Vol.11でとりあげた韓国映画『オマージュ』のシン・スウォン監督による、韓国の格差社会での女性の生きづらさを描いた衝撃作『マドンナ』(2015)のDVDが2月25日にリリースされる予定だそうだ。さらに、パク・チワン監督作品『ひかり探して』、ホン・ウィジョン監督作品『声もなく』も劇場公開され、アジアの女性監督達の作品を観る機会が増えて喜ばしい。
しかし2022年に入り、日本では少しおとなしくなっていた新型コロナウイルスが再び猛威を振るい始め、正月気分も失せてしまった。今年も海外渡航は厳しそうで、アジア好きにはつらい時代である。とはいえ1月下旬から、アジアへの喪失感をなぐさめてくれる、熱気、湿度、匂いなど、五感を刺激する映像が配信予定となっているので、今回はそれら「おいしい!」アジアの配信作品を中心にとりあげてみたい。
世界各国の屋台文化を知ることができる旅ドキュメンタリーシリーズ
まず紹介したいのは、Netflixの新作で旅ドキュメンタリーシリーズ『ミッドナイトアジア: 食べて・踊って・夢を見て』で、1月20日より配信が開始されている。
Netflixのホームページから作品紹介を引用すると、
「本ドキュメンタリーでは、夜の世界を案内するだけでなく、何百万という人々が行き交う都会で夢を追いかけ、型にとらわれず情熱を燃やし、個のあり方を表現しようする魅力的な人々のストーリーが語られます。6つのエピソードを通じて、マニラ、バンコク、東京、ソウル、台北、ムンバイと、アジアを象徴する都市に今までにない角度から光を当てます。知る人ぞ知るストーリー、活気あふれるサブカルチャー、そして夜の街で翼を広げる魅力的な個性。夜の都会の最高にダイナミックな人々や場所を、ひと味違った視点で紹介します」。
Netflixでは、食欲をそそる旅ドキュメンタリーシリーズがいくつか配信されている。中でも、アジア関連だと、屋台、露店を営む料理人達に焦点を当てた『ストリート・グルメを求めて』(2019)がイチオシで、コロナ禍で国外の屋台に手が届きにくくなった今、さらに作品の輝きが増した。
訪問している国と街は9つで、タイはバンコク、日本は大阪、インドはデリー、インドネシアはジョグジャカルタ、台湾は嘉義、韓国はソウル、ベトナムはホーチミン、シンガポール、そしてフィリピンはセブである。この作品がユニークなのは、大阪、ジョグジャカルタ、嘉義、ホーチミン、そしてセブと、首都でない街をとりあげられている点だ。
台湾を訪問したことがある人でも、南部の嘉義を訪問した人は台北に比べると、稀ではないだろうか。国外の旅行者が訪れる機会の少ない街の屋台文化まで紹介されている点が複眼的で、バラエティに富み、Netflixの特色である「ローカル発グローバル」を反映している気もする。
そんな新作シリーズ『ミッドナイトアジア: 食べて・踊って・夢を見て』は、食に「踊って、夢を見て」が新たに追加されており、音楽と夜の闇に異彩を放つ人々のナイトライフにも焦点が当てられている。そして『ストリート・グルメを求めて』と重なっている街は、バンコクとソウルのみで、フィリピンのマニラ、日本の東京、台湾の台北、インドのムンバイが新たにとりあげられている。日本のNHKの歩く旅番組『世界ふれあい街歩き』は、朝から日暮れまでの日中にフォーカスしているので、『ミッドナイトアジア』は『世界ふれあい街歩き』終了後の夜時間、アフター『世界ふれあい街歩き』と言ってもいいかもしれない。
ちなみに両番組の同じ街の回、例えば、バンコクの回を『世界ふれあい街歩き』と『ミッドナイトアジア』の両方を視聴すると、バンコクの昼と夜の顔の両面を垣間見ることができ、複眼的に街を知るきっかけにもなるだろう。
「CROSSCUT ASIA おいしい!オンライン映画祭」で注目したいこと
旅ドキュメンタリーシリーズ『ミッドナイトアジア: 食べて・踊って・夢を見て』の配信開始の翌日からは、まるで連動したかのように国際交流基金アジアセンターが、「東京国際映画祭(TIFF)」と共催して、1月21日から2月3日にかけて「CROSSCUT ASIA おいしい!オンライン映画祭」を実施する。
オフィシャルサイトから引用すると、
「オンラインで2部構成の特別編として復活し、CROSSCUT ASIA 特別編『おいしい』アジア映画特集部門とCROSSCUT ASIA アンコール部門として計13プログラムを無料配信上映します。 本映画祭のメイントピックは『食』」。
つまり、Netflix『ミッドナイトアジア』の配信開始翌日から、食に関連した「おいしい!」東南アジア映画を無料で楽しむことができるのだ。これはありがたい話である。無料配信作品の中には、本連載で過去にとりあげた映画人の関連作品もあるので、その作品についても少し書いてみたい。
『アルナとその好物』
ストーリーはオフィシャルサイトから引用すると、
「インフルエンザの調査旅行に出掛けることになったアルナが、友人らとインドネシア各地の名物料理の食べ歩きを計画する男女4人のロードムービーだ。旅先のジャワ島では黒スープ、カリマンタン島では蟹入り麺など、数々の料理に出会う」。
こちらの映画は、連載第10回でとりあげた、エドウィン監督作品『復讐は神にまかせて』(2021)の前作にあたるものだ。作品内容は、ロードムービー+グルメ+ラブコメディのよくばりな娯楽映画で、「大阪アジアン映画祭2019」においてABCテレビ賞を受賞している。ちなみに、「大阪アジアン映画祭」ではディスカッションが開催され、コロナ禍の前だったこともあり、インドネシア料理も振る舞われた。
原題は『Aruna dan Lidahnya(アルナと味覚)』で、原作は女性作家で詩人のラクスミ・パムンチャックの小説『Birdwoman’s Palate』である。ちなみに、英語版はKindleでも購入可能だ。余談だが、ラクスミ・パムンチャックは『The Jakarta Good Food Guide』を執筆するフードライターでもあり、2021年に翻訳された『味の台湾』(みすず書房)の詩人、焦桐といい、詩とローカルな食を結ぶ文学者の存在が共通していて、これもまた興味深い。『アルナとその好物』は、エドウィン監督のフィルモグラフィーにとって、オリジナル脚本ではなく、インドネシアの書き手による原作ものに取り組むことで「尖りつつも娯楽映画としての醍醐味もミックスした作風へと変化」を遂げた、最初の成果と言える。つまり、エドウィン監督がひと皮むけるきっかけになったブレイクスルー作なのである。
『タン・ウォン~願掛けのダンス』
ストーリーはオフィシャルサイトから引用すると、
「東京国際映画祭で『スナップ』(2015)や『私たちの居場所』(2019)が上映されたコンデート監督の作品。神様に願掛けをした4人の高校生が、チームを組んでタイ伝統舞踊を舞うことに。素人ダンサーたちが猛練習の果てに掴んだものは……。“タン・ウォン”とは踊りを始める前に構えるポーズのこと」。
CROSSCUT ASIA アンコール部門では、前述の「踊って、夢を見て」に関連した作品が含まれている。この作品も連載第10回で触れた、タイのスパンナホン賞、第29回作品賞『私たちの居場所』(2019)のコンデート・ジャトゥランラッサミー監督による、青春映画の名作だ。連載では省略したが、第23回スパンナホン賞の作品賞がこの『タン・ウォン』である。つまり、コンデート監督はスパンナホン賞作品賞を、第23回『タン・ウォン』、第29回『私たちの居場所』で、2度受賞している監督になる。彼はNetflixの人気配信ドラマシリーズ『転校生ナノ』の脚本も担当していて、タイの若者達の青春の光と闇を描くのが抜群にうまい。タイの青春モノの名手だ。あまり書くとネタバレになるので、控えるが、性的マイノリティの人々に関心がある人も観てほしい。『転校生ナノ』シリーズを含めて、コンデート監督によるタイの青春映画についてはいつか書いてみたい。
『カンボジアの失われたロックンロール』
ストーリーはオフィシャルサイトから引用すると、
「クメール・ルージュによって弾圧されるまでのカンボジアのポピュラー音楽史を1950~70年代まで辿った貴重な音楽ドキュメンタリー。生存者へのインタビューやアーカイブ映像を駆使して歴史が甦る」。
カンボジア歌謡黄金時代を今に蘇らせるバンド、デング・フィーヴァー(DENGUE FEVER)の曲を聴けばわかるように、ポル・ポト以前のカンボジアのロックンロールは、イカした音楽だったはずだ。
まず作品内のシン・シサモット、ロ・セレイソティアといったカンボジア伝説の大歌手達の歌声を聴くだけでもこの作品を観る価値は十分にある。次にこの作品には、アーカイブ映像としてカラーフィルムが多く使用されていて、カンボジアが「東南アジアの真珠」と呼ばれていた時代のプノンペンの栄華を忍ばせる。なぜなら、東南アジアの他地域では、ここまでカラーフィルムは残っていないだろうから。そんな栄光と幸福感に満ちた前半部から一転、クメール・ルージュが国家を掌握し、ミュージシャン達が弾圧され、亡くなっていく後半部分の悲劇には胸が締め付けられる。音楽好きには涙なしでは観ることのできないドキュメンタリーではないだろうか。
先日、歌姫、ロ・セレイソティアに関するグラフィックノベル『THE GOLDEN VOICE』が刊行予定だと、『消えた画 クメール・ルージュの真実』のリティ・パン監督がツイートしていた。中断に屈せずに、カンボジアのポピュラー音楽が21世紀の人々にも継承されていることに希望を感じる。
『ソン・ランの響き』
「CROSSCUT ASIA おいしい!オンライン映画祭」では、ベトナム映画が含まれていなかったのだが、GYAO!でベトナムの大衆歌舞劇であるカイルオンを取り上げた劇映画『ソン・ランの響き』が無料配信されている。カイルオンとはベトナム南部を中心とした、大衆オペラで、タイトルのソン・ランとは、カイルオンに使用される打楽器の名前。直径約7センチの中空の木の胴と、弾性のある曲がった金属部品と、その先に取り付けられた木の玉から構成されている。
なお「ソン・ラン」には、「2人の(=Song)」「男(=Lang)」との意味もある。主人公2人のうちの1人、借金の取り立て屋のユンを、連載第5回でとりあげた映画『カム・アンド・ゴー』で、帰国を許さない印刷工場から逃げ出すベトナム人の技能実習生を演じたリエン・ビン・ファットが演じている。この作品のプロデューサーは、Netflixで配信中の女性アクション映画『ハイ・フォン: ママは元ギャング』の主演女優を務めたゴ・タイン・バンである。彼女は女優としても、プロデューサーとしても、ベトナム映画を変えた映画人の1人で、映画『ソン・ランの響き』と同じく、彼女のプロデュースした、アオザイSFコメディ作品『サイゴン・クチュール』もGYAO! で、1月31日まで無料配信中だ。
ちなみに、この作品の監督、グエン・ケイも女性である。ゴ・タイン・バンの登場は、ベトナム映画史にとって重要で、彼女のあと、ベトナム映画は女性映画人達の活躍がめざましい。例えば、大阪アジアン映画祭事務局さんのツイートから引用すると、
「OAFF2021 ABCテレビ賞、ベトナム映画『姉姉妹妹』(読み→ししまいまい)の関西圏放映は2月の予定」。
本作のキャシー・ウエン監督は、ベトナムでは名の知られた女優でもある。ベトナムの女性映画人による女性映画、C18(=18禁)のフェミニストスリラー作『姉姉妹妹』を観ても、女性映画人達が活躍すると、その業界内で映画の多様性が増すと考えている。『姉姉妹妹』みたいな女性映画は、ベトナムに以前はなかったので。
Vol.11からの宿題として、「CROSSCUT ASIA おいしい!オンライン映画祭」長編映画12プログラム中で、女性監督を調べてみると、私見では、映画『川は流れを変える』のカリヤネイ・マム監督、映画『三人姉妹(2016年版)』のニア・ディナタ監督の2人に留まっている。この連載でたびたび言及している、「大阪アジアン映画祭」ABC賞(現ABCテレビ賞)も、2019年の受賞作品『アルナとその好物』を含めると、男性監督の作品が続いていたが、キャシー・ウエン監督『姉姉妹妹』が受賞したように、何年後かに、CROSSCUT ASIAの配信上映が企画された時、女性監督の割合が増えていることを期待したい。
コロナ禍で海外渡航は厳しく、アジア好きにはつらい時代だが、外出が困難な時期だからこそ、現状を俯瞰的に分析し、反省していく作業も必要だと考える。ただし、反省ばかりじゃ疲れるので、今回とりあげた「おいしい!」アジアの配信作品がコロナ禍の息抜きとなり、さらに、記憶の片隅に残って、コロナ禍明けのアジア渡航のおともにもなれば、幸いである。