BIGYUKI NYでジャズの最前線を生きる日本人アーティストの今・これから

コロナ禍で、ミュージシャンは等しく活動の停止を余儀なくされたが、ロックダウンのNYでBIGYUKIは何を感じ、どんなことを考えていたのか、まずはその話から訊いた。少しずつ、音楽に向き合い直すことを始め、再び、演奏と制作活動に取り組みだした過程も振り返ってもらった。アメリカで活動を続けてきた中で得た、社会やコミュニティ、シーンに対する責任や貢献にも話は及んだ。そして、日本に暮らす人達にも伝える義務があるという、その思いにも触れるインタビューとなった。一時帰国を経てNYに戻るBIGYUKIの次なる予定は、ピート・ロックのバンドでのライヴになるという。
(編集部注:本インタビューはBIGYUKIが一時帰国中の2月末に実施された。)

コロナ禍のNYの過ごし方や、音楽シーンの動向を振り返って

――コロナ禍はNYにいらしたのでしょうか?

BIGYUKI:基本的にはそうですね。2020年の3月までツアーであちこち回っていたんですが、それ以降はパタリと動くこともなくなりました。

——ミュージシャン仲間とも会わずでしたか?

BIGYUKI:NYでもレコーディングがたまにありましたが、一番状況が酷かった3、4月の間は、ほぼ会わなかったですね。その間は、州単位の補償があったり、ミュージシャンズユニオンのような互助団体による寄付が盛んに行われたりと、救いの手がいくらかあったので、僕やミュージシャン仲間たちも自宅から発信ができるようにと、マイクとかモニタースピーカーといった機材を揃えて準備はしていました。

——補償や寄付等の支給は、オンラインでの活動が条件ですか?

BIGYUKI:これからの活動への補償ではなく、今まで音楽業界にどのように貢献したかで判断されました。どのアルバムに参加しているか、ツアーはどういったものに参加したかなどを訊かれるので、僕もそれを全部申請しました。

——その状況下で、音楽に向かうモチベーションは保てましたか?

BIGYUKI:いや、3、4月の間は全くなかったです。ステイホームが大事だ、外に出ないことが世界を救うと言われていたじゃないですか。正直に言うと、そのメッセージに甘んじていたところもあり、ずっと家にいてネットフリックス見たり自炊をしたりと、ただただ消費をする毎日でしたね。当時は完璧なロックダウンでしたからね、本当にあのNYが沈黙していました。で、そうしている内に他のミュージシャンからキーボード・ビデオリレーに誘われる等、お互いに気持ちを高めていこうよっていうムーヴメントがあったりして、徐々に音楽筋肉のようなものが戻ってきた実感がありますね。

——ホセ・ジェイムズのオンライン・ライヴにも参加してましたが、同じ時期ですか?

José James – Come To My Door (Live at Levon Helm Studios)

BIGYUKI:あれは2つライヴをしていて、1つ目を8月に行いましたが、とても良いきっかけの1つになりましたね。ロックダウンになって以降、バンドで演奏するのは初めてでしたし、素晴らしい体験でした。NYの陰鬱で不気味な雰囲気から、気の知れた仲間と会って情報交換をして、久々に音を出して、そのバンドで演奏をすることも初めてで、より新鮮に感じました。演奏自体、僕自身は納得行くものじゃなかったのですが、経験としては素晴らしかったです。

——あのライヴはリリース(『New York 2020』)されるそうですね。

BIGYUKI:そうなんですか。そっか……だけどまあ、1周回って、それは良いとして(笑)、今楽しみに信じていることがあって、コロナがある程度収束して経済活動が戻り、文化活動ができるようになった時に、アート・ルネッサンスのような爆発的なエネルギーがいろんなところで発散されると思うんです。特にNYはストレスを与えられた分、カウンターがすごいと思います。そうなった時には、自分もそのシーンに貢献していきたいし、自分から何か意味のあるものを発信していきたいと思っているので、今はそこに焦点を当ててモチベーションを取り戻しています。

——NYのミュージシャンたちは、普段バラバラに行動していても、いざという時は一致団結してサポートし合うパワーがあるように感じます。

BIGYUKI:そうですね。互助団体からの援助も積極的でしたし、仲間うちで情報もどんどんシェアしていました。オンラインの動きでおもしろいのが、成功しているプロデューサーたちが、自分の発信力を使ってYouTubeやInstagramで、ビートコンペのように一般公募でビートを集めて審査する取り組みをしている。それによって、無名で才能のあるビートメイカーが新しい仕事をゲットしたり、そのシーンに認知されたりした。大きなチャンスを各々が与えようとしている。お互いを巻き込んでシーンとして高め合おうというのはすごく健康的で良いことだと思いますね。そういう動きを見ているのもあって、僕もどうやって貢献できるかっていうのは常に考えています。

——それは、アメリカの音楽シーンに受け入れられていると感じるからでもありますよね。

BIGYUKI:バークリーに在籍していた15年ぐらい前にゴスペル音楽に興味を持ち、縁あって、とある教会で演奏が決まり、いきなりそのコミュニティへ飛び込んで、そのコミュニティがどんなファンクションを持っているかも知らないまま演奏を始めたのですが、その時に、異質なものをまっすぐ受け入れてくれる懐の深さのようなものを感じました。それは、アメリカなのか、ブラックカルチャーなのかはわからないのですが、来る者は拒まずという姿勢でしたね。そして、文化を吸収したい、好きだという意思を伝えれば、その分返って来るという感覚もありました。

嗜好性の変化から生まれた最新作『2099』のこと、CHAIやハトリミホとのコラボレーションのこと

BIGYUKI『2099』

——昨年リリースした『2099』はコロナ禍の状況を反映したものですか?

BIGYUKI:反映されていると思います。貢献の話じゃないですが、自分が2020年にどうにか生き延びて、その中で素直に感じたことを表現したいなと思っていましたし、ストレスにさらされていると聴きたい音楽もガラッと変わったんです。普段だったら緊張と緩和というか、不愉快になるぐらいのものからリリースされるような感覚へ持っていく音楽が結構好きでしたが、今はちょっと聴き方が変わったのかなと感じています。そういった新しく仕上げた曲やそれまでに自分の中で持っていた曲も含め、とにかく2020年に作品を出したいなという気持ちがありましたね。

——『2099』はジャンルに括れず、でも幅広くクロスオーバーなことをやっているわけではなく、やりたい音楽の軸がはっきりある印象を受けました。

BIGYUKI:そうですね。先日、稲垣吾郎さんがMCしているラジオ番組に出させてもらって、僕の音楽のジャンルについて、吾郎さんに「ジャズって言って良いんだよね?」って言われて、僕は「ブラックミュージックです」ってその時は言いましたが、僕が言うべきだった正しい答えは「ブラックミュージックというものが根底にあって、そこから自分なりのフィルターを通して出した音楽」ですね。これが、何というのかも僕にはまだわからないですけど。

——自分でビートを作ってプロダクションを手掛け、一方でプレイヤーとしてインプロビゼーションもできることもすべて自然につながっていると感じました。

BIGYUKI:すごく嬉しいですね、ありがとうございます。それは自分の目指すところです。プロデュースもすごく好きなのですが、大きな目で見たらバンドを編成する時と気持ちは同じで、プロダクションへ関わる人もインプットがおもしろいから一緒にやりたい、自分の引き出しを開けてくれるような人と演奏をしたいと思っていて、ビートを作って一緒に組むプロデューサーに対しても、そういった感性を重要視しています。

——プロデュースでは、意外なことに最近CHAIの新曲を手掛けていましたね。

BIGYUKI:あの制作は、僕のバークリー以来の友人がつないでくれたんです。彼女たちのプロデュースにも関わっている友人で、コロナ禍になってから僕からアウトプットがない状態なのを気にかけてくれていました。そこで、それまで自分が比重を置いていなかったプロダクションやトラック作りとか、自分1人で完結することを少しずつ始めて、時間を割くようになったっていうのをその友人に話していたんです。それなら良いアイデアが思い浮かんだら送ってちょうだい、という流れになり、ブラッシュアップしようとなった曲の1つが「チョコチップかもね」です。あんな形で完成したことは嬉しく思いますね。ビデオもかわいいですし。

CHAI – チョコチップかもね/Maybe Chocolate Chips (feat. Ric Wilson)

——CHAIとのイメージのギャップがあるのもおもしろいですね。

BIGYUKI:CHAIのその1つ前のシングル「ACTION」をプロデュースしたのは、僕がよく一緒に曲作りをしているルーベンというプロデューサーなんです。彼のプロダクションは洗練されていて、すごく緻密なプログラミングが為されているので、僕のプロデュースで大丈夫かな?と正直思っていました。でも、逆にらしさというか、ヘタウマ感みたいなのが、曲のイメージにもハマったのかなと思いたいですね(笑)。

——加えて、ハトリミホさんのアルバム(『Between Isekai and Slice of Life 〜異世界と日常の間に〜』)にも参加されてましたね。

BIGYUKI:ブルックリン・ミュージアムでの演奏に誘っていただいた際に、僕の感性に興味を持ってもらったんです。シンセサイザー・プレイヤーとして参加したので、僕なりのアレンジやこういう音を足したらいいんじゃないかという提案をしながらいろいろ試していたところ、彼女が気に入ってくれて、その後にアプローチがあり、またブラッシュアップして、彼女のプロダクションに僕のアレンジを足したという経緯です。

——ハトリさんもずっとアメリカで活動されてますね。

BIGYUKI:ハトリさんはカッコいいですよね、先輩って感じですね。

今そしてこれからのアメリカ社会、そして日本の音楽シーンへの思い

——今後もアメリカで活動をすることが重要になると思いますか?

BIGYUKI:コロナ前に日本へライヴで来て、自分より若い世代のミュージシャンの演奏を見る機会があったんです。その時に、今の20代の、特にドラマーですごくおもしろい、骨の入ったビートを持っているミュージシャンがいたので話をすると、ダラスのシーンがとても好きで、僕がNYで一緒に演奏しているミュージシャンのこともよく調べていたんですよね。今はYouTubeのおかげで視覚的にもしっかりと確認できる。文化的な情報を吸収する方法が自分が20代だった頃よりもとても広がっていて、地理的な不利さは前よりはなくなっていると思いました。もちろん、その場にいて人間同士の関わりを築いていくと音楽にも還元されるし、とても大事なこととは思いますが、実際にクリエイティヴな交換をして、クリエイティヴな環境を築くのもオンラインでできることが増えているので、絶対にアメリカに住まなきゃいけないということもないと思います。僕の場合は昔、バークリーを出た時の選択肢が日本、NY、LAで、自分を追い込みたくてNYを選んだだけなんです。でも、これからはわからないですね、流動的に柔軟に生きていきたいなとは思います。

——先は読めないほうがいいということでしょうか?

BIGYUKI:今自分のいる場所である程度認知され、リスペクトを得られて活動していくのは比較的やりやすくコンフォタブルですよね。でも、そこで自分の環境を変えて、何か新しい人と知り合って多少のリスクを取っていくことで、結果的には自分でも気付けなかったポテンシャルを見出すきっかけにもなります。やはり自分は表現者であり、いつになったら終わるわけでもなく、ずっと人生のすべてが自分を探すプロセスなわけです。だから、できる限りいろんな場所に行っていろんなバックグラウンドを持つ人と会って、自分の世界観を自分の想像する範囲以上に無理矢理押し広げられるような機会や経験は大事だと思っていて、そういう意味では他の場所へ移るのはプラスに還元されるものだと思っています。僕は日本人男性であり、日本では圧倒的マジョリティです。でも、それが実はどれだけ恵まれていることなのかを、アメリカに渡り、自分がマイノリティになり、学生で社会的に弱い立場で英語も喋れなかった時に初めて痛感しました。僕自身そういう経験もあったので、「Black Lives Matter」の件についても想像力がすごく大事だと改めて思いました。アメリカでは絶対に歴史の教科書に載るような事件が起きている傍らで、日本での報道やリアクションを新聞、web、SNSでリサーチしていると、リアルに寄り添って正しく理解することはとても難しいことだと実感しましたね。アメリカの歴史に脈々と露骨に刻まれて来ていたものが、だんだんと先人たちの戦いの中で差別や偏見を取り締まる法律が生まれ、徐々に表面上は公平になってきてはいるけれど、巧妙で洗練された形で「差別」が根本的なシステムに組み込まれ、現代社会の中に潜んでいると思うんです。「Black Lives Matter」のムーヴメントの話の流れで、アジア人も差別されている、というのは全く見当はずれだと思うし、実際に住んで体感している僕が、そのルーツを伝える義務は感じています。想像力を持って理解しようとしてくれている人もいるけれど、皆がそう真剣に頭を働かせて考えるわけでもないですし。ってあれ、なんの話でしたっけ?(笑)

——こういった話も伺いたかったので大丈夫です(笑)。

BIGYUKI:僕はこういった話をする義務のようなものを感じていて、影響力があるわけでもないですが、僕自身がこのような話をする機会があり、発信するプラットフォームを与えられているので、それらを存分に活かしていく責任を意識するようになりました。微力ではあるかもしれないけれど、僕のような人間がどうプラスに動けるか考えるべきですし、自分が目の当たりにした経験から人種や人権のことは発言しなければ、という義務感を感じています。

——若い世代のミュージシャンも関わるようになってきた、日本のメジャーシーンの音楽はどういう風に見えていますか?

BIGYUKI:この間、Mステのスペシャル見ましたよ(笑)。おもしろい人たちが増えてきたなと思います。情報を入れたい分だけ入れて掘ることもできる環境が整っていますし、距離が離れているからこそ、自分の知らないところで何が起きているかを知りたいという好奇心がある、貪欲に吸収しようとしている人が多いと思います。また、そうやってインプットを得て自由に表現するようなミュージシャンを必要としている場も多くなり、レベルも底上げされていると思いますので、楽しみですよ。自分が表現したいものがあってそれをどのレベルで表現できるかっていう方法の幅が広がって、それがどんどん高くなるんじゃないかなと思います。

BIGYUKI Solo Piano Live at COTTON CLUB

BIGYUKI
6歳からピアノを習い始め、クラシックを学ぶ。高校卒業後にアメリカの名門音楽大学“バークリー音楽院”へ入学。在学中からボストンのジャズ・クラブで活動したほか、教会音楽へも興味を持ち始め、教会へも演奏活動の場を広げた。その後ニューヨークへ進出し、ヒップホップ・シーンを牽引する大御所アーティスト=タリブ・クウェリと、ネオ・ソウル界で活躍しているシンガー=ビラルのバンドへ加入し同都市での認知度を高める。ビラルのバンドではロバート・グラスパーとも共演し、ジャズ・シーンにおいてもその存在感を強めていった。2016年には大手ジャズ専門誌の『Jazz Times』で読者投票のキーボード奏者部門でハービー・ハンコック、チック・コリア、ロバート・グラスパーと並んで入賞するという快挙を達成した。ア・トライブ・コールドやJ.Coleらの話題作にも参加し、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンらとも共演を果たすなど、日本人ながらブラック・ミュージック・シーンの旗手ともいえる活躍を見せる注目アーティスト。
https://jazz.lnk.to/BIGYUKI2099
Twitter:@bigyuki

TOKION MUSICの最新記事

author:

原雅明

音楽の物書き。レーベルringsのプロデューサー、LA発のネットラジオdublab.jpのディレクター、DJやホテルの選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。単著『Jazz Thing ジャズという何か』など。 https://dublab.jp https://www.ringstokyo.com

この記事を共有