コロナ禍での怪奇映画天国アジア:台湾編 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.9

コロナ禍で海外旅行にはなかなか行けない現状だが、この夏、台湾映画の話題作が日本でぞくぞくと劇場公開され、雑誌でも台湾映画の現在といった特集が組まれている。

そこで今回は特に納涼の意味を込めて、連載第7回で触れた台湾映画『返校 言葉が消えた日』を取り上げつつ、新しい創り手達による台湾ホラー映画の世界を紹介したい。

2021年夏、日本で数多く公開される台湾映画作品

この夏は、台湾映画の話題作が日本でも数多く劇場公開されている。把握している限りでも、『1秒先の彼女』『親愛なる君へ』『返校 言葉が消えた日』『日常対話』『恋の病 ~潔癖なふたりのビフォーアフター~』とあって、さらにマレーシアの映画だが、監督は台湾のトム・リン(『九月に降る風』など)による映画、『夕霧花園』もある。

映画『1秒先の彼女』の予告

映画『親愛なる君へ』の予告

映画『日常対話』の予告

映画『恋の病 ~潔癖なふたりのビフォーアフター~』の予告

映画『夕霧花園』の予告

映画『返校 言葉が消えた日』の予告

これらの公開ラッシュに寄り添うように、7月末には雑誌『ユリイカ』では「特集=台湾映画の現在」も発売された。

私もこの特集に、「魏徳聖における日本統治時代のエンタメ化」という文章を寄稿している。今回は公開される台湾映画の中で、『ユリイカ』の台湾映画特集号でも表紙を飾った、『返校 言葉が消えた日』(以下、『返校』)を取り上げてみたい。

理由としては、第一に、この「魏徳聖における日本統治時代のエンタメ化」の最後で、『返校』について言及したからだ。第二に、連載第6回「コロナ禍での怪奇映画天国アジア:韓国映画編」で、引用した「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」 に入った台湾の2作品のうちの1つで、第10位にランクインにしたのがこの『返校』だからだ。そう、2020年、アジアの怪奇映画界を席巻した韓国と、その韓国とコラボしたインドネシアによる、韓流ホラー強力タッグに対抗していたのが『返校』だった。第三に、連載第7回「バラエティとダイバーシティのフェス、大阪アジアン映画祭の魅力」でも、「今後、コロナ禍での怪奇映画天国アジア(台湾編)を書くとすれば、まずワン・イーファン監督の映画『逃出立法院』(2020)は、7月に日本公開予定の映画『返校』(2019)と並んで外せない注目作だ」と書いたからだ。そしてさらに第四に、この連載では極力、新人や次世代の映画人達を取り上げたいと考えているからだ。

東アジアの怪奇映画の伝統と革新が共存する映画『返校』

『返校』のジョン・スー監督は、2019年に開催された中華圏の映画の祭典「第56回ゴールデン・ホース・アワード」で最優秀新人監督賞を受賞している。

映画『返校』の舞台は、1962年、戒厳令下の台湾にある翠華高校。あらすじはオフィシャルサイトから引用した以下の通りである。

「放課後の教室で、いつの間にか眠り込んでいた女子学生のファン・レイシン(ワン・ジン)が目を覚ますと、なぜか人の姿が消えて学校はまるで別世界のような奇妙な空気に満ちていた。校内を1人さ迷うファンは、秘密の読書会のメンバーで彼女に想いを寄せる男子学生のウェイ・ジョンティン(ツォン・ジンファ)と出会い、力を合わせて学校から脱出しようとするが、どうしても外へ出ることができない」。

映画『返校』の原作は、台湾の赤燭遊戲(Red Candle Games)が開発したホラーゲームで、日本語版も販売され、人気声優・花江夏樹のYouTubeチャンネルでは、実況動画も配信されている。

ゲーム版、映画版ともに、東アジアの怪奇映画の伝統と革新が共存する内容になっていて興味深い。まず、伝統としては舞台が学校である点だろう。東アジアで怪奇映画と青春映画が交差する舞台として学校は欠かせない。台湾映画においても、現在、Netflixで配信中のギデンズ・コー監督による映画『怪怪怪怪物!』(2017)は、高校におけるイジメが背景となっている。余談だが、人気作家でもあるギデンズ・コーは、青春映画『あの頃、君を追いかけた』(2011)、新作『月老』(2021)も含め、ここまで高校時代にとらわれている創り手も珍しいかもしれない。

映画『月老』の予告

日本映画においては、『学校の怪談』シリーズ(1995~)、さらにアニメ映画を含めるなら、芥見下々『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』が原作である『劇場版 呪術廻戦 0』も控えている。加えて、韓国映画にも、『女校怪談』シリーズ(1998~)があり、『囁く廊下 女校怪談』(1998)はインドネシアで『Sunyi』(2019)というタイトルでリメイクされた。
東南アジアのタイドラマまで視野を広げるなら、Netflixの人気シリーズ『転校生ナノ』(2018~)も存在する。

学校という格差と鬱屈をはらむ場は、思春期の闇の部分を描く上で、犯罪映画と怪奇映画の舞台を提供してきたのだ。

台湾国民が抱える最大の恐怖体験、ある種のトラウマをホラー映画に昇華させた『返校』

次に、『返校』が東アジアの怪奇映画として革新的なのは、白色テロという国民党政権による、反政府勢力や共産主義者の排除という名目のもとに、思想や言論の弾圧、つまり、台湾国民が抱える最大の恐怖体験、ある種のトラウマをホラー映画に昇華させた点にある。私は、連載第6回「コロナ禍での怪奇映画天国アジア:韓国映画編」で以下のように述べた。

「この『圧縮された近代』は、韓国に繁栄とともにゆがみをもたらしており、このゆがんだ闇に怪奇映画のネタが転がっている。韓国に限らず、『圧縮された近代』経験を共有しているアジアの開発独裁国家、具体的には、インドネシアのスハルト政権下やフィリピンのマルコス政権下、タイの軍事政権下でも、怪奇映画は数多く製作されている。圧縮された近代のゆがみには、怪奇映画という妖花が咲き誇るのである」。

開発独裁政権下において、行き過ぎた思想や言論の弾圧、いわゆる「反政府勢力や共産主義者」に対する赤狩りは「圧縮された近代」の副産物で、台湾の白色テロのみならず、インドネシアの930事件、タイにおけるタンマサート大学虐殺事件など、他の国にも存在する。この赤狩りの恐怖体験と、開発独裁政権下の怪奇映画との影響関係については、今後、研究の余地がある領域なのだが、『返校』のゲーム版、映画版では、この赤狩りの恐怖体験を、間接的にではなく、直接的にホラー映画として昇華させた点が画期的だった。
なぜなら、ドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(2012)、『ルック・オブ・サイレンス』(2014)で取り上げられたインドネシアの930事件のように、未だに国民の間でその歴史的評価をめぐって議論が紛糾する事件の場合、直接的にホラー映画の題材として取り上げるのは難しい。つまり、赤狩りをホラー映画の題材として取り上げる前提としては、開発独裁政権下の行き過ぎた思想や言論の弾圧を過ちとして反省する、現政権下での過去との清算が必要となってくる。したがって、『返校』は、アジアでは珍しい、台湾の開かれた民主主義政権だからこそ、可能になり得た革新的なホラー映画なのかもしれない。

メディアミックス展開が巧みな『返校』

また、『返校』の楽しみとしては、そのメディアミックス展開、世界観の広がりがある。まず、ゲーム版、映画版『返校』の30年後、1990年代の翠華高校が舞台のドラマ版『返校』(2020)がNetflixで配信中である。 

ドラマ版『返校』の予告

主人公である転校生リュウ・ユンシャンを演じた、リー・リンウェイは、2021年開催の第16回「大阪アジアン映画祭」で、映画『人として生まれる』の主人公を演じ、薬師真珠賞を受賞した、注目の女優である。
次に、このドラマ版は、ノベライズされ、『返校 影集小説』というタイトルで日本語でも文庫が発売されている。版元は、日本でメディアミックスを開拓した、あの角川書店である。
さらに、『返校』とは直接関係はないが、文藝春秋からは台湾モダンホラーの決定版、張渝歌による『ブラックノイズ 荒聞』も刊行される。日本版の帯文には「『リング』と『哭声/コクソン』を融合させた作品と地元メディアが絶賛!」と書かており、こちらも「台湾でドラマ化進行中」だそうだ。映画やドラマのみならず、台湾のホラー小説も日本で注目されつつあるのかもしれない。

そして、この台湾のホラー映画熱はしばらく冷めそうにない。例えば、連載第7回で触れた、ワン・イーファン監督による台湾の国会(立法院)が舞台の脱出ゾンビ映画『逃出立法院』(2020)は『ゾンビ・プレジデント』という邦題で、10月からの「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2021」で劇場公開予定である。同じく、台湾発のゾンビ映画でありながら、これぞ、コロナ禍での猛毒ホラー、カナダ出身のロブ・ジャバズ監督『哭悲(The Sadness)』(2021)の日本での劇場公開もしくは配信が期待される。さらに、映画版『返校』のジョン・スー監督は、新作『鬼才之道』を制作していて、先行の予告編が公開されている。

映画『哭悲』の予告

映画『鬼才之道』の予告

この予告編を観る限り、ホラーコメディのようだが、実際、本編を最後まで観てみないことにはわからない。加えて、「ゴールデン・ホース・アワード」最優秀新人監督賞をジョン・スー監督の次の年、2020年に受賞した、チャン・ジーアン監督による映画『南巫』もホラー作品である。

映画『南巫』の予告

この映画『南巫』は1987年、マレーシア北部のタイ国境近くの村が舞台で、ナ・ホンジン監督によるマレーシア版『哭声 コクソン』(2016)と呼ばれているそうで、日本での上映が待ち遠しい。

一方、当の韓国映画『哭声 コクソン』のナ・ホンジン監督は、プロデューサーとしてタイのホラー映画の巨匠バンジョン・ピサヤタナクーン監督(『心霊写真』など)と組んだホラー映画『ランジョン』(2021)を完成させ、韓国でこの夏、公開された。

映画『ランジョン』の予告

さらにこの『ランジョン』は、第25回「富川国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)」で、Best of Bucheon賞を受賞した注目作である。タイトルの「ランジョン」とは、タイ語で“シャーマン”“巫女”を意味し、イサーン(=東北タイ)でシャーマニズムが脈々と受け継がれている巫女家系をめぐる映画だそうで、『南巫』と合わせて、アジアの怪奇映画における南方の“巫”ブームを予感させる。

アジアの新人映画監督達の登竜門としての役割果たす怪奇映画

話を台湾映画に戻すと、近年の「ゴールデン・ホース・アワード」最優秀新人監督賞は、
2017年 映画『大仏⁺』 ホアン・シンヤオ監督
2018年 映画『薬の神じゃない!』 ウェン・ムーイエ監督(ただし中国映画)
2019年 映画『返校』
2020年 映画『南巫』
で、神仏、そして怪奇映画の受賞が続いている。

『大仏⁺』と『薬の神じゃない!』はコメディだが、新人監督達が宗教や怪奇に関連した映画で受賞しているのは、近年の中華圏、台湾映画の特徴の1つかもしれない。話をもう少しを広げるなら、香港映画のニューウェーブにおいて、あまり注目されていないが、アン・ホイ監督は『瘋劫』(1979)、『撞到正』(1980)を、ツイ・ハーク監督は『カニバル・カンフー 燃えよ! 食人拳』(1980)を撮り、タイ映画ニューウェーブにおいても、ノンスィー・ニミブット監督は『ナンナーク』(1999)を、さらに、『ランジョン』のバンジョン・ピサヤタナクーン監督は『心霊写真』(2004)を撮ったように、アジア映画の新潮流において、怪奇映画も映画の新人達の登竜門としての役割を担ってきた。
もっとも、台湾ニューシネマにおいては怪奇映画の影は薄いのだが、怪奇映画というジャンルは意外にも、映画の新人達をカルト映画の創り手として有名にする魔法と夢を秘めている。

日本でも、『HOUSE ハウス』(1977)の大林宣彦監督、『鉄男』(1989)の塚本晋也監督、田口トモロヲ、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督がその例だろう。
そして、アジア映画ではないが、『ヘレディタリー/継承』(2018)、『ミッドサマー』(2019)のアリ・アスター監督は、アジアの若き怪奇映画人達にとってもロールモデルかもしれない。もし映画人の青田買いをしたいなら、長編デビュー作としての怪奇映画は狙い目で、怪奇映画のにぎやかさは、新しい映画人達の活発さを測るバロメーターと言えるだろう。

本連載で、怪奇映画を頻繁に取り上げる理由の一端もここにある。以上、この夏、『返校』から広がる新しい創り手達による台湾ホラーの饗宴(競演)を見逃すのはもったいないとあえて主張したい。そして、日本も、今後、『劇場版 呪術廻戦 0』、そしてTVアニメ『鬼滅の刃』遊郭編、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』『チェンソーマン』と控えているので、にぎやかさでは負けていない。韓国、台湾、日本を中心とする、アジア発、怪奇映画の饗宴(競演)新時代(三国志?)、楽しみである。

TVアニメ『チェンソーマン』の予告

author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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