朝ディナーという逆転の発想 “ミシュランシェフ”鳥羽周作が考えるレストラン業界の新ヴィジョン

“#おうちでsio”でお馴染みのシェフ鳥羽周作。ミシュラン1つ星レストランsioのオーナーとして知られ、今年の4月に博報堂ケトルと共同で食のクリエイティブチーム「シズる」を設立するなど、レストランビジネスに新たな一石を投じる存在でもある。苦境の飲食業界で “朝ディナー”という新たなレストランのスタンダードを提案し、10月に “架空のホテルのレストラン”をコンセプトにしたHotel’sを東京・北青山の複合施設・ののあおやまにオープンした。最近ではロッテ「雪見だいふく」とのコラボレーションで生まれた、“おうちで楽しめる「雪見シュラン」”やスシローとの「新ガチうまPROJECT」も記憶に新しい。

SNSも積極的に活用していて、5月に開設したYouTubeチャンネル「シズるチャンネル」では、コロナ禍でいち早くレストランで提供しているレシピを公開したり、家庭で簡単に再現できるメニューの投稿が話題になり、登録者数は20万人を突破(11月28日現在)。常に “おいしさ”の新たな解釈を提案し、レストランビジネスのアップデートを模索する鳥羽が、Hotel’sのオープンから“朝ディナー”のインスピレーション源、食の新たなヴィジョンまでを語る。

朝型にシフトしたライフスタイルがきっかけで誕生した“朝からのディナー”体験

「コロナ禍で緊急事態宣言を迎え、リモートワークが当たり前になる中、人々のライフスタイルが大きく変わりました。まず、僕は夜の営業時間が短くなった分を午前中にスライドできないかと考えました。さらに朝型の生活にシフトしている人も増える中で、朝の需要の高まりを感じ、朝からディナー体験という朝専用フルコースを思いつきました」。

“朝ディナー”のアイデアは、コロナ禍における飲食業界の過酷な状況を起点とした逆転の発想から生まれたもので、顧客の目的来店の重要性という、飲食ビジネスの本質を浮き彫りにした。その中で “朝ディナー”はTwitterでの投稿の反響の高さに確信を得て、投稿翌日には予約を、数日後から提供を開始。

創作料理のテイクアウトや“#おうちでsio”のレシピ公開も実施する過程で、フレンチにこだわらず、ジャンルレスにおいしいものを顧客に提供したいという鳥羽の理想に、スタッフが呼応してきた経験が、和朝食の要素を取り入れた“朝ディナー”を実践する場でも生かされた。これまで、課題解決の選択肢を広く捉えてきた、鳥羽ならではの強みが発揮されたわけだ。

「緊急事態宣言下で始めた“朝ディナー”が連日満席で好評となり、お客さまからたくさんの反響をいただきました。期間限定ではあったものの、sioでの三部営業を通して、『朝昼夜いつでもおいしい料理が食べられるのは尊いことだ』と強く感じました。それって、お客さまの要望に合わせていつだって料理を提供している『ホテルのレストラン』みたいだと気付きました。そこから着想を得て、“All Day Special!”というタグラインに、朝昼夜いつ訪れても心躍る料理とおもてなしを提供するという想いを込めました」。

空間にも言えることだが、Hotel’sは店全体が適切にディレクションされていて、どこを切り取っても抜かりがない。例えば、料理に関しては「レシピではなく、イズムで管理しています。レシピで管理すると、自分で“おいしい”の作り方を身につけることが難しく、『なぜこの料理はおいしいのか』というイズムを伝えて、自分達で考えることで結果的に料理人としての幅が広がるからです」という考え方。スタッフの教育においても、1年間ひたすら仕込みと洗い場を行き来する“修行”のようなスタイルではなく、積極的に現場経験を積ませる。一方で「難しくない工程でも、組み合わせや文脈で感動させられる料理を作る」という意識も持たせている。

レストランを総合的な感動体験を提供する場と考える鳥羽にとって、器やインテリア、音楽、スタッフのユニフォームまで、顧客が入店してから退店するまでの時間すべてには意味がある。その実現には各界の一流とタッグを組むことが不可欠。Hotel’sのインテリアは1928年に広島県で創業した木工家具メーカー「マルニ木工」を採用し、正しい姿勢のまま胃を圧迫せずに料理が楽しめるデザインに仕上げた。食器は陶芸家の鈴木麻起子が手掛ける「ラ メゾン デ ヴォン」の特注。通常の皿よりも小さく、薄く、軽くすることで緊張感を和らげ、料理の温度感を伝えられることも特徴だ。

「ユニフォームに関しては、僕が尊敬する『ノンネイティヴ』の藤井隆行さんにアドバイスをもらいながら、一緒に作っていきました。『そもそも従来のレストランのユニフォームは、本当に日本人にフィットしているのか?』と疑うところから始め、少しずつイメージを固めました。テーマは “1990年代アメリカントラッド”です。Hotel’sのアイコンである鳥をワンポイントに、テーマカラーのネイビーでまとめました。スタッフ全員が着用している『レッドウィング』はワークブーツです。“職人の足元を支える”というワークブーツ本来の考え方に基づいてセレクトしました」。

レストランだからといってゆる過ぎず、固過ぎない、居心地の良さを大事にするメッセージが伝わってくるセレクトだ。加えて店内のBGMにもこだわりが凝縮されている。トラディショナルな高級ホテルではない、かといって、カジュアル過ぎるデリカテッセンでもない。この難しいお題に応えたのは、音楽家の大沢伸一。

「“架空のホテルのレストラン”を形作る上で、音楽は非常に重要でしたので、あらゆる音楽ジャンルに精通する大沢伸一さんに相談しました。朝・昼・夜それぞれの料理のイメージをお伝えして、その時々のレストランの空気感やお客様の気分も想像しながらお伝えしました。できあがったのはまさに“料理と音楽のペアリング”というにふさわしいプレイリストで、これ以外は考えられません。現在無料公開中です」。

顧客の“想像のすこし斜め上”を提供できるようなチームでありたい

一流レストランは顧客への直接的なアプローチとともに、ビジネスに関してもクリエイティヴな力が求められる。鳥羽は早い段階からこのクリエイティヴに注目し積極的に取り組んできた。4月に博報堂ケトルと共同設立した食のクリエイティヴカンパニーの「シズる」。

「レストランの売上は単価×客席数×回転率で決まります。単価を上げるとお客さまの層は限られますし、単価を下げると原価を下げて客数を増やすしかありません。そうなると現場の負担はどうしても重くなります。レストランだけではなく、それ以外のビジネスでお金を稼ぐ必要があると思いました」。互いの強みを生かした食×クリエイティブのチームでユニークなブランドコラボやSNSでの強固なメッセージを発信し続けている。

「コロナを通じて、『お客さまがいなければ、僕たちは料理人でいられない』と痛感しました。SNSで情報発信するのは、お客さまに“おいしい”を届けるためにはできることはすべてやろうと思ったから。SNS発信は、あくまで手段です。お客さまが求めていることが何かを観察し、それに 合わせてあらゆる手段で“おいしい”を届けていきたいです。もともとsioではおいしいを超えて、感動を提供したいと考えていましたし、時代に合わせてお客さまが求めるものは変わります。そこをしっかりと捉えながらも、お客さまの“想像のすこし斜め上”を提供できるようなチームでありたいと思います」。

もう1点、“チームズレストラン”もHotel’sの特徴。sioも“シェフズレストラン”からの転換を進めているが、チームの誰が作ってもおいしい料理を提供できるという考えのもと、オーナーシェフへの依存からの脱却を試みる。朝、昼、夜と3部制の営業も、安定しておいしい料理が味わえることも“チームズレストラン”だからこそ。Hotel’sの雰囲気ではなく、本質を徹底的に追求する考え方が行き届いた空間と料理に、誰もがリラックスしながら“おいしい”を愉しめるはずだ。

鳥羽周作
1978年生まれ。Jリーグの練習生から小学校の教員を経て、32歳で料理人の世界へ入門。神楽坂のDIRITTOや青山のFlorilegeで修行を積み、2016年に代々木上原Grisのシェフに。その後、同店のオーナーシェフとなり、2018年7月にsioとしてリニューアルオープン。2021年4月に博報堂ケトルと共同で食のワンストップクリエイティブカンパニー「シズる」を設立。10月には “架空のホテルのレストラン”をコンセプトにしたHotel’sを北青山にオープンした。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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