丸井元子が個展「Play」で表現した自由な遊具が放つ未来の公園へのメッセージ

藤井風をはじめ、数多くのアーティストのCDジャケットやキービジュアルを手掛け、「コーチ」といった有名ブランドとのコラボレーションでも話題を集めるアートディレクター/グラフィックデザイナーの丸井元子。その彼女が、ギャラリーでは初となる個展「Play」を「ギャラリー月極」にて開催した。
この個展では、2児の母でもある彼女が、公園の遊具に着目し作品を制作しており、色鮮やかなグラデーションで彩られた幾何学の作品たちは、どれも既存の遊具の形に当てはまらない。故に彼女が作る遊具を楽しむには、自由な発想力に想像力、そして何より子ども心を解放する必要がある。
今回は、アートディレクター/グラフィックデザイナーとしての側面だけではなく、アーティストとしての丸井元子の声も拾い届けたい。彼女が伝えたい未来へのメッセージとは。

子育ての中で見つけた使命感が完成させたすべての人が楽しめる自由な遊具

ーー今回開催された「Play」は、ギャラリーでの初個展とのことですが、普段はどのような活動がメインになっているのですか?

丸井元子(以下、丸井):普段はアートディレクター/グラフィックデザイナーとして、広告やブランドキャンペーン、CDのジャケット、アパレルとのコラボレーションなど、商業系の仕事が中心になります。

ーー個人的には、以前「コーチ」が世界中のアーティストとコラボレーションした企画で、丸井さんが発表された作品が印象的で覚えています。

丸井:3年前ぐらいに参加させていただいた企画ですね。「コーチ」との仕事はすごく嬉しかったです。もともとは雑誌『Numero TOKYO』に掲載された「コーチ」との企画で、コラージュ作品を作らせてもらったことから始まったんですよね。それをきっかけに、「コーチ」のニューヨークチームからメールが来て、コラボ企画に参加させていただきました。とても光栄でした。

ーー他にも海外との仕事はありますか?

丸井:雑誌の案件などいろいろ関わらせていただいています。またここ最近、CDジャケットやライヴのキーヴィジュアル、グッズのデザインなどもやらせていただいている藤井風さんも、日本や海外などの枠組みにとらわれずに「人に届ける」というイメージで制作しているので、そういった意味ではグローバルに発信させていただいています。

ーーインスタやホームページでは商業系のグラフィックが多いですよね。アーティストとして作品はこれまでには作ったりはしていなかったのですか?

丸井:過去に渋谷道玄坂上にあるダイニングバー「カーボン」で展示をさせていただいたことはありましたが、それ以降はほとんど作品は作っていなかったですね。

ーー今回はひさしぶりの作品制作だったんですね。実際に個展のための制作を始めてみてどうでしたか?

丸井:商業仕事が中心だった私ですが、今回の作品の制作を始めたことで、少し考え方が変わってきました。グラフィックデザインを始めた頃は、自分でライヴハウスに行ってフライヤーやインディーズバンドのCDジャケットを作らせていただいていました。そんな私からしたら、お仕事があるというのは本当にありがたくって、一案件一案件に一発入魂でやってきました。
そんな中、今回の個展の制作では、新規の仕事をセーブしながら、集中して作品作りをしました。いざ作品を作り始めてみたら、初心に返れたみたいで、それがすごく楽しかった。もっと自分の作品を作っていきたいなって思うようになったんです。これからは仕事と作品制作の両立をうまくやっていきたいと考えています。その作ったものが誰かの役に立ったり、自分の仕事への良い影響になればより嬉しいですね。

ーー今回の個展で制作した作品についても教えてください。

丸井:今回の個展のテーマは「遊具」なんです。私は、数年前から2人の子どもの母となったので、公園に行く機会が増えたんですよね。その中で興味を惹かれたのが遊具でした。街にはたくさんの公園があって、たくさんの遊具があるのですが、その中に変わった色使いやユニークな造形の遊具があったりするんです。そんな遊具たちにポストモダン的な匂いを感じたので、「遊具 スペース ポストモダン」とネットで調べてみたんですけど、ほとんどヒットしなかったんです。つまり、多くの人にとって遊具は、今まであまり意識されてこなかったものなんだと気が付いたんです。自分では完璧にはほど遠いと思いながら奮闘している子育ての中で気が付いたこの感覚は、もしかしたら自分がすべき役割なのかなって思ったんですよね。そこで誕生したのが、大人も子どもも、すべての人が楽しめる遊具でした。

ーーすべての人が楽しめる遊具とは?

丸井:公園って老若男女すべての人が利用する場所なのに、遊具はどれも小さな子どもが好きそうな形やモチーフで、はっきりとした原色で作られているものが多いんです。でも公園は大人も行く場所ですし、大人もかっこいいと思える仕掛けや癒やしとなるような色使い、インスピレーションがもらえるような形があったら、公園に行った時にちょっと気分を変えることができるし、すてきだなって思ったんです。子どもと一緒にたくさんホッピングしたくなるような公園があったらもっともっと楽しくなるなと。

ーー確かに、遊具って子どもが遊ぶものってイメージだったので、大人達が公園で見ても癒やされたり、インスピレーションを得られるような遊具があったらすてきですね。

丸井:今回の作品では、滑り台やジャングルジムに似たようなものはありますけど、それ以外の遊具っぽいものは作っていないんです。これは制作中に迷いもしましたが、このままでいいんだって思うようになりました。

ーーそれはなぜですか?

丸井:遊具って形や遊び方が決まっているイメージがありませんか? でもそれって「遊具は子どもが遊ぶもの」と決めつけているからかなって思ったんです。遊具って公園ごとに違っていいし、もっと自由な発想の遊具があってもいい。自分自身がもっと遊具に対して想像力を膨らませていかないといけない、それすらも遊びだなって思ったんです。それからはどんどん、どんな形でも遊具として成り立つんじゃないかと考えるようになりました。だって子どもは、どんな形でも遊ぶじゃないですか。子ども心を持った人であれば、自由な解釈ができるはず。今回は2次元の表現で好き勝手に作ったので、実際に遊具として立体化した時には、いろいろな問題が出てくるかもしれません。でもそれはそれでおもしろいなって思えたんです。

ーー2次元と言えども個展では、実際に立体化させたオブジェクトが1つと、立体をイメージできるアクリル作品、さらに立体的に見えるようなプリントでグラフィックを表現されています。

丸井:ただ画像として見て満足してもらえるようなグラフィックにしたくなかったんですよね。わざわざ足を運んで見てもらうので、どうしたら何かを感じてもらったり、欲しいって思ってもらえたりするかなと、表現方法を考えました。そこで作品の遊具を実体化させたオブジェクトと、見方によって変化が生まれるアクリル作品、印刷にこだわって立体感を表現したグラフィックのプリント作品で表現しました。

ーーそして、作品タイトルでは「18:01」「18:02」「18:03」だったりと、時間になっていたのも印象的でした。これにはどういう意味があったんですか?

丸井:17時って、子ども達にとっては家に帰る時間で、多くの大人達にとっては仕事が終わる前の時間じゃないですか。そんな夕暮れ時の時間帯は、夕日のグラデーションがきれいですよね。私は、作品でも仕事でも色のバランスを常に意識しているので、今回は夕日の時間で色にこだわってみました。

ーーあと気になったのは、これまで発表された作品とは、テイストが違いますよね。これは意図的だったのですか?

丸井:意図的ですね。私は中学や高校生の頃に、ウィンドウズのPCに入っているソフト、ペイントツールでよく丸とか四角を作って遊んでいたんですけど、その遊びをずっと続けていく中で、友人のバンドのステッカーを勝手に作って学校で配ったり、ライヴに持っていったりしていました。今思えば、それが私にとってのグラフィック作りのルーツなんですよね。なので、今回の幾何学模様をモチーフにした遊具は、このルーツに戻ったと言いますか、初心に返った感じなんです。

世界観を広げてくれた先輩との出会い

ーー幾何学模様作りの遊びが丸井さんのルーツだったんですね。それから現在のスタイルを形成されていったと思うのですが、グラフィックデザイナーとしてのターニングポイントはなんだったんですか?

丸井:私が独立前までお世話になっていた「RALPH(現YAR)」のアートディレクターYOSHIROTTENさん、我妻晃司さんと、写真家の梅川良満さんに出会えたことですね。

ーー出会いに至るまでどのような経緯がありましたか?

丸井:私は大分県の高校卒業後、大阪の専門学校に入学してそれから上京し、グラフィックデザインの会社で派遣社員として働いた後、デザイン事務所に就職し勤めていました。当時の私は、CDジャケットをはじめとしたさまざまなビジュアル制作を目標としていたのですが、それまで勤めてきたデザイン事務所では、文字組み、印刷などの知識をたくさん学ばせていただき今でも糧となっていますが、撮影の現場などがなかったので、なかなかビジュアルディレクションのチャンスは巡ってこなかったんですよね。このままでは私のやりたいことに届かないと思った時、目を付けたのが写真でした。写真であれば直接、ビジュアルを作ることができるので、グラフィックではなく写真でチャレンジしてみようと、カメラマンのアシスタントになることを決めて、デザイン事務所を辞めたんです。

ーーではグラフィックを一度やめようとしていたんですね。

丸井:本職として据えるのはやめようとしていました。そしてご縁があって写真家の梅川良満さんのアシスタントに就かせていただきました。就職していた会社をやめたので、いつでも現場に就けるよう、三軒茶屋のパスタ屋でアルバイトをしながら食いつないでいたんですよね。そんな時、YOSHIROTTENさんから「写真の現場が入ったらそっちを優先していいから、仕事を手伝ってほしい」と連絡をいただいたんです。それを機にクリエイティブスタジオ「RALPH」で、働かせていただく時間が多くなっていったんです。

ーー「RALPH」はミュージシャンのアートワークを多数手掛けられていましたよね?

丸井:そうですね。なので、グラフィックデザインをあきらめかけたら、CDジャケットの仕事が近づいてきたんです(笑)。それからは、梅川良満さんには写真、「RALPH」ではグラフィックデザインと2つの仕事を勉強させていただいていたんです。そして3年後の2014年に独立し、今のスタイルで活動しています。

ーー梅川さんのアシスタントをする前からYOSHIROTTENさんと我妻さんとは出会っていたのですか?

丸井:はい。YOSHIROTTENさんとは、ご自身が所属するDJユニット、YATT(ヤット)のイベントに友人と行った時に紹介していただいて出会いました。しかも、当時勤めていたデザイン事務所の3軒隣が「RALPH」だったこともあり、道で会ったり、YATTの出演していたイベントに遊びに行ったりして、兄のように慕わせていただきました。その頃は、仕事の休憩中にも遊びに行ったりするほど仲良くさせていただいていたので、デザイン事務所をやめた私に声を掛けてくれたんだと思います。

ーーその先輩達から得たこともお聞きしたいです。まずは梅川さんからはどんなことを学びましたか?

丸井:梅川さんは、自分にないものを持っている方です。商業写真でももちろんご活躍されていますが、はっきりと「アートをやりたい」と言い続ける梅川さんには、本当にかっこよくて美しいものとは何か、あらゆるものの見方、世界観を広げていただきました。

ーーYOSHIROTTENさんと我妻さんからはどんなことを?

丸井:ちょっとおこがましいのですが、YOSHIROTTENさんの好きなエッジの効いた世界観は、自分が理想としていた好きな世界観に近くて。でもそのアウトプットのテクニックが本当にすごいんです。だから「RALPH」での仕事は本当に楽しく取り組ませていただけましたし、表現の幅広さなどすごく勉強させてもらいました。あとは、YOSHIROTTENさんと我妻さんが周りの人を大事にする姿勢も尊敬しています。フォトグラファーやヘアメイク、スタイリストなど、私1人で活動していたら出会えなかったであろうクリエイターにも、お2人の仕事を通して出会えました。それは今の財産になっています。

ーーここまで話を聞いていると、子育てをしているからこそ完成した今回の個展「Play」も、第2のターニングポイントになっていると感じました。

丸井:そうですね。子育てをするまで気が付かなかったことがたくさんありました。例えば、子どものオシャレって、大人のものなんですよね。でも意外と気が利いたものって少ない。だったら、大人が見てオシャレだなって思えたり、カッコイイって思えたり、そういった高揚感が高まるものがもっと増えれば、子育てはもっと楽しくなるかなって思うんです。子どもは、大人が喜んでいる姿を見るのが大好きなんです。今回の個展もそうです。大人も一緒に、心から遊具を楽しんでいる姿を見せてほしい、そんな子ども心ある人達へのアプローチでもあります。この遊具をきっかけに、100年後でもいいので何かが変わっていたら嬉しい。これからも何か未来へのきっかけになるような作品を作っていきたいなと思います。

丸井元子
アートディレクター/グラフィックデザイナー。CD ジャケットや企業広告、ブランドとのコラボレーションなどを通してビジュアル表現を行う。
http://nii.jpn.com/contents/category/works
Instagram:@_motty_

Photography Sumire Ozawa

author:

大久保貴央

1987年生まれ、北海道知床出身。フリーランスの雑誌編集者、クリエイティブディレクター、プランナー。ストリートファッション誌の編集者として勤務後フリーランスに。現在は、ファッション、アート、カルチャー、スポーツの領域を中心にフリーの編集者として活動しながら、5G時代におけるスマホ向けコンテンツのクリエイティブディレクター兼プランナーとしても活動する。 2020年は、360°カメラを駆使したオリジナルコンテンツのプロデュース兼ディレクションをスタート。 Instagram:@takao_okb

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