マイカ・ルブテが音に込める言葉にできない共感覚 自分の意識はどこまで及んでいるのか?

「全曲、推し曲」を掲げ、今秋リリースのアルバムに向けて断続的にシングルを世に送り出しているマイカ・ルブテが、一連のシングル作品の1つとしてライアン・ヘムズワースプロデュースによる『System』を発表した。

コロナ以前は感じていなかったコミュニケーションに対する意識の変化や、他者と自身の関係性について聞いていくうちに、「私の意識を意識して作っている」というニューアルバムの片鱗が見えてきた。

コロナ禍で実感した、言葉にならない情報の大きさ

−−2020年から新型コロナウイルスの流行で世界ががらっと変化しましたが、この1年ほどのマイカさんの心境や暮らしはいかがでしたか?

マイカ・ルブテ(以下、マイカ):もともと制作で家にこもることが生活の中心だったので、そういう意味ではむしろ自分がやっていることに集中できる時間が増えて良かったと思った面もあって。でも、この状況が長引く中で、コロナ以前は当たり前だと思っていた、人と会うことで自分が得ていた情報、言葉にならない情報の大きさに気付きました。ライヴも、お客さんが目の前にいること自体が自分のインプットになっていたんだなあと。

——特にライヴのかたちはコロナ以前と以降で如実に変わっていますもんね。

マイカ:お客さんに楽しんでもらうために自分が放出するもの、つまり完全にアウトプットだと思っていたら、実はインプットだったんだっていうことをすごく実感しています。一方通行ではなくて循環型のエネルギーだったんだって。

——マイカさんがお客さんからもらうエネルギーってどういうものでしたか?

マイカ:テレビで見た受け売りなんですけど、人は耳で聴いて、目で見て、っていう以上に、肌で感じることが多いらしいんです。例えば、一緒にいる人がすごく緊張して心拍数が上がっていると、無意識にこちらもそれを感じるセンサーがあるらしくて、ライヴもそういうことだったのかと腑に落ちました。私もそうだし、お客さん同士も、感覚を共有するという意味で、ライヴはかなり大きな情報を得る場になっていたんだなと思いました。

マイカが楽しむ、膨大なミステリーを噛みしめるおもしろさ

——秋のアルバムに向けて断続的にリリースしている一連のシングルを聴いて、自分の中に潜っていくような印象の前作のアルバム『Closer』に比べて、次作は楽曲の角度や方向が違うのかなと思ったのですが、制作にあたって意識していることはありますか?

マイカ:次のアルバムは、自分の中で大きなコンセプトが見えてはいるものの、実はまだ言語化するのに時間がかかっていてそれを流暢に喋るすべがないのですが、『Closer』が自分の感情に基づいてできたアルバムだとしたら、次のアルバムは、感情の手前にある「私の意識」を意識して作っている気がしています。

——「私の意識」というのは?

マイカ:コロナの影響もあって、どこからどこまでが自分なのかとよく考えるようになったんです。皮膚の向こう側は自分じゃないってもしかしたら間違っていて、意識が及んでいる範囲って実は際限がないんじゃないかなと思って。例えば夢を見ている時は、夢とは気付かずに別の現実を作りあげているわけじゃないですか。でもそれは結局自分の意識の中だけの出来事。答えは何もないんですけど、そのからくりがおもしろいなと思っています。

——暗闇で何かが身体のそばにきたら、見なくても触れなくても気配を知覚しますよね。じゃあ、自分の身体の輪郭って物理的な範囲を超えているのではという考えは共感しますし、誰しもが感じたことのある不思議なんじゃないかと思います。

マイカ:言葉で説明してもわからなかったりするけど、なんとなくわかるじゃないですか。その「なんとなくわかる感じ」がおもしろいですよね。だから、『Closer』が自分の内面に相手を引き込むための作品だとしたら、次の作品は自分が相手に及ぼうとする時の力というか。力の向きがちょっと違う感じです。

——それってどちらも他者の存在があって成立すると思うのですが、マイカさんの他者に対する意識が変わったのでしょうか?

マイカ:他者との関わりという意味では変わらないのですが、おもしろいなと思うのが、他者と言ってもしょせんは「自分の中での他者」というか。

——それはさっきおっしゃっていた「私の意識」というフィルターを通して作られた他者ということ?

マイカ:そうです、そうです。だから、「私の意識」が大前提としてあります。自分の意識の中での他者だから、じゃあ自分が死んだらその他者も消えるのかっていうと、それは誰にもわからない。でも、その他者は確かに存在しているんだということを感じていたいんです。

——さきほどの相手に及ぼうとする力の話を聞いて、マイカさんは他者ともっと溶け合いたいのかなと感じたのですが、今の話だと「私の意識」によってかなり他者と自分は分断されているという認識なのでしょうか?

マイカ:そこは曖昧なままでいいと思っています。ちょっと死生観にも繋がるんですけど、2020年以降は特にたくさんの人が亡くなっていますし、自分や身近な人がもしかしたら亡くなるかもしれないっていう1つの恐怖をみんなで味わったタイミングもあったと思うんです。その中で考えていたら、自分がどこから来たんだろうとか、他者がいなければ自分は生まれていないとか……アルバムのコンセプトにするにはあまりにも膨大な謎なんですけど、そのミステリーを噛みしめて、解明したいという気持ちが湧きました。

——そのミステリーと「私の意識」はどのようにアルバムに反映されていますか?

マイカ:そのミステリーは私も死ぬまでにわかればいいなというものですし、解けないものは解けないので、あくまでもそれにまつわる他者や「私の意識」がどこまで及んでいるんだろうという「問いのアルバム」にできたらいいなと思っています。

ライアン・ヘムズワースとの共作、弟が書く歌詞。マイカが信じる直感

——実際にアルバムの曲はどのように作っていっているのですか?

マイカ:自分の中で曲を2種類にわけているんです。1つは自分が普通に暮らしながら現実世界で作っていく音楽、もう1つは覚えている範囲ではあるのですが、夢の中で聴いた音やメロディをそのまま音源にするっていう。夢の中のメロディを曲にするってよくあることではあるので、それ自体をコンセンプトにしようとは思っていないんですけど、「私の意識」ってなんだろう? みたいな問いにはなっているかなと思っています。

——リリースしたばかりのシングル『System』はどちらの種類ですか?

マイカ:『System』は現実世界で作った音楽です。今シングルカットしているのはすべて現実世界で作ったもので、いろんな人の力を借りながら自信のある作品にできました。夢から作った曲は、アルバムの中でだけ聴けるようにしようと思っています。

——『System』はライアン・ヘムズワースのプロデュースですが、制作はいかがでしたか?

マイカ:すごく速かったです。『System』は最初にデモ音源ができた段階から、「これは絶対ライアンと仕上げたほうがいい」と直感したんです。まず一度聴いてもらったのですが、そこからがすごく速くて、3日くらいで「こういうのどう?」と返ってきました。曲の途中からバッと世界観が変わったり、それ以降のコード進行がメジャーになって気持ちが緩和される感じになったり……デモ段階ではもっとシンセが入っていたり音が埋まっていたんですけど、必要なものだけ取り出してもらった感じです。すごく決定的な作業を最速でできるなんて「やばいな、ライアン」と思いましたし、直感した時はためらわずにばんばん声をかけたほうが作品として正解なんだろうなと実感しましたね。もう間違いないと思った瞬間から、その人って作品にとって自然な存在になるんです。歌詞には、私の弟にも参加してもらっているんですよ。

——『System』の歌詞には弟さんの存在が自然だった?

マイカ:そうですね。弟には歌詞を丸投げする時もあって、今年の3月に出した『5AM』の歌詞は弟が全部書いています。いつも曲が先にできてから詞を入れるのですが、私の言いたいことは曲までで詰まってしまうから、それ以上言語化できない時に、いちばん感覚が似ている弟に参加してもらいます。身内の話で結構恥ずかしいんですけど(笑)、小さい時から引っ越しがすごく多くて、外で友達と遊ぶより姉弟でたくさんのことを共有してきたこともあって、彼の言葉はすごく私の感覚とシンクロするんです。

——血が繋がっていてもそうでなくても、同じように感覚を共有できる人がいるのってすごく素敵だと思います。

マイカ:そうですね。『Spider Dancing』のMVと『System』のアートワークを担当したSaou Tanakaさんも、あまり説明しなくても「もしかしてこの曲のこと知ってた?」って思うくらい、私が感じていた気持ちとか見たかったものをわかってくれていて。たまたまInstagramで見つけて、zoomでのやりとりだけで会ったこともないのですが、彼女のアートワークが私のモチベーションにもなっています。

アルバムを紡ぐために「どれだけ嘘のない強い点を打てるか」

——『System』のアートワークは『Spider Dancing』のMVからAIのマシンラーニングで画像作成して制作されたと伺いました。

マイカ:そうなんですよ。『Spider Dancing』のMVで、私がステージ上で踊るシーンがあるんですけど、その映像素材を使いました。『System』って既存のシステムを壊してみようという呼びかけのある曲で、SaouはAIで映像やビジュアルを作成することを研究している人でもあるので、自分達がすでに持っているシステムで作るのではなく、偶発的で計算外のことが起きるAIという方法を使ってくれたんだと思います。でも、最初は石とか、人間じゃないものを対象としてビジュアルを作ろうとしていたんですよ。

——どういう経緯で、最終的にAIに学習させる対象がマイカさん、人間になったのですか?

マイカ:『System』の歌詞と、どういう曲かという簡単なメモを渡したあたりから、Saouが「人間がいないとダメだ」と言っていて。Saouは技術を使うことが目的になっていなくて、何を表現したいかがちゃんと先にある。その中での選択肢としてAIを使って、映像を読み込んだところ、今回のアートワークのような人間が液体化したようなものができました。私は曲について言葉にするのが得意ではないので、感覚を共有できるということは幸せだなと思いました。

——冒頭にお話しされていたように、皮膚感覚というか、リアルな交流によるエネルギーの交換や言葉を介さないコミュニケーションに、マイカさんの興味が今すごく向いているんだなと感じます。

マイカ:まさにそうです。逆に、どんなに話し合ってもわかり合えない相手もいるじゃないですか。もちろん言葉の力は絶大なんですけど、言葉で解決できないことも世の中にはたくさんある。そんな中で1伝えたら10伝わる相手ともの作りを一緒にできるのは本当に幸せなことだと思います。

——今シングルカットされている曲はそれぞれに気分がまったく違いますが、アルバムのストーリーはこれからどうなっていくのでしょう?

マイカ:ずっと楽曲ごとに気分が違うので、聴いた人はその時その時で「全然違うな」と思うかもしれないのですが、それもたぶん自分が決まりきったことをしたくない気持ちがあるからで。決まりきったことというか、ルーティンのようにしたくない。ストーリーって点が線になっていくということだと思うのですが、初めから線を描くということを私はあまりせず、1つひとつの点がどれだけ自分に正直か、どれだけ嘘のない強い点を打てるかを大切にしています。アルバムを出した時に、その点が最終的に線になっていけばいいなと思っています。

マイカ・ルブテ
シンガーソングライター、トラックメーカー、DJ。日本人の母とフランス人の父の間に生まれ、幼少期から10代を日本とパリ、香港で過ごす。ヴィンテージのアナログシンセサイザーとの出合いをきっかけに14歳から宅録を独学で始め、ポップとエレクトロを融合させたスタイルを確立する。2013年から本格的なソロ活動をスタートし、2014年にセルフプロデュースによる1stアルバム「100 (momo)」をリリース。2016年にアーティスト名義を現在のMaika Loubtéに変更後、アルバム『Le Zip』『Closer』を発表。2021年秋にニューアルバムを発表予定で、“全曲、推し曲”をテーマに今年1月から定期的に収録曲の配信リリースを続けている。6月23日にライアン・ヘムズワースとの共作による『System』をデジタルリリースした。

author:

飯嶋 藍子

フリーエディター / ライター。1990年生まれ。北海道帯広市出身。学生時代に主婦の友社、リットーミュージックで編集アシスタントを経験後、ロッキング・オン・ジャパン、CINRA.NETでの勤務を経て、2017年夏に独立。『BRUTUS』『TOKYO VOICE』『GRIN』などに寄稿。好きなものは自然と動物。特技はオラクルカードリーディング。 Instagram:@aicoyote

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