活動10周年を迎えたぬいぐるみ作家・片岡メリヤス 理想のフォルムを組み合わせながら生まれる有機的なぬいぐるみ達

ふわふわとした触り心地が良いファブリックだけでなく、機械やおもちゃなど異素材と融合した斬新なぬいぐるみで、私達が抱くぬいぐるみの概念を超越する作家の片岡メリヤス。ジャンルを超えた作家とのコラボレーション、ドローイングなど活動は多岐にわたる唯一無二のぬいぐるみ作家で、現在は作家活動10年を記念し「横浜人形の家」で個展を開催中だ。

ぬいぐるみと聞くと、どうしても子どもの玩具的なイメージを抱きがちだが、彼女が生み出すヘンテコなフォルムや、とぼけた表情のぬいぐるみ達を眺めていると、かわいくて癒やされるが、そこからさらに「なにか」が不思議と生まれ、私達を勇気づけ、ワクワクさせてくれる。現在開催中の個展でも「時間や場所だけでは説明できない、ぬいぐるみの心と一緒に存在するもの」というフレーズがあったが、目に見える物体や現象以外に存在する何かとコミュニケーションを試みたり、この世界にあるあらゆるものを、じっくり観察したりすることの大切さを片岡メリヤスの作品は教えてくれる。

「自分の中のいい感じの『もたつき』を起点にかわいいを作り上げていく」

――今まで制作した作品はどのように記録していますか?

片岡メリヤス(以下、メリヤス):大学ノートみたいなシンプルなノートにぬいぐるみ全部の名前と姿を絵に描いて残しています。絵と一緒に名前や価格などを記録していて。デジタルに強くなかったので、最近まではパソコンで納品書を作るってことが無理だったので、そのノートをコピーして、納品書代わりにお店の人に渡したりしてましたね。

――ぬいぐるみにつけられた名前がユニークですね。

メリヤス:出来上がった子を夜ごはんに誘い、ごはんを食べ、ある程度遊んでみたりすると、自然と名前が決まっていきます。なかなか名前が決まらない子もいて、一緒に一晩寝てみたり、生活を共にすると決まります

――ちなみに、ぬいぐるみを作る時は先に絵でイメージを決めたりしますか?

メリヤス:元絵を描くことはないですね。ミシンの前に立って、好きな生地選んで、生地を触りながら、こういう形にしたらかわいいかも? みたいに、想像するところが始まって。最初は胴体のつもりで作ったものが、綿を詰めたら胴体としてはかわいくないと思ったら、このパーツを足にしてみようって、試行錯誤しながら作っています。言葉で表現するのは難しいけれど、自分の中でいい感じの「もたつき」があって。そのもたつきを起点にかわいいを作り上げていく。1mmでもずれるとかわいくなくなるので。

――生地や素材は?

メリヤス:お店に足を運んで、自分好みの材料を買うこともありますが、あえてオンラインで買うこともあります。想像していたものと生地の質感などが違っても、逆にそれがおもしろいなと。想定していなかった生地から、自分の想像を超えるぬいぐるみが生まれる。その思わぬ展開の連続が楽しくて。目のパーツはいろいろと収集していて、街で手芸屋さんを見つけたら絶対チェックしますね。あとは廃業してしまったぬいぐるみ工場が、生地とパーツをくれたことがあって、今はそれを使用した作品が多いです。

――顔のそれぞれのパーツの配置、バランスにメリヤスさんらしさが出てるなと。

メリヤス:一番似合う目はどれかな? みたいに、どのパーツも一通り迷って決めるので、顔を作る作業が一番時間がかかりますね。

――今まで作ったぬいぐるみは何体くらいですか?

メリヤス:約7年分のぬいぐるみを収録した作品集には、2500くらい収録されています。写真を整理していて、その数に自分でもびっくりしました(笑)今のほうが手が込んでるものが多くなってきて、1体あたりにかかる時間は長くなっています。

――そんな数のぬいぐるみを1人で作るのって尋常じゃないですね。 

メリヤス:ぬいぐるみを作ること自体は全く苦じゃなくて、ぬいぐるみを作ってないとストレスがたまるタイプ。むしろ苦手な事務作業とかは誰かにやってもらえたらいいのになと、思うことはありますね。

――作品集にはメリヤスさんが作業するアトリエの写真が掲載されていますね。こちらのアトリエではメリヤスさんだけで作業してるんですか?

メリヤス:ずっと1人で制作しています。今までも弟子を志望する方や、雇ってほしいとか問い合わせをもらったこともありますが、他の人と共同で作ることには全く興味が持てなくて。コラボレーションは、テーマがあって、それをもとにそれぞれ分担しながら制作するので、おもしろいし、刺激があって楽しいですが。

「キャラクターは、シンプルにしていく作業の連続で生まれる」

――現在活動10周年の記念展も開催中ですが、ぬいぐるみを作ろうと思ったきっかけはなんでしたか?

メリヤス:ぬいぐるみ作りはじめた当時はぬいぐるみ作家になろうなんて、1mmも考えていなかったのですが、ぬいぐるみを作って、友達にあげたら、みんな喜んでくれて。そうしている間に、展示会に誘われるようになり、気が付いたら「あれ? ぬいぐるみ作家になっちゃったな」みたいな。

――その当時、他に仕事はしてましたか?

メリヤス:普通にアルバイトしてましたね。でも、ふとこのまま生きててどうなるんだろうと思うこともあって。縫い物が趣味で、ぬいぐるみすごい好きだったりして、すごく自然な流れで今に至っています。活動をスタートさせた当時は、ぬいぐるみを作ってることを誰かに伝えると、微妙なリアクションだったけれど、実際作品の写真を見せたりすると、リアクションが好意的な感じに変わる、その瞬間みたいなのを何度も見てきたので、おもしろいなと。

――制作したぬいぐるみで、思い出に残っているものはありますか?

メリヤス:それぞれにありますね。お客さんが買った子を、連れてきてくれたりするので、そんなに気に留めてなかった子が新しい持ち主にめちゃくちゃかわいがってもらったりしてると、それがすごい強烈に心に来るというか。めっちゃかわいがられてんじゃん! すごくない? みたいな(笑)。誰かのところにいくことで、魅力を見出してもらえる気がします。

――メリヤスさん自身は小さな頃からぬいぐるみが好きだったのでしょうか?

メリヤス:むしろ、ぬいぐるみしか好きじゃなかったかもしれないですね。人形とか他のおもちゃがはやってても、興味が持てなくて。持っていたのは動物とかのモチーフのどこにでも売ってそうな普通のぬいぐるみでした。

――具体的にはどんなふうにぬいぐるみと遊んでましたか?

メリヤス:お喋りするんです。昔から遊び方は変わらず、憑依型で喋るパターンと、自分が監督になって、いろいろキャラクターが登場する人形劇の2パターンですが、昔は監督になるほうが多かったです。今回の展示でも人形劇場を展示しています。

――一緒に遊んできたぬいぐるみの中で、思い出に残っている相棒はいますか?

メリヤス:小学生の時にクリスマスプレゼントにもらったイヌのぬいぐるみが、初めて意思を持って親に買ってもらったぬいぐるみだったはずなのですが、いつの間にかそのイヌのぬいぐるみはいなくなってしまって。当時の詳細は覚えていないので、きっとどこかのタイミングで興味を失ってしまったのかもしれません。幼稚園の頃に遊んでいたキリンのぬいぐるみは、たまたま箱に隠していたので、親に処分されることなく、今も手元に残っています。

――今まで開催してきた展示についても教えてください。

メリヤス:テーマはほとんど自分で決めてますね。やりたいことリストは常にいっぱいで、テーマのアイデアに困ることはないです。このギャラリー、このキュレーターだったら、こいういう展示にしようといった感じで、場所や人でテーマを決めます。

――中目黒のアートギャラリー「VOILLD」で3度目に開催した「Doppelgänger (ドッペルゲンガー)」ではみんなが知るキャラクターをソースに生み出したぬいぐるみ達が印象的でした。どんな基準でキャラクターを選びましたか?

メリヤス:圧倒的に認知度が高いキャラクターで、みんなが知ってるというのが一番大事で。カラーリングだけでそのキャラクターが何なのかわかる。キャラクターにするっていうのは、シンプルにしていく作業の連続で生まれるんだなと。私もぬいぐるみを作る時には要素を減らしていきます。

――サイレントオークションで開催された「A≠B≠C」はどうでしたか?

メリヤス:同じように見えてもよく見ると違う。世界に対して、細かいところまで注意して見てほしいという思いがあり、そこから発案した展示で、形や顔がほぼ同じぬいぐるみを作るのに苦労しました。

「ぬいぐるみって実は喋れて、友達になれるよってことを伝えたい」

――展示以外でメリヤスさんがやりたいことってなんでしょうか?

メリヤス:人形劇は常にやりたいと思ってます。ぬいぐるみって実は喋れて、友達になれるよ! ってことを伝えたくて。それに人形劇を見たことがない人も多いので、見てもらいたいし、生でやることでオーディエンスのリアクションがわかるんです。実際、展示を褒められるよりも、人形劇を褒められるほうが嬉しかったりもする(笑)。

――現在開催中の10周年の展示についても教えてください。

メリヤス:実は、10周年ということにはポイントはおいてなくて、(横浜の)人形の家でやるとしたら、そこで収蔵されている人形をぬいぐるみにする以外、考えられないなって。

――メリヤスさんの作るぬいぐるみの愛らしさというか、その魅力って日本で脈々と続くキャラクター文化と重なる部分があるなと思っていて。

メリヤス:日本のキャラクター文化って、古くは妖怪文化から来てる気がすると思いますね。以前、目白のブックショップ&ギャラリー「ポポタム」で妖怪をテーマに展示したことがあり、妖怪について深掘りする機会がありました。いろいろな現象や風土を妖怪というものにキャラクター化する文化が根付いていて、日本人って想像力が豊かな民族だなと。それにみんな、かわいいものが好きですよね。

――この10年で、メリヤスさんの「かわいい定義」みたいなものには変化がありましたか?

メリヤス:それが全く変わってなくて。ギョロちゃんという子が私の家にいるんですけど、視点とかも定まってなくて、どこ見てるか全然わからない(笑)私の定義って一般的じゃないかもしれないんですけど、めちゃくちゃかわいい。表情を見てても、虚無みたいな。この子は何考えてるの? って想像しちゃう。

――メリヤスさんの好奇心とかクリエイティブなところが刺激されるのかもしれないですね。

メリヤス:まったくもって自分を超えているところに存在していて。

――作り続けて10年、そこを追い求めているというか。

メリヤス:ギョロちゃんを追い求めてるのかな(笑)。

――自分の想像をはるかに超える世界観にひかれてるのかもしれないですね。

メリヤス:自分がわからない領域が好きなのはこれからもずっと変わらないと思います。

――メリヤスさんは「目に見えない何か」みたいなのをフォルム、ぬいぐるみとしてこの世に生み出している感じがします。実在しないけれど、どこかに潜んでそうみたいな。

メリヤス:あるかもしれないですね。思いつく時に「あれ、なんかいる?」って思う。神様のようなものが降りてきた、みたいな。

――継続して生み出し続けてる。環境が変わっても、想像力や姿勢が変わらないってすごい。

メリヤス:全然変わらないですね。たぶんよく寝てるからいいんだと思う(笑)。人って寝ないと駄目になる気がして。ちゃんと寝てさえいれば、やりたいことはずっと継続できるなと。時間がある時は、外に出る用事を作ってなるべく歩くようにしたり。運動、食事、睡眠。基本のことをちゃんとするのが大事かもしれないですね。

――ぬいぐるみって、そばにいてくれるだけで心強いというかパワーがある気がしますね。

メリヤス:すごいセラピー的要素はあるのかもしれない。やっぱりぬいぐるみがいてくれると、安心するという人は多いと思います。

――学生だけじゃなくて、大人になってもカバンとかにぬいぐるみのキーホルダーがついてる人って、街にいると意外と見かけますね。

メリヤス:おじさんとかもリュックにつけてたりしますよね。みんなたぶん本当はぬいぐるみとの生活を我慢してるだけだと思いますね(笑)。ぬいぐるみって、自分の言えないことも言ってくれるし、人と話すのが苦手な人でも、ぬいぐるみを膝に乗せてるだけで安心したりとか、自分のちょっと弱いところを補ってくれるみたいな。精神が強い人には必要ないものなのかもしれないけれど、ちょっと不安な時とか、ぬいぐるみがそばにいてくれるだけで安心する。かわいいルックスなのに、頼りがいがあるなんて本当にすごい。改めてその目に見えない力に気付かされています。

片岡メリヤス
2011年から活動を開始。ぬいぐるみ作品を中心に、動くおもちゃ、光るおもちゃなど、飾るだけではなく遊べて愛のあるぬいぐるみを制作する。 また自ら脚本を書き、出演するオリジナルの人形劇を各地で上演している他、漫画やドローイ ング、木工・粘土などさまざまな作品を手掛ける。 ぬいぐるみ・人形劇共に、異ジャンルのアーティストとのコラボレーションや商業施設の広告への作品提供など幅広く活動している。
Instagram:@kataokameriyasu

■片岡メリヤス10周年記念展「メリヤスの人形の家」
会期:3月13日まで
会場:横浜人形の家2F 多目的室
住所:神奈川県横浜市中区山下町18
時間:9:30~17:00 ※最終受付16:30
休日:毎週月曜日
入場料:大人(高校生以上)¥600、小中学生 ¥300※入館料(大人¥400、小中学生¥200)含む、未就学児は入館および観覧料無料。1月23日まで開催の「ペコちゃんと横浜」、2月5日から開催の「ひな人形展」の観覧には追加料金が必要

author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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