ロサンゼルスのビートシーン&ジャズコレクティブの中心的存在で、サンダーキャット、ルイス・コール、ハイエイタス・カイヨーテらが所属する最重要レーベルの1つ、「Brainfeeder」を主宰するフライング・ロータス。
最近では、共同プロデュースしたサンダーキャットの『It Is What It Is』が、第63回グラミー賞最優秀プログレッシブR&Bアルバム部門を受賞するなど、音楽シーンを牽引し続けている。
その自身が、Netflixのオリジナルアニメシリーズ『YASUKE-ヤスケ-』に、制作総指揮&音楽監督として参加。織田信長に仕えた実在のアフリカ人侍を主人公に物語を再構築したファンタジー時代劇である本作は、『うしおととら』『進撃の巨人』『呪術廻戦』などの人気シリーズを手掛けてきたMAPPAが制作を担当するという、アメリカと日本が真正面からコラボレーションした意欲作として話題を集めている。
音楽監督としては、主題歌から劇中スコアまで本作のサウンドスケープを構築。今までのアニメ音楽の常識をも覆すアプローチで、最終的にオリジナル・サウンドトラック『YASUKE(ヤスケ)』を完成させた。
前編に続き後編では、本作でチャレンジした独自のサウンドメイクの制作秘話や、アニメ好きの自身が理想とする新たなアニメ音楽についての想いを披露する。
アニメ音楽で『ブレードランナー』みたいなものは聞いたことないだろ?
——あなたは「アニメのスコアで『ブレードランナー』みたいなものは聴いたことがないだろ。俺は“よし、じゃあやらせてくれ。その脳内世界に入ってみる”って言ったんだ」と、このプロジェクトを引き受けたそうですね。
フライロー:ああ、そうだ。
——主題歌から劇中のスコアまで全面的に手掛けていますが、今回のサウンドメイクでのテーマやコンセプト、独自の試みなどあったなら教えてください。
フライロー:今回のプロジェクトを機に、シンセサイザーをじっくりと密に用いて仕事をしたかった。過去にも使ったことはあったけど、それを自分のプロジェクトの土台にすると考えたことはなかったんだ。だから今回、自分自身と限られた数のシンセサイザーだけ、という作り方にした。
——普段の作品制作とは違ったと思いますが、どのようなプロセスで制作を進めていったのでしょうか?
フライロー:いつもとは違うことが多かった。純粋にあまり時間がなかった、という意味でも、通常よりはるかに強烈な経験だったね。自分の作品は長い時間を掛けて、自分が思った通りに仕上げるから。非常にストレスではあったけど、サムライ音楽やビートを作ることができたのは最高に楽しかったよ。
ただ、時間が限られていたおかげで、自分のプロダクションのワークフローがステップアップしたし、思い浮かんだアイデアにのめり込む速度も速くなった。
——あとで振り返って修正しようとしなかった、ということでしょうか。もちろん、あなたは緻密な作家ですし、大雑把だという意味ではないのですが。
フライロー:その通りで、あと知恵で細かく変えることはしないようにした。もしも「これだ!」というアイデアを掴んだら足踏みも躊躇もせず、それが何であれ「とにかく仕上げろ!」と。
今までのアニメ音楽のセオリーを覆す挑戦
——しかも、一般的なアニメ音楽のセオリーとは別のアプローチで取り組んだとのことですが、どういうことでしょう?
フライロー:俺が理解している限り、アニメ音楽の作曲家達は、できあがった映像や動画に合わせて作業することはない。彼らはまず音楽を作り、アニメが制作される前に作品を提出しなければならないからね。
——ええ、そうなんですか?
フライロー:うん。とても奇妙な話だけどね。でも俺は、実際のアニメーションをまったく観ていない状態で、各シーンのスコアを書きたくはなかった。物語の本当のペースを把握するためにも、どんな風に画が動くか、そのシーンからどんなフィーリングを受けるかなど、事前に観ておく必要があったね。
——『YASUKE-ヤスケ-』には穏やかで美しい景観が登場するシーンもあれば、一転して凝った戦闘シーンも展開される。音楽制作に取りかかる前に、実際にそれらのフィーリングを知っておくことでスコアの精度も上げられるということですか?
フライロー:ああ。とはいえ、自分だけ先走り過ぎるのも良くないと思っていたから、事前に観るエピソードは1話だけにした。一旦そのシーンを見極め、映像の流れがどういう方向に向かうかを見せてもらったら、ある程度は納得ができたね。とにかく、音楽的には、その都度ヤスケがどんな精神状態にいるのかを想像しながら彼に寄り添っていった。
まぁ、MAPPAスタジオや関係者の面々は、そういう俺の仕事の進め方を汲んでくれたことで、いつもとは少しプロセスを変えなければならなかったけど。運が悪いことに、今回の音楽監督が俺だったということでね(笑)。
このアニメは自分の音楽を、普段とは違うものとして聴かせてくれた
——事前に映像を観て合わせ込んだケースと、自分の想像力に任せて作るケース、その両方の手法を使ったわけですね。
フライロー:そういうこと。音楽制作を始めた頃は、まだ全話アニメ化されていなくて、部分的には絵コンテの段階だったりもした。だから、制作するタイミングは難しかったけど、それでも楽しい作業だった。一旦シーンのヴァイブスを想像できれば、サウンドでいろいろと遊ぶこともできたから。中には、自分としては「これは上手くいくだろう」と作ったものが思い通りにならないこともあった。そんな時でも「別のことに役立つかも」と考えることができたね。
——映像と音楽を合わせる最終的な決定は、ラショーン監督とMAPPA側に委ねられていた、ということですね。
フライロー:そうだね。
——そのことで、最終的にできあがった作品を観て納得いかないこともあったりしましたか?
フライロー:いや、俺もプロジェクト全体に関わっていたからそれはない。ただ、いくつかの場面でラショーンの音楽の用い方にはかなり驚かされた。自分の予想を裏切られたよ。彼がいきなりひらめいて「この音楽はここに使うべきだ」なんて言ってきたことがあって、俺は「えっ、マジ?」と半信半疑なこともあった。ところが、実際は上手くいって「なるほど、自分は完全に間違っていたな!」と(苦笑)。
——普段の作品ではすべて自分のジャッジだと思うので、そういうやり取りは新鮮だったかもしれませんね。
フライロー:ある意味、そこが一緒に仕事するメリットだった。彼は俺に、自分の音楽を普段とは違うものとして聴かせてくれたからね。自分としては他のシーンのために作ったはずのものが、戦闘シーンで使われたりして「まさかこう使われるとは!」とかいうこともあったから(笑)。うん、あれはとても妙だったね。
——資料に「いくつか俺なりの秘策があった。J・ディラがよく冨田勲やヴァンゲリスからサンプリングしていたことを思い出したんだ」と記載がありました。改めて、その秘策は何だったのかを教えてください。
フライロー:まさに、J・ディラがやっていたその手法が秘策だったんだよ。
——つまり、今回使用したサウンドや音響が秘策だった、と。
フライロー:そういうこと。特定のシンセサイザーやリヴァーブなどが、今回の俺にとってのレシピだったんだろうね。というより「音のパレット」と言ったほうが近いかな。それが新しい試みだったし、このアルバムを象徴するものになった。
日本音楽のパロディは作りたくなかった
——別のインタビューでは「過去のアニメ作品の音楽と必ず比較されるはずだ」と答えていました。例えば、『アフロサムライ』『カウボーイビバップ』『サムライチャンプルー』は、アニメ音楽という点でも評価が高かったと思います。それらとは違う、『YASUKE(ヤスケ)』ならではの音楽的アイデンティティを確立するために、どんな工夫をしましたか?
フライロー:今名前の挙がった作品は、ある意味サンプリングが主体となっているはずだ。それらの多くは、オールドスクールなヒップホップの美学、サンプリングなどに強く比重を置いたものだった。だから俺が思ったのは「自分はその代わりにシンセサイザーでサントラを作ることにトライしたい」と。
——それが、独自性につながっていったという。
フライロー:ああ、それをやっている人をのことを俺自身は聞いたことがないからね。アニメ音楽では、誰もアナログシンセサイザーを使っていない。中には、シンセサイザーは使われている、と言う人間もいるだろうけど、俺のやり方とは違う。俺が用いているのは、1970〜1980年代に使用されていた、古くて非常にレアな機材だ。だから、今ではもう聴くことができなくなった音質がもたらされているんだ。
——ヴィンテージ機材の他に、今回、積極的に取り入れた楽器やサウンドはどのようなものがありますか?
フライロー:日本の打楽器類、例えば太鼓は使いたかった。やっぱり、日本のサウンド要素を作品に反映させたかったからね。だからといって、安易にやるようなことではないんだ。日本音楽のパロディは作りたくなかったし、君達(日本人)が耳にして、不快に思われるようなものは嫌だったから(笑)。
——海外の作品で、日本ぽいけどどこか違和感を覚えるものもあります(笑)。
フライロー:だろ。だから、日本的なフィーリングを伝えるために最適な方法は、パーカッションを通じてやることだと思った。俺の個性の1つはドラムの扱い方だと思うし、日本のパーカッションを使って自分独自のことをやれば、この作品ならではの音楽になるだろうと。とはいえ、とにかくいろんな実験を重ねた。まるで、飛び込んであれこれ探索するウサギの穴みたいにね。
『YASUKE -ヤスケ-』インタビュー&メイキング映像 – Netflix
昔なら「自信がない」と断ったが、今は「受けて立つ」という感じ
——今までの自分の音楽制作の経験や手法で、今回のサウンドメイクに活かされたことは何ですか?
フライロー:これまで自分が学んだ、音楽理論や録音技術といった何もかもがこの作品に活かされている。コード進行についてはとても多くを学んだし……、とにかく自分の持てる技をすべて使った感じだ。
——あなたはどのアルバムでも、自分の知識のすべてを反映させようとしますよね?
フライロー:ああ、自分の正直な部分を作品にもたらそうとするから。
——サウンドトラック『YASUKE(ヤスケ)』に取り組んだことで、今までにない新しい発見や収穫はありましたか?
フライロー:発見の1つは、アルバムを1枚作るのに2年間も掛ける必要はない、ということ。
——それはかなりの発見ですね(笑)。
フライロー:その気付きはデカかったよ(笑)。収穫といえば、コンポジションを書きスコアをつけることに対する自信がついたというか、そこに関して自分には不安があったんだと思う。不安とは違うかな?
とにかく、例えば「映画『スター・ウォーズ』のサントラを作曲してほしい」と依頼されたら、以前の自分なら「自信がないから無理だ」と断っていただろう。規模の大きいフランチャイズなわけだから、プレッシャーも大きいし、うかつに変則的なものはやれないぞ、と。
でも、今の自分なら「受けて立つ」という感じ。むしろ、やってみたいと思う。どんな依頼に対しても何をやればいいのか、そこに対する理解がより深まった気がしているからさ。もう心得た、という感じ。だから、今後も前進し続けて、自分自身の限界に挑戦し続けたいよ。