The fin.が海外生活で感じた自我の“揺らぎ”を統合したアルバム『Outer Ego』を通して見る世界

The fin.の実態を音楽ファンは果たしてどのくらい知っているのだろう。

それもそのはず、1stアルバムをリリースしてからというもの、2019年まで世界を転々としながら活動を続けてきたので、すべての変遷を理解しているファンは必ずしも多くないかもしれない。神戸出身の彼らが2014年に上京し、「Night Time」を引っ提げた1stフルアルバム『Days With Uncertainty』をリリースしてバンドシーンで早くも脚光を浴びるも、その直後、拠点をイギリスへと移した。メンバーの脱退やオリジナルメンバーのパートチェンジ等、道のりは平坦ではなかったのは想像に難くない。だが、そんな状況に惑わされることなく2ndアルバム『There』を2018年に完成させた。その後は飛ぶ鳥を落とす勢いで、アジア、アメリカ、ヨーロッパツアー等を実現させ、追求する理想的な音楽活動をしていた。そして、2019年11月に拠点を再び日本に移し、2021年11月に実に3年8ヵ月ぶりとなるオリジナルフルアルバム『Outer Ego』を完成させた。

本作は幼少期から今に至るまでの自己の変遷との対話でもあり、そこからまた社会へと向き合うための強さを獲得するための音楽である。内省的でありながらも、そこに後ろ暗さや厭世的な要素はなく、よりドリーミーで温かみを感じさせる洗練されたアルバムへと仕上がった。

話によればコロナ以降のムードに同期するように自身の心情を掘り下げていって完成したという。テーム・インパラのケヴェイン・パーカーよろしく、すべての楽曲のソングライティングと歌唱、楽器、プロデュース、録音、ミックスまでをも担当する首謀者・Yuto Uchinoに今作について話を聞いた。

――The fin.のアルバムとして、『Outer Ego』が近年にも増してより内省的な作品になったのにはどんな背景がありますか?

Yuto Uchino(以下、Yuto):世界を回って感じたことをまとめる集大成になったからだと思います。時系列を追って説明すると2014年の1stアルバム『Days With Uncertainly』のあとから、世界で活動するための種まきをやっていたんです。それがちゃんと芽が出たのが2018〜2019年頃。2ndアルバム『There』を出してから、アジアツアーに出たり、イギリス拠点で生活したり。フェスにも呼ばれるようになった。この7〜8年間を振り返ると、自分のバンドが転がる中でインプットばっかりだったから、情報の渋滞が起きていたように思うんです。ツアーに出ればインスピレーションとかひらめきはメモをとれるけど、やっぱり本質的な意味でクリエイティヴにはなれなくて。「止まれるんだ」となったのが、2020年のコロナ禍で。

――インプット過多になっていたこともあって、逆にコロナ禍になってようやく止まれる機会を得たということですか?

Uchino:そう。2020年に立ち止まって拠点を東京に戻したことで、やっと自分の内面に潜る時間を獲得できた。思い返せば最初のEP『Glowing Red On The Shore』を作った時は、結構内面の色が強いものを出せたアルバムだった気がしていて。けれど、以降の作品を聞くと活動プロセスの中で、外の情報で得たものをアウトプットした曲が多くて。今回のアルバム『Outer Ego』は世界を一周して、見てきたあらゆるものを自分の中で咀嚼することができて、それを詰め込めた実感がありますね。

――具体的にはどんな点が大きいと思いますか?

Yuto:ハード面で言うと、日本に帰って機材をそろえられたのも大きい(笑)。今まではモバイルセットアップのみだったから、大きい機材は買えなくて。でもこの機会にアナログ機材をそろえ出して、スタジオを作って。その影響もあってサウンド的にもプロデュース的にも自分のやりたいことができるようになってきた。ミックスも自分で真剣にこれ以上できないという納得のいくところまでやりきれたという点も大きいかな。

昔はThe fin.は4人やったし、本当にバンドやったから。「バンドでやらないと」みたいな部分があって。そこからだんだんThe fin.ってバンドじゃなくて、「プロジェクト」みたいな感じになっていた。サポートとして気に入ったミュージシャンを呼んでやってるし。自分がクリエイトしたものを、ライヴでどう見せるかにおいてのプロジェクトに転換してきたから。自分的には、バンドとしてステージ的なアウトプットを全く考えなくて良くなった。

――確かにそれは大きそう。日本に拠点を移してアルバムを制作する上でどんなメリットがありましたか?

Yuto:そもそも2020年はコロナ禍で人にも全然会っていなかったので、自分との対話をもう1回始めることができたかなと。今まで以上に時間の余裕があった分、今までにない制作プロセスを試してみるみたいなやり方ができた。

――なるほど。ミックスも含めて、冒頭の2曲は今までのThe fin.のイメージに通じる楽曲のトーンだったけど、アルバム6曲目の「At Last」以降、サウンド的にもビート音楽やアンビエント的な表現も表出しているので、より自分の内側にあるものを表現している感覚があったのですが、そのあたりについてはどう思いますか?

Yuto:「Outer Ego」は自分の中で最初からイメージがわりとあって。自分の中の2つの要素を1曲にはめていって、曲の中にレンジ(幅)を設けていって。それからイメージがさらなる新しいイメージを呼んで。さまざまなところに配置できた。言ってしまえば、アルバムのメインテーマとして「内にも潜ってるし、外にも浮上していく」。その2つのフェイズがアルバムの中にあるので、タイトルにもしました。

「At last」は自分の音楽に対する「愛はなんなのか」という問いに対して、自分のインナーチャイルドとの対話によって改めて生まれた曲で。聞く人が聞いたら「何言ってんねん」みたいなのかもしれないし(笑)。

――「だいぶ深いところいっとるな!」みたいな。

Yuto:そう。ある意味ストーリー的にできた曲でThe fin.としては初めての試みになった。それから「Old Canvas」では、自分自身が元来持っていたピュアな過去の自分といろんな経験をして大人になってからの自我が歌詞の中で対話していたり。アルバム全体を通じて、「問い」と「アンサー」が常に一緒にあるみたいな感じですね。

――とはいえ、内に潜ってるからといっても決して暗いという意味ではないじゃないですか。アルバムのジャケットのような温かみのある音像で心象風景のような感じがしますね。

Yuto:ほんまに(笑)。自分が音楽を聴く時に大事なのが、沈み込む感覚で。言葉が正しいかわからないけど、意識の階層が下がるみたいな。音楽を聴いて沈み込むように潜って、そこから浮上するのは素晴らしい音楽の原体験で。その感覚が強いから、自然に表現として自分もそういう方向性の音を求めるようになっていたという。

「魂を裸にされた」ロンドンでの暮らしを経て今話せること。日本について思うこと

――世界を飛び回る活動がコロナでいったんストップしたことで今作があるそうですが、海外で暮らした経験は今の表現に通じていると思いますか?

Yuto:海外、特に欧米で生きるというのは、個人主義を知るということだと思う。当然自分が「外国人」として生活するから、一番弱い立場になるというか。日本人が日本で生きるというのは、守られている環境で生きられるから。イギリスでの生活は「魂が裸にされる」みたいな体験がたくさんありました。わりと人生の早い段階でそれを体験できたことが大きいかな。あとは言語を2つ使って生活する中で、自分がベーシックな日本のコミュニティから離脱していく感覚と新しい自分の個人的な自我を形成していくのがこの10年くらい続いていて。その中でずっと揺れ動いていたんです。

――海外で暮らすことで培われた自分とかつての自分との間で。

Yuto:そう。そもそも言語が2つ話せるってそういうことやと思うんですよね。「日本人になる瞬間」と「本当に今思っていること」が乖離していくみたいな。価値観もそうやし。よく「2週間アメリカに行って、帰ってきたら別人になっていた」みたいな話あるじゃないですか(笑)。それはギャグやけど、本当に海外生活歴が長くなったら、実際に昔の自分と世界を見て培われた感覚の差がどんどん開いて、バランスをとるのが難しくなる。例えば地元に帰省して地元の友達と話していると、昔の自分として話しているけど、もしかしたら本当はこういう感覚じゃないかもしれないなとか。そういう“揺らぎ”がでてしまう。

――人格が2つあるとまではいかないけれど、自分も2拠点生活しているのでよくわかります。

Yuto:自我が揺らいじゃうと、自分の人生が見えなくなっちゃう。そうなると当然アーティストとしても揺らいじゃう。そういう時期を経て、2018〜2019年とかの頃にだんだん自分は「多分こういう人間だなぁ」というか、ある種いい意味で諦めがついたというか。日本というコミュニティに対しても、もうちょっと自分なりの接し方があると気付けたんですよね。わかりやすくいうとThe fin.という音楽をやっている自分がどんなスタンスであればいいのか。その答えが自分の中でシンプルになっていった。2020年からずっと考えてきたことがアルバムとして形になったという。

――一俯瞰で見れば、世界を回ったミュージシャンとしての役割も意識しだしたってことですか?

Yuto:そうかもしれません。もう30代やし、当たり前やけどルーツは日本だし。コロナの時代だからこそ、世界を見たあとで日本に戻ってきた自分がミュージシャンという立場でやれることって、たくさんあるんやろうなと思ってます。

日本人ってシャイだし、“照れ”の文化じゃないですか。それが美学としてDNAレベルで染み込まれている。けれど、コロナが起きて以降そのことがあんまりいい方向で作用していない気がしていて。自分のことをあんまり伝えないし、人との距離の取り方のレイヤーもまたちょっと違う。だからこそ今はもっと正直に自分のことを歌っていきたいというか。そうすることで今の日本に働きかけていきたい。違和感とか、こうだったらいいのになと思うことも口にすることとかも自然にやりたいし。

……やっぱり僕が好きで聴く洋楽のミュージシャンは恋人との関係とか心の内側をさらけ出した、いわば「丸裸の歌詞」が多くて。ザ・ビートルズなんかもまさにそうじゃないですか。ヨーコとの関係について「She’s so Heavy」とかいって(笑)。もしかしたら英語だから言えてるというのもあるかもしれないけど、自分もアーティストとしてそうありたいなと。そういう思いもあって今作はサウンドももう少しヴィヴィッドになっているし、歌詞もヴィヴィッドになっていった。

この7年で自分のサウンドに対する美学も積み重ねられた感じもある。今思えば2ndの時はまだ自分の中で絵の具がたくさん入ってきていて、混ざった濁りみたいのもあった。それがこの5年で、もう1回きれいな色にわかれていったから今作のような表現ができるようになっていったのかもしれない。

――アルバムは集大成的な作品になりましたが、The fin.の今後はどうなりそうですか?

Yuto:今改めて教則本を読みながら鍵盤を触ってコード進行を勉強し直していて。次のステージに向けて、準備している感覚がありますね。今回は今までの自分をまとめること1つができて、自己が統合された感じはするけど、人間としての“揺らぎ”がなくなっちゃったら、それはもう機械だから。またカルチャーショックが起きるような出来事を追い求めていくような気もしています。いろんな都市で生活してきた経験があるので、身軽にどこでも生きているような感覚もまだ自分の中にある。ベルリンにも行ってみたいし、ニューヨークにも住んでみたい。でも、欧米圏じゃなくてもっとイメージの湧かないところに住むのもいいかもしれない。

――必ずしも住む場所を東京に縛られずに、飛びたい時は身軽に世界にまた行きたいと。

Yuto:宇宙に行きたいくらい(笑)。まあそれは飛びすぎやけど。僕等のファン層は日本より海外の方が多いわけだし。また、中国とかアジア、それから欧米に出てライヴできるようなるといいなと思ってます。

■Outer Ego
価格:CD ¥2,750、LP ¥3,960
Smart Link: https://thefin.lnk.to/OuterEgo

■Made For Mermaid
Smart Link: https://thefin.lnk.to/MfM

■”Outer Ego” Release Tour
日時:2月11日
場所:梅田Shangri-La
住所:大阪府大阪市北区大淀南1-1-14
時間:開演 18:00(開場 17:30)

日時:2月18日
場所:LIQUIDROOM
住所:東京都渋谷区東3-16-6
時間:開演 19:00(開場 18:00)

料金:チケット:¥4,000 (ドリンク代別)

Photography Toshiaki Kitaoka

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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