ローレンスことピーター.M.ケルステンが語る『Birds On The Playground』からあふれる日本への想い

渋谷駅の喧騒から逃れ、東急本店・文化村方面を目指しながら歩いていくと景色がガラリと変わる瞬間がある。突如、閑静で洗練された空気に包まれ、スタイリッシュで落ち着いた雰囲気のレストランが次々と目に入ってくる。ここは、近年「奥渋谷」と呼ばれる話題のエリアで、その中の雑居ビルの一角にあるのが「STUDIO MULE」だ。日本で生まれた偉大なレーベルと評されるmule musiqのファウンダー、Toshiya Kawasakiがオーナーを務めるワインバーとして、2020年8月にオープンした。コロナ禍でのオープンにも関わらず、すでに音楽、ファッション業界関係者が足しげく通うディープスポットとなっている。

その「STUDIO MULE」をイメージした1枚の美しいアンビエントアルバム『Birds On The Playground』が3月にリリースされた。手掛けたのは、mule musiqの看板アーティストとして日本を含む世界中でギグを行い、自身がファウンダーを務めるDialやsmallvilleといったレーベルから数々のリリース、プロデュースをしてきたローレンスことピーター.M.ケルステンだ。ピーターとは、昨年5月に“OXI Garden”でのギグ以来、約1年ぶりに顔を合わせた。よく晴れたベルリンの昼下がり、1950年代のポストモダンな集合住宅が立ち並ぶ美しい場所で「日本には常に行きたいと思っているけどね……」と静かに語りだした彼に『Birds On The Playground』や日本について尋ねた。

初来日以来、人生に影響を与え続けている日本のカルチャー

――3月にリリースされたアルバム『Birds On The Playground』について聞かせてください。昨年8月に渋谷にオープンしたバー「STUDIO MULE」のために制作されたとのことですが、宇宙的であってエレガントでもあるとても美しいアルバムに仕上がってると思います。ピーターの普段のDJスタイルや楽曲とは異なるアンビエント集にした理由を教えてください。

ピーター.M.ケルステン(以下、ピーター):僕のお気に入りのレコードのほとんどは、実はダンスミュージック以外のジャンルなんです。例えば、雰囲気の良いバーで上質なワインを飲む時は、その情景に合う心地いい音楽が聴きたくなるし、いつもとは違う何かを求めたくなります。だから『Birds On The Playground』は、「STUDIO MULE」のようなスペシャルなバーで素晴らしい瞬間を作り出すために制作しました。僕にとって「STUDIO MULE」への貢献でもあります。

――コロナ禍により、日本へ行くことが難しくなっていますが、STUDIO MULEを訪れることができない状況で、どのようにインスピレーションやイマジネーションを得て楽曲を制作したのでしょうか?

ピーター:昨年日本に行きましたが、その時すでに、Toshiyaは「STUDIO MULE」を作り始めていたんです。その後、コロナパンデミックが深刻になってきたので、ベルリンへ戻ってきてしまいましたが、渋谷のバーで夜を過ごしたり、友達と飲んだり、mule musiqのアートワークを手掛けているステファン・マルクスの作品を眺めたり、エキセントリックな音楽を聴いたりすることをイマジネーションしながら楽曲を制作しました。

――mule musiqと日本を熟知しているピーターだからこそ完成することができたアルバムだと思います。昨年だけに限らず、これまで日本へは何度も行かれていると思いますが、どういった印象を持っていますか?

ピーター:日本を初めて訪れたのは2006年でしたが、それ以来、僕の人生に大きな影響を与え続けています。だから、可能な限り頻繁に日本には行くようにしていました。日本には、食、音楽、芸術、文化、歴史、自然、製造、建築など、さまざまな分野で影響を受ける素晴らしいものがたくさんあります。日本で過ごす時は、ヨーロッパでの生活とは全く違いますが、日本にいる時はもっとリラックスして過ごせますし、今はそれができないのでとても恋しく感じますね。

日本のローカルのカルチャーが活動のインスピレーション源

――残念ながら今もなお日本へ行くのは難しい状況にありますよね。日本ではたくさんの思い出があり、さまざまな体験をされていると思いますが、同時に、日本のダンスミュージックシーンと密接に関わってきていると思います。(その中でも特に思い出に残っているパーティや好きなクラブはありますか?

ピーター:そうですね。数え切れないほどたくさんのマジカルな思い出があります。特に印象深かったのは、 2007年に今はなきSpace Lab Yellowで開催されたmule musiqのレーベルナイトです。盟友スーパーピッチャーとステファン・マルクスと共演し、一緒に過ごした良い思い出です。その数年後には、eleven(Space Lab Yellowの跡地にオープンし現在は閉店)で開催された大晦日のカウントダウンパーティにDJ Kozeと共演しましたが、とてもクレイジーな夜だったのを覚えています。東京だけでなく、大阪のcircusでもたくさんの良い思い出があるし、札幌のプレシャスホールでは、Kuniyuki(Takahashi)と一緒に素晴らしいギグをしました。あと、九州の日田市にあるコンテンポラリースペース”CMVC”も注目すべきベニューだと思っています。とても良質なサウンドシステムを導入していて、カルチャーの発信地となっている場所です。友人のAOKI takamasaが定期的にパーティを開始していますが、“CMVC”は、細心の注意を払ったサウンド、熱心なオーディエンス達、そして、そこで生まれるたくさんの楽しい瞬間がコネクトしている本当に素晴らしいベニューです。

――Space Lab Yellowelevenでのイベントは本当に良質なものが多かったですよね。地方のアンダーグラウンドカルチャーには私も以前から注目していますが、“CMVC”にはぜひとも行ってみたいです。クラブ以外にも好きなお店やお気に入りの場所はありますか?

ピーター:たくさんあり過ぎて答えるのが難しいですね。ただ、僕がお気に入りとする日本の場所は、必ずしもショップやレストランではないということを伝えたいです。日本を訪れた時にいつも行く場所の1つとして挙げたいのは、京都のくらま温泉です。鞍馬寺を散策しながら、温泉へ向かうんですが、とてもきれいな景色が広がっています。他にも、博多から湯布院までを結んだリゾートエクスプレス“ゆふいんの森”はとてもユニークな特急列車で気に入っています。他にも美しい陶磁器が印象的だった恩田も訪れましたが、水を動力源とする独自の粘土があり、それから作られる陶磁器は本当に素晴らしいものでした。

――かなりいろんなところへ行かれてるんですね。日本人の私より詳しいかもしれません。他には日本の文化で何か影響を受けたものはありますか?

ピーター:日本人の文化に対する献身性と情熱には、間違いなく大きな影響を受けています。僕は決して完璧主義者ではありませんが、音楽と料理に関しては、常に良いものを作ろうと最善を尽くしていて、日本での経験はそういった自分の活動に大きなインスピレーションを与えてくれています。

最近ガーデニングにもハマっているのですが、ガーデニングにおいても日本から学ぶことがたくさんありました。特に、おもしろくて、遊び心ある手法の細部にフォーカスしています。これは、『Birds On The Playground』の制作においても同様のことが言えます。

ローレンス
ピーター.M.ケレステンによるソロプロジェクト。ハンブルグ在住。メイデイやアドニスらシカゴハウス、デトロイトテクノのアーティストから影響を受けキャリアをスタートする。これまでに自身のレーベルDialから3枚のアルバムをリリース。別名義のStenでも高い評価を得ている。3月にmule musiqからの4作目となる新作アルバム『Birds On The Playground』をリリースした。

Photography Hinata Ishizawa
Special Thanks Sayaka Shimahara

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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