類稀な表現力でさまざまなアーティストやプロジェクトを支えるスティールパン奏者であり、レーベル「BINDIVIDUAL」も主宰する音楽家、小林うてな。近年はBlack BoboiやMIDI Provocateurといったエレクトロニカ・ユニットも牽引する彼女が、このたび約5年ぶりにソロ・アルバムを完成させた。“人生賛歌”をテーマに掲げた本作『6 roads』は、アルバムに先駆けてリリースされたEP3作と併せて、1つの物語を紡ぎ出すコンセプト・アルバム。さらにCDのパッケージにはその物語を可視化した絵本も同封されるという大作となった。この『6 roads』という作品が生まれた背景、そして小林うてなというアーティストの突出した才能に触れるべく、早速本人に話を聞いた。
絵本と一緒にリリースした理由とタイトルに込めた想い
――絵本を読んだことで、今回のコンセプトがようやく理解できました。先行リリースされたEP3作の謎が、ようやく解けたというか。
小林:ああ、それはめちゃくちゃ嬉しい感想ですね。まさに今仰ってくれた「謎解き」が今回やりたかったことなので。
――謎解きがやりたかったというのは?
小林:今回のアルバムを作るまで、私は自分の音源をどうやってリリースしたらいいのか、ずっと決めかねてたんです。それこそ今はストリーミングの時代ですけど、私はデジタル音源をただ流すだけでは納得できないし、あくまでも「作品」を出すことが大切だと思ってて。で、そんな時にふと『ONE PIECE』という漫画を読んで、これだと思ったんです。要は物語の伏線を張っておいて、あとから回収するってことですね。それは音楽だけではできないけど、そこに絵や言葉をつけて、音楽と物語がより密接になれたら、それが自分の作品になるんじゃないかって。そういう発想から、今回はこうして絵本と一緒に出すことにしたんです。
――今作の物語はどのようにして生まれたのでしょうか? どうやら『6roads』というタイトルは、仏教における「六道輪廻」に由来しているようですね。
小林:そうですね。そこで重要なのが、今回のアルバムは7曲収録されてるってことなんです。というのも、要は六道輪廻って「来世のために今を良く生きよう」みたいなことだと思うんですけど、私自身は「それよりも現世を謳歌した方が良くない?」みたいな気持ちの方が強くて(笑)。六道輪廻から「より良い生き方を目指す」という意思を受け取りつつ、私はその意思を来世ではなく、現世で叶えたいんです。なので、六道輪廻における解脱後の7つ目の世界が極楽浄土なら、このアルバムでの7つ目の世界は「今」だと。そう捉えたのが『6roads』ですね。
――今の話にも通じるメッセージが、絵本の最後にも載っていましたね。
小林:あのメッセージには自戒の念も込めてあるんです。なんていうか、人ってつい「上を目指す」みたいな思考になりがちじゃないですか。それこそ子供の頃になんの疑問も持たずに取り組んできたコンクールとかテストってそういうものだし、もしかすると人はそういう構造から逃れられないのかもしれない。でも、私はそれよりも知識を増やしたり、隣人のことをちゃんと理解すること、お互いがじわーっと滲み合うようにして「円」を広げていくことの方が大切だと思うんです。
――うてなさんのそうした人生観、あるいは死生観はどのようにして育まれたんですか?
小林:どうなんだろう……。もしかすると私は死とまだ向き合えてないのかもしれない。例えば、私はおじいちゃんが亡くなった時、サポートの現場があるという理由でお葬式に行かなかったんです。お盆に線香をあげに行ったりもしないし、「(亡くなった祖父のことを)自分がいつでも思い出せるなら、それでよくない?」みたいに思っちゃうタイプというか。ただ、怖さは感じてるかな。それこそ小さい頃にタロット占いとかを私がやると、必ず死にまつわることが書いてあって。「なんで私の人生はそんなに死と関係あるの?」みたいなことはずっと思ってました。でも、私自身は「死」よりも「生」に対する意識の方が強いんじゃないかな。
――それこそ今作も「生」を描いた物語ですよね。
小林:そうですね。私はこれまで「希望のある受難・笑いながら泣く」というテーマを掲げてきたんですけど、要はそれって自分への応援歌みたいなものだったんです。「小林、明日もがんばって生きようぜ」と自分に言い聞かせてるような感覚というか、私のソロ活動にはそういう自己治癒的なところがちょっとあって。でも、それも今回の4作品を通して一段落ついたのかも。今回は物語が先にあって、それと向き合いながら動いていたので、それこそ自己治癒的な部分はまったくないし、本当に音楽を作ったなという感じがしてます。
新作の制作背景とクリエイションの哲学

――今作はうてなさんがほぼすべての演奏/作曲を1人で手掛けているのと同時に、デザイナーのsemimarrowさんによるヴィジュアルも大きな要素を占めています。音楽家以外のアーティストとコラボレートするということも、うてなさんが今やりたかったことなのでしょうか?
小林:そうですね。やっぱり誰かと一緒に何かを作るのって楽しいし、もしかすると私には学祭とかを楽しめなかった青春時代を、今でも引きずってるところがあるのかもしれない(笑)。実際、私は1つの目標に向かってみんなであーだこーだ言いながら本番を迎えるイベントがけっこう好きだし、それこそ楽器に関してはけっこうスポ根的なところがあるんです。「もっと練習しようぜ!」みたいな(笑)。ソロについては今まで気難しく考えがちだったんですけど、やっぱり楽しんでやるのが一番だなーと今は思ってますね。
――今回の絵本は2020年から物語が始まります。ここには昨今の社会情勢に影響されたところもあったのでしょうか?
小林:コロナの影響を受けたのは、EP「Fenghuang」の1曲目「fai」だけですね。今回の物語には自分の体験も混ざってるし、2020年を始まりにはしましたけど、あくまでもこれは人が生まれてから死ぬまでのお話なので、その時間軸に関しては、そんなに厳しく設定してないです。でも、社会かぁ…。もしかするとオンラインゲームをやってる時は社会を感じてたかもしれない。ゲームを通じて会ったこともない人と友達になれたのは大きかったですね。
――そう言われると、今作の物語ってちょっとRPGっぽいですよね。個人的には『ファイナルファンタジー』とかも連想しました。
小林:へえ! 私はRPGってぜんぜんやらないんですけど、そう思ってもらえたのは嬉しいですね。『ゼルダの伝説』っぽいと言ってくれた人もいたし。
――物語の登場人物はどのようにして生まれたのでしょうか? 特に「少女」というキャラクターには、うてなさん自身の視点や考え方が反映されているのかなと思ったのですが。
小林:あ、バレちゃいました? まさにあの「少女」は自分の化身なんですけど、本当は「少女」とも言いたくなくて。英訳するにあたって主語を示さないといけなかったので、今回は「少女」という設定にしてみたんですが、やっぱり読んだ人にはわかっちゃうのかな。
――うてなさんの作る曲は、歌詞が造語ですよね。作品のストーリー性を歌詞で補完しようとは思わないのでしょうか?
小林:私はシンプルに、声を声として使ってるんです。確かにポップスの歌って歌詞を伝えるものだと思うんですけど、私は言葉を伝えたいならポエムにすればいいと思う方なので、そこは分離してるんですよね。
――ポップスはあまり聴かない?
小林:小学生から高校生までの頃はCDの貸し借りとかで普通にポップスを聴いてましたし、MTVとかもよく観てました。大学で音楽を学ぶようになってからは、メタルとプログレと宗教/民族音楽が好きになって。そのあとにノイズがハマって「メロディっていらなくね?」みたいな感覚に向かっちゃって、このままでは危ないと(笑)。そこから戻ってきて、今にいたるって感じですね。

――最近はいかがですか? うてなさんは音楽をあまり聴かないという話も伺ったのですが。
小林:家にいる時は、ほぼ無音ですね。というのも、音楽って情報量がすごく多いじゃないですか。この前も家で麻雀やってたら、ある友人が「ねえ、音楽でもかけない?」と言ってきて、それがすごい衝撃だったんです(笑)。私はそういう時に音楽がかかると、そっちが気になって集中できなくなっちゃうんですよね。なので、本当に好きなのは自然音かな。風の音とかが一番いいですね。
――では、どういう音楽が好きかと聞かれたら?
小林:身体で感じる音楽が好きなんだと思います。EDMとかもすごく好きですね。スクリレックスとかも流行からかなり遅れて知ったんですけど、ああいう音楽を聴いてて自分が思ったのは、「EDMって古代の音楽みたいだな」ってことなんです。それこそ火を囲んでみんなで踊るような、チョー原始的な音楽がエレクトロによってブーストされて、何万人も一気に踊らせる音楽になったんだなって。
――『6roads』も身体に直接訴えるようなビートが随所で鳴ってますね。
小林:そうですね。とはいえ、あくまでも今作は物語に即して作ったので、そうではない曲も必要だったんです。
――実際、キックが一度も鳴らない曲もありますね。
小林:そうなんです。それって今まで考えもしなかったことで、それこそキックとベースは普通に鳴らすものだと思ってたので、今作ではそういう意識を取り払うことが大事だったのかもしれない。
――そこで何か制作のヒントになったものはありますか?
小林:アルバムを作ってる時に聴いてたピアノ・コンチェルトは、ちょっとヒントになったかも。それこそ「キックがなくても全然いいじゃん」と思えたのは、そのおかげですね。あとクラシックって、50人が一気に音を鳴らしていたかと思いきや、いきなりソリストひとりになったり、当たり前のようにミニマムとマキシマムを行き来するじゃないですか。それって音楽としてはすごく原始的なんだけど、エレクトロとかバンドで音楽を作ってると、常にある程度の聴感を保たなければいけない、みたいな考えに陥りがちなんですよね。でも、本来は音楽ってそういうものじゃないし、もっと自分の好きにやればいいんだなって。
「原始的なエネルギー」の強さ、次に見据えていること
――こうしてお話を聞いてると、うてなさんは原始的な感覚を何よりも大切にしているようですね。
小林:確かにそうだと思う。でも、なんでなんだろう? 私、原始人なのかな(笑)。
――『6roads』を聴いてると、シャーマニックなイメージも湧いてきます。
小林:なるほど。シャーマニズムは確かに興味ありますし、宗教性とか民族性は大事だと思ってます。そこに関しては父親にもずっと言われてて、父は私のライヴにきた時も「よかったけど宗教性が足りない」みたいな感想を残していったり(笑)。
――お父さんの感想を、うてなさんはどう受け止めたんですか?
小林:うーん。宗教性というのは人がそれを信じたいってことだから、つまり父は説得力が足りないと言いたかったのかな。でも、私は別に宗教的、民族的な音を出そうと意識してるわけじゃないので。
――音楽を作る時、うてなさんは主にどんなことを意識してるんですか?
小林:やっぱり音像のことを気にしてますね。立体的な空間を作りたいという意識は常にあります。聴いた瞬間にその場の景色が変わるじゃないけど、VRみたいな音像を作りたいと思ってますね。それこそヘッドフォンで聴く音楽って、私はデジタルアートだと思ってて。
――なるほど。では、ライヴについてはいかがですか?
小林:ライヴはまた別モノで、それこそ我々のようにDTMで音楽を作ってる人間からすると、ライヴって本当に難しいんですよね。プレイヤーとして他のアーティストをサポートする時は、シンプルに楽器をきちんと演奏すればいいと思ってるんですけど、ソロのライヴはまだまだ課題が多くて。それこそギターとPCでは演奏する時の熱量って全然違うから、そこをどうにかしたいんですよね。それで最近、また新しい楽器を始めたりしたんですけど。
――なんの楽器を始めたんですか?
小林:アイリッシュ・ハープです。やっぱり楽器を演奏する時のエネルギーは普遍だと思うし、それこそPCで音楽を作るのとはまったく違うんですよね。改めて楽器としっかり向き合いたかったので、勢いで買いました。
――それもまた原始的なエネルギーを求めたということなのでしょうか?
小林:結局そうなんだと思います。そういう力の強さを知っちゃってるから、そこから逃げちゃダメだなと。
――今後、うてなさんはどんな音楽を作ろうと思ってますか?
小林:次はコンチェルトを作ってみたいですね。スティールパンのコンチェルトとか。ただ、その前にもっと世界を知りたいなと思ってます。音楽以外のことにあまり興味を示さないままここまできちゃった反動もあって、今は日常的に生きていて気になったことはどんどん調べるようにしてて。知らずに損してきたこともたくさんあると思うし、まずは己を豊かにしないと何も生めないと思うので、そういう時間が必要だなと思ってます。
――現在はどんなことに興味がありますか?
小林:今は……物理かな。少し前に友達4人でいた時「二重スリット実験」の話になったんですけど、私以外はみんな「おもしろーい!」みたいな感じで、私だけ全然意味がわかんなかったんですよ(笑)。物理って本当に頭がよくないと理解できなさそうだけど、それって日常に潜んでるものでもあるわけだから、やっぱり知りたいですよね。今は友達とお茶を飲みながら、そういう話をしたいかな。
小林うてな
⻑野県原村出身。東京都在住。コンポーザーとして、劇伴・広告音楽・リミックスを制作。アーティストのライブサポートやレコーディングに、スティールパン奏者として参加。ソロ活動では「希望のある受難・笑いながら泣く」をテーマに楽曲を制作している。2018年6月、音楽コミュニティレーベル「BINDIVIDUAL」立ち上げ。同時にermhoi、Julia Shortreedと共にBlack Boboi結成。2019年6月、Diana Chiakiと共にMIDI Provocateur始動。ライブサポートでD.A.N. 、KID FRESINO (BAND SET)に参加、蓮沼執太フィル所属。
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