「アンリアレイジ」森永邦彦が見据えるデジタルの可能性 『竜とそばかすの姫』とのコラボで実現したファッションの拡張

コレクションごとにテクノロジーを駆使したショーで話題となるファッションブランド「アンリアレイジ」。同ブランドはデザイナーの森永邦彦が2003年からスタート。ブランド名の「アンリアレイジ」は「A REAL(日常)」「UN REAL(非日常)」「AGE(時代)」をミックスした造語だ。2014年9月に行われた2015年春夏コレクションでパリコレデビューを果たし、以降はファッションテックにおいて最先端をいくブランドとして世界での認知も高まっている。

2021年10月に行われた2022年春夏コレクションでは、細田守監督が手掛けた映画『竜とそばかすの姫』とのコラボを行い、デジタルショーならではの面白さを感じさせてくれた。最近では「メタバース」も話題となる中で、ヴァーチャルにおけるファッション、またテクノロジーによってファッションはどう変化していくのか。さらにはファッションNFTの可能性はあるのか。イノベーターの森永が見るファッションの未来について話を聞いた。

——2021年10月に行われた2022年春夏のパリコレにデジタルでの参加を決めたのはいつ頃でしたか?

森永邦彦(以下、森永):半年くらい前まではもしかしたらフィジカルでショーができるかなとも考えていたんですが、日本でも2021年6月に緊急事態宣言が出されてからは、難しいだろうなと切り替えて、完全にデジタルでいこうと決めました。

——実際、コロナになってから2021年春夏以降の3シーズン、デジタルでの発表となりましたが、手応えはどうですか?

森永:いつものフィジカルのファッションショーだとショーを見た人の温度感がすぐわかるので、そのショーが良いショーだったかどうかをすぐに実感できていました。でもデジタルだとその感じがなくて、そういった意味では少し寂しい気持ちはあります。

一方でフィジカルだと少人数に対して限定的にやっていたものを、デジタルだと誰でも見られるので、それこそファッションに興味がない人も見ることができる。SNSとか配信中のコメントなど、別の形での熱気は感じますね。今回の2022年春夏コレクションだと、ショー本編とバックステージの映像の再生回数は合わせると今は100万回くらいいっていて。通常のフィジカルのショーだとそこまで届けられなかったと思いますね。

——確かに今回の『竜とそばかすの姫』とのコラボは、ファッション業界以外にもアニメ、アート好きなど幅広い層に届いたと思います。

森永:そうですね。ありがたいことに、ファッション業界だけでなく、アート業界からも嬉しい反応が多くて、ニューヨークのメトロポリタンミュージアムからも問い合わせがありました。

——デジタルのショーだと、ただランウェイの映像を流すブランドもある中で、今回の『竜とそばかすの姫』とのコラボはまさにデジタルならではの見せ方だと感じました。このコラボはいつ頃から計画していたんですか?

森永:もともと2020年3月から歌姫「ベル」のドレスのデザイン担当として『竜とそばかすの姫』の制作に関わっていました。それでコロナでパリコレがデジタルの発表になると決まってから、アニメーションで何かやれたらいいなとは思っていて。コロナにより映画の公開が延びてしまっていたのが、2021年7月に映画公開が決まったので、そのタイミングで一緒にやりましょうという話をしました。

——細田さん的にも「タイミングが合えばぜひ」という感じだったんですか?

森永:そうですね。『竜とそばかすの姫』では「アンリアレイジ」をうまく利用してもらったので、今度は逆に細田さんから「アンリアレイジ」の世界で『竜とそばかすの姫』を存分に使ってください、と言っていただいて。ちょうど海外で『竜とそばかすの姫』が公開されるタイミングだったので、それも含めて結果的に良いタイミングでコラボができましたね。

——ビッグコンテンツとのコラボだと制約もありそうですが、やってみてどうでしたか?

森永:物理的な製作期間が限られていたのと、予算的な制約はありましたね。10分のコンテンツを作るのにアニメの場合は、関わる人数がとても多いので、時間も予算も想像以上にかかりました。初めての試みだったので、学ぶことも多かったです。

——ちなみにあの服の質感などはオーダーしたんですか?

森永:布の質感をどうするか、デジタルの世界って重力がないので、どのくらいの重さの布を想定しているのかとか、その辺はいろいろな意見を重ねて表現してもらいました。でもできあがってきたものに対しては、ほとんど修正もしていなくて。さすがだなと思いましたね。

テクノロジーによって、より服作りが自由になる

——発表したデジタルルックのNFTの販売も話題となりました。正直どれくらいの値がつくのが想像できなかったのですが、計11点を5000万円でNFT鳴門美術館が購入しました。いつ頃からNFTの販売は考えていたんですか?

森永:このコレクションを始めるタイミングですね。今回のコラボレーションでオリジナルでアニメーションのデジタルルックを作ってもらえるなら世界的にも価値があるので、できるのであればNFT化までしようと考えていました。ある程度は価値は付くだろうなと思っていたんですが、結果的に想像しているよりも価値が付いたというのが正直なところです。

——最近はファッション業界でもNFTが盛り上がり始めていますが、ファッション業界でもNFTの可能性は感じていますか?

森永:NFTに関してはまだ始めたばかりですが、可能性はかなり感じています。またNFTだけでなく、デジタル全般の話として、当然ながらフィジカルの服は残っていくのですが、ビジネスの鍵はデジタルになると思います。誤解を恐れずにいうと、ファッションビジネスにおいては、ブランドの価値が高まると、価格が「そのモノの価値」を上回ることが多くて。老舗ブランドだと、それが香水ビジネスだったと思うんです。そうしたファッションの持つイメージは、すごくビジネスになると感じていて、今後はそれがNFTやデジタルの作品にも移行していくのかなと思っています。

——コロナ禍で「あつ森」(『あつまれ どうぶつの森』)が流行って、ゲーム内のファッションが話題になりました。最近はFacebookがメタバース(仮想空間)に注力することが発表され、ヴァーチャルにおけるファッションについても少しずつ言われるようになってきていますが、今後さらにそこに可能性は感じますか?

森永:ヴァーチャルの分野はこれからより広がっていくだろうし、その中で自分の見せ方、装いに対しての意識はさらに高まっていくだろうと思っています。それに対してファッションブランドができることはまだまだある。だから「アンリアレイジ」としても積極的に挑戦していくつもりです。

——森永さん自身も「あつ森」などVRゲームをやったりしますか?

森永:全くやらないですね(笑)。個人ではSNSもやってないですし。自分のパーソナリティとしては、アナログ的なところと、デジタル的なところ、両極あると思っていて。ファッションの表現はデジタルだけど、その反動なのかすごくプライベートはアナログで、フィジカルなコミュニケーションが好きで。手紙もよく書いたりしていますね。

——森永さんは、もともと神田恵介さんに影響を受けてファッションを始めたり、音楽だと銀杏BOYZが好きだったそうですが。両者はかなりフィジカルの印象が強くて、森永さんがいち早くデジタルに行ったのは少し不思議でした。

森永:今振り返ると意識的にデジタルに行ったのかなと思いますね。僕は神田さんに憧れて、導かれてファッションの世界に入ったので、常に神田恵介さんという存在は意識しています。そんな僕と神田さんの関係は、コインの表と裏の関係だと思っています。神田さんは手縫いで制作していく中で、僕も神田さんと同じところに行くのは面白くないし、意味がないなと思って。それだったら逆の道に行ってみようと、意識的にデジタルやテクノロジーを活用にするようになりました。でもお互いに別々のやり方ですが、共に闘う仲間という意識は服作りを始めた頃からずっとあります。

——「アンリアレイジ」では光る服や温度によって色が変わる服などテクノロジーを全面に打ち出して話題となりました。テクノロジーが進化することで、ファッションはどう変わっていくと思いますか?

森永:そうですね。素材の進化ももちろんありますが、今は服の作り方もデジタルに変わってきていて、今までのフィジカルの作り方ではなく、まずは3Dデータで作って、そのデータをやり取りして実際の服を作ってもらっています。そうした作り方をしていたおかげで、今回の『竜とそばかすの姫』とのコラボでもスタジオ地図さんとデータのやり取りはスムーズにできましたし、デジタルにすることで素材の廃棄などの無駄も減らしていけると感じています。

テクノロジーが進化することで、より自分の表現できるファッションの幅は広がった感じはしています。ブランドって一概にテクノロジーがすごいから評価されるというわけではないですが、僕らは「アンリアル=非日常」をテーマにしてやっているので、そうしたテクノロジーとは相性が良く、服作りの自由な表現の幅が今まで以上に広がったと実感しますね。

さまざまな縁が「アンリアレイジ」をより魅力的にしていく

——「アンリアレイジ」といえば今回の細田監督に限らず最先端のクリエイターとのコラボが魅力的です。特に映像作家・写真家の奥山(由之)さんとは長いですよね。

森永:奥山君と出会ったのは2010年頃だったと思います。当時、奥山君は19歳で、最初はアポ無しで突然アトリエにやって来て。でも当時はアポなしで来るのは全部断っていたので、その時は帰ってもらって。そしたらその後、「なぜ自分が『アンリアレイジ』の写真を撮りたいか」っていうすごい熱意のあるメールをもらって。それでもう一度来てもらい作品を見せてもらいました。それがきっかけでコレクションやショーの写真を撮影してもらうようになりました。

——その写真が結果として作品集『ANREALAGE: A&Z』にも多く使われました。奥山さんと初めて会った時に、ここまで活躍すると想像していましたか?

森永:最初に奥山君の写真を見せてもらった時に、19歳が撮っている写真とは思えないほどいい写真で。本当に衝撃的だったのを覚えてます。

——ショーで音楽を担当されているサカナクションの山口(一郎)さんとの出会いはいつ頃ですか?

森永:初めて一緒に仕事したのは2013年ですね。サカナクションの全国ツアー用に、光で色が変わる衣装を制作して。それで「アンリアレジ」としては、2015年9月にパリで開催した2016年春夏コレクションからショーの音楽を担当してもらいました。それからショーの音楽はお願いしていますね。

——衣装の制作から今につながっているんですね。平手(友梨奈)さんの起用は?

森永:平手さんも思い出したら衣装が最初でしたね。音楽番組での衣装を作ってくれと依頼があって、それで平手さんと話して衣装を作って。でも、結局平手さんがケガで出られなくて、やりたいことが実現できず、お互い悔しい思いをして。そこで、形にならなかったものを形にしようと思って、今度は「アンリアレイジ」のほうからオファーをして。それでモデルとして出てもらってという流れです。

——それこそオンワードとやっている「アンエバー」のほうでも平手さんを起用されていますね。「アンエバー」ではTravis Japanも起用していますが、それも衣装をやってからという流れですか?

森永:そうですね。Travis Japanも最初に衣装の依頼がきて、それでその後に「アンエバー」のモデルとして出てもらいました。

——なるほど。意図的にというよりは、いろいろな縁で繋がっているんですね。ちなみに「アンリアレイジ」と「アンエバー」のすみ分けはどう考えているんですか?

森永:「アンリアレイジ」は、非日常を売っているので、コレクションでは日常をゆるがすような世界観が作れればいいと思っていて。逆に「アンエバー」は花がモチーフで、日常生活を意識しつつ、そこに少し「非日常」をプラスしていくように考えています。今後は「アンリアレイジ」のビジネス規模は今の大きさをキープしながら、「アンエバー」以外にもいろいろな企業と一緒にブランドを作っていこうとは考えています。

——「アンリアレイジ」をもっと大きくしていこうとは、あまり考えていない?

森永:ものすごく大きくしようとは考えていないです。ブランドはスモールでも、自分達のやってきたことで世界に今までにない影響を与えられれば、それがいいですよね。「アンリアレイジ」は長く伝えていきたいブランドなので、すごく多くの人が着ていなくても、100年後に1人でも着ていてほしいなと思っています。

「みんながやらないことにチャンスはある」

——ファッション業界全体の話として、コロナもあってファッションは今元気がないと言われていますが、森永さん自身はどう感じていますか?

森永:やはりコロナの影響は大きくて、人と会う機会も出かける機会も少なくなった。そうなるとやはりファッションへの意識は下がってしまう。でも少しずつ戻りつつあるので、ファッションも加速度的に息を吹き返してくるだろうなとは思います。

——コロナで家にいる機会が増えた分、着心地の良さやワンマイルアイテムが売れていましたが、そうしたアイテムを出そうとは思いますか?

森永:それは考えていないですね。あくまで「非日常」がテーマなので。

——実際に売れることと、ブランディングとしてアートピース的なもの、どちらも大事だと思いますが、どのくらいの比率で考えていますか?

森永:売れるからといって、他のブランドが作っているものを作るのは「アンリアレイジ」としてはやっても意味がないと思っています。逆にみんながまだデジタルをあまりやっていないので、そっちの方にはチャンスを感じていますね。ビジネスがそこまで大きくなくても輝けるのが、ファッションの良さでもあるので。

——今後に関しては?

森永:コロナでパリコレがデジタルの発表になって、これまでとは戦い方も変わってきたと思いますし、デジタルを通して、世界への入り口は増えてきていて、チャンスは広がっているなと感じています。だから、これからも「アンリアレイジ」らしくデジタルを活用して面白いことをやっていければと思いますね。でも次はフィジカルでショーをやりたいですね。

森永邦彦(もりなが・くにひこ)
デザイナー。1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりを始める。2003年「アンリアレイジ」として活動を開始。ANREALAGEとは、A REAL-日常、UN REAL-非日常、AGE-時代、を意味する。東京コレクションで発表を続けた後、2014年よりパリコレクションへ進出。現在もパリでコレクション発表を続ける。2019年フランスの「LVMH PRIZE」のファイナリストに選出。2019年度第37回毎日ファッション大賞受賞。2020年にイタリアの「フェンディ」との協業をミラノコレクションにて発表。2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当。細田守監督作品『竜とそばかすの姫』では主人公ベルの衣装を手掛ける。
https://www.anrealage.com
Twitter:@ANREALAGE_
Instagram:@anrealage_official

Photography Hironori Sakunaga

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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