SFの力で現実を変革し、未来を創り出す――『SFプロトタイピング』の編者3名が語るフィクションと想像力の有用性―後編―

加速度的な技術発達や世界情勢の地殻変動、地球環境の変化に新型コロナウイルスの流行――。今私達が生きる社会において、未来の不確実性はかつてないほどに増している。そのような中で、想像力を武器として未来を幻視し、思索し、描いてきた「SF(サイエンス・フィクション/スペキュレイティブ・フィクション)」に改めて熱いまなざしが注がれていることは、当然の帰結と言えるかもしれない。

そんな「SF」的な想像力の在りようを、表現・作品という枠組みを超えて、この現実社会を変革してゆくために活用していこうという動きが新たに生まれてきている。この6月に刊行された『SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略』(早川書房)は、そんな試みについて、コンサルタントや起業家、編集者、アーティスト、海外の研究者などさまざまなゲストを招いた座談会や論考などを通して詳細に伝える一冊。その編著者である宮本道人(科学文化作家・応用文学者)、難波優輝(美学者・批評家・SF研究者)、大澤博隆(筑波大学システム情報系助教・HAI研究室主宰者)の3名に、「SF」の重要性や「SFプロトタイピング」の全貌について尋ねた。前編に続く今回は、昨今ビジネ領域においてアートや哲学などの人文知の重要性が説かれる理由や「物語・フィクション」の重要性、「SFプロトタイピング」が切り拓く可能性について。

混沌の中に置き去りになってしまう欲望を拾い上げるために

――近年、ビジネスシーンにおいて、哲学やデザイン、アートなど、人文・芸術系領域の知識や方法論の重要性が唱えられています。その理由や背景についてどのように考えていますか?

難波:いわゆるビジネスの文脈における「ニーズ」とは反対方向で、渦巻いている混沌に対する欲求が人間にはあると思います。哲学やアートを取り込んだデザイン思考は、混沌の中から価値を引き出し、プロダクトに変換していきます。同時に、そのプロダクトが本当に働く人々の望みをすくい取ったものであってほしいとも思うんです。そうでなければ人々は労働から疎外され、自分の欲望は混沌の中に置き去りになってしまう。そうした欲望を聴き取るための技法を作り出したいと思っています。

僕自身、自分が研究している哲学を人に届けることを考えた時に、アウトプットの方法が難しいと感じるんです。そういう時にSFプロトタイピングを通じてアウトプットすることは意義のあることだと考えていて。さまざまな人の漠然とした想いを拾い上げて、「そうだ、確かに僕はこういうことがしたかったんだ」という発見を物語にする。またそれをみんなで読んで、僕達がやりたいことや価値について議論しあう。それが、僕の考えるSFプロトタイピングです。

難波優輝。SFとの出会いは中学の時に読んだH・G・ウェルズ『タイム・マシン』。その後、分析美学を研究し始めた学部生時代に草野原々の作品を読み、そこから得られる「想像力のリアリティ」に惹かれ、改めてSFに強く関心を抱くように。

――本書の制作を振り返って、特に印象深かったことや、対話を通して得られた確信や可能性、あるいは課題などがあれば教えてください。

大澤:私が個人的におもしろかったのは海外の状況です。アメリカはSFが国民文学という側面もあり、SF作家をコンサルに雇ったりするなど、SFとイノベーションを結びつけることに関する先進国ですが、近年どうなっているか、意外とわからない面がありました。また中国についてはそもそも不明なこともたくさんあったのですが、今回のインタビューでキーパーソンに直接情報を聞けたというのは大きいですね。実態がわかって、圧倒された面もあるし、逆にこちらが先を行っており、安心した面もあったりして。

大澤博隆。小学校にあった海外SF作品や祖母が所有していた『年刊SF傑作選』(ジュディス・メリル編)を読みSFの世界へ。大学ではSF研究会に所属し古今東西のSF作品に親しんだ。人工知能の研究に関わるようになってからは、SF作家の長谷敏司らともプロジェクト活動をともにするなどSFへのコミットを強め、現在に至る。

難波:美学の分野では、物語が世界について何を教えてくれるのか、物語の認知的価値が研究されています。まさにSFプロトタイピングの実践を分析するための研究が行われているんですね。物語の価値については、プラトンの時代から議論されているのですが、実はプラトンはSFプロトタイピングに対してアンチなんですよね。なぜかというと、世界の写しがフィクション、つまり芸術作品であり、それはイデアではない。だから詩人は必要ないというんですよね。その点に関して僕はアンチ・プラトンで、詩人は必要だと思っています。要はプラトンとのバトルをSFプロトタイピングでやりたいと思っていて、フィクションと現実との対立を考えていきたいです。

宮本:なるほど。「アンチプラトンSFプロトタイピング」はだいぶパワーワードなので、ぜひそういうようなタイトルで何か書いてほしいです(笑)。

宮本道人。レイ・ブラッドベリや北野勇作の作品を入り口にSFの世界へ。ハヤカワSFシリーズ Jコレクションとともに中高時代を過ごす。次第に作家だけでなく編集者や評論家にも関心を抱くように。また、サイエンス作家・竹内薫の「ノンフィクションの中にフィクションを入れ込む」スタイルに大きな影響を受けたという。

物語が再び、大衆に開かれたものになる

――「文学と社会」の紐帯が失われたとも言われて久しいですが、文学的想像力と社会実装をつなぐSFプロトタイピングは、ビジネスの側のみならず、SF文学シーンや作家達にも新しい可能性をもたらすものになるとお考えでしょうか? また、御三方から見て、欧米やアジアなど他国・地域にはない、日本のSF作品・作家・想像力の特色などがあれば教えてください。

宮本:もちろん作家にも新しい可能性をもたらすと思います。鶴見俊輔の『限界芸術論』という本の中に宮沢賢治の話が出てくるのですが、宮沢賢治は学校の先生をやっていて、『注文の多い料理店』も、もとは子ども達の演劇のために作ったものだそうです。それがブラッシュアップされて本になり、多くの人に知られるようになりました。

学校という空間で子ども達と作ったものが不朽の名作になったという流れは、とても素晴らしい創作フローです。1人で名作を書いて世界に見せつけようというのも良いですが、何気ない日常からすくい上げられる芸術性もあるのです。こういう、民間人が作って民間人の間で楽しむような芸術を、鶴見俊輔は「限界芸術」と呼び、プロの芸術と限界芸術が交わるのが大事だというようなことを言っています。そういった意味で、SFプロトタイピングも限界芸術性が高い事象です。SFプロトタイピングは単なるビジネスツールなどではなく、その中から不朽の名作が生まれる可能性に、僕はいつも期待をかけています。

難波:その点では『源氏物語』も同じですね。一種のアマチュア作品ですから。アマチュアといえば、書籍でも触れているのですが、SFのプレーヤー達は「SFを文学にしよう」として戦ってきた歴史があります。1900年代には、パルプ・マガジンで読む低俗な作品として扱われていたところから、大人向けの作品になるための戦いが繰り広げられました。それが今、逆に原点に帰っていくというか、原初の「語り」に帰っていっています。SFプロトタイプも、焚き火を囲むように、みんなで語り合っているわけですから。

それでまた急につなげるんですけど(笑)、僕が草野原々さんの『大絶滅恐竜タイムウォーズ』を読んだ時も、物語の原初に帰っているなと思いました。三幕構成をやりつつ、ぶっ壊れているけれど、「文学ってそういうものだよね」と。草野原々さんをはじめとした日本のSFも、文学の可能性をどんどん拡張している気がしています。新しいスタイルが生まれて影響を与えあっていくという、宮本さんのビジョンには僕も共感しますね。

大澤:それには私も同意します。今までは作家と読者で役割が分かれてしまっていた面も大きいのですが、作家でなくても、誰もが気楽に妄想して自分なりのストーリーを作りやすい世界になっていくと思います。宮本さんのSFプロトタイピングのスタイルも、誰でも比較的手をつけやすいというのが重要なポイントです。役に立つことばかりに気を取られずに、気楽にやってみてほしいです。「SFは役に立つ」というのはアリだけど、役に立たなきゃいけないと考えた時点で発想は狭まります。有用性だけを突き詰めると、SFがある種のプロパガンダのように使われてしまう危険もありますし、それは私が望むことではないです。

SF文学シーンから見ると、SFプロトタイピングによって評価軸が1つ追加される面はあると思います。例えば物語そのものはバランスが悪いけど、中のアイデアが世の中にものすごい影響を与えた作品もありますし、そうした方面の想像力を評価できるのも、SFプロトタイピングの利点だと思います。

あともう1つ。SFプロトタイピングを行う時に、科学技術に詳しい「ハードSF」ではない人達の想像力も実は大事なんですよ。科学に詳しくない人も、SFを読むことで比喩的に未来のことを想像したり、技術のことを考えたり、広い形で役に立つことがありえます。SFにおいて科学的思考法は重要だと思いますが、それは今の科学技術の知識にとどまるものではないです。

プロトタイピングという方法論は一般化する

――「SF」・「SFプロトタイピング」的視点から、現在注目している技術や社会現象、カルチャー、キーワードなどはありますか? 

宮本:「エイプリルフール」です。エイプリルフールって、実質的にはSFプロトタイピングの日なんですよ!

ここ数年、4月1日の朝は、さまざまな会社が虚構の告知を出すようになっていますよね。他の日はそんなこと許されないのに。この日のためだけに、チームで頑張って架空のビジョンを考えている人達がいっぱいいるわけです。かつ、それは完全にフィクションで閉じるかというと、そうでもない。ウケが良かったらあとから実際に商品にすることもありますし、単なる冗談だったはずが株価に影響することもある。知らず知らずのうちに、みんなSFプロトタイピングをやっているんです。

ちなみにこの観点は、SFプロトタイピング仲間の矢代真也さんという方と話していて出た話題です。矢代さんがむかし書いていたエイプリルフール用のウェブ記事が、SFプロトタイピング的に見た時に非常におもしろくて。世の中にはこういう、「SFプロトタイピングと呼ばれていないけれどSFプロトタイピング的であるもの」がたくさんあるんじゃないかなと思いますね。

難波:僕はバーチャルYouTuberに興味を持っています。バーチャルYouTuberは、「私」というもののあり方をプロトタイプしていますよね。現実に起きている出来事から可能性を見出すことも美学者の仕事かなと思っています。「ここにもプロトタイプが起きているよ」と発見して、「もっと未来をおもしろくしようよ」とみんなに声をかける仕事です。僕はポピュラーカルチャーの哲学も研究しているんですけど、その領域はプロトタイピングだらけで、可能性を見出してひたすら広げていきたいなと思いますね。

大澤:私は広い意味で虚構や人間の想像力を研究することに興味があります。私の専門であるヒューマンエージェントインタラクションは、人格を示す人工物と人間との相互作用を扱う分野ですが、やっていることは虚構人格の作成と演出、フィクションのキャラクターデザインに近いのです。バーチャルYouTuberやVRSNS、SNS上の人格などがそうですが、見た目やコミュニケーションなど、これまで編集不可能だったことが編集可能になってきています。さらに人工知能を使った自律的な反応も実装することができるので、全体的に虚構人格の応答レベルは徐々に高くなっています。そこでユーザーを没入させるための手段として、物語という方法論はますます有力なものになっていくだろうと思いますし、いわゆる作家・クリエイターが今後、より積極的な役割を担うだろうという感覚もあります。その点でも、フィクションと想像力の研究に大きな興味があります。

SFという思考の装置が拓く可能性

――SFプロトタイピングは、今後、日本のビジネス、社会をどのように変えていくのでしょうか? 御三方がSFプロトタイピングを通して実現されたいことや、今後の展望についてお聞かせください。

宮本:SFプロトタイピングをもっと気軽なものとして捉えてもらいたいです。企業でプロジェクトを立ち上げて作家を呼んで新しい作品を作るとかだとそれなりにお金が必要ですが、社員さんで過去の名作SFの読書会をして、そこから未来の可能性を考えてみるみたいなことだけでも、学べるものはたくさんあります。そもそも企業でなくて個人的に遊びで行うとかでもいいと思いますし。SFプロトタイピングにはいろいろな選択肢があるんだと知ってもらいたいです。

大澤:SFプロトタイピングを行うなら、作家は一種のシミュレーターとして捉えるべきだと思います。言い方は良くないですが、要するにフィクションをシミュレーションする思考の装置であり、そこから出てくる知見をもとに新しい発想を得るという位置づけで考えたほうが良いと思います。作家が未来予測をするわけではありません。

宮本:そうですね。SF作家を正確な未来の予言者として崇めるというよりも、いろんなおもしろいことを言う占いの延長くらいの感覚で考えてもいいんじゃないかと思いますね。占いを毎日見るって人でも、本気で信じているのではなく、一日の行動指針を考えるのが面倒だから参考にする、くらいの人は多いんじゃないでしょうか。そのくらいカジュアルな気持ちでSFの力を借りる人が増えてほしいなと。

難波:僕は、これまでビジネスの文脈では捉えられなかった価値観で、1人1人が持っている美学や哲学、生き方などをすくいあげたいです。あたりまえにみんなが正義の話をしたり、美や倫理、真理の話をしたりして、哲学的な世界になって、物語と技術を結びつけて語り合えるようになって、「私も世界を変えられる」ということを全員で信じたら、世界は変わるんですよね。SFプロトタイピングにはそれだけの可能性があると思いますし、最終的には「SFプロトタイピングの大勝利」という世界にしたいですね(笑)。

宮本道人
1989年生まれ。科学文化作家、応用文学者。筑波大学システム情報系研究員、変人類学研究所スーパーバイザー、株式会社ゼロアイデア代表取締役。博士(理学、東京大学)。編著に『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(ダイヤモンド社)、『プレイヤーはどこへ行くのか デジタルゲームへの批評的接近』(南雲堂)。ほかAI学会誌、VR学会誌での連載、『ユリイカ』『現代思想』『実験医学』への寄稿など。原作担当漫画『Her Tastes』は2020年、国立台湾美術館に招待展示された。
Twitter:@dohjinia

難波優輝
1994年生まれ。美学者、批評家、SF研究者。修士(文学、神戸大学)。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。近著に『ポルノグラフィの何がわるいのか』(修士論文)、『SFの未来予測はつねに間違っていて、だから正しい』(『UNLEASH』)、『キャラクタの前で』(草野原々『大絶滅恐竜タイムウォーズ』解説)。短篇に「『多元宇宙的絶滅主義』と絶滅の遅延」(『SFマガジン』)がある。『ユリイカ』『フィルカル』『ヱクリヲ』などに寄稿。
Twitter:@deinotaton

大澤博隆
1982年生まれ。筑波大学システム情報系助教・HAI研究室主宰者、日本SF作家クラブ理事、博士(工学、慶應義塾大学)。専門はヒューマンエージェントインタラクションおよび社会的知能。JST RISTEX HITEプログラム「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」リーダー。共著に『人狼知能――だます・見破る・説得する人工知能』『人とロボットの〈間〉をデザインする』『AIと人類は共存できるか?』『信頼を考える――リヴァイアサンから人工知能まで』など。
Twitter:@hiroosa

Photography Kazuo Yoshida

Construction Koshiro Tamada

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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