バラエティとダイバーシティのフェス、大阪アジアン映画祭の魅力 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.7

Netflixが、韓国作品に520億円を大規模投資して制作を強化するそうだ。前回の執筆時よりも、さらに韓国映画界が盛り上がりそうな気配である。今回は、連載開始当時から注目している「大阪アジアン映画祭」を取り上げる。
「第16回大阪アジアン映画祭(以下、OAFF2021)」が、3月5日~14日に開催されている。「大阪アジアン映画祭」と言えば、
連載第1回で、
「映画祭を評価する基準はさまざまだが、その基準の中には、上映作品から劇場公開された作品の割合(映画祭出塁率)、さらに、上映作品からヒットもしくは大ヒットした割合(映画祭打率)も含まれる。そして、これら映画祭出塁率、映画祭打率の高さでは、大阪アジアン映画祭は日本でも有数の映画祭と呼べるだろう」
と書いた映画祭である。
さらに今回は、「大阪アジアン・オンライン座」(2月28日~3月20日)で、過去の上映作品が初めてオンラインで配信される。そこで今回は、これら大阪アジアン映画祭での上映&配信作品を、これまでの連載で取り上げた作品とトピックに関連付けて紹介したい。

台湾とインドネシアの怪奇映画の上映

連載第6回では韓国製の怪奇映画について取り上げたが、OAFF2021は台湾の怪奇映画が充実している。もし今後、コロナ禍での怪奇映画天国アジア(台湾編)を書くとすれば、まずワン・イーファン監督の映画『逃出立法院』(2020)は、7月に日本公開予定の映画『返校』(2019)と並んで外せない注目作だ。内容は、日本の国会にあたる台湾の立法院でゾンビが増殖し、全面隔離された主人公である議員と彼の秘書が、地獄と化した立法院から逃げ出すことができるのか、というパンデミックアクションコメディである。
さらに、オンライン座では、チェン・ホンミン監督の映画『関公VSエイリアン(デジタル・リマスター版)』(1976)が配信される。関公とは『三国志』の関羽のことで、UFOに乗ったエイリアン達が香港を襲撃し、その強大なエイリアン達に追い詰められるひとびと。その窮地に主人公が彫った関羽像が巨大化し、エイリアン達と闘うのだ。大映の人気特撮シリーズ『大魔神』+SF映画といった内容で、香港のパン・ホーチョン監督が版権を購入してデジタル修復した。そして今回、海外初上映となったそうだ。

また、第6回の最後に、コロナ禍での怪奇映画天国アジア(インドネシア編)の予告を書いたが、OAFF2021では気鋭のインドネシア人監督、テディ・スリアアトマジャによる初の怪奇映画『苦しみ』(2021)が上映されている。テディ監督に関しては、監督へのインタビュー「インドネシア社会のタブーに鋭く切り込む テディ・スリアアトマジャ監督の『今』」に詳しく書かれている。オンライン座では、テディ監督の代表作である映画『ラブリー・マン』(2011)が配信される。トランス女性が主人公となっている作品だ。現在のインドネシアでは、性的少数者に関する映画を製作、公開するのは難しく、今では貴重な作品でもある。

ベトナムのインディペンデント映画にもフォーカス

連載第5回では、移民大国日本の現実を切り取る多国籍多言語映画として、映画『海辺の彼女たち』(2020)と『カム・アンド・ゴー』(2020)の2本を取り上げた。OAFF2021では、この2本が大阪で初上映。さらに『海辺の彼女たち』を手掛けた藤元明緒監督と同世代で共通性を感じると書いた、ベトナムのチャン・タン・フイ監督の長編デビュー作『走れロム』(2019)も上映される。しかも、上映スケジュールが、同じ会場で、『海辺の彼女たち』が3月9日の16時20分、『走れロム』が同日の18時35分と並んでいる。もし担当の方がこの連載を読んでくれていたとしたら、粋な配慮である。『走れロム』をご覧になる前に、同作の前日談に当たる短編『16:30』(2012)がYouTubeで公開されているので、事前に視聴しておくとおもしろさも増すことだろう。

『16:30』(2012)

『走れロム』のフイ監督、プログラム《短編C》に入っている『エジソンの卒業』のファム・ホアン・ミン・ティ監督は、2月にアテネ・フランセ文化センターで上映された「ベトナム映画の現在」の若手監督達と仲間であり、彼/彼女らがベトナム映画の未来を担っている。このコロナ禍で、ベトナムのインディペンデント映画監督達と、藤元監督やインディ・フォーラム部門の監督達が大阪での交流の機会を持てなかったことを残念に思う。
今回、ベトナムからもう1本、キャシー・ウエン監督によるC18(18禁)フェミニスト・スリラー映画『姉姉妹妹』(2019)も上映される。この『姉姉妹妹』の解説は、私が書いたので参考になれば幸いである。

バラエティとダイバーシティを体感できる「大阪アジアン映画祭」

「大阪アジアン映画祭」の魅力の1つは、検閲によって修正も入る尖ったインディペンデント映画『走れロム』と、ベトナムのポップスター、チー・プーが出演している娯楽映画『姉姉妹妹』の両方が上映されるというバラエティの豊かさだろう。加えて「大阪アジアン映画祭」には、昨年話題を集めた韓国映画『はちどり』のように、アジアの女性映画人達、そして女性達の絆を描くシスターフッド映画を積極的に紹介しようとする、暉峻創三プログラミング・ディレクターの意志を感じる。今回公開のベトナム映画では、『姉姉妹妹』を手掛けたウエン監督と、『エジソンの卒業』のティ監督が女性である。そしてオープニング作品となった、マン・リムチョン監督による香港を代表する女性監督であるアン・ホイ監督に関するドキュメンタリー映画『映画をつづける』(2020)。モンゴル映画『ブラックミルク』(2020)のウィゼマ・ボルヒュ監督は、2016年に「来るべき才能賞」を獲った女性監督である。また、台湾映画『愛・殺』(2021)のゼロ・チョウ監督は、オープンリー・レズビアンの映画監督でもある。さらに、『海辺の彼女たち』も外国人技能実習制度で来日した3人のベトナム女性達を主人公にした、シスターフッド映画でもある。つまり「大阪アジアン映画祭」のもう1つの魅力は、バラエティと同時に、ダイバーシティ(多様性)にあると考える。
バラエティとダイバーシティ、すなわち、「雑」(いろいろなものが入りまじっていること)を愛でるフェスティバルが、「大阪アジアン映画祭」なのだ。バラエティとダイバーシティという点で、「大阪アジアン映画祭」の会場、梅田近辺が舞台になったリム・カーワイ監督による映画『カム・アンド・ゴー』(2020)は、「大阪アジアン映画祭」を象徴する1本かもしれない。


『カム・アンド・ゴー』(2020)

タイとフィリピンで注目の新作映画も配信中

連載第3回で取り上げた過去作品を無料配信している、フィリピンの映画会社「TBAスタジオ」からは、JPハバック監督による新作『こことよそ』(2021)が上映。この映画は、コロナ禍でロックダウン中のマニラが舞台のリモート・ラブ映画である。JPハバック監督の長編デビュー作『I’m Drunk, I Love You』(2017)は、「TBAスタジオ」のYouTubeチャンネルで全編無料公開中だ。

『I’m Drunk, I Love You』(2017)

そして、連載第1回で取り上げたタイの兼好法師、ナワポン監督作品の映画会社GDH556からは、メート・タラートン監督による詐欺師コメディ映画『愛しい詐欺師』(2020)が上映される。メート・タラートン監督は、コメディ映画のヒットメイカーで、過去の「大阪アジアン映画祭」において、2013年にベトナムでもリメイクされたコメディ『ATM エラー』、2015年に蒼井そらが出演した『アイ・ファイン、サンキュー、ラブ・ユー』が上映され、「来るべき才能賞」を受賞している。このコロナ禍という逆境にめげず、フィリピンの「TBAスタジオ」、タイのGDH556が新作映画を作り続けていて嬉しくなる。
さらにオンライン座では、タイ映画から、トニー・ジャー主演の『トム・ヤム・クン!』(2005)や、Netflixで配信中のドラマ『転校生ナノ』の脚本家の1人、コンデート・チャトゥランラッサミー監督による『P-047』(2011)が配信される。コンデート監督も、かつてのナワポン監督同様に日本での劇場公開には恵まれていないが、タイでは評価の高い監督だ。ちなみに、コンデート監督は、ナワポン監督の映画『マリー・イズ・ハッピー』(2013)に教師役で出演している。個人的には、コンデート監督の青春映画はおすすめで、タイ・アカデミー賞と呼ばれる、スパンナホン賞の第23回で、最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀助演男優賞の4賞を受賞した映画『タン・ウォン~願掛けのダンス』(2013)や、BNK48のジェニスとミュージックの共演したシスターフッド映画『私たちの居場所』(2019)など、日本で劇場公開されていないのが惜しいと感じている。『私たちの居場所』も、今年の2月末に発表された第29回スパンナホン賞で最優秀作品賞を受賞している。コンデート監督が最優秀監督賞、出演のミュージックが最優秀助演女優賞、さらに最優秀脚本賞、最優秀編集賞、最優秀作曲賞も受賞し、6冠を達成している。

以上、これまでの連載と関連した作品に絞って紹介したが、上映作品全63作品、製作国と地域が23におよぶので、すべては紹介しきれない。ちなみに昨年のOAFF2020で話題になった、日本在住のインド人、アンシュル・チョウハン監督による映画『コントラ』(2019)は、3月20日から劇場公開が始まる。また、2020年に観客賞を受賞作したデレク・ツァン監督による映画『少年の君』(2019)の劇場公開も控えている。

『コントラ』(2019)

すなわち、「大阪アジアン映画祭」の熱気は1年経ったくらいではおさまらないのだ。このアジア映画の「雑」、バラエティとダイバーシティを体感できるアツい祭りに参加しないのはもったいない。オンライン配信だけでもぜひ参加してみてほしい。

Pictures provided OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL

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author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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