クリスチャン・マークレーが江之浦測候所で見せた「Found in Odawara」 静寂と自然の音を紡ぐ

1980年代からパンクとコンセプチュアルアートの領域を横断し、一貫したテーマのもと活動を続けてきた、クリスチャン・マークレーの展覧会「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」が、東京都現代美術館で開催されている。そんな中、現代美術作家・杉本博司が手掛けた小田原文化財団 江之浦測候所でサウンドパフォーマンス「Found in Odawara」が昨年の11月27、28日に開催された。

参加アーティストは、これまでマークレーと何度も共演を果たしてきた音楽家の大友良英、巻上公一と今回初の共演となるサウンドアーティストの鈴木昭男、アーティストの山川冬樹、美術家の山崎阿弥の5名。これまで、コロナ禍を理由に2回ほど延期されたという「Found in Odawara」は、日本では2017年の札幌国際芸術祭で披露して以来のパフォーマンスとなった。初の屋外でのサウンドパフォーマンスをマークレーの言葉とともに振り返る。

江之浦測候所を巡礼する音響体験

「Found in Odawara」は3つの作品から成り、1部は声のアーティスト山崎阿弥による《Manga Scroll》、2部は、マークレーの他に、1980年代から交流を続ける大友良英、サウンド・アートの先駆者の鈴木昭男、自らの声や身体を用いて音楽と美術の境界を横断するパフォーマーの山川冬樹による《Found in Odawara》。江之浦測候所の光学硝子舞台や竹林などの敷地全体を利用したサウンドパフォーマンスで、最後は巻上公一による《No!》だ。

まずは「夏至光遥拝100メートルギャラリー」で《Manga Scroll》が行われた。全長100メートルのギャラリー棟で、その名の通り正面に夏至の日の出を見ることができる。真っ直ぐに光が差し込む空間の中央にはテーブルが置かれ、その上には、20メートルに及ぶ《Manga Scroll》が絵巻のように広げられている。声のアーティスト・山崎阿弥がスコアをもとに、パフォーマンスを披露した。吹き出しのみをコラージュした作品にはオノマトペの羅列もある。体の奥から絞り出すような叫びやかすれた口笛、深い溜息、咆哮、唸り声等、一体どこから声が出ているのか錯覚するほど、無音の空間に声が誕生し消滅、共鳴を繰り返しながら埋めていく。

続いて、来場者は室町時代に鎌倉の建長寺派明月院の正門として建てられた「明月門」の前に移動。2部が開演した。門の奥でかすかに聞こえる葉の揺れる音、石の叩音。マークレーが開門し、敷地の中ほどにある石舞台で大友良英と鈴木昭男、山川冬樹によるパフォーマンス《Found in Odawara》が始まった。舞台上には古い自転車や巨大な地球儀、煙突のようなステンレスの筒等、日常品や廃材が並べられ、各アーティストが次々と選び取り、音の鳴りを確かめながら、バイオリン弓で弾き、手で叩き、落下させたりすることで緊張感のあるパフォーマンスを実現した。

舞台を降りたメンバーは来場者とともに演奏しながら光学硝子舞台へと向かう。檜の土台の上に光学硝子を敷き詰め、杉本が「生まれて最初に記憶している風景」と語った原風景ともいえる場所だ。向こうに相模湾を眺める舞台の隅に置かれたガラクタが詰められた箱から、思い思いのものを取り出し、音を出す。硝子舞台の上に水を撒き、発泡スチロールをこすりつけキュッキュッと鳴る音、枯れ葉をばら撒きガサガサと揺れる音、ワインの空き瓶に息を吹きかけて出るボーッという音が共鳴する。錆びた鉄板でできた70mの冬至光遥拝隧道では、ボーリングボールを落とし、車輪を転がすことでゴロゴロと金属が擦れる音とともにゴーンという鈍い音がトンネル内を満たす。音が共鳴、増幅していき新たなリズムを作り出している。

その後、トンネルを抜けた先にある竹林の中に入る。舗装されていない傾斜のある山道を歩きながら、4人は木を打ち、枝葉を揺らし、ドラムを叩き、鈴を鳴らし、途中で動物のような声で叫び合うのだが、鳥の鳴き声や来場者の足音、飛行機のジェット音等、プロセスで発せられる音も混ざり合い、時に反発することで混沌としていく。豊富な音の増幅は、目を閉じると祭りのような日本の伝統音楽さえ想起させた。一行はみかん畑を登り、最初のパフォーマンスが行われた夏至光遥拝100メートルギャラリーに戻り、音の巡礼は終了する。

終点となった夏至光遥拝100メートルギャラリーで披露された、超歌唱家・巻上公一による《No!》で「Found in Odawara」の完結を迎える。《No!》は山崎阿弥が披露した《Manga Scroll》同様に、《グラフィック・スコア(図案楽譜)》としてイメージを音楽家が即興的に翻訳する試みだ。五線譜のような明確なルールがなく、声と表情の抑揚と明快なリズムが介在し、擬音が書かれた平面作品に新たな息吹を与えるエモーショナルなパフォーマンスだ。

鑑賞者に旅の案内をすること。「一緒に旅に出よう」というメッセージ

パフォーマンスを通し、マークレーは全てを小田原で完結させたという。「即興で演奏したものはゴミ捨て場やリサイクルショップなどを歩いて見つけたものです。パフォーマンスに登場したワインの空き瓶も小田原で購入したイタリアワインで鈴木さんと2人で美味しくいただきました」と語る。マークレーにとって初の屋外でのパフォーマンスについては「例えば、竹林の中でのパフォーマンスは、鈴木さんが幼い頃にわざと小石を竹にぶつけて、コンコンという音を楽しんでいたと聞き、実演してもらった時に素晴らしいと感じました。すべては音を出したいという欲求から生まれた自然な動きです。音を作りたいという意識で生まれた、小石をぶつけていく本能的な演奏でもあります」と江之浦測候所の特性を隅々まで生かしたパフォーマンスの意図を語る。途中で感じた日本の伝統音楽との交錯も、最終的にそこに行き着いたのは、必然だったのかもしれない。

一方で、ギターやドラムといった、いわゆる通常の楽器を用いた理由は「もう1つ、私達が話し合ったことがあります。一般的な楽器を持ち込むか否かということ。誰もが楽器と認識できるものを利用することで、鑑賞者は『聞く』というパフォーマンスであることを再確認します。例えば、飛行機の音、波の音、鳥の鳴き声全てに耳を傾けてほしいという意図を理解してもらうための装置でもあるんです」と説明した。

今回のパフォーマンスの編成についても聞いてみた。

「今回は《No!》のパフォーマンスを巻上さんにお願いしましたが、《Manga Scroll》のために(山崎)阿弥さんを紹介してもらい、記録音声を聞いたらパーフェクトでした。鈴木さんには、ガラクタを利用した演奏ができること以外にもう1つ、石が好きということも大きい。江之浦測候所の美しい景観に余計なものを付け足さず、自然の音を発見してほしかったので、これ以上ない嗜好です。(山川)冬樹さんにとって巻上さんは先生に当たります。大友さんは昔から一緒にやってきましたから、自然の流れで編成が決まっていきました」。

既存のイメージや音源をサンプリングしコラージュすることで新たな領域を生み出してきたマークレーの作品。今回のパフォーマンスも展覧会も「アーティストと鑑賞者の双方向のやり取りで美しい誤解だったり、誤訳、すれ違いが新しい解釈や発見につながる」と語り、「いつも考えていることは、鑑賞者を旅に案内すること。一緒に旅に出ようというメッセージです」と結んだ。

江之浦測候所を歩き回り、日用品や廃棄品を使った即興演奏や鳥の鳴き声、葉が揺れる音、電車が通過する音、自分の呼吸音、足音に加えて、アーティストの動きや竹林や木々の匂い、100人に及ぶ来場者の群れ、相模湾を望む風景にいたるすべてがマークレーによってコラージュされた世界の中に自分が存在しているような感覚さえ覚えた。視覚と聴覚の往還をコミュニケーションの手法としてきたマークレー独自の表現に、江之浦測候所の自然や環境が加味された壮大な音響体験となった。

この、即興的なパフォーマンスを収めた記録映像の特別上映会が2月5、6日に東京都現代美術館で開催される。チケットが即日完売となった希少なパフォーマンスを、臨場感あふれるサウンドと映像で振り返る貴重な体験になる。

クリスチャン・マークレー
1979年にレコードとターンテーブルを用いたパフォーマンスを開始し、1980年代からレコード盤や電話、楽器など、音に関連するものを素材とした造形作品や映像作品の制作を行う。代表的な録音作品に、レコードをジャケットなしで流通させ、その過程で盤面についた傷による音を作品に取り込んだ「Record without a Cover」(1985)、オペラ、ロックからジョン・ケージまで様々なレコードを貼りあわせてプレーした「More Encores」(1989)などがある。ジョン・ゾーン、リー・ラナルド、サーストン・ムーア、大友良英等のアーティストともコラボレーションしてきた。1995年のヴェネチア・ビエンナーレ等をきっかけとして、アートとサウンドの領域を横断する活動を続けている。

「クリスチャン・マークレー Found in Odawara」記録映像上映会
会期:2月5、6日
会場:東京都現代美術館 地下2階 講堂
住所:東京都江東区三好4-1-1
時間: 10:30、13:00、15:30(約90分)
入場料:無料
※各回、先着100名まで
Webサイト:「クリスチャン・マークレー Found in Odawara」記録映像上映会

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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