『タモリ倶楽部』出演で注目の東大生・中野智宏が語る「人工世界という創作活動」

小学5年生の頃から“人工世界を作る”という壮大な創作活動を行っている東大生・中野智宏。バラエティー番組『タモリ倶楽部』では、自身が作り出した人工言語を披露し、SNSで話題となる。彼がなぜ自身で人工世界「フィラクスナーレ」を創ろうと思ったのか。また、その創作を通して、彼が志すものとはなんなのか。

——人工世界「フィラクスナーレ」という創作活動を始めるきっかけは何だったんですか?

中野智宏(以下、中野):小学生の頃からファンタジーが好きで、中でも影響を受けたのが『ハリー・ポッター』でした。読んでいるうちに自分でもそうした小説を書いてみたいと思うようになり、小学5年生から書き始めました。それが2009年で、その時に書き始めた小説を今でもずっと発展させ続けています。

その後、中学生になって、J・R・R・トールキンの『指輪物語』の世界に触れて、いかに世界観設定が緻密かということに気付き、自分も書くなら本当に存在しているかのように設定を細かくしていく必要があるなと思い、そこから本格的に人工世界「フィラクスナーレ」の創作を始めました。

——人工世界というのはいわゆるファンタジーやSFとは違うもの?

中野:人工世界(conworld=constructed+world)は、ファンタジーやSFの世界観というだけにとどまらず、世界の成り立ち、人類やその他生物の歴史、文化の形成過程などについての膨大な設定をもつ架空世界を指します。僕が創っている人工世界「フィラクスナーレ』は、その中に住む人達の歴史や文化に触れることで“探索”することができるような世界を目指しています。

——かなり壮大な話ですね。実際に人工世界というのはどのように考えていくのでしょうか?

中野:僕の場合は物語が核としてあり、その物語に紐づけられている歴史や地理、言語、文化などの設定を考えていきます。そうした設定は現実の法則性を参考にしていて、例えば、新たな言語を作るにしても、実際の言語がラテン語からフランス語、スペイン語へ派生していく過程はどうだったかを調べておいて、そのエッセンスを適用して自分の言語を発展させています。言語だけではなく、歴史や地理も同じように考えます。

——現在、東京大学では言語学を学んでいますが、それも創作活動に活かすためですか?

中野:そうですね。トールキンが言語学者だったこともあって、自分で人工言語を創るなら、言語学を学んでおかないといけないなと思って。言語学にしても、その他の人文系学門にしても、何かしら人工世界に関わってくるので、授業を受けながら「これはあの部分に使えるんじゃないか」と創作のことも同時に考えています。現状、僕個人でも人工言語はかなりの数を創っていて、それぞれそれなりの完成度にはなっています。『世界のあいだ』という、「フィラクスナーレ」を題材にした実写映画も制作しているんですが、そこでは実際にオリジナルの人工言語を使用しています。

——言語を創るといっても、実際に何から始めるのかあまりイメージできないです。

中野:言語学にもいろいろ領域がありますが、僕が特に興味を持っているのは言語の音がどういう並びになっているかなどを扱う音韻論という分野。言語は、ある見方をすれば本質的には音の信号なので、音韻論の知識を生かして、音素・音韻のレベルからスタートし、形態・統語へとだんだん単位を大きくしていくのがセオリーです。音を組み合わせて、まずは単語にして、句にして、文にして、段落にしていくイメージです。

世界には日本語にない音も本当にたくさんあるので、人工言語を考える際には、国際音声記号(IPA)というものを使用して、そのIPAの表からどの音を使うか選んでいくのが最初のプロセスになります。

——“その言葉”が“その意味”を表すというのはどう決めているんですか?

中野:それは言語学者のフェルディナン・ド・ソシュールの考えに従えば、恣意的な結びつきなので、創作者が勝手にアイデアを出して考えるしかないです。その上で、1つのガイドラインとして、特定の音と、特定の見た目や感触みたいなものは、ある程度結びつけられる傾向にあるという考え方もあります。その1つがオノマトペ(自然界の音・声、物事の状態や動きなどを音で象徴的に表した語。音象徴語。擬音語・擬声語・擬態語など)といわれるものです。

また、例えば、言語一般に、大きいものに対しては母音が「あ」とか「お」とか口の開きが大きいものを使い、小さいものに対しては「い」とか「え」とか口が狭まる母音を使う傾向があるという説もあります。そこは人間の認知の仕方に関わっているのかなと思っていて、そういうことを参考にしつつ決めています。

物語のオリジナル性について

——物語を作る上で、トールキンなどの影響も受けていると思いますが、その中でオリジナル性はどう考えていますか?

中野:オリジナル性はすべての創作者が苦しむ部分だと思っています。僕としては影響を受けていたものを、いかに自分の中で消化するか、そのプロセスが大事だと考えています。最近の日本のファンタジー系のゲームやライトノベルは、トールキンが作ったファンタジーの影響をすごく受けているなと感じます。僕としては、そろそろそこから脱却する必要があるんじゃないかと思います。ファンタジーのジャンルとして、新しいものを作っていかないといけない時代が来ているような気がしています。

2000年代初めからのファンタジーブームは、『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』が映画化されたことで起こって、それ以降は『ロード・オブ・ザ・リング』の原作から影響を受けたものが量産されてきたように感じます。そんな中、最近は『ゲーム・オブ・スローンズ』がすごくヒットしたんですが、それはトールキンの世界観とはちょっと違うことをやったからかな、と個人的には思っています。新しい何かを作ることで、自分のオリジナリティというか、自分にしかできない作品を確立していけたらいいなと考えています。

——以前、自身のnoteの中で「ファンタジーをビジネスの道具とする空虚な作品が量産されている」と書いていましたが、そういう部分には疑問を抱いている?

中野:そうですね。そこには問題意識を強く持っています。多くの作品が細かい世界観設定に興味を持っていない感じがします。開発者もそうだし、消費者側も。その世界が論理的に考えて「それって本当に存在しうるの?」って思ってしまいます。そうした世界観を細かく詰めていくことで、何かしら新たなものが提供できるんじゃないかと考えています。

創作の意義を考える

——創作活動を小学5年生から続けているのはすごいですね。

中野:ただ、大変な時期もありました。中高生の頃はまわりにぜんぜん理解されなくて。進学校だったこともあって、みんな勉強が大事で、勉強ができてはじめて一目おかれるところがあって、そんな中で創作に理解を示してくれる人はほんのわずかでした。大学に入ってからは理解してくれる人も増えて、続けてきて良かったと思う瞬間が増えました。

こうした創作活動って理解されなくてやめてしまう人もたくさんいると思うんですが、そこで頑張って続けてきたことが、メディアで取り上げられたりして、今につながっている。だからこれからも続けていけば何かより良い世界が待っているんじゃないかという希望は持っています。

——コロナ禍で「創作している場合じゃない」という空気を感じることもありますか?

中野:コロナの影響で創っていた映画の撮影が半年ほど中断しました。それを経験して、「創作って何の役に立ってるのか?」と思うこともありました。ただ、自粛期間に以前創った映画を無料で公開したら、視聴数が伸びたんです。それで「創作も必要とされているんだな」と感じました。政治学や経済学のように、社会に直接的に影響がないにせよ、人々が楽しめるものを創っていくことも必要なことだなと思います。

——Twitterの固定コメントで「創作を通じて社会貢献ができないとは誰が決めたのか。私はやってみせる」と書いていますが、どういう思いが込められているのですか?

中野:先ほどもいったように、僕がやっている言語学は、いわゆる「役に立たない学問」といわれることもあるんです。それを使ってどうやって社会に貢献できるのかについては、まだまだ悩んでいます。ただ、自分にしかできないことをやるのが結局一番大事かなとも思っていて、僕にとっては、それが創作なんです。そういう決意を込めて、Twitterの固定のツイートにしています。

でも、社会貢献という面ではまだまだできていないので、自分に何ができるかを考えていくことが、これからも大事なんだと思います。

——来春から東大の大学院への進学が決まっていますが、そこでも言語学の勉強は続けていくんですか?

中野:そうですね。言語学の世界で研究を続けていきつつ、創作活動も続けていきたいと思っています。将来的には海外で学ぶことも考えています。今自分がやりたい分野としてはケルトの言語、歴史言語学という分野です。どうやってケルトの言語が派生してきて、どのような経緯をたどって進化してきたのか。それこそ人工言語でやっているようなことを実際ケルトの言語でやりたいんですが、日本だとアクセスできる言語学の種類って限られていて、なかなかできなさそうだと分かってきました。やはり現地に行って、資料を収集して、研究するのが一番良いなと考えています。

中野智宏
1998年3月3日京都生まれ。大分・横浜出身。自作の人工言語を使った小説と映画を創作。人工世界「フィラクスナーレ」を題材にした長編映画『世界のあいだ』と、現在制作中のその続編『希望のかけら』『無限のひかり』の公式Twitter(@sekai_no_aida)では制作・上映情報を配信中。小説を出版するのが直近の目標。
https://tomohironakano.com/
Twitter:@TormisNarno_JPN

Photography Kazuo Yoshida

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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