連載「クリエイターのマスターピース・コレクション」Vol.3 アニメーション作家・山田遼志の“マウンテンバイク”

社会的なテーマを手描きアニメーションで表現した作品が、国内外で注目されるアニメーション作家・山田遼志。KingGnuをはじめとするアーティストのMV、テレビアニメ『オッドタクシー』のオープニングなども彼の仕事だ。愛用品のマウンテンバイクは、先輩アニメーターから譲り受けたという特別な1台。自転車に乗る理由、作品作りへの影響、移動についてなど、さまざまな問いに答えてもらった。

乗るたびに気持ちが引き締まる大先輩の“マスターピース”

−−山田さんの愛用品について教えてください。

山田遼志(以下、山田):僕が会社員だった時代に、フリーランスのアニメーターとして一緒に仕事をしていた大先輩にもらったマウンテンバイクです。白梅進さんといって、『みつばちマーヤの冒険』や『トッポ・ジージョ』のキャラクターデザイン、『楽しいムーミン一家』のOP&EDのアニメーションなどを手掛けた方。70歳を過ぎても、まだ現役でいろいろな作品や広告に関わっているレジェンド的なアニメーターなんですが、その白梅さんが自転車が大好きなんですよ。

--どういった経緯で譲り受けたんですか?

山田:白梅さんはレースやツーリングもやっていて、オーダーメイド自転車をいっぱい持ってる“自転車狂”だと聞いていたので、「見せてくださいよ~」「僕にもくださいよ~」ってふざけてよく言ってたんですよ。僕が会社を辞めてからも飲み会で会うたびにお願いしていたら、自転車をかわいがってくれそうだからという理由で本当に譲っていただきました。

マウンテンバイクをロード用に改造した自転車なんですが、ボディはアメリカ、ホイールはドイツ、ギアは日本のシマノ、と細かくオーダーして組み立てたすごくいいもので、もう恐縮してしまって……。15年前くらいに購入されたものらしく、「全然使ってないから乗ってほしい」って言ってくれたんですけどね。

--やっぱり今まで乗ってきた自転車とは違いますか?

山田:とにかく軽いんですよね。車体がクロモリなのもありますし、1グラムでも軽くしたいってカーボンホイールを何ヵ月もかけて買い付けたりされていて。白梅さんは「道楽だ」と言っていたんですが、そういう話を聞いていると「自分も頑張らないとな」と思います。本当にすごい人なので、アイデアに詰まった時にこの自転車に乗って外に出ると、気持ちが引き締まるというか。

--アニメーターは、70代で現役って普通なんですか?

山田:いや、もちろんいらっしゃるとは思いますが、多くはないと思います。白梅さんは知る人ぞ知るアニメーターで、映像監督の辻川幸一郎さんの指名で仕事をしていたり、広告でも活躍している方。温かくて、深みがあって、若くて、僕にとってすごく偉大な人です。いつも目がキラキラしてるんですよ。

自転車は「考える」ことから自分を解放してくれる存在

--自転車の魅力ってどういうところですか。

山田:もともと身体を動かすのが好きなので、電動とかよりも、やっぱり自分で漕ぎたいんですよね。自分の足で漕いだ分だけ前に進むというのは、アニメーションの作画でも同じだなと感じます。普段から机にかじりついてますし、考えすぎることが多いので、自転車に乗って風を受けているとそれが全部吹っ切れる感じがする。運転すること、漕ぐことだけに頭が集中できるのもいいですね。

--ランナーみたいな感じですね。

山田:そうですね。おもしろい車や人、鳥とか、そういうものを見て自分の気を散らしていくような感じです。サッカーをやってたので走るのも好きだったんですが、走ると呼吸もゼーゼーするし、足もプルプルになって本当に何もできなくなっちゃうので(笑)。自転車はギリギリそこまでいかず、ちょうどいいんですよね。

--そういう時間が、何かを作る時に影響することもありますか。

山田:やっぱり難しく考えすぎてしまうことが僕の悪い癖で、気付いたらもう誰もわからないところにいたりする。そういう自分から解放してくれる存在ではありますね。ただ、そうは言っても無意識に考えてしまったり、何かしら見出そうとしている自分もいるので、乗りながらアイデアを思いつくこともあります。

--コロナ禍で「移動」の意味も変わってきたような気がします。電車に乗ることが減って、自転車や徒歩移動の人も増えましたよね。

山田:僕、もともと電車が嫌いで、基本的には自転車しか乗らないんですよ。フリーになってからはずっとリモートなので、コロナ禍になっても生活は変わらなかったですね。やっぱり身体を動かすのはポジティブな感覚があって楽しいです。別に閉所恐怖症ってわけでもなかったんですけど、電車に乗るのが本当に嫌で……。

--わかります。電車って、自由度が低いですよね。

山田:ああ、そうですよね。自転車だと、自由に道が選べる。日によって、いつもとルートを変えたり、違う脳みそを使えるのが好きなのかもしれないです。「決められている」っていう状態が本当に嫌いなんですよ。

--そう思うと、その人の生き方と移動方法ってどこかリンクしてるのかもしれないですね。アニメーションの中でも「移動する」シーンを描くことってありますか?

山田:あります、あります。僕は車を描くことが多いですが、「移動」って、例えばA地点からB地点まで動くことによって物語が展開していくわけで、次の場面に向かうためのものなんですよね。思考の展開や転換があって、メタモルフォーゼが起こる。移動はそのための手段、という感覚があるのかもしれません。

「商品」として消費されない「作品」を作ること

--今、どんな作品や仕事に取り組んでいますか?

山田:最近はとても忙しくさせてもらっています。クライアントワークが多いですが、11月6日まで「アキバタマビ21」で「The Edge of Animation」というグループ展をやるので、そこで発表するオリジナル作品のことも考えていますね。考える時間が長すぎて、まだ全然できてませんが(笑)。

--どんなことを考えていますか?

山田:自分の根っこの部分をもう1回ほじくり返すっていう作業を今やっていて、よく使うキャラクターを立体にしてみたりもしています。最近考えているのは、「作品が作品になるにはどうしたらいいのか」ということ。「消費」に耐えられない「商品」や「作品」は「作品」と呼べるのか。消費されない「作品」は「作品」としてどのような強度を持つべきか。最近はそういうことばかり考えています。

--作品か商品か、作り手がコントロールするのは難しいことですよね。

山田:そうですね。でも、単純に媚びなければいいってだけだとは思うんです。とはいえ、どんなスタンスでいても間違って伝わることはありますよね。幸か不幸か、今はもうフォーマットがたくさんあっていくらでも簡単に作れてしまう。だから、全部またアナログからやり始めようかなとか、そういうことも考えます。

立体のキャラクターに関しては今、彫刻家の方にお願いして作ってもらってて。最近、会社の人との会話の中で草間彌生さんの「南瓜」が飛ばされた話を聞いたのも考えるきっかけになりました。裏が空洞だったり、破損したりっていうのがメディアやネットでも話題になって。でも、僕らからしたら「そりゃ繊維強化プラスチック(FRP)だもん」って思うんですよ。現代アートの脆さみたいな部分もひっくるめて作品なんだから、と。そういうアートのリアリティみたいな部分をうまく表現できるような立体作品を今、構想しています。

--山田さんはクライアントワークだと、ミュージックビデオが多いですよね。それって理由があるんでしょうか?

山田:そうですね、やっぱりもともと音楽が好きで、MVを作りたいなという気持ちはありました。ただ正直、アニメーション作品を作るときに音楽の指示をすべて出さなきゃいけないっていうのが面倒なのも大きかったですね(笑)。だからフリーになってすぐは、とにかくたくさん作品を作りたい、作りたくてしょうがないっていう時期があって、「何か音楽ちょうだい」って周りに声を掛けていました。最近はちょっとやり過ぎているので、セーブしつつもあるんですけど。

--やっぱりクライアントワークだと、制約も多いですか。

山田:MVに関してはほとんどないですね。逆に「もっとやってくれ」みたいな感じになることも多いです。ただ、やっぱり広告になるとバランスが難しくなってきます。八方塞がりになって疲れた時は自転車に乗って外へ出て、1人で愚痴ったりああだこうだとイメージし直したりして(笑)。ヘトヘトになるまで走って、帰ってきて、また作業する。そのくり返しですね。

山田遼志
1987年生まれ、東京都在住のアニメーション作家。多摩美術大学大学院グラフィックデザイン専攻修了、株式会社ガレージフィルムでアニメーターとして勤務後、2017年よりフリー。クリエイティブハウスmimoid立ち上げに参加。文化庁芸術家海外研修員としてドイツに留学。現在は手描きアニメーションを中心にコマーシャルやミュージックビデオ、イラストレーションなどを手掛けている。代表作にKingGnu『PrayerX』、Millenium Parade『Philip』、『Hunter』など。
ryojiyamada.com

Photography Shin Hamada
Text Mayu Sakazaki
Edit Kei Kimura(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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