連載「クリエイターのマスターピース・コレクション」Vol.4 ファッションデザイナー・山縣良和の“画材”

「リトゥンアフターワーズ」を手掛けるファッションデザイナー、そしてファッションスクール「ここのがっこう」を主宰する教育者としての顔も持つ山縣良和。歴史、文化、社会、教育、環境など、ファッション表現の中にある多様なテーマを探究し続けてきた彼が愛用するのは、制作のプロセスに欠かせない画材だ。描くこと、教えること、そしてファッションのこれからについて話を聞いた。

気分のままに手を動かす時間がイメージをつかむ“プロセス”になる

--山縣さんの愛用品について教えてください。

山縣良和(以下、山縣):絵を描く時に使っている画材です。僕が絵を描くのに一番良い状態っていうのが、いろいろな画材がこう机にたくさん並んでいる状態なんです。だから最初から「この画材を使おう」と決めることはせず、試しながら、混ぜながら、実験するような感覚でいつも描いています。

--この中で特によく使うもの、気に入っているものはありますか?

山縣:そうですね、油性ペンだとステッドラーのルモカラーペンが一番好きです。いろいろなものを使いましたが、細さに対しての滲み具合のバランスが良く、手にも馴染む。じゅわっと滲んでいく感じが気に入っていて、いつも買いますね。普段はS(0.4~0.45mm)かF(0.55~0.6mm)で、細めのものを選んでいます。あとは、ウィンザー&ニュートンのアーチスト・オイルバーという、スティック状の油絵の具もよく使っています。今は生産中止になって手に入りにくくなってしまったんですが、油絵の具の要素もあり、クレヨンの要素もある画材で。なかなか乾かないんですが、質感としてはすごく好きです。

--水彩なども使われますか。

山縣:使いますよ。水彩に関しても、滲んだり色が混ざったり、ちょっとコントロールが難しいような効果が出るのが好きですね。描いてから擦って広げたり、紙を先に湿らせておいてから水彩の色鉛筆を走らせたり。はっきりと描くというよりも、抽象的な感じにしていくことが多いです。普通はやらないようなやり方で画材を重ねるので、つぶれてインクが出なくなったり、ダメにすることもしょっちゅう。質感みたいなものが出てくるまで、気分次第で描いています。

--使っている画材は、昔から変わらないですか?

山縣:そうですね。でも、画材屋さんに行って、使ったことのないものを探して買ってみることもよくあります。普段行くのは世界堂、文房堂、レモン画翠とか。神保町の古本屋をまわって、そのまま文房堂に寄ったりするのも好きですね。

--こういった画材を使ってドローイングをしていくことは、作品やデザインにどんな影響を与えますか?

山縣:それは、何を作るかにもよりますね。例えば柄を作りたい時は絵でイメージをつかもうとすることもありますし、コレクション全体のルックをイメージするために描くこともあれば、アイデア出しのために何も考えずやってみることもある。偶然から良いものが出てくる時も、全く出ない時もあります。

かなり前になりますが、2012年の「七福神」のコレクションの際に、大きな絵を描いたことがあります。その時もいろいろな画材を使いましたし、折り紙でコラージュをしたりもしました。絵は制作の中の、1つのプロセスという感覚ですね。

ドローイングを学ぶことは、「物質性」に向き合うということ

--山縣さんはセントラル・セント・マーチンズ美術大学に留学されていましたが、過去のインタビューで「セント・マーチンズではまずドローイングが基盤だった」と話されていました。日本と海外の学校では、服飾教育においてドローイングの重要性はけっこう違いますか?

山縣:違うと思います。海外といってもいろいろですが、僕が行っていた学校は基本的に美大なので、美術の中のファッションという感覚でした。なので、まずベースとしてドローイングがあって、それからアートやグラフィックや空間などを学び、その後にファッションをやる。僕が向こうに行って感じたのは、ライフドローイング、つまりヌードデッサンがそのベースになっているということです。洋裁なのか、美術なのか、というのが大きな違いなんじゃないでしょうか。

--そうなんですね。私は日本の服飾大学を出ましたが、ドローイングは基盤というより専門的な扱いで、一部のコースにしかありませんでした。セント・マーチンズのドローイングの授業で、印象的だったものはありますか?

山縣:大学に入って一番最初のドローイングの授業だったと思うんですが、基本的にはみんな自由に描くんですよ。でも、いきなり先生が「ちょっとお前らまだ硬いから、デモンストレーションするわ」みたいな感じでガンガン描きだして、最後に「こういう感じでやるんだ」って言ってペッて唾まで吐いて。それぐらい自由に、好きなようにやれっていうメッセージだったのかなと思うんですけど。

--型にはまるな、ということですね。山縣さんが主宰されているファッションスクール「ここのがっこう」では、「ファッションドローイングコース」がありますが、どんな内容なのでしょうか。

山縣:先ほどお伝えしたライフドローイングを軸にしつつ、いろいろなドローイングの可能性を試していくような感じです。ドローイングだけじゃなく、紙や布を使ったコラージュやプリントもやります。以前、平面じゃなく立体物に描いていくということをやったんですが、それも良かったですね。パターンの話をしたり、柄を考えていったりしながら、最終的にみんなが描いたものがオブジェのようになっていって、おもしろかったです。画材も自由に、楽しんでいくような感じで。

--デジタルで描くこと、アナログで描くことの違いはどう感じていますか?

山縣:デジタルはデジタルで、アナログではできない可能性がたくさんあります。写真と同じで、どちらとも上手く付き合っていくというか、行ったり来たりしてヴィジュアルを作っていくのがいい気がしますね。上手くいいところを取り入れて、混ぜ合わせてやっていくというか。 ただ、ファッションっていうのはとんでもなく広いものですが、結局リアルな部分では、質感がすごく重要だと思うんです。やっぱり素材とか、ファブリックとかを考えていく上でも、その物質性に向き合わなければいけない。そういう意味で、ドローイングはすごく効果的ですよね。最終的なアウトプットが物質になる場合が多いので、画材を扱うってことは、時代に関係なく重要なことなんじゃないでしょうか。

ファッションのシステムそのものを考え直し、再構築していく

--今、どんな作品や仕事に取り組んでいますか?

山縣:今は、新作の制作をしている段階です。いわゆるシーズンにおける「コレクション発表」という形式じゃなく、今までとは全く別の作り方で、見せ方や売り方まで変えていくようなリニューアルを考えています。

--それはファッションがスピーディな大量生産・大量消費から、サスティナブルなものになっていくことと関係がありますか。

山縣:コロナ禍のこの時間が、良い意味で「自分達のペースってなんだろう」と考えるきっかけになったのがまず大きいです。もともと大量生産・大量消費っていうものに対して学生時代から疑問を持っていて、それは作品にも表れていたと思うんです。業界の慣習みたいなものに対して、自分はどこまでアジャストできるんだろう、という葛藤がずっとありました。

でも、ここ数年は誰がいつ何をやっているかっていうファッションのサイクルがいったんぐちゃぐちゃになって、なんでもOK、という空気があった。そういう時間を経験したことで、次にどういうことをやるべきか、少し見えてきた感じがします。

--システムから再構築していくということですね。

山縣:今、ちょうどドキュメンタリー映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』が上映されているじゃないですか。そのトークイベントでも話したことなんですが、映画の最後にマルジェラが、もうシーズンに追われることもない、ハッピーだ、みたいなことをぽろっと言うんですよね。その言葉の意味や、疑問っていうものに向き合うような業界にしていかなきゃいけないと、改めて思いました。

--今は、いろいろな場で「既存のやり方を見直そう」という流れがありますね。

山縣:ファッション産業を見ていると、1990年代にはメイド・イン・ジャパンの服を2人に1人は着ていたのに、今は2%以下まで減って、30年の間にどんどん衰退しています。その上、コロナ禍になって本当に存亡の危機のような状態になっている。

でも、人流も工場もいったんストップしたことで、一時的に地球環境自体はよくなったという話もあるじゃないですか。立ち止まるということを今、多くの人が体験したっていうのは、とても大事なことだと思います。今後もファッション産業は守られてほしいと思いますし、僕自身も、何が正しいのかをちゃんと考えていきたいですね。

山縣良和
1980年生まれ、鳥取県出身のファッションデザイナー。2005年、セントラル・セント・マーチンズ美術大学デザイン学科ウィメンズウェアコースを首席で卒業。2007年に自身のブランド「リトゥンアフターワーズ」を設立。2015年に日本人として初めて「LVMH Prize」にノミネートされる。デザイナーの傍ら、ファッション表現の実験と学びの場として「ここのがっこう」を主宰し、教育者としても活動。2021年には「第39回毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞」を受賞している。

Photography Shin Hamada
Text Mayu Sakazaki
Edit Kei Kimura(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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