Night Tempo × 野宮真貴対談 後編 共作曲「Tokyo Rouge」に登場する女性像から、現在の音楽シーンまで

2人が初共演したことを受けて、両者の対談を実施。後編は、コラボした「Tokyo Rouge」や「東京は夜の七時(feat. Night Tempo)」の制作背景や、現在の東京への印象などについて。

1980年代から1990年代にかけての東京のカルチャーは、どんな輝きを放っていたのか。なぜ今それが国境を超えて再び注目を集めているのか。

そんなテーマをもとに、日本とアメリカを中心に活動する韓国人プロデューサー/DJのNight Tempoと“元祖・渋谷系の女王”こと野宮真貴による対談を行った。

後編では、Night Tempoが新アルバム『Ladies In The City』で野宮真貴をフィーチャーした楽曲「Tokyo Rouge」、リミックスを手掛けた「東京は夜の七時(feat. Night Tempo)」の制作や、2020年代以降の東京について感じるについて話を聞いた。

前編はこちら

90年代の都会に住む女性を描いた「Tokyo Rouge」

――Night Tempoさんが野宮真貴さんとコラボしようと思ったきっかけは?

Night Tempo:『Ladies In The City』というアルバムは80年代から90年代までの時代が1つのコンセプトになっているんですが、野宮真貴さんは、自分にとって、その時代のおしゃれ音楽の“総理大臣”なんです。野宮さんがいないと、このアルバムの世界観がまとまらない。アルバムを作るにあたって、最初に野宮さんにお願いすることを思いつきました。

――共作曲の「Tokyo Rouge feat. 野宮真貴」はどういう風に作り始めたんでしょうか?

Night Tempo:この曲は野宮さんにオファーできると聞いて、こういう機会を逃しちゃいけないと思って作りました。これまで自分の人生で我慢して損したことがたくさんあったので、今はやりたいことがあったらそのまま意見を出すことにしていて。確信が無かった段階から曲を書いていたんですけれど、オファーを受けてくれなくても粘るつもりでした。

――歌詞は野宮さんが書かれたわけですが、どういうやりとりがあったんでしょうか?

野宮真貴(以下、野宮):いただいた音源の中に、すでに都会の喧騒とか車のクラクションとか電話の音がSEで入っていて、すでに曲の世界観が出来上がっていたんですね。最初にリモートで打ち合わせをして、どういう内容の歌詞を書いてほしいかをNight Tempoさんに聞いたんですけれど、その時にも「90年代の都会に住む女性を描いてほしい」という要望もあった。そこから自分なりにイメージを膨らませて作りました。

――非常に映像的な描写のある歌詞だと思うんですが、そのあたりも意識しましたか?

野宮:そうですね。あとは、90年代の歌謡曲を意識したので、歌詞としてはあえてちょっとベタな部分を残しました。今は珍しいかもしれないけど、日本の演歌などで脈々と歌い継がれている“待つ女性”という女性像ですね。当時はまだ携帯電話も普及していなくて固定電話しかなかったので、ホテルの一室なのか、自分の部屋なのか、そこで待っている女性を思い浮かべて書きました。「東京は夜の七時」に登場する女性は「早くあなたに会いたい」って待ち合わせに出かけていくのですが、「Tokyo Rouge」では彼からの電話をひたすら待っている。

あとはリドリー・スコット監督の映画『ブレードランナー』に登場するレイチェルも少しイメージしていました。彼女はレプリカントだけれど、ハリソン・フォードが演じる主人公のデッカードをずっと待っている。あれは1982年の映画で、描かれているのは2019年のLAなので、今はもう当時思い描いていた未来を超えてはいるんだけど、Night Tempoの作る音も、レトロなんだけど未来っぽいサイバーな感じがするし、その辺のイメージも自分の中で少し入れました。ミュージック・ビデオではレイチェルのスタイリングを意識していて、待ちくたびれて洋服をたくさん着替えちゃう女性(笑)を私が演じています。

――「Tokyo Rouge」という曲名は野宮さんから?

野宮:そうですね。ピチカート・ファイヴのイメージがまさに“東京”だったから「Tokyo」というワードを入れたかったのと、あと口紅というのは、女性にとって何かを決心するときにひくお守りみたいなものでもあるので。特に赤いルージュは決意を示すときや、女性であることの表明みたいなところもある。そういうことを考えてこの曲名にしました。

――それを受け取ってNight Tempoさんはどう感じましたか?

Night Tempo:ミーティングの時の会話からも野宮さんとは感覚的に似てるなって思ったんですけれど、歌詞を見て確信しました。感覚が近い方って、作業する時にも心が通じやすいんです。性格も見ている目線も似てると思いますし、自分が考えたイメージがまさに歌詞に書かれていて、すごく嬉しかったです。

Night Tempoが再構築した「東京は夜の七時」

――一方、野宮さんのデビュー40周年記念プロジェクトの一環として、Night Tempoさんが「東京は夜の七時」をリミックスしていますけど、どういうアイディアで始まったんでしょうか?

野宮:私は今年デビュー40周年イヤーなんですけど、そのプロジェクトの1つとして「World Tour Mix」というのをやってみたかったんですね。今はコロナでなかなか海外にも行けないけれど、音楽を通じてだったらどこにでも行けるし、どこの国の人とも一緒にいられるので。世界中のクリエイターに私やピチカート・ファイヴの代表曲をプロデュースしてアレンジしてもらい、あたかもワールド・ツアーをしているかのように音楽を楽しんでもらいたいという思いがあって。Night Tempoさんは80〜90年代の日本の音楽に対して、すごく愛とリスペクトがあるのを感じていたので、歌謡曲的なものと洋楽のサウンドの融合を表現してもらえるかなと思ってお願いしました。今後も他の国のクリエーターとの「World Tour Mix」をデジタル配信していきます。

――Night Tempoさんはこの話を受けてどう思いました?

Night Tempo:「東京は夜の七時」は、まさにリファレンスとしてよく聴いていた曲だったんです。最初にプロジェクトのお話をいただいた時から、僕は「できれば『東京は夜の七時』をやりたいです」と言っていました。自分がリファレンスとしていた曲を自分で再構築できるという魅力的なお仕事でした。渋谷系の曲のリミックスには、原曲から離れたスタイルにするものも多いんですけれど、僕は逆にそこまで変える必要はないのかなって思って。まっすぐな渋谷系として、新しくプロデュースしました。サウンド的には90年代のハウス・ミュージックですね。渋谷系のサウンドにピアノハウスというジャンルがあったので、それをベースにしてスムーズに作れました。

――野宮さんが仕上がりを聴いての印象は?

野宮:Night Tempoの“昭和グルーヴ”のサウンドのイメージが強いので、もっとバキバキにアレンジメントをするのかなと思っていたんですけど、とってもスマートでクールにグルーヴを作っているトラックに仕上がっていて。2022年の「東京は夜の七時」ができたと思っています。アレンジの元ネタみたいなものはあったんですか?

Night Tempo:「東京は夜の七時」をもとに、あとは自分の音をちょっと足した感じです。僕は爆発的にバーンって盛り上がる音楽スタイルではないので。最初のイントロから雰囲気をずっと持っていく感じの曲をよく作るんですけど、今回の曲もそうで、最後に盛大に終わる感じです。本家のものをイメージしながら今の時代のサウンドにすることを目標にしました。

2人から見た現在の東京は?

――最後にお二方にお伺いします。今、2020年代の東京については、どういう印象を持っていますか。

Night Tempo:シーンが多すぎて、戦国時代みたいな感じがしています。似たカテゴリーの人達が一緒に頑張ってお互いの文化を尊重しながら盛り上げていったらいいと思うんですけど、分かれてしまって悪口を言い合ったりしているようなところもある。社会の雰囲気もあるとは思うんですけど、そうやって争いを起こそうとしている人達が目立つのは残念だなと思います。日本のマーケットには入っていきたいんですけれど、どこか1つの狭いシーンに所属したいとは思わないですね。

野宮:今の東京には、コロナもあって、80年代と90年代のような活気はないですよね。でも、だからといって前に戻りたいかって言うと、そうでもないんですが。今は環境や人権のようないろんな問題をしっかり考えていくタイミングだと思うので、浮かれている感じでは全然ないんですね。音楽にも、90年代の渋谷系みたいな底抜けに明るいものも、Night Tempoが発掘している80年代の歌謡曲のような雰囲気もあんまりないから。だから逆に渋谷系と言われる音楽が再燃したり、Night Tempoがリミックスした音源が求められたりしているのかなとも思います。今回の『Ladies In The City』は、彼がフィーチャリングしたそれぞれの女性アーティストへの愛とリスペクトを感じる作品で、本当にいいアルバムだと思っているので。私も参加できて嬉しかったですし、今後も日本の音楽の良さを世界に伝えてほしいなと期待してます。

Night Tempo
1980年代のジャパニーズ・シティ・ポップや昭和歌謡、和モノ・ディスコ・チューンを再構築したフューチャー・ファンクを代表する韓国人プロデューサー兼DJ。アメリカと日本を中心に活動する。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」をリエディットして、欧米でシティ・ポップ・ブームをネット中心に巻き起こした。角松敏生とダフト・パンクをこよなく敬愛する、昭和カセット・テープのコレクターでもある。昭和時代の名曲を現代にアップデートする「昭和グルーヴ」シリーズを2019年に始動。Winkを皮切りに、杏里、1986オメガトライブ、BaBe、斉藤由貴、工藤静香、松原みき、中山美穂、秋元薫、菊池桃子、八神純子、小泉今日子とこれまでに12タイトルを発表。2021年5月には、昭和アイドルにフォーカスした『昭和アイドル・グルーヴ』のコンピレーションCDもリリースした。オリジナル・アルバムは、『Moonrise』 (2018年)、『夜韻 Night Tempo』 (2019年)、『Funk To The Future』 (2020年)、『集中 Concentration』 (2021年)のほか、2021年には初のメジャー・オリジナル・アルバム『Ladies In The City』をリリース。2019年にフジロックフェスティバルに出演し、同年秋には全国6都市を周る来日ツアーを成功させた。
https://nighttempo.com

野宮真貴
ミュージシャン。1960年生まれ。1981年「ピンクの心」でソロ・デビュー。1982年結成のポータブル・ロックを経て、1990年ピチカート・ファイヴに加入。元祖“渋谷系の女王”として渋谷系ムーブメントを世界各国で巻き起こし、以来、音楽・ファッションアイコンとしてワールドワイドに活躍。現在は“渋谷系とそのルーツの名曲を歌い継ぐ”音楽プロジェクト「野宮真貴、渋谷系を歌う。」を行うなど、ソロアーティストとして活動。2021年はデビュー40周年を迎え、音楽、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイ執筆など多方面で活躍している。
http://www.missmakinomiya.com

author:

柴那典

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、雑誌「CONTINUE」にて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。 ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp Twitter:@shiba710

この記事を共有