対談:KAZZROCK × SNIPE1 パイオニアが語る日本グラフィティシーンの今昔と、各々の現在地 ―後編―

日本にシーンがない頃からストリートを開拓してきたグラフィティライター、KAZZROCK。90年代初頭にLAに渡り同地のグラフィティクルー「CBS」に唯一の日本人メンバーとして名を連ね、帰国後にはストリートでの活動のみならず、個展やメジャーアーティストのCDジャケットのアートワーク提供、アパレルブランドの設立など多岐に渡る活動を展開し、今なお最前線でクリエイティブを生み出し続けている。SNIPE 1もまた、同じく黎明期から活動を続けるシーンのパイオニアである。SNIPE 1は90年代初頭にNYへと渡り、約4年間に及ぶ滞在中に現地のストリートでスキルを磨きコネクションを培った後、帰国。近年では村上隆やMADSAKIらとのコラボレーションも行うなど、アートシーンでもその存在感を高めている。

そんな、さまざまな垣根を越えながらその創作の歩みを止めることのない2人による対談企画の後編。90年代初頭の国内シーンやそれぞれの渡米経験を語った前編に続き、ストリートとアートに対する考え方や、シーンの現在について言葉が交わされていく──。

ストリートとアートの境界をどう考えているか

──今回はアートギャラリーでの展示だったわけですが、お二人はもともとストリートを主戦場とされてきたわけです。ストリートの世界とアートの世界との境界線をどう意識しているのか気になります。SNIPEさんも2018年に初個展「METAVIRUS」を開催されて以来、村上隆さんとコラボレーションするなど現代アートシーンでも活躍されていますよね。

SNIPE1:もともとは全然興味なかったんですよね。グラフィティやってればそれで満足だったから。今はまあ拾ったチャンスを活かしてるって感じですね。

KAZZROCK:俺はそもそもストリートかアートかとか意識もしてないね。95年に個展した時から抵抗も一切なかった。

SNIPE1:カズくんがいいなって思うのは、アート界に進出するグラフィティライターはスタイルを変える人が多いんすよね。でもカズくんはストリートの表現をそのまんま持ってきてるでしょ? そこはリスペクトですよ。ツイストとかKAWSみたいな感じは俺はがっかりしちゃうんですよね。だってKAWSとか絶対レターのほうがかっこいいでしょ。

KAZZROCK:KAWSくんの荒削りのレターは本当にかっこいいよね。

SNIPE1:そう、すげえいいんすよ。でも、今はキャラクターものばっかり作ってて、どうなんだろうって思う。

KAZZROCK:わかる(笑)。

SNIPE1:その点、カズくんはブランディングちゃんとしてて、Duckle(ダックル)のシリーズとかも1度ストリートに落としてからギャラリーに持ってきてるんですよね。上手いなって関心してます。実際、そこが重要なところなんじゃないかなって思うんですよ。

KAZZROCK:まあ俺はさ、壁に描くのかキャンバスに描くのかってことに関して、もちろん時間の制約とかライヴ感とかそういう差はあるし、キャンバスの場合はグラフィティみたいに刹那的なもんじゃなくて、誰かに買われて保存されるわけだから、そういうところも意識しないことはないけど、本質的には大きく変わらないんだよね。絵描くのが好きなんだよ、単純に。

SNIPE1:俺はキャンバスに落とし込もうってなるとかなり考えちゃいますね。コンセプトとか意味合いとか。ていうのも絵を買ってくれる人が外国人が多くて、ディスクリプションをやたら重要視するんですよ。なんでこのモチーフがここにあるの? みたいなことを聞かれるから。ちゃんと説明できるようにしとかないと。

KAZZROCK:えらいな、お前(笑)。俺は「見て感じろ」で終わりだよ。

SNIPE1:俺もマジで無理やりですけどね。ニワトリ描いた後にニワトリをめぐる伝承や伝説を調べたりして、だから後付けっすよ(笑)。本当はただニワトリ描きたかっただけ。

KAZZROCK:だよね。俺も「なんでアヒルなんですか?」とか言われるけど、知らねえよって。まあ求めてくる気持ちもわかるけど、そんなのそっちで考えてよって。

SNIPE1:本当そうですよね。だからこの前『考えろ。俺に尋ねる前に』って絵を描いたんですよ。もうディスクリプションはトゥーマッチ。ただ、そうとはいえ、グラフィティに関してはメッセージ性は意識してますけどね。俺なりのプロバガンダです。ジョージ・オーウェルも「すべてのアートはプロバガンダだ」って言ってました。オーウェルは同時に「すべてのプロパガンダはアートではない」とも言ってるんだけど。まあ特にイリーガルだとものすごく強くメッセージが届きますからね。バンクシーとかキダルトとかのメッセージって刺さるじゃないですか。

KAZZROCK:俺はメッセージ性とか全然ないんだよね。それこそミアさんなんかはいつもそういうメッセージ入れてたけど、俺はそういう観点から自分の表現に持っていくことはない。もっと自然で、もっと楽しいものでいいんじゃないのって。政治的に誰かをターゲットにした表現っていうより、もっと間口を広くもった表現をしたいって考え方だね。だからといって商業的にどうこうって意味じゃないよ。単に楽しいのが好きなんだよね。この先どうかはわからないけどね。ずっと30年このスタイルだけど、変わるかもしんないし。

SNIPE1:みんな変わりますからね。

KAZZROCK:まあ、考えるとそうだね。その作品を誰に見せたいかでも大きく変わるしね。

SNIPE1:ああ、わかる。俺も今は子供に見せたら喜んでくれそうな絵を描きたいから。思えば昔は他のライターの目しか気にしてませんでしたもんね。

KAZZROCK:そうだね、ライター同士の意識でしかなかった。

SNIPE1:グラフィティはそういうゲームですからね。

グラフィティをめぐる環境の今、「リアル」の手触り

──その点、今はそのゲームがすごく拡張していると言えますよね。監視カメラの拡充など街の状況そのものも変わりましたが、やはりSNSの登場は大きいように思います。グラフィティを見るという行為自体が以前とはまるで違うものになりました。イリーガルなグラフィティもリーガルのミューラルアートもスマホのモニター上ではフラットに並列化されていて、区別がつきづらい。一方、オーディエンスは格段に増えてます。こうした環境の変化についてお二人はどう見ています?

SNIPE1:まず1990年代から2000年代初頭くらいまでは、グラフィティって街によってスタイルが全然違ったんですよね。今、そういうボーダーはもうなくて、このグラフィティがどこのスタイルなのかが言えない。いや、わからないんですよ。NYだったらこういうスローアップだよね、みたいなのがもうない。全部グジャグジャになってる。ピースもそうですよね。それぞれの街にトップのライターがいて、それを後輩達が真似していくっていう時代じゃない。今の子達はSNSを見て、こいつのスタイルがいいから似たようなのを描くみたいなところから始めているわけで、そうなるとスタイルも自ずとグローバル化していくし、ある意味では均質化していきますよね。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけど、少なくともそれぞれの街の特徴はなくなりましたね。俺がNYっぽい、カズくんがLAっぽいって話をさっきしたけど、そういう話はもうできないでしょ。

KAZZROCK:確かにね。ボーダレスになったことで、それがどこのエリアで生まれたスタイルなのかはわからなくなった。よく捉えればSNSがあることで学びやすくなったんだろうなと思うし、そこからスタートするのも全然ありだとは思うけど。まあ日本だけじゃなく世界的にそうなってるよね。今の新世代は道具も良くなってるしさ、みんな上手いんだけど、ただ上手なだけじゃ感心されて終わりだからさ。そこに強烈なこだわりがあったりすると、感心じゃなくて感動になる。それこそ俺はずっと下書きなしで描いてきててさ、確かに下書きあったほうが簡単なんだけど、ドンズバで線を引いていったほうがね、ちょっとしたズレもあるけど、そこもひっくるめて俺の作品になる。スタイルってそういうもんで、そういう意味では最近のはなんか違うんだよなっていう話はSNIPEともよくしてるね。

SNIPE1:まあ、若いから仕方ないですけどね。ただ、実物をあまり見てない、見れてないのは問題だと思う。写真だけで見て描くみたいな子が多いけど、実物は写真とは違うんですよ。もっと荒れてる。そこに味がある。きれいに描けばいいっていうもんでもないんですよね。個展だってそう。写真で見るのとは全然違う。

KAZZROCK:それは本当にそう。グラフィティは特に。

SNIPE1:テクニカルなところだけじゃなく、それがある場所の雰囲気とか空気とか匂いとか、そこまで含めてグラフィティだから。トンネルの奥にたどり着くまでの怖さとかさ、写真ではどうしても伝わらないでしょ。

KAZZROCK:俺達は行くっきゃなかったからね。

SNIPE1:でも、今の東京ってそもそも実物を見れる場所がないでしょ。これ大問題ですよ。ボマーしかいない。

KAZZROCK:マスターピースがどこにもないからね。悲しいよ。

SNIPE1:そういうのがあれば東京の状況はまた変わると思うんだけど場所自体がないから。どんな小さい街にもフリーウォール(Hall of Fame)ってあるじゃないですか。それが東京にはない。オリンピックやってる場合じゃないだろって思いますよ。

KAZZROCK:まあね。ただ難しいところはさ、「ここ描いてOKだよ」って言われた場所で果たして本当にストリート感もって描けるかっていうと、そうでもないんだよね。ドキドキとかワクワクはそこにはないじゃん。そういうところは作品にも現れちゃうし。

SNIPE1:現れますよね。焦って描くからこそのライヴ感というかね。ただ、それでも1カ所は欲しいですよ、フリーウォール(Hall of Fame)。90年代なら桜木町とか代々木があったじゃないですか。あれを見て描き始めたやついっぱいいたわけですから。

──小池都知事が数年前に日の出埠頭に描かれたバンクシーの作品と記念撮影して話題になりましたよね。一方で現実の東京にはフリーウォールの1つもない。歪さはありますよね。

SNIPE1:そうっすね。ただ……、まあバンクシーは仕方ないっすよ。バンクシーが価値があることはみんな知ってますから。あの時、バンクシーがいいんだったら俺だって描いていいだろうみたいなこと言ってたライターもいましたけど、いやいや、それは違うでしょって思いましたよ。だってお前の絵には価値がないんだから(笑)。

KAZZROCK:そこは俺も同意見だね。地区予選も勝ってないのに決勝に出たいって言ってるようなもんだから。

SNIPE1:実際、バンクシーはかっこいいからね。本当、リスペクトですよ。

KAZZROCK:写実も上手いし、ステンシルもいいしね。

SNIPE1:ただレターはめちゃくちゃ下手ですけどね(笑)。

KAZZROCK:知ってる(笑)。だから自分の得意な分野を見つけたわけだよね。ステンシルって昔からある手法を使って、とんちを利かせてさ。それでいいと思うんだよ。

SNIPE1:いや、本当にとんちが上手いっすよね。やられたって思いますもん。バンクシーを毛嫌いするようなライターも俺は嫌いっすね。

KAZZROCK:素晴らしい作家だよ。KAWSくんにしたってさっきはああ言ったけど、すごい好きだしね。やっぱりね、人より前に出てる人ってのは、それなりに努力した人なのよ。

SNIPE1:間違いない(笑)。

KAZZROCK:ずっとああいう形でやり続けられてる人って本当にすごいんだよ。まずは人を認めないとね。だから俺は人の絵についてはあれこれ言わないようにしてる。基本、好きだからね。 SNIPE1:そうそう。いろいろあってもグラフィティライターっていう同じ志しを持ってるだけで友達になれちゃう。大人になりましたね、俺達も(笑)

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KAZZROCK
グラフィティライター/アーティスト。東京都出身。1990 年代前半、グラフィティ、ヒップホップ等ストリートシーンでの様々な活動を目的とした団体”VANGUARD”を設立。その後、自身のスキルアップの為に単身渡米し、ロサンゼルスのグラフィティアート団体”CBS”に所属。日本人で唯一のメンバーになる。帰国後、ストリートでの活動とともに個展やCD ジャケットのアートワーク、メーカーへのデザイン提供等を経て、1998 年、⾃⾝のアパレルブランド「KAZZROC ORIGINAL」を⽴ち上げたほか、翌年、⾃社「VANGUARD」を設⽴。2005 年には全⽇本ロードレース選⼿権ST600 クラスにメインスポンサーとして参加し、「KAZZROCK RACING」としてレーシングスーツ、ヘルメットなどをデザインした。2015 年には、⾹港での作品展、2019 年は台湾での絵画展(台北、台中、台南、⾼雄など10カ所で展⽰)を開催。現在も多⽅⾯に渡って精⼒的に国内外で活躍を続ける。
Instagram:@kazzrock_cbs
Twitter:@kroriginal

SNIPE1
グラフィティライター/アーティスト。1990年代初頭に10代でNYグラフィティシーンに身を投じ、その後、世界中のグラフィティコミュニティを巡りコネクションを築いた後に帰国。活動の拠点を日本に移し、今日までの日本に於けるグラフィティカルチャーの興隆に多方面で尽力してきた。2018年、自身初となるソロエキシビションを、村上隆が運営するHidari Zingaroにて開催し、好評を得る。LA、NY、バンコク、香港、メルボルンなど、世界中の前衛ギャラリーにて今もなお、アート界をボミング中。
Instagram:@fukitalltokyo

Photography Ryosuke Kikuchi

Special Thanks HARUKAITO by island

author:

辻陽介

編集、文筆。『HAGAZINE』編集人。共編著『コロナ禍をどう読むか』(亜紀書房)。現在『BABU伝—北九州の聖なるゴミ』を連載中。 Twitter:@vobozine

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