気持ちをごまかさず、素直に。カネコアヤノの『よすが』に宿る、ありのままの思いと歌の力

カネコアヤノが「第12回CDショップ大賞」受賞作『燦々』(2019年)から1年半ぶりのアルバム『よすが』を完成させた。「とがる」「恋しい日々」「愛のままを」「光の方へ」……ここ数年のカネコの楽曲は聴く人すべてに「絶対大丈夫だから!」と言うような、どうにか奮い立たせようとする力を持っていた。エンパワーするその矛先は何より自分自身にも向けられていて、特にライヴでの姿には勇ましさすら感じられる。しかしこの『よすが』はどうだ。曲の持つパワーはそのままに、時に落ち込んでいる姿まで明け透けに吐露された、昨年以降のドキュメントのような作品となっている。この時代をどうにか生き抜いていこうとする中での、胸の内をむき出しにすることで連帯を表明する、まさに心のよりどころのようなアルバム。そんなカネコの歌の力がより純粋に迫ってくる本作の背景について本人に話してもらった。

不安続きだった2020年、そして9月のライヴで何を感じたか

――コロナでかなり不安定な時期の制作だったと思いますが、どういう計画で進めましたか?

カネコアヤノ(以下、カネコ):本当は去年の10月にアルバムを出す計画を立てていて、4月に「爛漫/星占いと朝」をリリースしたまでは予定通りだったんですけど、コロナで進行がストップしてしまって。今は焦って作ってもしゃあないから、のんびりやろうとみんなで話し合って、このタイミングになりました。

――昨年11月にはアルバムの中から「腕の中でしか眠れない猫のように」を配信リリースされましたが、それはせめてものという思いでしょうか?

カネコ:そうですね。ライヴも全部飛んでしまったし、あまりに動きがなさすぎるから。そのままだと自分も不安だったし、不安な気持ちを埋めるために出しました。

――どういう不安でした?

カネコ:やっぱりそれまではライヴをめちゃめちゃしてたし、リリースもコンスタントにしてたから、常に張り詰めてるものがありました。でもそれがパタっと全部なくなったことでボヨボヨの体になっちゃった。「私はなんで生活できてるんだっけ?」とか、家で新しい曲を作っても「これを誰が聴いてくれるのかわかんないし」って落ち込んじゃう。負のループが永遠に続いているような感じでしたね。

それで去年の9月にやった大阪城音楽堂でのライヴがコロナ後の1発目だったんですけど、やるかやめるかの話し合いをチームとしていた時に私が「このままライヴがやれない状況が続いたら音楽やめちゃうかもしれない」って無意識に言っちゃったんですよ。その時に自分でもこんなに追い詰められていたんだと気が付いて。

――その負のループがもう限界に近づいていたんですね。

カネコ:もちろんやめたくないけど……やっぱりみんなと遊んだり、何かしていたりする時間があったから1人の時間も好きになれるんですよ。今の自分はみんなに聴いてもらえるからこそ、1人で曲を作っている時間をすごく特別に感じてたんだなと思った。だから自粛期間中に家で1人で歌ってても、「それって結局自分のためだけじゃん!それはなんか違う!」って考えちゃって。ありがたい気付きだったけどつらかったなぁ。

――では大阪のライヴで久々にお客さんと向き合えた時、どういうことを感じましたか?

カネコ:まだお客さんの予約が手で数えられるほどしかなかった時の気持ちを忘れちゃいけないと思いましたね。だから私は今聴いてくれるお客さんを守らなければいけないというか、裏切っちゃいけないし、もっと真摯に向き合わないといけない。やっぱりお客さんがいないとだめだわ……ほんと大事。バンドメンバーとスタッフと一緒に築き上げたものって、私はライヴでお客さんと向き合うことで初めて証明できる、実感できるんだなと。

――気持ちも落ち込んでいた中で、曲作りはいかがでしたか?

カネコ:全然できなくなりましたね。一度完全にストップしました。だから今回のアルバムは本当に自然と出てきた曲を入れるしかなかった。

――いつもより絞り出した感覚?

カネコ:絞り出した部分もあるのかなぁ。でも自分はまだ曲作れるわと安心した部分もありましたね。ボヨボヨになった体でも結局ギターを持てば出てくるもんだなと。そもそも聴いてくれる人がいなかった19、20歳の頃は本当に自分のためだけに作っていたし、曲作りにおいては単純にあの頃に戻っただけだなと。

“夏休み”のようなレコーディング

――冒頭で今回はのんびりやろうと仰っていましたが、レコーディングはどのように進めましたか?

カネコ:とにかくのんびり作ったなぁ。予定が全部なくなったのはバンドメンバーも同じ状況じゃないですか。だから自分が動くことで、みんなも楽になってほしいというのもありました。完全に止まるんじゃなくって、自分は何かに取り組んでいるんだというものがあれば、気持ちは途切れないし、今はお互い救い合わないとって思ってた。プリプロも含めたら夏の間、2~3ヵ月はずっとアレンジとレコーディングの作業をやってましたね。なんかもう夏休みでした(笑)。

――レコーディングを夏休みと表現するのすごくいいですね(笑)。

カネコ:もちろんレコーディングがメインでしたけど海に潜ったり、温泉に行ったり、ドン・キホーテで花火買ったり、ジェンガやったり。コロナも怖いからいろいろ配慮して過ごしていましたけど、心が死んでいくのも怖かった。人といないとつらい時期だったから、すごく良かったですよ。

――過去2作『祝祭』と『燦々』は1~2週間で録り切ったようですが、今回レコーディングの方法で今までと違ったところはありました?

カネコ:過去数作のレコーディングがホント大変で。当日までアレンジ作業が終わっていない曲があったり、レコーディングの間にライヴも立て込んでいたりするから、ほんとバタバタ……みんなクタクタになりながら作ってたんですよ。でも今回は時間をかけられたのでみんな心に余裕がありました。だから夏休みみたいな気持ちだったのかも。

――具体的に時間がかけられたことで本作にもたらされたものはどこに表れていると思います?

カネコ:なんだろう? 録音に入る前のプリプロ段階で歌の人格的なものをみんなでいつもより深く理解しよう、という話し合いはしました。丁寧に作れたからか、全部通して聴いた時に「爛漫」だけちょっと違うなって気付けたんですよね。これを録音したのは去年の1月で、まだコロナなんて知らなかった頃だったし。

――確かに歌詞の「わかってたまるか」の箇所1つ取っても印象が違います。

カネコ:意味合いが変わってきますよね。改めて聴くと、もっとこう「わーっ!」てなる曲だなと思ったんですよ。だからみんなで話し合いができたのは大きい。

「聴いてくれる人の陽だまりくらいになれたら」

――何か作品全体にコンセプトは設けましたか?

カネコ:それはなかったですね。コロナを意識して作品を作るのなんて嫌ですし。この時期しか伝わらない音楽なんて意味がないし、来年聴いても再来年聴いても伝わってほしいじゃないですか。だから自然とこの時代にこれが産み落とされたって感覚。

――「栄えた街の」の冒頭は「今年はもうきっと何処へも行けない」だし、「閃きは彼方」では「外は晴天 今はため息 この家が城 守られている」と歌っています。意識せずとも自然と時代は滲んでくるものですしね。

カネコ:意識したくないと言いながら結局書いてるんですよね。勝手に出てきちゃってる。

――『祝祭』と『燦々』でのカネコさんの曲はどうにかして気持ちを奮い立たせたり、希望を見つけようとしたりしている気がしていて。でも『よすが』は落ち込んでいる時に、「そういう時もあるよね」と言ってくれるような感覚があって。例えば今「頑張れ」と言われてもキツイじゃないですか。

カネコ:そうそう! だからこの時期に曲を出す難しさはありますね。言葉って強いものだから、今は「頑張って」なんて簡単に言えない。私も頑張れてないし。だから今回元気な曲はいいや、書く必要ナイナイってあきらめました。そこは『燦々』までとは大きく変わったところな気がします。

――じゃあやっぱり今までは奮い立たせようという気持ちもあったんですか?

カネコ:そう考えていたのかもしれないです。自分はすごくネガティブで、夜にはわかりやすく落ち込んじゃう時もある。自信が持てない時の自分はめちゃめちゃ嫌いだけど、一方で言霊を信じているから、無理やりにでも自分のことを大丈夫にするような曲を書かなくちゃって。今は落ち込んでるけど、これは雨が降っているだけで、いつか太陽が上がるよって思考でいたんです。

でも去年からもうずっとどんよりしてるじゃないですか。太陽が上がるから大丈夫って今言えんのか?って。だから今回は1回それをお休みして。素直に20歳くらいの時に家で1人で曲を作っていた時の気持ちを思い出して、フラットに作ってみようとしました。

――今までと違うなと一番感じたのが最後の「追憶」なんですよね。最初に聴いた時背筋がぞわぞわっとしました。

カネコ:ほんとですか! ここ数年、自分の歌で誰も傷つけたくなくって、すごく意識していた気がする。でも今はそういう感じじゃいられないと思って、そこを一番取り外したのがこの「追憶」かな。20歳くらいの頃ってこれは言っちゃいけないとか、誰かを傷つけるだろうなという思考がなかったんですよ。そこに立ち返った感覚です。

――でもちゃんとリスナーにより添ってくれている感覚はあって、なんか地獄でなぜ悪い!って一緒に開き直ってくれている感じ。

カネコ:そうなんですよ。今回は今までの作品の中で一番何かを押し付けたくないっていう開き直りをしたかも。つらい時に奮い立たせることでごまかすんじゃなくって、今はキツイよね、やっぱマジつらいってみんなが言えるような作品になったらいいなって思った。聴いてくれる人の陽だまりくらいになれたらいい。

――そこも含めてやっぱりカネコアヤノはとても正直だなと感じたし、あとは何を歌っても信じてついていけるなと思いました。だからポジティブに沈んでいる作品なんですよね。

カネコ:嬉しい~。それでいきましょう。だから今はやる気出なくていいんですよ。ソファに沈み込んでいるくらいでいいかな。

それぞれにとっての『よすが』

――よりどころ、身よりという意味の『よすが』というタイトルにしたのは?

カネコ:そのままの意味かなぁ。今までも私の音楽はみんな自分の解釈で聴いてほしいと思っているし、それぞれのよりどころという言葉として『よすが』。

――お話を聞いていて、ご自身にとってもこの時期にこういう作品を作ることが“よすが”だったのかなと思いました。

カネコ:そうですねぇ……そう言われたらちょっとしっとりした気持ちになっちゃいますね。やっぱり「愛のままを」を作った時の気持ちとは違うんでしょうね。サウンドも含めてブチアゲ!って感じではないでしょうし。

――では今作はどういう位置づけの作品になりました?

カネコ:コロナ禍もあって人生で一番悩んだ27歳の私を思い出せる作品になった気がします。本当に誰と会って、誰に支えられてとか1つひとつの出来事を忘れない気がする1年だった。だから将来自分が聴き直した時、もしかしたら落ち込むかもしれないし、救いもあるような気もする。

――いろんな意味でターニングポイントが詰まった作品と。

カネコ:そうですね。あと今年に入って自分がコロナに感染したのもでかすぎて。2週間くらいずっと熱が出っぱなしで息苦しさもすごくて超バッドでした。後遺症が残ることもあるじゃないですか。だから声が出なくなったらどうしようという恐怖がすごかったです。私は音楽をやっている自分がいるから、好きな洋服を着ている自分が好きでいられるし、3~4年前までアルバイトもできていた。それがいきなりもう歌えなくなりましたってなったら自分の存在価値はなんなんだろうって……怖かったですね。

でもその時もベースの本村(拓磨)くんがずっと同じことしなきゃいけないわけじゃないから、いろんな事情でバンドが変わっていくことはみんなで受け止めていこうって話してくれて、ちょっと肩の荷が下りました。

――それはつらい……。今は全力で歌えるまでに戻りましたか?

カネコ:もう今はめっちゃ歌えます。だから今は歌うことが嬉しくて楽しい。よかったぁー!

「最終的にはやっぱ自分でしょ!って思ってもいいんじゃないかな」

――ここ数年で歌い方もグッとパワフルになった気がするのですが意識されている部分はありますか?

カネコ:「なんで歌い方変えちゃったんだろう」っていうコメント、たまに見かけるけど、「え? 変わってないよ」って感じ。いや、むしろ人間だからそりゃ変わるでしょ、髪型や着る服って変わっていくし、食べたいものが毎日違うのと一緒。だからその時々の感情に身を任せてればいいんですよ。考えすぎてしまって、本当にやりたいことがわからなくなっちゃうこともたくさんあったし。ある時期からそれはもうやめてます。

――そのある時期というのは?

カネコ:最初にいた事務所の契約が切れてしまった時ですね。人生で初めて放牧された気分になって、今回のコロナと同じく「音楽がなくなっちゃった、どうしよう」と。それまで自分の芯ではやりたいことがあるのに、人に言われたことをそういうものなのかとフワっと受け入れてきたからこうなっちゃったんだと思って。当時すごく卑屈だったし、笑うのも苦手だったんですよ。だからしばらく無理やり言いたいことを言うように頑張ってたんです。

そうすることで失敗もあったし、親とか友達、当時の恋人とかを傷つけてしまうこともあったと思う。でもその分真剣に向き合ってくれる人もいたから。その時の言いたいことや気付いたことにちゃんと向き合って、持論を「こうだ!」って無理してでもやりきるようにしたんです。それまでの私をべりべりべりーって剥がして、別人格になるような感覚。そうしたら『hug』(2016年)が生まれて、「とがる」(2017年)、『祝祭』(2018年)ができて、今がある。

――音楽がなくなってしまう危機から、よりありのままになっていくところは今回の状況とも通じていますね。

カネコ:サイクルしてますね。素直になることってホント私は苦手なんですけど大事なんですよ。もちろんわがままなのはダメだから、やなこともやりますけどね。最終的にはやっぱ自分でしょ! って思ってもいいんじゃないかな。

カネコアヤノ
弾き語りとバンド形態でライヴ活動を行っている。2016年4月に初の弾き語り作品『hug』、2017年9月には初のアナログレコード作品『群れたち』を発表。2018年に発表したアルバム『祝祭』は「第11回CDショップ大賞2019」の入賞作品に選出。2019年に発表したアルバム『燦々』は「第12回CDショップ大賞2020」の「大賞 青」を受賞。2021年4月14日に新作アルバム『よすが』を発表。5月からは全国ホールツアーを予定している。

Photography Kasumi Osada

TOKION MUSICの最新記事

author:

峯大貴

1991年生まれ、大阪府出身東京在住。カルチャーを切り口に世界のインディペンデントな「人・もの・こと」を紐解くWebマガジン「ANTENNA」副編集長。フリーライターとしてCDジャーナル、ミュージック・マガジン、Mikikiなどにも寄稿。 「ANTENNA」: https://antenna-mag.com  Twitter: @mine_cism

この記事を共有