コロナ禍での怪奇映画天国アジア:韓国映画編 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.6

“怪奇映画天国アジア”とは、四方田犬彦による東南アジアの怪奇映画に関する研究書名(白水社)に由来するのだが、最近、東アジアを含めた怪奇映画天国アジアの勢力図も変わりつつある。今回は、2020年の韓国怪奇映画について俯瞰してみたい。

2020年のアジアのホラー映画は、韓国作品が豊作

私は毎年、年末年始に発表される、アジア映画に関するランキングを楽しみにしている。特にアジア映画のサイト、「Asian Movie Pulse」のランキングはクセが強い故にユニークでおもしろい。そんな「Asian Movie Pulse」のランキング中でも、今回取り上げたいのは、「2020年アジアのホラー映画ベスト15」である。2020年は「2020年アジア映画ベスト25」を見ても、韓国映画の年だった。なぜなら「2020年アジア映画ベスト25」のベスト5中、第4回で取り上げたツァイ・ミンリャン監督『日子』を除く、4本が韓国映画だったからだ。同様に「2020年アジアのホラー映画ベスト15」でも韓国映画が多くランクインしている。
「2020年アジアのホラー映画ベスト15」を作品の製作国別に分けると、以下の通りである。

「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」

・韓国:7作品
・インドネシア:4作品
・台湾:2作品
・フィリピン:1作品
・マレーシア:1作品

「2020年アジアのホラー映画ベスト15」第4位に、ジョコ・アンワル監督のインドネシア映画『Impetigore』がランクインしている。

この作品は、韓国のCJ ENM(映画『パラサイト 半地下の家族』の配給会社)との合作映画なので、韓国映画7作品を7.5作品と換算するならば、全15作品中7.5作品、つまりランキングの半数が、韓国と関わりのある作品で占められている結果になる。では「Asian Movie Pulse」のランキングだけでなく、他のランキングも見てみよう。アメリカのホラージャンルのウェブサイト「ブラッディ・ディスガスティング」による「2020年海外ホラー映画ベスト10」では、10作品中2作品が韓国映画である。

「ブラッディ・ディスガスティング」による「2020年海外ホラー映画ベスト10」にランクインした韓国作品

・『ザ・コール』(2020)
・『#生きている』(2020)

こちらのランキングでも、映画『Impetigore』がランクインしているので、韓国映画2.5作品と換算してもいいかもしれない。つまり「ブラッディ・ディスガスティング」の「2020年海外ホラー映画ベスト10」でも、アメリカを除く海外ホラー映画ベスト10の4分の1を韓国と関わりのある作品が占めているのである。この2つのランキングにおける韓国映画の躍進と比較すると、従来ならランクインしてもおかしくない怪奇映画ランクインの常連国、日本と香港(中国)からは1作品もランクインしていない。しかし、日本に関しては、2020年の大ヒット映画は『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』なので、アニメーション作品を含めれば、怪奇映画の勢いは衰えるどころか、むしろ加速していると見てもいい。現在、日本では、放映中のTVアニメ『呪術廻戦』、TVアニメ化が決定している漫画『チェンソーマン』が劇場化されるのならば大ヒットしそうな勢いがある。ただ実写映画に限っては、韓国怪奇映画の躍進により、怪奇映画天国アジアを巡る勢力図が変わりつつある。
では「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」における韓国怪奇映画7作品を挙げてみる。

「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」の韓国怪奇映画作品

・第3位 『クローゼット』(2020)

※2020年12月18日より日本で劇場公開中

・第5位 『メタモルフォーゼ/変身』(2019)

※2021年1月22日より日本で劇場公開中

・第6位 『ザ・コール』(2020)

※日本ではネットフリックスで配信中

・第8位 『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2020)

※2021年1月1日より日本で劇場公開中

・第9位 『#生きている』(2020)

※日本ではネットフリックスで配信中

・第12位 『Warning: Do Not Play』(2019)

・第15位 『Lingering / Hotel Lake』(2020)

コロナ禍にもかかわらず、日本での韓国映画の人気を裏付けるようにここ最近、日本で公開されている作品が多い。その韓国怪奇映画の背景には、韓国の宗教の幅広さがある。
例えば、第3位にランクインしたキム・グァンビン監督の映画『クローゼット』は、引っ越し先の一軒家で失踪した娘を捜す父親(ハ・ジョンウ)のストーリーなのだが、映画の冒頭、ムーダン(巫堂:朝鮮のシャーマン)のショッキングなシーンで幕明けする。そして、その父親に近づく謎の男もムーダンと縁が深い。韓国怪奇映画において、ムーダンの果たす役割は大きく、キム・ギヨン監督の映画『異魚島』(1977)、イ・ドゥヨン監督の映画『避幕』(1980)、ナ・ホンジン監督の映画『哭声/コクソン』(2016)においても、ムーダンがいなければ、怪奇映画としてのスパイスは不足していただろう。

一方、第5位にランクインしたキム・ホンソン監督の映画『メタモルフォーゼ/変身』は、悪魔ばらい(エクソシスト)に失敗したことで、トラウマを抱える神父と新たに悪魔に取り憑かれた、その親戚一家にまつわる作品である。カトリック教徒と教会が少ない国では、エクソシスト映画はリアリティが薄くなるのだが、韓国のエクソシスト作品には、映画『プリースト 悪魔を葬る者』(2015)、映画『ディヴァイン・フューリー/使者』(2019)などがあり、フィリピンと同じくらいエクソシストは浸透している国だ。実際、映画『メタモルフォーゼ/変身』において、主人公の神父は、フィリピンの神父達に悪魔ばらいの助力を求めている。

ムーダンとエクソシストが同居する韓国の現状を説明するには、韓国の社会学者チャン・キョンスプが、韓国の近代化を説明するのに用いた「圧縮された近代」(Compressed modernity)という言葉が有効だ。韓国は急速な経済発展を背景に、社会の近代化を極めて短期間に経験した。その一方で、未だに近代化から取り残されたムーダンのような伝統的かつ、ヴァナキュラー(vernacular:土着)な文化が残っている。この「圧縮された近代」は、韓国に繁栄とともにゆがみをもたらしており、このゆがんだ闇に怪奇映画のネタが転がっている。韓国に限らず、「圧縮された近代」経験を共有しているアジアの開発独裁国家、具体的には、インドネシアのスハルト政権下やフィリピンのマルコス政権下、タイの軍事政権下でも、怪奇映画は数多く製作されている。圧縮された近代のゆがみには、怪奇映画という妖花が咲き誇るのである。

韓国製“圧縮されたホラー”

では近年、韓国怪奇映画が躍進した理由はどこにあるのか。「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」の韓国怪奇映画を引き続きピックアップしながら考えてみる。

第6位にランクインした映画『ザ・コール』は、サイコキラー映画に、過去と現在をつなぐ電話というマジックを導入し、タイムパラドックスによるどんでん返しをふんだんに盛り込んだ野心作。第8位の映画『新感染半島 ファイナル・ステージ』と、第9位の映画『#生きている』は、ゾンビ・パンデミック映画である。このコロナ禍においてゾンビ・パンデミック映画は、感染することへの不安と恐怖から、観客に今、一番リアリティを提供している映画ジャンルと言える。映画ではないが、日本でもゾンビドラマ『君と世界が終わる日に』が、1月から日本テレビ × Hulu共同製作で放映が開始されている。

アジアにおけるゾンビ・パンデミック映画は、『新感染半島 ファイナル・ステージ』の前作、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)以前と以降に分かれると言っても過言ではない。この『新感染 ファイナル・エクスプレス』の斬新さは、ゾンビ・パンデミックに乗り物パニック映画、さらに家族映画の要素をプラスエックス(+X)した点にある。新しい韓国怪奇映画に共通しているのは、従来のヒット作のフォーマットにどんどん新しい要素をプラスエックス(+X)しながら、1つの作品にギュッと圧縮する「サービス精神」である。チャン・キョンスプによる「圧縮された近代」を援用するならば、1作品で2作品、いや3作品分も楽しめる怪奇映画、つまり韓国製“圧縮されたホラー”(Compressed horror)と言ってもいい。

しかし、この“圧縮されたホラー”映画には、2つの問題点がある。1つは、1作品に多くの要素が詰め込まれるため、作品自体が破綻し空中分解する危険性があること。もう1つは、この空中分解を食い止めるために、プロットの穴を覆い隠すほどのクオリティが必要となり、映像化に従来よりも費用がかかる点である。後者に関して中国のような大きな国内市場を持たない韓国映画界は、予算のかかる映画の利益を確保するために、国外の市場を開拓することに解決策を求めた。例えば映画『新感染半島 ファイナル・ステージ』は、海外190ヵ国に販売されている。第6位の映画『ザ・コール』、第9位の映画『#生きている』のようなネットフリックスでの配信作も、国外市場開拓の一環であろう。2020年末には、映画ではないが韓国ウェブトゥーン原作の怪奇ドラマシリーズ『Sweet Home -俺と世界の絶望-』も配信されている。

ちなみにネットフリックスは、『Sweet Home -俺と世界の絶望-』が配信開始4週間で全世界2200万の有料登録世帯が視聴したと発表している。そして『Sweet Home -俺と世界の絶望-』もパンデミック作品である。国外の市場開拓で韓国より遅れている日本の映画会社で、『鬼滅の刃』『呪術廻戦』、そして『チェンソーマン』といった漫画原作を実写化する場合、ネットフリックスと組むのが現実的かもしれない。

また韓国の映画会社、特にCJ ENMは国外の市場開拓を進めると同時に、東南アジアで地元の映画会社との合作を進めることで、韓国製“圧縮されたホラー”の伝播にも努めている。この韓国とインドネシア合作の成果が、「Asian Movie Pulse」による「2020年アジアのホラー映画ベスト15」第4位の映画『Impetigore』である。

このまま『Impetigore』の解説をしながらインドネシア編へ突入したいのだが、とても長くなってしまうので今回はここで終わりにしたい。この続きは、映画『Impetigore』、もしくは「2020年アジアのホラー映画ベスト15」で第1位にランクインした、『マカブル 永遠の血族』(2009)、『KILLERS キラーズ』(2014)のモーブラザーズの1人、キモ・スタンボエル監督の新作映画『The Queen of Black Magic』(2020)、第2位にランクインした、モーブラザーズのもう1人、ティモ・ジャイアント監督による映画『悪魔に呼ばれる前に』(2018)の続編『May the Devil Take You Too』 (2020)のいずれかが日本で上映、もしくは配信されるタイミングで、コロナ禍での怪奇映画天国アジア(インドネシア映画編)として書きたいと思う。

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author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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