ジェームズ・オリバーが日本で『THE NEW ORDER MAGAZINE』と『her.magazine』を作る意味

2009年にスタートしたファッションカルチャーマガジン『THE NEW ORDER MAGAZINE』(以下、『THE NEW ORDER』)。現在はISSUE.25まで世界中で発売され、ファッションカルチャーが好きな人達の本棚に並べられている。その編集長を務めるのは、日本在住のジェームズ・オリバー。ニュージーランド出身で元プロサッカー選手という異色の経歴を持つ。

ジェームズは、自らインタビュー取材や撮影までこなすマルチエディターであり、2015年からは、『THE NEW ORDER』の女性版的(と銘打っているわけではないが)な雑誌『her.magazine』(以下、『her.』)もスタートさせ、こちらは現在までにVol.12まで発売されている。2誌に共通しているのは、作り手の徹底したクリエイションと紙メディアへのパッションと愛情だ。全ページに作り手の視点が宿っており、誌面にその企画に関わる編集者やフォトグラファー、スタイリスト、ライターの感性を落とし込んでいる。

広告クライアントにおもねるような企画は1つもないし、読者を置き去りにしたような企画も1ページもない。まさしくインディペンデントマガジンである『THE NEW ORDER』と『her.』が、どのように成り立っているかをジェームズの言葉を交えながら探っていきたい。

オンラインメディアの運営を経て雑誌を作りたいという想いを抱えて日本へ

「1号を出したのは2009年の3月。1月に作ろうと決めてすごいスピードで作って出したんだよね。でも、今思い返すと大変な作業じゃなかったかもしれない。兄と一緒にコンテンツ作りに取り掛かったんだけど、作り方も全然わからなかったから、とりあえずファッションブランドとアーティストを取材・撮影して、記事を集めて出版してって感じでスタートしたんだよね」(ジェームズ・オリバー。以下、ジェームズ)。

雑誌の編集作業は手探りで、本人いわく「最初はちょっと適当だったかも(笑)」という形で始まった『THE NEW ORDER』だが、これはジェームズにとって人生初の編集作業ではなく、同メディアの前段としてオンラインメディア「SLAMXHYPE」がある。まずはここに至るまでの話を振り返る。
ジェームズが、ファッションやカルチャーメディアに興味を持ち始めたのは幼少期の頃。少年ジェームズは雑誌片手にサッカーを楽しみながら、15歳くらいになると音楽などのサブカルチャーにも興味が広がり「『THE FACE』と『i-D』はよく買っていたんだ。(ニュージーランドの実家にある)バックナンバーはもう、お母さんに捨てられちゃったけどね(笑)」という変遷をたどる。学生時代はスケートボードもやっていて、「シュプリーム」「BAPE®」などのストリートブランドも好んでいたジェームズだが、18歳でプロサッカー選手になると、「メゾン マルジェラ」「ラフ シモンズ」「ヘルムート ラング」などのハイブランドも自身のファッションに取り入れていくようになった。
それから数年の選手生活を経て、けがを負ってコートに立てなくなった時に、兄とストリートカルチャーのオンラインメディア「SLAMXHYPE」を立ち上げた。そして、そのメディア運営を続け、徐々にクライアントを増やしていった。

「やっているうちに、だんだんメディアの仕事がおもしろくなってきたんだよね。もともとファッションが好きだったこともあって、そのカルチャーが豊かな日本に行きたいと思うようになったんだ。実際にファッションの仕事ができるかどうかは全然わからなかったし、日本語も喋れなかったけど、とにかくやりたいという気持ちがあって。それが、2007年頃。もうオンラインじゃなくて雑誌を作りたいと強く考えるようになっていたね」(ジェームズ)。

こうして来日後の2009年に創刊号をリリースし、編集に対する考え方の違いから兄が離脱。ジェームズは1人で雑誌『THE NEW ORDER』を運営していくことになった。

「ブランドも、アーティストも、ただ取材してもいいですか? ってお願いするだけじゃなくて、一緒にコンテンツを作るような形でオファーするようになっていったんだよ。好き勝手に取材して掲載するだけじゃなくて、ちゃんと関係性を作りながらやっていこうと考えるようになったんだ」(ジェームズ)。

しっかりとリレーションシップを築きコンテンツ作りに反映させている

このリレーションシップを築くにあたって重要となるのが、雑誌上のコントリビューターとして記載されている面々の存在。『THE NEW ORDER』や『her.』の制作に携わるフォトグラファーやスタイリストは、ファッションカルチャーシーン最前線で活躍する名クリエイターぞろい。一体どのようにして彼らと関係を築いていったのだろう。

「最初は日本のクリエイターを詳しくは知らなかったんだけど、ブランドのルックブックを見ながら、スタッフクレジットをチェックして見つけていったんだよね。それで名前を知っていったんだけど、関係はいつのまにかできていたというか……。友人伝いに関係が広がっていったんだ。例えば、ISSUE.01のカバーにはイアン・アストベリー(ザ・カルトのフロントマン)が出てくれたんだけど、ショーン・モーテンセン(写真家・フォトジャーナリスト。2009年に逝去)がつながりを持っていたから実現したんだ。ショーンとは昔からの友人でね。そんなふうに、コンテンツを作る時、フォトグラファーに先頭に立ってもらって、そこからスタイリスト、ヘアメイクアーティストへと知り合いの幅が広がっていった。最近じゃスタイリストが先になっていることも多いかな。どんなものを撮るかを彼らに相談して、誰と一緒に作っていくかを話し合って作っているよ」(ジェームズ)。

最近では、フォトグラファーやスタイリスト側から「一緒に仕事したい」というオファーも多いのだそう。その全部に対応しきれていないそうだが、ここからも『THE NEW ORDER』と『her.』の影響力の大きさを感られる。一方で、両誌のカバーを飾るのは普段メディアでお目にかかれないようなビッグネームばかり。しかも、これからスターになる人間をいち早くキャッチしているのが、2誌の特徴でもある。

「カバーに出演してくれるアーティストやクリエイターも、本当にいろいろな流れでつながりを得ているんだ。仲が良いフォトグラファーやスタイリストが推薦してくれたり、関係をつないでくれたりすることも多いよ。例えば、ビリー・アイリッシュ(2018年発売の『her.』Vol.07に出演)はフォトグラファーのケネス・カッペロがやりたいって言ったから。当時のビリーは今ほど有名じゃなかったけど、ケネスはあのタイミングでカバーにしたかったんだ。あいみょん(2019年発売の『her.』Vol.09に出演)は、スタイリストの服部昌孝に相談して。ショーン・パブロ(2019年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.21に出演)に関しては、フォトグラファー・ビデオグラファーのウィリアム・ストローベックに話をしたんだ。もちろん、僕自身が注目している人に自分からオファーすることも多いし、誌面の内容に応じて決める時もある。横山さん(『サスクワァッチファブリックス』のデザイナー、横山大介。2017年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.16に出演)は飲み友達だし、藤原ヒロシさん(2014年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.11に出演。表紙はジョン・メイヤーバージョンの2パターンがある)とは、展示会で話をしていた時に。リアム・ギャラガー(2020年発売の『THE NEW ORDER』ISSUE.22に出演)は、レコード会社からオファーをもらって『アメリカツアー中にどうですか?』ってことだったからLAに行って僕が撮影したんだよ。これはレコード会社と長く付き合いがあったから実現したものでタイミング的には”たまたま”だね。表紙に出てくれる人をピックアップするのは時と場合に左右されている。決まったやり方があるわけじゃないんだよ」(ジェームズ)。

紙メディアの需要は現代にもあるはず。それが紙でほしいものかどうかが重要

現在もジェームズは、編集作業を日本に住みながら続けている。日本にいないと見つけられないファッションカルチャーのディープな側面が見つけられるのも、日本で雑誌作りを続けている理由だそうだ。特に音楽に関しては、その傾向が強いと言う。

「日本人のアーティストは日本語で歌うから、海外で生活していると、日本で生まれる音楽の深い部分に触れる機会はないと思う。住んでいなければ知ることができないカルチャーだろうね」(ジェームズ)。

一方で、現代において紙メディアは苦境に立たされている。特にファッションやカルチャーを扱う雑誌はウェブやSNSの台頭によって、その存在意義が疑問視される声も少なからずある。実際に日本では、この数年間に有力な雑誌がいくつも消えていった。ジェームズは紙媒体を巡る現状に何を感じているのか。

「なんとかやれているのは、きっと1人で作っているからなんだと思う。そして『THE NEW ORDER』も『her.』もインディペンデントだから存在できていると思うんだよね。何人ものスタッフを抱えていたら、もしかしたらビジネスとしては成立できていないかもしれない。紙メディアという広い意味で考えれば、今も今後も需要はあると思うよ。両誌とも自分でも驚くぐらいの冊数がオンラインで売れていっているからね。きっと、掲載されている内容が、紙でほしいと思われるものかどうかが大事なんだろうね。ずっと捨てられずに本棚に置いておきたくなるような本であれば、必要とする人はこれからだってちゃんといると思う」(ジェームズ)。

『THE NEW ORDER』と『her.』はウェブサイトがあり、ネットからも情報を発信している。ウェブに関する運営はジェームズ1人によるものではなく、パートナーと連携しながら、雑誌とリンクする部分はさせながら、映像がコンテンツとして必要な場合には、ウェブを活用しながらメディアを構築している。どちらもブランディングを共通させた世界観を作り上げているが、明確にメディアとしてのコンセプトを掲げているわけではない。強いて言うのであれば、ジェームズ・オリバーのライフスタイルが、そのままイコールで『THE NEW ORDER』と『her.』のコンセプトということになるだろう。

「紙媒体を作るのは最高に魅力的なことだよ。自分が会いたかった人に会えたり、一緒にコンテンツを作りたいクリエイターと一緒に仕事できたりする。そうやって人に会えて話をしたり、撮影もできたりするのが楽しいよね。オンラインも大事だけど、僕は雑誌を作っているのが好きなんだ」と、今もこれからも雑誌作りを続ける理由をジェームズは笑顔で語ってくれた。

紙で必要とされるものかどうか。
『THE NEW ORDER』と『her.』に掲載されているものは、確実に紙だからこそ手元に置きたくなるのであって、その魅力が読者に伝わっているから、雑誌不況の現代であっても手に取る人がいる。そういったことを考えながら、両誌を読むと、「うん、なるほど」と感じさせられるクリエイションな作りをしていることがわかる。どんなものが紙メディアとして必要とされるのか、そこに携わる上で、どんな考え方が必要なのか、ファッションやカルチャーが好きな人なのであれば、『THE NEW ORDER』と『her.』を読みながら一度考えてみるのもいいだろう。そこには、現代において、人に必要とされる要素がなんなのか、ということが具体的な形となって描かれているから。

ジェームズ・オリバー
『THE NEW ORDER MAGAZINE』『her.magazine』のファウンダーを務める。自ら編集、ライティング、撮影も行うクリエイティブディレクターでありフォトグラファー。ニュージーランド出身。東京に住んで約14年が経つ。
http://thenewordermag.com
http://www.her-magazine.com
Instagram:@jamesoliver_tno

Photography Rintaro Ishige

author:

田島諒

フリーランスのディレクター、エディター。ストリートカルチャーを取り扱う雑誌での編集経験を経て、2016年に独立。以後、カルチャー誌やWEBファッションメディアでの編集、音楽メディアやアーティストの制作物のディレクションに携わっている。日夜、渋谷の街をチャリで爆走する漆黒のCITY BOYで、筋肉増加のためプロテインにまみれながらダンベルを振り回している。 Instagram:@ryotajima_dmrt

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