ブラック・ミディがAIを駆使したMVを公開。監督のグスタフ・ホルテナスに聞く、アニメ × AIの未来

UKインディロックの次世代を担うブラック・ミディ(black midi)が、待望の2ndアルバム『Cavalcade』をリリースした。コロナ禍によって海外アーティストの来日公演が軒並み中止になってきたが、このアルバムの発売に伴い9月にジャパンツアーも決定し、チケットの発売も開始された。

デビュー当時は、メンバーの19〜20歳という若さや、アデルキング・クルールらを輩出したイギリスの名門校ブリット・スクールの出身、人気レーベルの「Rough Trade Records」からの刺客ということでも話題をさらった彼ら。しかし、それら付加価値以上の音楽性とバンド力の高さに世界中から絶大な支持を獲得し続けている。

『Cavalcade』のリリースに合わせ、リードシングルに続き披露された楽曲が「Slow」だ。この曲の歌詞に関しては「よりよき世界を夢見て、若くて理想に燃える革命家がクーデターのあと、国立競技場で射殺されるという物語だ」とメンバーからの説明も届いたが、同時に公開されたMVも話題を呼んだ。

このMVを手掛けたのは、スウェーデン人のアニメーション・映像監督でイラストレーターや画家としても活躍する、グスタフ・ホルテナス

アニメと実写が混合するカオスな映像が印象的だが、話題となったのは“AI”を駆使して作られたということ。まさに今現在のギーク的要素を象徴するこの映像作品の真意を、グスタフ・ホルテナス本人に聞いてみた。

スウェーデンでも日本のアニメは日常の一部

ーースウェーデン人であるご自身が、日本のアニメに興味を持ったきっかけを教えてください。

グスタフ・ホルテナス(以下、グスタフ):僕の両親は2人とも建築家で、子どもの頃からイラストレーションやアニメーションに興味を持っていて、よく絵を描いていたんだ。僕は1990年代生まれだけど、子どもの頃はスウェーデンでもアニメ番組がたくさん放映されていて、国内の番組よりも日本のアニメ番組を観ていた。最初は『セーラームーン』や『ポケモン』で、そこから『AKIRA』や『攻殻機動隊』などの大作を観るようになった。『ワンピース』や『ドラゴンボール』などの名作も大好きだよ。

ーー個人的に衝撃を受けた作品はありますか?

グスタフ:アニメではないけど、もっとも影響を受けているのはゲームの『ファイナルファンタジーシリーズ』だね。初期の作品が一番好きかな。僕はマーヴェルやDCコミックスなどの、欧米の作品はあまり好きじゃなかったんだ。ある意味、リアルぽくてマッチョだからかな? 日本のアニメやゲームや漫画には、鮮やかで精巧な世界が作り上げられていることが多いから魅力を感じるんだ。

ーー日本人クリエイターで影響を受けた人はいますか?

グスタフ:特に押井守が好きで、『攻殻機動隊』の他にも、非常に美しい映画を作っているよね。彼の作品の情緒的なところに魅力を感じているよ。もちろん、大友克洋や宮崎駿にも影響を受けた。亡くなってしまったけれど、『パプリカ』『PERFECT BLUE』『千年女優』などを手掛けた、今敏も好きだね。とはいえ、アニメと漫画なら何でも好きというわけじゃない。中には、薄っぺらな作品もあるから。

ーー日本のアニメにはどのような特徴・魅力があると思いますか?

グスタフ:それは難しい質問だ。なぜなら、日本のアニメは僕達の日常の一部にもなっているからね。ただ、欧米より日本のアニメのほうが、想像力や独創性に富んでいると思う。制限がないというか、すごく突飛でクレイジーな設定や物語がある。それに絵の描き方がものすごく巧みで上手だ。丹精込めた職人の技という感じがするよ。

ーー日本のアニメーターやクリエイターで、一緒に仕事をしてみたい人は?

グスタフ:たくさんいるよ。僕は2年前に日本へ行く予定だったけど、パンデミックで行けなくなってしまった。実は、日本で仕事をしたくてリサーチしていたんだ。宮崎駿の新しい映画の制作チームの募集があったけど、条件に「日本語が話せる」というのがあったから断念した。でも、貯金はできているから必ず行くよ。いつか、さっき挙げたような巨匠達と仕事ができたら素晴らしいだろうね。

ーーご自身がプロのアニメーターになったきっかけを教えてください。

グスタフ:アニメーションに関しては、5〜6年前だったかな、あまり有名じゃないバンドにMVを作ってと言われたのが最初だった。そこから知名度があるアーティストからも依頼が来るようになった。

ーーこれまでに、ホーリーケイトNVジェニー・ウィルソンなど、さまざまなミュージシャンのMVを手掛けてきましたが、音楽関連の仕事が多い理由を教えてください。

グスタフ:僕が昔からバンドで音楽をやっていたからだ。子どもの頃はロックスターになるのが夢だったから(笑)。その夢は諦めちゃったけど、今は自分が本当に好きなアーティスト達と一緒に仕事をすることに刺激を感じている。だから、ブラック・ミディから連絡が来た時はすごくうれしかったよ。

ブラック・ミディと面識はなかったけど突然連絡があった

ーーどういう経緯で、「Slow」のMVを手掛けることになったのですか?

グスタフ:彼らのマネージメントから連絡があったんだ。スウェーデン人のアニメーターである僕を、どういう経由で知ったのかは今でもわからないけどね。

ーー知り合いというわけではなかったのですね。

グスタフ:全然。共通の知り合いがいるのかもしれないけど、その辺はよく知らない。もしくは、僕の過去の作品を見たことがあるのかもしれない。メールで聞いてみたけど、答えは返ってこなかったね。

ーーブラック・ミディの音楽は知っていましたか?

グスタフ:ああ。何年か前に彼らが話題になった時に聴いた。その時は、このバンドは将来とてもおもしろいバンドになるかもしれない、と思った記憶があるね。

black midi – Slow

多種多様な世界と作風、手描きから3Dまで駆使したMV

ーー「Slow」のMVは、どのようなアイデアのもと制作を進めていったのですか?

グスタフ:最初は曲を聴いて、どういうヴィジュアルが合うのか考えた。一方で、バンド側からフルアニメーションで、しかも2ヵ月以内に完成させてくれという指定があった。でも、不可能だと思った。作品の質が落ちてしまうからね。

ーーその条件をクリアするために、どんな秘策を用意したのでしょうか?

グスタフ:多種多様な世界と作風を組み合わせる、というアイデアを思いついた。今回の映像は第1〜第3まで3つの世界で構成されているけど、とてもカオス的でダイナミック、アップダウンも激しいけど、天国のようにゆっくりとした、非常に美しい場面もある。

手法もさまざまなものを用いた。最初の1分は手描きの世界にした。それがもっとも時間がかかったから、Blender(ブレンダー)というソフトウェアを使って3DCGも活用しようと思った。制作時間を短縮できるし、手描きとは違う美しさを表現できるからね。その他にも、第3の世界ではノイズがたくさん混じった奇妙なデジタル世界にした。その理由は、また別の奇妙なソフトウェアプログラムをたくさん使いたかったからなんだ。

ーーそれは、どのようなソフトウェアプログラムですか?

グスタフ:「スタイル・トランスファー(Style transfer)」という手法で、1つの画像をベースとして使って、テクスチャとして使いたい画像と組み合わせて反映させるんだ。中には、ゴッホの絵も使用した。不思議な雰囲気を醸し出すために、その手法をたくさん用いたよ。

ーー確かに、通常のアニメーションとは違う独特な違和感が表現されていますよね。

グスタフ:たとえば、僕がシンプルな立方体を描く。そして、どこからか見つけてきた美しい絵のアニメの背景を、その立方体に移行させる。すると、その立方体が建物のように見えたりするんだ。とにかく、この手法をたくさん用いた。時間を短縮できるのと、今回のMVのコンセプトの1つでもある「人工的な作風」を際立たせるためにね。

近い将来、作品のすべてをAIがやることも可能になりそう

ーー今回のMVで話題になっている“AI”も使われているんですよね?

グスタフ:うん、主に背景でね。でも、その多くは手描きで描いたものがベースになっている。背景の全体的な構成を手で描き、テクスチャなどはAIによってランダムに作成されたものを使ったんだ。

ーー「AI」がランダムに背景を作成するんですか?

グスタフ:そうだよ。僕が選んだ画像を元に、ランダムに作成されるんだ。第1世界の背景は、日本映画の絵が元になっている。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』という、1980年代に作られた超高予算のアニメ作品だ。でも、気付く人は少ないかもね。ディテールくらいしか痕跡が残っていないから。

ーー『王立宇宙軍 オネアミスの翼』と照らし合わせたらおもしろいかも!

グスタフ:途中で塔が登場するけど、あれはバベルの塔の画像と『王立宇宙軍 オネアミスの翼』で使われていたテクスチャを合わせて新しい絵に仕上げた。少しズルいやり方かな、と思ったけど(笑)。

ーー非常におもしろい手法ですね。 そもそも、どういう意図でAIを用いたのですか? やはり、時間が限られていたという理由が大きかったのでしょうか?

グスタフ:そうだね。自分ですべて描けばもっときれいな絵ができるけど、背景用の絵だし、観る人も気付かないだろうから、そこまで時間をかける価値があるのか? と疑問に思ったんだ。

ーーAIを用いたことで、今までにない新しい発見があったなら教えてください。

グスタフ:使い方に慣れてきた、というか感覚は深まったと思う。それ以外の新しい学びは、実はあまりなかったかな。

ーー今のところは、精度も曖昧といったところでしょうか?

グスタフ:そうなんだよ。最初は変なものばかりアウトプットされて、結局は手作業で修正を加える必要があったからね。そういう意味でも、まだ多少時間を取られるところがある。

細かい技術的な話になってしまうけど、第3の世界でグリッチみたいな未来っぽい要素がふわふわと浮いている場面がある。そこでは『新世紀エヴァンゲリオン』の1フレームを、そのシーンのすべてのフレームとして加工したんだ。800フレームあったけど、1つ1つのフレームを手作業でね。ただ、1フレームをアップロードするのに1時間もかかった。毎日パソコンの前に座って、なんとか1ヵ月で完成させたよ。

ーー今後、アニメや映像作品において「AI」がどんな影響をおよぼしていくと考えていますか?

グスタフ:今回のMVでは部分的にAIが生み出したものになっているけど、ファンタジーの世界の無限ループなど、一部の表現に関してはすべてAIが作ることも、近い将来には可能になると思う。精度を気にしなければ、すでに1秒で美しい背景を描くことはできるからね。

ブラック・ミディのファンは難解な内容を解読するのが好き

ーーヴィジュアルや技術面の話も興味深かったですが、物語についても説明していただけますか? 決してわかりやすい作品ではないと思うのですが。

グスタフ:確かに、謎めいていて複雑だからね。なので、YouTubeのコメントを読むのがとても楽しかったよ。内容を理解できた人もいたみたいだし、まったくわけがわからないという人もいた。

一応、僕の中でアイデアはあったけど、あまりわかりやすく表現したくはなかった。ブラック・ミディの音楽は非常に複雑だし、彼らのファンは難解な内容を解読するのが好きだからね。だからMVも難しくしたんだ。

ーー先ほどの話では、第1〜第3まで3つの世界で構成したとのことでしたが。

グスタフ:物語としては複数の世界があって、その世界はお互いの上に成り立っているという構造になっている。人間の世界に人間の女性がいて、彼女がAIを作っているのが1つ目の世界。そのAIの世界が2つ目の世界になっていて、AIはアニメの世界である3つ目の世界を作ったという流れ。

冒頭でアニメのキャラクターが何かをハンマーで玉砕するだろ? その玉砕したものは、実はまた別の世界で、人間界よりも上の世界なんだ。つまり、それらの世界はお互いに依存し合っているということ。そのヒエラルキーは循環的なものだから、1つが破壊されると連鎖反応が起きてしまう。

そして僕は、その世界に細かいレファレンスを詰め込んだ。「神の存在が…」などね。そのアイデアは、ブラック・ミディの実際の楽曲「Slow」で表現している内容を参考にしたよ(※歌詞については「よりよき世界を夢見て、若くて理想に燃える革命家がクーデターのあと、国立競技場で射殺されるという物語なんだ」と説明されている)。

とはいえ、全体的なコンセプトは結構シンプルだ。「世界の循環」を表現している、と考えてもらえれば良いと思うよ。

ブラック・ミディとは「不思議な縁」を感じる

ーー自分の作品を自分で分析してみて、どのような特徴や強みがあると考えていますか?

グスタフ:僕の作風は、ずば抜けてユニークというわけではないと思っている。最初の頃はファンタジーやSFが好きで、すごくクレイジーで独創的なものが良いと思っていた。ただ、最近はシンプルな美しさに魅力を感じているんだ。つまらないと感じる人もいるかもしれないけど、年齢を重ねたからかな。だって、僕が20代の頃はブラック・ミディのような音楽を作っていたんだからね(笑)。

ーーそれが今、ブラック・ミディのMVを作っているというのは素敵ですね!

グスタフ:そうだね、不思議な縁を感じるよ! ブラック・ミディのMVが、僕にとって初めてのイギリスのミュージシャンとの仕事になったから、これをきっかけに海外の人達ともっと仕事ができるようになればうれしいね。

今後は、自主制作の長編映画も計画している。コンセプトはほぼ決まったから、資金調達をして、制作会社に支援をお願いする予定だ。今までのような活動と並行して、新しいチャレンジを続けていきたいね。

グスタフ・ホルテナス
ストックホルムのマルメを拠点とする、スウェーデン人アーティスト。イラスト、アニメーション、ゲーム開発、絵画など、さまざまな手法を用いて作品を展開し、SXSWなどにも出展。Holyホーリー、ケイトNV、ジェニー・ウィルソン、アンナ・フォン・オスヴォルフ、エル・ペロ・デル・マール、ブルーズ、ミチャ、ショック、アレックス・コーテックスなど、数多くのミュージシャンのMVも手掛けてきた。
http://gustafholtenas.com/
Instagram:@gustafholtenas

『Cavalcade』(Rough Trade / Beat Records)
従来のジャムセッション型の作曲方法から離れ、ツアーメンバーであったサックス奏者のカイディ・アキンニビと、キーボード奏者のセス・エヴァンスをレコーディング・メンバーに加えて更なる高みを目指した本作。ロックやジャズはもちろん、ヒップホップ、エレクトロニック・ミュージック、クラシック、アンビエント、プログレ、エクスペリメンタルなど「ポスト・ジャンル」を極め得た1枚

■LIVE:black midi japan tour 2021
出演者:ブラック・ミディ
日時:
9月15日 @大阪 梅田 CLUB QUATTRO
9月16日 @愛知 名古屋 THE BOTTOM LINE
9月17日 @東京 渋谷 TSUTAYA O-EAST
INFO:BEATINK
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11891

author:

Analog Assassin

エディトリアルディレクター/インタビュアー/ライター&一次情報。雑誌『Boon』でキャリアを開始・発足。これまでにさまざまなメディアで参加・立案を手掛ける。デザインコンサルティングファームや事業主と共創し、コーポレートコミュニケーション戦略などにも携わっている。活動領域は、ストリートからビジネスまで。 Instagram:@the_analog_assassin

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