連載「The View My Capture」Vol.1 美大の大学院生でありながら、写真家としても活動中のタカハシ ジュリが思う“BACK VIEW”とは

気鋭の若手写真家を取り上げて、1つのテーマをもとに作品を紹介する本連載。第1回のテーマは「BACK VIEW」。「後ろ姿」というキーワードは哀愁や寂しさが感じられることが多いが、対象や状況によっては希望に満ちたポジティブな情景が感じられることもある。今回は、武蔵野美術大学の大学院生でありながら、写真家としても活動中のタカハシ ジュリの作品。

PLASTIC PAPRIKA

背を向けられている方が安心できるなと、時々思います。

昔からどこかその場の空気に馴染むことができなかった私は、いつも不自然でない程度に一歩下がったところ、いざとなれば誰にも気付かれずそそくさと退出できるような、教室で例えると廊下側の一番後ろの席みたいな場所にいました。

だからなのか、断片として頭の中に蓄積されたイメージも、どこか遠くからみていたような、そして決して正面から向き合っていないような景色ばかりで、そういったことが観察的で即物的な私の作風に否応なしに影響していると思います。

美術大学に進学してから写真に出会ったのですが、写真という表現方法に出会った時、漠然と「これだ!」と感じたのを覚えています。写真が他の表現媒体と違うところは、被写体が確かに存在しているというところです。その写真の持つ現実との関係性は、遠くから眺めるばかりで何もかもが曖昧で捉えどころのなかった世界で、私や目の前のものがただ存在している状態を実感させました。

今のところ私にとって写真を撮ることは、世界との安心できる角度や距離を探り、設定する行為なのだと思います。

この「PLASTIC PAPRIKA」という作品は、ある日突然、「目の前のパプリカが実はプラスチックなのではないかという疑いが生まれた」という実際の体験に着想を得て制作したシリーズです。

何の意味もない光景から新鮮な発想が生まれたことがおもしろく、このような「人の認識」にまつわる事象を作品にしたいと思いましたし、自分自身の普段の思考回路が「正面」から見たものの見方だとすると、その「背面」を探るように、常に「思い込み」に対して自覚的でありたいと思い、制作しました。

「認識」というのは実に曖昧なもので、誰もが自分の中で蓄積されたイメージや文脈を頼りに生きているので、そこから離れることはやはり難しいのですが、だからこそそういった既存のイメージを揺さぶることのできる作品を提示していけたらと思います。

なんてことのない景色にこそ想像の余白があり、そういった景色をあえて「違和感」が感じられるように切り取ることで、それを観た人がさまざまな文脈やもともとあった意味を疑ってみたり剥がしてみたりできる余白を生み出せるのではないかと考えています。

埋まらない距離に対して、できるだけユーモアを持って向き合う方法を模索

−−写真を始めたきっかけは?

タカハシ ジュリ(以下、タカハシ):写真を始めたのは武蔵美の映像学科に入学してからです。入学するまではカメラもろくに触ったことがありませんでしたが、グループワークが基本の動画とは違い、誰にも気を遣わず1人で制作できたことが気持ちよかったことと、あとは1年生の時の写真の授業で先生に褒められその気になったことがきっかけで、最終的に写真を専攻しました。

−−シャッターを切りたくなる瞬間は?

タカハシ:基本的に街を歩き回りながら被写体を見つけることが多いです。シャッターを切りたくなるのはいわゆる「美しい」と感じるものに対してではなく、「違和感」や「奇妙な存在感」を感じるものだと思います。

例えば喫茶店に置いてある造花や、よく見ると歪んだ形のサボテンなど、景色に溶け込んでいるように見えてどこかなじんでいないようなものによく惹かれます。私には「自然」を装った「不自然さ」や、「不自然」に見える「自然さ」を捉えておきたいという欲求があるようで、人が生み出した景色だからこそ生まれる雑味のようなものを見つけることで、どこか安心したいのかもしれません。

−−インスピレーションの源は?

タカハシ:「わかりあえない」というもどかしさだと思います。それは他者のことをわかりきれないという情けなさでもあり、他者にわかってもらうことができないという虚しさでもあります。いっそそのことを忘れてしまえばもう少し楽に生きられそうなのですが、結局はそのもどかしさとどう生きていくかということばかり考えている気がします。諦めるわけでもなく、ただ埋まらないその距離に対して、できるだけユーモアを持って向き合う方法を、制作という行為を通して模索しています。

−−今ハマっているものは?

タカハシ:最近1人暮らしを始めて料理が趣味になりました。いつも作りすぎるので、余りそうな時はご近所さんにお裾分けしたりしています。自炊が節約に繋がればいいのですが、スーパーに行くとついいろんな食材を試してみたくなり、全然節約になりません。でも楽しいから良いのです。

−−今後撮ってみたい作品は?

タカハシ:実家で暮らしている祖母を被写体とした作品を計画しています。実家を離れ、23年間一緒に暮らしてきた祖母のもとを離れてから、祖母を「撮りたい」という気持ちを強く抱くようになりました。「家族」というのは一見する以上に複雑で、温かいばかりでなく苦しさを感じるものでもあると思います。実家にいる時はその渦中でバランスをとることに必死で、なかなか被写体として選ぶことができませんでしたが、実家を離れた今ならそんな家族に丁寧に向き合えるような気がしています。

−−目標や夢は?

タカハシ:まだ「これ!」といった夢や目標はないのですが、目下の目標としては、しっかり社会の中で働きながら、表現することを続けられる生活スタイルを確立できたらいいなと思います。私は自分が表現することだけでなく、アートやアーティストを現代社会の中でどのように位置付けることができるのかということにもとても興味があります。なので、さまざまな角度からアートやクリエイティブの分野で活動していきたいです。

タカハシジュリ
1997年東京都生まれ。2020年武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。現在は同大学大学院クリエイティブリーダーシップコースに在籍。instagram:@nyaho_jt

Photography & Text Juri Takahashi
Edit Masaya Ishizuka(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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