Haroshi「I versus I」で表現したカルチャーへの愛 ―後編― 「僕は、僕と戦っている」

使い古したスケートボードのデッキを素材にアートを制作。スケートボード界はもちろんのこと、世界的にも人気を呼んでいる現代アーティスト作家のHaroshiによる個展「I versus I」。カスタム、ストリート、そしてスケートボードとそれぞれのカルチャーに対する熱意を感じられる個展となった。

カスタムカルチャーへの思い、ソフビを使うようになったきっかけ、またデッキの塊から彫り出された「GUZO」の話を聞くことができた前編に続き、後編はストリートカルチャーに対する思い、またHaroshiにとってかけがえのない存在である「ハフ」の創業者、故キース・ハフナゲルとのエピソード、そしてタイトルについて話を聞いてみた。

すべて自分の手を動かし、配置していく

ーースケートボードデッキはどのようにして集められているんですか?

Haroshi:最初の頃からいつも送ってくれる特定のショップがありまして、定期的に大量に届く感じです。今、うちに1000枚以上あると思います(笑)。

ーーそこからどのようにしてデッキを仕分けていくんですか?

Haroshi:まず全部デッキテープをむいて、スカルプチャーにするか、平面作品にするかを選びます。めちゃめちゃスケボーしたデッキって、平面作品の「Mosh Pit」には向かないんです。要するにギタギタでグラフィックがゼロなので、見栄えとして悪い。なので、そういうのは塊にして「GUZO」にしてしまうんです。いい感じのバランスのやつは、最初に観た時に寄り分けちゃいます。これは平面、これは立体に使う、あと例えば蛍光色があったら差し色になるので使おうとか、金色のホイルが貼ってあったら使いたいとか。表面のグラフィックも良くて、側面のカラーも良かったらどちらに使うかを考えます。

ーーInstagaramで制作過程を拝見しましたが、平面作品の場合はデッキを床にバーッと置いてやっているんですね。

Haroshi:デザインする時はあんな感じで、地面にバーッとバンバン置いて重ねて、いい感じのところを脚立で高い位置から写真を撮って、それをプリントアウトして端っこから合わせて切ってはめてというのを繰り返す感じですね。

ーーコンピューターに取り込んだりなどはしていないんですね。

Haroshi:フォトショップが使えないのでやっていないんです。使えたほうが絶対いいんですけど、今回の展覧会の1つ前に「Jeffrey Deitch」というニューヨークのギャラリーで、5m×5mぐらいの「Mosh Pit」を作ったんですよ。その時はさすがに日本のスペースでは並べてレイアウトを決めることが困難だったので、スケボーの写真を全部撮って小さくプリントアウトして、そのプリントアウトした紙を切ってレイアウトしたことがあったんです。それでもなんかうまくいかなかった。その、やっぱり紙の上ではわからないというか。

ーー5mって実際には2階建てぐらいあるんじゃないですか……。

Haroshi:そうなんですよ。すごく大きい。それで大きいのを制作する時もレイアウトは実際のデッキを自分の手でレイアウトしないとわからないということにも気がついて、今も自分の手でやっています。

ーーストリートカルチャーや、スケートボートに対する愛情というか、どんなところに引かれますか。

Haroshi:ストリートカルチャーへの愛情……。

ーースケートボードを使ってアートを制作するとなった場合、スケートボードカルチャーから生まれてくるアイデンティティが作品に詰まっていたりするのかなと思いました。

Haroshi:なんていうんでしょうか。そうですね……、僕らが最初にやっていた頃によく言っていたのが、僕らにとってはスケートボードだったっていうだけで。例えば、ブラジルにはタイヤからサンダルを作っているおじさんがいたりするんですよ。その人にとっては、普通にその辺に転がっているタイヤだったと思うんですけど、僕にとってはそれがたまたまスケボーだったというか、本当にそれだけのことなんですよね。だから特別にマテリアルを探して「これだ!」というよりは、自然な流れで僕らはこの仕事になっていったんですけど。自然にそうなっていったもののほうがやっぱり良いですよね。

キース・ハフナゲルから教わったBLMの真髄

ーー作品を観ていて気付いたのですが、「Mosh Pit」の作品の中央に「ハフ」のデッキがあったので、キース・ハフナゲルへのトリビュートでもあったのかなと。

Haroshi:あの作品は、まだキースが生きているうちに作ったんです。ブラック・ライブズ・マター(以下、BLM)の運動の時に、ロサンゼルスでミドルフィンガーの彫刻が破壊されたんですけど、その時にキースからすぐに「フェアファックス(ロサンゼルスのストリート)の店が襲撃されて、ミドルフィンガーの彫刻が破壊された。今、指(ミドルフィンガー)を探してるけど、こんな感じ」と連絡が来たので、驚いて「ライオット(暴動)最低だな」みたいな内容のことを返信したら、「ライオットじゃない! これはプロテスト(抗議)なんだ」って返ってきたんです。その時にキースは、すごく黒人文化や黒人のことを尊重してることに気付いて、キースがリスペクトしていたキーナン・ミルトンも黒人でしたし、だから「ライオットじゃない」と。「ちゃんと黒人が自分の権利を主張するためにやってるんだ、たまたま壊されちゃったけど意味があるんだ」って話をしてきた時にすごい人だなと思いまして。その3ヵ月後にキースは亡くなってしまったんですけど、僕がずっと乗っていたミドルフィンガーのデッキがあったので、作品にしようと思ったんです。さらにはサメのグラフィックのもあったので、シャークアタックみたいな。ミドルフィンガーの下にはブラックパンサーがいるんですけど、そこからBLMをイメージさせたり、そうやってその時あったものを構成しながら作った感じですね。

ーー作品の中に感情がかなり込められていますね。

Haroshi:そうですね。キースとのできごとは本当に、いろいろと考えさせられたんです。権利を主張して、ああいうことをしてしまうアメリカの文化を、僕は前からあまり受け入れられなくて、「あんなの暴動じゃないか?」と思っていたんですけど。でもキースは「ライオットじゃない」って、違う捉え方をしていた。それがすごく思い出に残っていたので、すぐに形にしようと思って作ったのが昨年です。

ーーHaroshiさんの思いがあるデッキを選んで、そこから他のデッキをさらに並べていくことで、どんどん広がって、つながりのある1つの大きな作品になった感じですね。

Haroshi:「Mosh Pit」って作品自体は、スケーター個人個人がスケートして、スケートした分だけそのデッキが傷ついていったという、1人1人のヒストリーが混ざり合っている。ファッションではなくて、実際に身体を削ってスケートしている人達の集合体というか、あれがリアルなスケートカルチャーなんですよ。みんながぶつかりあって1つの形になっているというか。だからタイガーマスクが真ん中にいるやつや、『AKIRA』の金田が真ん中にいるやつとかは、両方とも僕が乗っていたデッキなんですけど、要はライヴのモッシュピットに僕が上からダイブして人波の上を泳いでいる感じなんですよね。

僕は僕と戦っているから「I versus I」

ーーちなみに、「I versus I」の意味って、タイトルの由来は?

Haroshi:ココバットというバントのアルバムに『I versus I』って作品があるんですけど。僕はもともとすごいココバットの大ファンで。ココバットが好きってことはパスヘッド(以下、パスさん)が好きになるんですけど。なのでここはセットなんです。僕が初めて知ったアーティストはパスさんだったし、ピカソと並ぶほど、パスさんは僕の中でめちゃくちゃ有名人なんですよ。それで友人のUSUGROWくんというアーティストが「パスさん来るけどこっちへ来ない?」と誘ってもらって、それで会いに行って、初めてパスさんと話すようになったんですけど、それ以来ニューヨークで展覧会をやった時も夫婦で観にきてくれたりと親交が深まって、さっきも話をしたソフビの英語の先生を紹介してくれたんです。それでソフビのイベントに出た時に、ココバットの坂本さん(=TAKE-SHIT)もブースを出していて、「やべえ! TAKE-SHITだ!!」と思って超ブルってしまって(笑)。大ファンだったので、「大ファンです、握手してください!」って話しかけたら、こうやって手を出されて(*腕をひねって後ろ向きで握手するスタイル)。

一同:(笑)。

Haroshi:その時一緒に同じように握手したんですけど、僕、めっちゃ嫌われたのかなと思って、その日は結構悩みました。後日、周りの人に聞いたら、1990年代にパンクバンド仲間で腕相撲をした時に、対戦相手がとても猛者だったらしいんです。それでその時にあまりにもすごい力同士が拮抗して、坂本さんの腕がバーンって折れたらしくて。それ以来、握手の手をそうやって出すようになったということがわかって。それを聞いて安心したんですけど、その話を坂本さんがデニスさんから聞いたようで、ゴジラのフィギュアをくれたんです。壊れてるやつを2個ぐらい持ってきて、「こういうの好きでしょ、あげる」って。めちゃめちゃ嬉しくって「TAKE-SHITが俺にゴジラくれたよ!」って、さらに坂本さんのことが好きになってしまって(笑)。

ーー根っからの大ファンですね(笑)。

Haroshi:で、僕の作業場の隣の部屋にいるソフビの職人の方に近藤さんという方がいるんですけど、パスさんの作品の原型も作っているんですね。ココバットの『I versus I』に描かれたキャラクターのココクロックのフィギュアも、カウズ × パスヘッドのコンパニオンも近藤さんが作ってるし、言ったら僕の周りはいつもパスヘッド色が半端なかったんです。
それで今回の個展では、よくアニメとかでポコポコと殴り合って煙の中で手とか頭が出ているものがあるじゃないですか。それを作りたくて、最初は丸い球体をモコモコさせて手足や頭とかが出ているのを作ろうとしたんですけど、やっぱりソフビだし人の形をとりたいなと思ったんです。それで上側から馬乗りになってマウントを取っているものと、下側から足をあげて抵抗しているものと両方作ろうって思った時に、「これは、完全に坂本さんだ!」と思い出して。

ーー確かに!

Haroshi:それで「ハッ!」と気付いて、これは「I versus I」だなというか。コロナ禍で作業場にこもって孤独に作品を作り続けていた時に、「あの作品は、オークションでいくらだった」とか、会う人会う人がそういうことを言ってきた時期があったんです。僕の作品はいくらで、誰かはいくらだったとか、それを聞いてくだらないことを気にしてんだなと思っていたんです。だって「僕は僕と戦ってるんだ!」とずっと思っていたのに、なぜ勝手に値段をつけられて、戦闘力みたいに勘違いをして僕らを評価するんだよと。そんなこともあって「I versus I」というタイトルにしたいなと思ったんです。
坂本さんにはオープニングに来ていただいて、タイトルも喜んでくれてすごく嬉しかったです。ちなみに僕は、ココバットのライヴでダイブして、腰を強打して歩けなくなったことがあるんですよ(笑)。だから「Mosh Pit」とか全部ひっくるめて、めちゃめちゃ今回のタイトルに関しては、ココバットとのエピソードが関係しています。

ーー活動を始めて20年たちますが、今後の目標はありますか?

Haroshi:これからは目標を作ってそれに向けて努力することよりも、生きてる限り、もっとおもしろくてかっこいいものを作っていこうと、そういうシンプルな感じでやっていこうと思っています。

『HAROSHI(2003 – 2021)』(NANZUKA)©Haroshi Courtesy of NANZUKA
現在、発売中の作品集。2003年からスタートしたHaroshiの18年間の記録として、全520ページにわたり過去の作品が掲載されている

Haroshi
1978年生まれ。東京都出身。1993年からスケートボードを始める。ジュエリー制作を経て、2003年にパートナーとともにHaroshiをスタート。スケートボードデッキの廃材を使用した彫刻作品、インスタレーションを開催。スケートボードブランド「ハフ」とのコラボレーションや、BATB(Battle At The Berrics)のトロフィー制作をはじめ、2018年Art Basel Miami BeachのNOVAセクションにおける個展、2019~2020年にかけては「Jeffrey Deitch」のNY、LAを巡回した「Tokyo Pop Underground」での展示など、東京下町を拠点に世界で活動中。18年間のアート活動を記録した作品集『HAROSHI(2003 – 2021)』をリリースしたばかり。
Instagram:@haroshi

Photography Shinpo Kimura

author:

Kana Yoshioka

フリーランスエディター/ライター。1990年代前半ニューヨークへの遊学を経て、帰国後クラブカルチャー系の雑誌編集者となる。2003年~2015年までは、ストリートカルチャー誌『warp』マガジンの編集者として活動。現在はストリート、クラブカルチャーを中心に、音楽、アート、ファッションの分野でさまざまなメディアにて、ライター/エディターとして活動中。

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