連載「クリエイターのマスターピース・コレクション」Vol.2 映像ディレクター・小松真弓の“ツナギ”

テレビCM、MV、映画など、さまざまなジャンルで活躍する映像ディレクター・小松真弓。仕事におけるマスターピースは「ツナギ」だという。常に20着ほどを所有し、現場には必ずツナギで向かうという彼女が、その装いに込める思いとは? 仕事に対する哲学も併せて聞いた。

空気をつくることが私の仕事
自分のことは考えたくない

−−仕事の愛用品がツナギというのはちょっと意外でした。

小松真弓(以下、小松):撮影現場に行く時は、いつもツナギです。美大生時代に絵を描いていた時もツナギを着ていたので、「作業といえばつなぎ」というイメージはありました。それと、子どもの頃、父の仕事現場に連れて行ってもらった時に、大型船に大きなクレーンがぼこぼこ立っているダイナミックな空間の中で、たくさんの人にツナギ姿で指揮しているのをみて格好よく働くならツナギという刷り込みもあったのかもしれません。

−−いつ頃から現場にツナギを着ていくように?

小松:映像の演出に携わるようになって以来ずっとだから、もう20数年になるかな。常に20着以上は持っていて、これまでのものをすべて合わせると、延べ60着とか、それくらいの数になると思います。

−−それだけ長い間、ずっとツナギを愛用している理由はなんですか?

小松:現場以外ではほとんどツナギは着ません。私、そもそも服が大好きで、上下の組み合わせを失敗したりすると気になって、1日中ヘンな感じにということもあります。

私の仕事は、この絵が撮りたいというのを伝えるだけじゃなく、いかに現場の隅々に気を配り、演者とスタッフを一丸にしてより高みの世界にいくためのグルーヴを作ることだと思っています。自分1人だけではつくれない景色を見たいんです。だから、作品以外の余計なことに気を取られたくないし、作品だけに集中したい。ツナギなら上下つながっているので「これさえ着てればとりあえず安心」というのが重要です。ただ、ツナギであれば何でもいいということではないです。そこにはもちろんこだわりがあります。

破れた箇所は、感謝の意味も込めてちゃんと自分で直しますし、バックが寂しかったのでシロクマを描いて勇気をもらおうとしたツナギもあります。

−−ツナギを着ると、仕事のスイッチが入りますか?

小松:いや、入らない。逆に自分が無になるというか。スイッチをオフにして、自分自身への意識をゼロにする。そんな感じですね。洗濯したらクローゼットの左側にかけていって、着る時はただ順番に右側からとるようにしています。朝一番絵コンテと頭の中のアイデア以外ほかのことはなるべく考えないようにするためです。

気に入ったら即決で購入
旅先での出会いも楽しい

−−買う時は、どんなふうに?

小松:以前は年の3分の1は海外ロケに行っている時もあって、海外で買うことが多いかったです。今日着ているこれは、サンフランシスコで買いました。たまたま見かけて気に入ったら、サイズだけ確認してすぐ決めちゃうことが多いです。旅の思い出にもなるし、楽しいですよ。

いままでたくさん着てきたから、これだ!ってツナギはすぐわかる。何を見て判断してるか聞かれると難しいけど……。強いて言えば、「この人、わかってんな~!」っていう感じ。ちゃんとデザインされていたり、生地にもこだわりがあって、丁寧に縫製されていたり。細かいところまで使い手への工夫があるものを見つけると震えます。逆に、ムダにわざとらしいデザインはちょっと苦手です。

−−目立つ色やデザインは、あまり選ばない?

小松:今はモニターで映像を確認することがほとんどだけど、昔はカメラの横に立つことが多かった。だから、黒以外を着ていると、撮影部にめちゃくちゃ怒られました。現場のことは全てスタッフに教えてもらって成長してきました。まさに叩き上げですね。だから、ツナギは汗や涙を共に経験してきた相棒です。

アングル探して、転がる、登る
撮影現場は予測不能

−−映像ディレクターの仕事とは、実際どんな作業なんですか?

小松:CMやMVの場合はまず、絵コンテの時点でストーリーにあった、人物・場所などを想像して描くことから始まります。それが雪原だったり海だったり、団子屋の二階に住む人、見たこともない大きなドレッサーの上にいる夢のような設定など様々です。それをロケ地で探したり、アングルでそう見せたり、セットを組んだりしていきます。木に登る時もあるし地面を掘ることだってあります。

たった数秒のカットであっても物語の世界を現実の世界に近づけるために何日もあらゆる方法で探します。

−−その現場で最適なのがツナギだと?

小松:汚れたって、全然OKなのもツナギのいいところです。現場は、どこに何がついているかわからない。そこで、こっちのアングルのほうがいいかも、いやこっちかもって寝っ転がったり、ひっくり返ったり、高いところに上ったり。もう、はちゃめちゃなわけですよ。スイッチが入っちゃうと、自分で自分がどうなってるのかすらわからない。だからやっぱり、現場ではつなぎじゃないとだめなんです。

−−特に気に入っている1着を挙げるとすると?

小松:ないですね。自分の存在を消すための「透明マント」のようなもので、どのツナギも大切な相棒です。

小松真弓
神奈川県茅ヶ崎育ち。武蔵野美術大学卒業。東北新社企画演出部卒業。2011年よりフリーランスの映像ディレクター。テレビCM、MV、ショートムービー、映画など、これまで500本以上の映像作品を手がける。映画作品に『たまたま』(2011)、『もち』(2020)がある。『もち』Blu-ray、DVDが8/11発売。Amazon Prime Videoなどで動画配信も開始。
オフィシャルサイト:MAYUMI KOMATSU

Photography Shin Hamada
Text Maki Nakamura
Edit Kei Kimura(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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