常に新鮮な創造性を発揮するクリエイターにとって、写真集やアートブックを読むことは着想を得るきっかけになるだろう。この連載ではさまざまな領域で活躍するクリエイター達に、自らのクリエイションに影響を与えた写真集や注目のアートブックなどの書籍を紹介してもらう。
連載第3回に登場するのは、“HIPHOPなんでも屋”を自称するSITE。1990年代後半からグラフィティライターとして活動を開始。NORIKIYO率いるラップグループSD JUNKSTAのメンバーで、PUNPEEの「タイムマシーンに乗って」、AKLOの「RGTO」など、多くのヒップホップ作品のMV制作も手掛ける。『週刊SPA!』では「少年イン・ザ・フッド」のタイトルで連載をスタートし、漫画家デビューも果たした。「常に何かを読んでるけど、難しい本や論文は読むのが苦手」という彼の、知識のリソースは雑誌とアートブック。その中でも、マルチに活躍する彼が特に影響を受けたアートブックとは?
『天地創造計画』
横尾忠則
レコードジャケットで世界の創造を表現
父が翻訳や通訳の仕事をしていたので、家には大きな本棚があり、アートブックや本は小さい頃から身近な存在でした。横尾さんのこの本も、もともと実家の本棚から持ってきたもの。以前、猫にかじられて買い直したので、手元にあるのは2冊目です。
5万枚のレコードから横尾さんが選出した1000枚ほどのレコードジャケットで、旧約聖書をベースに宇宙創生から異星との交信までといった壮大な天地創造を表現しているコンセプトブック。はじめは1ページに1点ずつレコードジャケットが掲載されていますが、最後のほうはジャケットが曼荼羅(まんだら)のように配置されていたりして、サンプリングアートとして成立しています。持っているアートブックの中でもいちばんサイケデリックな要素が強いですね。
同級生の父親がイラストレーターの和田誠さんで、小さい頃から土曜ロードショーのオープニングや週刊文春の表紙などの作品を意識して見てたこともあって、横尾さん、和田さん、湯村輝彦さん、通っていた桑沢デザイン研究所の講師でもあった矢吹伸彦さんといったイラストレーション黄金期に活躍していた方々には強いリスペクトがあります。イラストレーターとしてデザインをする方々の中で、和田さんがシンプルを極めた人だとしたら、横尾さんは究極のサイケデリック。横尾さんの作品は、油絵よりもポスターやこの『天地創造計画』のような、デザイン的なもののほうが好きです。
『KEATS’S NEIGHBORHOOD』
エズラ・ジャック・キーツ
グラフィティを想起させる絵が描かれている絵本
母は以前、児童文学に強い東洋英和女学院の図書館司書でした。それもあって絵本や児童文学ものも多く所有しています。絵本で興味深いのは、1960年代にニューヨークを拠点に活動していた作家達の作品。当時、アートシーンの中心だったロウアー・イースト・サイドの空気を吸っているから、この時期の絵本作家がすごくいいんですよ。
『かいじゅうたちのいるところ』のモーリス・センダック、『すてきな三にんぐみ』のトミー・ウンゲラーなどが代表的ですが、エズラ・ジャック・キーツもその1人です。キーツは白人ですが、黒人を主人公にした絵本を最初に書いた人物で、このアンソロジー本には1962年に発表された作品など、10のストーリーが収録されています。絵本の中には当時のブルックリンの様子が描かれていますが、壁にグラフィティの描写があるんです。ニューヨークのグラフィティは1968年か1969年に入ってきたといわれるのですが、この本は1962年の作品ですでにグラフィティっぽい壁画が描かれていて。「これはどういうことなんだろう?」と考えるのもおもしろいところです。
また、キーツは、『はらぺこあおむし』のエリック・カールとともに貼り絵の手法を推し進めた人でもあります。モダンなアートワークは非常に美しく、子どもだけのものにしておくのはもったいない。ぜひ大人にも読んでみてほしいと思います。
『Dysfunctional』
アーロン・ローズ
1970年代から2000年にかけてのスケートボードシーンが凝縮された1冊
1999年に渋谷の「タワーブックス」で購入。当時、「タワーブックス」には村田さんという凄腕のバイヤーがいて、グラフィティやスケボー、ヒップホップなどの雑誌や洋書をオンタイムで仕入れていました。価格も今ほど高くはなかったので、僕はここでアートブックを買いまくっていました。
アーロン・ローズは、1990年代にニューヨークに「アレッジドギャラリー」を開いてインディーズのアートシーンを牽引していました。2008年公開のドキュメンタリー映画『ビューティフル・ルーザーズ』は、彼のギャラリーに出入りしていたアーティストに焦点を当てたもので、“ビューティフル・ルーザームーブメント”を巻き起こした偉大な人物です。
この本には、1970年代から2000年代のスケートボードのアイコニックなグラフィックが掲載されていて、ビジュアルでスケートボードの歴史を追うことができます。1990年代、僕はヒップホップに夢中だったから他のことはわからなかったけど、スケーターの友人はまわりにずっといて、運動神経の悪い僕はスケーターがあこがれの存在でした。自分で乗ってみた時期もありましたが、2回連続で骨折して早々にあきらめたんです。今はプッシュで移動するくらいですが、自分がやるのは無理でも、スケートを理解することはできる。音楽でも、好きなアーティストのファーストアルバムから順を追って聞く楽しみがあると思いますが、この本があったおかげで、それに近い感覚でスケボーの変遷を把握することができました。新しく知りたいという好奇心、理解したいという好奇心、反芻したいという好奇心はそれぞれ違いますが、アートブックはそのすべてを満たしてくれます。
本棚は自分を表すマインドマップ
みんなそれほど意識していないかもしれませんが、本棚には“人”が出ます。自分の場合、何かにハマると資料としてアートブックを読み返しますが、学術的な文章は苦手なのでアートブックでイメージをつかんで理解を深めていきます。その時の自分の興味や好きなものによって本棚に置く本の取捨選択をするし、同じ本でも並べる位置を変えることで頭の中を整理します。いわば、本棚はマインドマップ。Aの本の隣にBの本を置くとしっくりくるなど、並べ方がストンと腑に落ちた時に、そのジャンルについて理解ができたという感覚があります。本の内容以上に、本棚のどこに本を配置しているかに、その人の考えていることが強く反映されるんじゃないかな。
こうやってアートブックで好きなものの理解を深め、身に付けた知識と自分の経験をなじませていくと、実際には経験していないジャンルも、当時本当に楽しんでいたかのように記憶を更新することができるんです。僕は、1990年代はヒップホップしか経験していないけど、後からレゲエやパンクやメタル、スケボーなど隣接しているカルチャーの理解を深めていったことで、1990年代をいろいろな角度から見ることができるようになりました。
うそをついて人に迷惑をかけることでなければ、過去はどんどん上書きしていったほうが楽しい。本の作者が聴いていたであろう音楽を流しながらアートブックのページをめくれば、上質な“偽物”の記憶を、自分にあてがうことができます。