移民大国日本の現実を切り取る、多国籍多言語映画『海辺の彼女たち』と『カム・アンド・ゴー』 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.5

前回、「東京フィルメックス」のオンライン上映について取り上げた。今回は、「東京フィルメックス」と同時期に開催された「東京国際映画祭」を取り上げる。「東京国際映画祭」の上映作品のなかでも、移民大国、日本の現実を切り取った2本を紹介したい。

移民大国、日本の現実を切り撮る多国籍多言語映画2選

コンビニや路上で、耳に入ってくる外国語。世界第4位の移民大国の日本(経済協力開発機構が2016年に発表したデータによる)においては、外国語を耳にする機会も当たり前になりつつある。しかし、英語以外の外国語は意味がわからず、スルーしてしまう読者の方も多いのではないだろうか。たとえ会話を交わしたとしても、記憶に残らない無名の外国のひとびと。そんな外国のひとびとを脇役ではなく、名前と言葉を持つ主役に据えた多国籍多言語映画が東京国際映画祭で上映された。藤元明緒監督『海辺の彼女たち』(2020)、リム・カーワイ監督『カム・アンド・ゴー』(2020)の2本である。

藤元明緒監督による映画『海辺の彼女たち』

まず日本ベトナム国際共同製作映画『海辺の彼女たち』は、元・技能実習生の若いベトナム人女性達を主役に据えた劇映画である。『海辺の彼女たち』は職場から夜逃げした彼女達3人が新しい職場を求め、雪が降る青森への逃避行から幕開けする。彼女達を待ち受けていたのはベトナム人ブローカーで、漁港に連れて行かれ、漁師の手伝い仕事と寝床を斡旋される。そして、彼女達は不法就労という危うい立場に身を置くことになる。漁港での過酷な労働の中、3人のうちの1人が体調不良に陥るが、在留カードを前の職場に奪われたままなので、病院での診療を受け付けてもらえない。彼女の体調は悪化の一途をたどり……。
 
この『海辺の彼女たち』の全体を印象付けているのは二重の寒冷であろう。1つは青森の寒々しく、曇った風景、凍てつく寒さである。もう1つは彼女達に対する世間の冷たさで、日本の住民、行政のみならず、同郷のベトナム人でさえも、彼女達を容赦なく追い詰めていく。青森の冬景色と不法就労という世間の冷たさを全身に浴びる彼女達の立場が寒冷という点で重なり合うことで、彼女達の孤独や苦悩を映像として際立たせる。映画の後半、1人の登場人物の彷徨にカメラが付き添うのだが、手持ちカメラによる長回しは、孤立無援で異国に放り出された彼女のむなしさと、先行きが見えない不安感を映像として見事に表現している。
『海辺の彼女たち』は、セリフが少ないミニマルな映画だが、日本語と同等、もしくはそれ以上にベトナム語が使用されている。ベトナムの観客ならば、ベトナム人監督の作品だと勘違いしてもおかしくない。『海辺の彼女たち』は、藤元監督の移民劇映画第2作に当たる。

藤元監督は「以後も日本に住む移民を撮っていくのか」という質問に対し、「映画を撮る以前に移民について考えることはライフワークになっている」と語っていて、前作の移民劇映画第1作『僕の帰る場所』(2017)でも、在日ミャンマー人の家族を通して、在日外国人の問題を取り上げた。『僕の帰る場所』ではビルマ語が響いていた。藤元監督における移民劇映画は、移民に寄り添う手持ちカメラと同様に、移民のひとびとが話す母国語の音響もリアリティに富み、ドキュメンタリーに限りなく近づく。是枝裕和監督の作品に近いものを感じる。『僕の帰る場所』よりも『海辺の彼女たち』のほうが寄り添う手持ちカメラと外国語の音響も含めて、移民劇映画として深化している。

『海辺の彼女たち』は2021年春から、全国順次公開が決定している。個人的には海外、特にベトナムでも公開されることを期待している。もしベトナムで公開されるならば、ベトナムの新鋭映画監督チャン・タイン・フイ監督の感想を尋ねてみたい。なぜならフイ監督が現在、製作中の次回作『Tick It』は、より良い生活を求めて冷凍コンテナでイギリスへの密入国を試みる若者達を主人公にした移民劇映画なのである。おそらく『Tick It』は、2019年10月の冷凍コンテナから39人のベトナム人の遺体が見つかった事件からインスパイアされたものと推測される。移民を選択するベトナムの若者達、寒冷という点において『海辺の彼女たち』と共通している。また、フイ監督の長編デビュー作『Ròm』(2019)
は、ホーチミン市の路地で死に物狂いに生きる少年を主人公にした劇映画で、こちらも手持ちカメラによる映像が印象的だ。ちなみにフイ監督が1990年生まれ、藤元監督が1988年生まれと、年も近い。藤元監督とフイ監督には、演出においてリアリティを重視し、社会の片隅で忘れられたひとびとのドラマをすくい取ろうとする意志の共通性を感じる。

リム・カーワイ監督による映画『カム・アンド・ゴー』

一方、リム・カーワイ監督による映画『カム・アンド・ゴー』(2020)は、平成最後の春、大阪の梅田界隈、いわゆる「キタ」を舞台にした、約2時間40分の大群像劇である。この大群像劇のユニークな点は、登場人物の半分ほどがアジア人達なところ。しかも演じる俳優達が、アジア9ヵ国・地域から集結しておりバラエティに富んでいる。
例えば、AVマニアでアダルト関連グッズを買いあさる台湾からの旅行客は、ツァイ・ミンリャン監督作品でおなじみ、俳優、リー・カンションが演じている。他にも、帰国を許さない印刷工場から逃げ出すベトナム人の技能実習生を、映画『ソン・ランの響き』(2018)の主演俳優リエン・ビン・ファットが。同じ印刷工場とコンビニでバイトするミャンマーからの留学生を、ミャンマーの女優、ナン・トレイシーが。中国人相手のツアーガイドは、伝説の香港テレビドラマ『大時代』(1992)で、丁孝蟹役で知られる俳優、デイビット・シウ。ハラールビジネスの商談にやってきた、マレーシアのビジネスマンはマレーシア出身の俳優、J・C・チー。中崎町にあるカフェで働く、不倫中のネパール難民は、ネパールの国民歌手であるモウサム・グルン。韓国の若い女性達を大阪に連れてきて仲介している、在日韓国人のブローカーをイ・グァンス。初めて日本にやってきた初老の中国人旅行者をゴウジーが演じていたりする。さらに、白骨化した老母の事件を追う大阪府警刑事を千原せいじが演じていたり、その妻でネパール難民と不倫中の日本語学校の教師を、渡辺真起子。徳島から大阪にやってきた、AVにスカウトされる女性を、兎丸愛美。そしてそんな彼女をスカウトする沖縄出身のAV制作会社経営者を、尚玄。暴力団がらみのヤバイ仕事に関わることになったハーフのバイト青年を、望月オーソン。そして、白骨遺体の発見現場の近所に住み「おっさんレンタル」に勤しむ退職老人を、桂雀々が。これらの登場人物が国籍と階級を越え「キタ」の街で出会ったり、出会わなかったりするのだ。

『カム・アンド・ゴー』は、カーワイ監督による“大阪3部作”の3作目にあたる。第1作目『新世界の夜明け』(2011)は、通天閣でおなじみの新世界を舞台に日中関係を描き、そして2作目『FLY ME TO MINAMI~恋するミナミ~』(2013)では、大阪・難波と心斎橋界隈の「ミナミ」を舞台に、日本と韓国、香港の恋を描いた。つまり『新世界の夜明け』から『カム・アンド・ゴー』までは、もっとも南に位置する新世界から北上しながら、大阪の3つの歓楽街、新世界、ミナミの難波&心斎橋、キタの梅田を舞台に、大阪3部作を作ったことになる。カーワイ監督はこの3部作において、コンビニや路上で飛び交う外国語に耳を澄まし、多国籍化する大阪の街をアジアから捉えた監督である。大阪3部作には、大阪弁はもちろん、アジアの言葉が飛び交っている。2作目『FLY ME TO MINAMI~恋するミナミ~』では、日本語(大阪弁も)、中国語(広東語も)、韓国語、英語が使用されていたが、『カム・アンド・ゴー』では登場人物の増加に伴い、使用言語も、日本語、英語、北京語、韓国語、ネパール語、ベトナム語、ビルマ語と増加している。カーワイ監督は、作中で多言語を響かせることに並々ならぬ情熱を傾けていて、バルカン半島3部作の1作目『どこでもない、ここしかない / No Where, Now Here』(2018)、2021年1月2日より大阪のシネ・ヌーヴォ、1月23日より東京の池袋シネマ・ロサで公開される第2作目『いつか、どこかで』(2019)においても、バルカン半島のさまざまな言語を織り交ぜた。
カーワイ監督は作中、使用言語の数の多さで、世界でも上位にランクインするだろう。カーワイ監督が多言語社会であるマレーシア出身であることが影響しているかもしれない。カーワイ監督にとっての社会は、多国籍=多言語なのである。ミャンマー出身の「新移民」として台湾で活躍するミディ・ジー監督も短編映画『海上皇宮』(2014)で、中国語、ビルマ語、インドネシア語、タイ語、そしてベトナム語を使用することで多国籍化する台湾を切り撮った。カーワイ監督とミディ・ジー監督は、多国籍=多言語という発想においてシネマ・ドリフターの隣人同士(あるいは同志)なのかもしれない。

以上、今回は藤元監督やカーワイ監督による、雑踏にかき消される外国語に字幕を付け、外国籍のひとびとに名前と言葉を持たせ主役に据えた多国籍多言語映画(あるいは多様化)の試みについて紹介した。
日本が移民大国であるという現実から逃避しないためには、両監督の試みが日本映画界のみならず国外でも広く公開されるかどうかにかかっているかもしれない。『海辺の彼女たち』とともに『カム・アンド・ゴー』も日本で劇場公開が決定することを願ってやまない。

また、カーワイ監督はツィッターにおいて、
「短編小説版よりもスピンオフと考えていたが、これは1つのエピローグで登場した人物のそれぞれのあとをいくつかの企画にするとか、例えば中国人が台湾にシオカンに会いに行く、マユミがマレーシアへウィリアムを探しに行って夜逃げしたAV監督とばったり会う、韓国人と香港人が水商売ビジネスを開始する」
とつぶやかれていた。

なので、『カム・アンド・ゴー』のスピンオフの映像化にも期待したい。個人的には、カーワイ監督は、千原せいじの所属事務所、吉本興業によるプロジェクト「住みますアジア芸人」とのコラボがおもしろそうだと思っている。

最後に余談を1つ。藤元明緒監督とリム・カーワイ監督は長い付き合いで、しかも藤元監督がカーワイ監督の現場で働いたことがあるそうだ。詳しい経緯は、「東京国際映画祭」のYouTubeチャンネル「『カム・アンド・ゴー』リム・カーワイ 監督x『海辺の彼女たち』藤元明緒監督 スペシャル対談 TIFF Studio 第67回」で語られている。当初は関係のないと思われていた2人が実は知り合いで、「東京国際映画祭」の新作上映で再会するというのはカーワイ監督の大阪3部作をほうふつとさせ、愉快な気持ちになった。

藤元明緒
1988年大阪府生まれ。映画監督。大学で心理学・家族社会学を学んだ後、大阪のビジュアルアーツ専門学校へ入学。在学中にリム・カーワイ監督『新世界の夜明け』(2011)の現場にも参加。卒業後、長編第1作『僕の帰る場所』(2017)で、第30回東京国際映画祭アジアの未来部門作品賞&国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。その後、第15回 大阪アジアン映画祭で上映された短編『白骨街道』(2020)、『海辺の彼女たち』を監督。現在は、ミャンマーを中心に活動。主に移民の生活を題材にしている。
https://twitter.com/akio_fujimoto

リム・カーワイ
1973年マレーシア生まれ。映画流れ者。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業。大学卒業後は通信業界で働くが、その後北京電影学院監督コースに入学。卒業後、2010年北京で『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』(2009)を自主制作し、長編デビュー。その後、香港で『マジック&ロス』(2010)、大阪で『新世界の夜明け』(2011)、『FLY ME TO MINAMI~恋するミナミ~』(2013)を監督。中国全土で一般公開された商業映画『愛在深秋(「Love In Late Autumn」)』(2016)を中国で監督した後、バルカン半島に渡り『どこでもない、ここしかない』(2018)、『いつか、どこかで』(2019)を監督した。世界を漂流しながら映画を制作している。
https://twitter.com/cinemadrifter

Pictures provided Tokyo International Film Festival

author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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