこの施術だけを受けにサロンへ訪れるお客様もいます。施術方法は、指を口の中に入れて、中と外から指2本でマッサージするというもの。口周りのシワの改善に役立ち、古美道のリフティングと合わせると素晴らしいアンチエイジング結果を生み出します。

古美道、ジャケー ピンチング、ブッカル マッサージのテクニックをミックスさせる施術

――60分の施術では、どのようなフェイスマッサージを提供しますか?

デルフィーヌ:マッサージの前に15分程カンセリングを行い、肌の悩みを聞きながら、肌に触れて状態や骨格を分析します。施術は10分の簡単なマッサージで始まり、5分程のクレンジングで肌の汚れをキレイに落としてから、45分の本格的なマッサージを行って最後にクリームで整えて終わります。施術内容は個々の肌や骨格によって、パーソナライズするため毎回全く異なります。古美道、ジャケー ピンチング、ブッカル マッサージのテクニックを個々に合わせてミックスさせるのです。

――施術後、利用者はどのような反応を示しますか?

デルフィーヌ:みなさん自身の顔を見て感動します! 筋肉の位置が変わり、肌が潤い輝く結果に満足し、ほぼすべてのお客さまがリピートされます。肌状態を保つために最初の2ヶ月は毎週施術を受け、その後は月に1回継続する方が多いです。

――最後に、今後の展望を聞かせてください。

デルフィーヌ:現在アカデミーでは約2週間でフェイスマッサージの基本を学べるコースを設けています。今後はさらに効率的でレベルの高いコースを始める予定です。また、アカデミーは大変好評を得ており、フランスにとどまらずイギリス、イタリア、スペイン、ベルギー、アメリカから受講のリクエストが届いているので、他国で英語での開校を目指しています。将来的に、日本でもアカデミーを持つことが理想です!

デルフィーヌ・ラングロワ

パリの5ツ星ホテル「フォーシーズンズホテル」のエステルームでエステティシャン、セラピストスーパバイザーとして13年間勤務。2017年、フェイシャルのエキスパートを目指して、古美道の26代目家元であり医師の望月正吾から技術を数年かけて学び、VIP向けサロンを開設。2020年にはフランスで初となるファイシャル専門学校「アカデミー・デ・フェイシャリスト」を創設し、フェイスマッサージのエキスパートの育成にも貢献している。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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