連載「The View My Capture」Vol.2 鎌倉を拠点に活動する新進気鋭の写真家・濵本奏が写し出す風景

気鋭の若手写真家を取り上げて、1つのテーマをもとに作品を紹介する本連載。テーマは「BACK VIEW」。「後ろ姿」というキーワードは哀愁や寂しさが感じられることが多いが、対象や状況によっては希望に満ちたポジティブな情景が感じられることもある。今回は鎌倉を拠点に活動する新進気鋭の写真家・濵本奏が、日常の何気ない体験から生まれた作品を紹介する。

”光のうしろ姿”

“パラレル喫茶”と勝手に呼ばせてもらっているお気に入りの喫茶店がある。

そのお店が入っているビル一帯には不思議な空気が漂っていて、いつも異世界に迷い込んだような気持ちを抱きながらパフェを食べる。

異世界感を強めているのはエスカレーターの存在だ。

2階にある喫茶店の入り口へと向かうエスカレーターがずっと故障したままで、どうやら修理をする見込みがない。

動いていないエスカレーターの上を歩くという非現実が、このお店が纏うわくわくの正体なのだと思う。

お店へ向かう人は皆、慣れた様子で動かないエスカレーターを歩いて上る。

が、なぜか皆、つまずく。私も何度もつまずかないよう意気込んだ。が、絶対につまずく。

この、止まったままのエスカレーターを歩く時につまずく現象には名前があるらしい。

“The broken escalator phenomenon”

そのまま。壊れたエスカレーター現象。

予測と実際の感覚のフィードバックの不一致により起こる現象で、止まっていると理解していても、エスカレーターを見た時に反射的に重心を前にずらしてしまうので、つまずくのだそうだ。人が視覚で得た情報を脳で処理するまでに0.1秒ほどかかるために起こる現象らしい。つまり、今私たちが目にしている「今」と認識している風景は0.1秒前の世界なのだ。

このことを知って以来、私は写真を撮るときに、行為というよりも反射のような動きをしているのではないかと思うようになった。

今見ている風景が0.1秒前の世界ならば、撮ろうと思ってシャッターを押しきる頃には、もっとその世界から置いていかれていることになってしまう。

おそらく私は、次に来る一瞬を撮りたくて、日常の中で何かが変わる、その気配を感じて反射的にシャッターを押しているのだと思う。

風の強い日、ビニール袋がゆうれいに操られたように宙へ舞い上がる瞬間
路肩の野花が、走り去る車の風にしなる一瞬
雲が、山の稜線を境に次のかたちへと姿を変えるその寸前

こんなふうに世界がかすかにきらめいた後ろ姿を、私は常に追いかけているのかもしれない。

思い立って旅をすることが減った日々の中で、あえて行く当てもなく彷徨うことを続けている。

ーー写真を始めたきっかけは?

濵本奏(以下、濵本):数年前、引越し作業中にある使い捨てカメラが出てきたことがきっかけです。

それは30年も前に両親が使っていたものらしく、現像に出してみたところ、旧いフィルムのためにどの写真も褪色してピンクがかっていました。

それまでデジタルカメラしか知らなかった私は、見たままにうつらないということもあるんだ、という偶然性に惹かれてフィルム写真を始めました。

ーーシャッターを切りたくなる瞬間は?

濵本:私は、フレームの外の景色や、前後の時間の流れなど、撮られなかった部分についての情報は想像で補うしかないという、一瞬を留める静止画にしかない特徴に魅力を感じて写真を撮っています。

私から一方的に撮影時の状況を説明することは、その観察や想像を遮断してしまうことになると思うので、対人でお話ししたいです。

ーーインスピレーションの源は?

濵本:本やインターネット、人との会話などから集めた言葉ですが、最近とくに気になっているのは、小島孝さんという歌人の存在です。

「きみの愛した犬死にけるを告げられて靴に歯形の残りしことも」/小島孝

彼の歌は、歌集『かばん』の追悼特集にて一度紹介されたこと以外の情報がなく、私もネットの記事でしか彼の歌を読んだことがないのですが、自分の半径数メートル以内の日常をいびつなかたちで切り取る彼の短歌がとても好きです。

誰にでも訪れるような何気ない出来事を、見逃すことなく取り上げる彼の視線は、私のインスピレーション源の1つです。

ーーいまハマっているものは?

濵本:よくわからない日をやることです。先日、屋上遊園地に行こうと思い立ち、川越の百貨店に行きましたが、遊園地は数年前に閉園していて、何もない屋上でぼーっとするというよくわからない日ができあがりました。コロナ禍突入以降、移動が制限され、誰かに会うためやどこかに行くための”約束”の必要性が増したと思います。そんな、思い立って旅をすることが減った日々の中で、私はあえて行く当てもなく彷徨うことを続けています。もう一度行こうとしても、地名すら思い出せなくて行けない、という計画性の無さから生まれる夢みたいな思い出をつくることが大好きです。カメラロールの中と夢で見る景色の境目をなくすことに日々励んでいます。

ーー今後撮ってみたい作品は?

濵本:泥酔している状態で写真を撮りたいです。写真と記憶の関係についてとても興味があり、写真を見返した時に、撮影時の記憶や写真自体のディテールが記憶の中で形を変えていることに気付く体験について、過去に展示をしたことがあります。

フィルムは撮影から現像までに時間が空くので、撮影時の記憶が曖昧になる体験はありますが、まったく思い出せない写真は未だないので、撮ったことさえおぼえていない自分の写真を見てみたいです。

−−目標や夢は?

濵本:展示がしたいです。

濵本奏
2000年生まれ。神奈川県鎌倉市を拠点とし、写真を表現の軸に活動。2019年、渋谷にて個展「reminiscence bump」を開催。2020年、hito pressより初写真集となる「midday ghost」を出版。OMOTESANDO ROCKET、STUDIO STAFF ONLYにて 個展「midday ghost」2会場同時開催。BOOKNERD(岩手)・スタンダードブックストア(大阪)・HIGHTIDE STORE(福岡)・BOOK MARUTE(香川)にて巡回展を行う。2021年、全国各地で撮影した写真を即席で野外に展示するプロジェクト、VANISHING POINT bomb exhibition を進行中。
オフィシャルサイト:kanadehamamoto.com
Instagram: @kanadehamamoto

Photography & Text Kanade Hamamoto
Edit Masaya Ishizuka(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

この記事を共有