ウェス・アンダーソン最新作『フレンチ・ディスパッチ』を究める 5つのポイント

ウェス・アンダーソン監督の記念すべき10作目にあたる最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が公開した。本作をより深く楽しむため、映画パンフレットに多数寄稿し、昨年にはサリー・ルーニーのデビュー作『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』の翻訳も手掛けたコラムニスト山崎まどかがチェックすべき5つのポイントを教える。

「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」を作る時、ウェス・アンダーソンには映画のアイデアが3つあったという。1つは雑誌「ニューヨーカー」についての映画。もう1つはいくつかの短編で構成されたオムニバス作品、そして本人も住んだことがあり、大好きな都市であるパリについての映画。それらの案を全部取り入れた結果“パリによく似たフランスの都市に編集支部がある、テキサス州の架空の新聞が出している「ニューヨーカー」によく似た雑誌「フレンチ・ディスパッチ」の3つの記事を基にした映画”という、アンダーソン映画史上、最も込み入った設定の豊かな作品が出来上がった。見どころも盛りだくさんである。

「ニューヨーカー」の編集者、寄稿者達をモデルにした登場人物の数々

ビル・マーレイが演じる編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.のモデルは、「ニューヨーカー」の創始者にして初代編集長、バンカラな人柄でも知られるハロルド・ロスと2代目編集長の寡黙なウィリアム・ショーンである。五月革命のような学生闘争のリポートをする女性作家、フランシス・マクドーマンド演じるルシンダ・クレメンツは、カナダ出身でずっとパリに住んでいた作家のメイヴィス・ギャラントを下敷きにしている。日本では翻訳作がないに等しいが、ジュンパ・ラヒリやマイケル・オンダーチェがリスペクトをささげる作家なので、これを機会に注目されてほしい。ジェフリー・ライト演じるロバートローバック・ライトのモデルの1人は近年、改めて名声が高まっているジェームズ・ボールドウィンで、彼もフランスに暮らしていた頃があった。映画をきっかけに、「ニューヨーカー」の作家達の作品にあたってみるのもいい。

絶妙に黄金期の「ニューヨーカー」を再現した「フレンチ・ディスパッチ」の誌面

テキサス大学時代から、「ニューヨーカー」のバックナンバーを収集していたというウェス・アンダーソン。各話の冒頭に出てくる「フレンチ・ディスパッチ」の記事のイラストとレイアウトに、本誌へのオマージュが感じられる。特にエンド・クレジットに出てくる表紙の数々は、まさしく「ニューヨーカー」タッチ。ソール・スタインバーグ、ピエール・ル・タン、ジャン=ジャック・サンぺといった黄金期のイラストレーター達の表紙を思わせながら、決して安易なパロディには陥らない、そのバランスが素晴らしい。

ウェス・アンダーソン映画初登場組の俳優達

声の出演を含めると、これで9作目のアンダーソン作品の出演になるビル・マーレイ、久々にメインキャストに返り咲いたオーウェン・ウィルソン、脇を固めるボブ・バラバンなどのアンダーソン組とも言えるレギュラー俳優達に加えて、今回は意外なスター達が登場。意外な人選とアンダーソンの世界の思わぬケミストリーがおもしろい。第1話でワイルドなベニチオ・デル・トロ演じる無頼な天才画家モーゼス・ローゼンターラーと、ヌード・モデルになっても冷静そのものなミューズ、シモーヌ(レア・セドゥ)の組み合わせは、今までのアンダーソン映画にないほどセクシーだが、不思議に作品世界に合っている。ゴダール・タッチの第2話で学生闘争のリーダーを演じるティモシー・シャラメはハマり役だ。しかし彼の相手に、フランシス・マクドーマンドを持ってきたところがさすが。いつもの肝っ玉母さん的な役柄ではなく、シャネル・スーツを着てエレガントでアンニュイな女性作家を演じるマクドーマンドもいい。

パリのようでパリじゃない? 架空の都市アンニュイ=シュール=ブラセ

「フレンチ・ディスパッチ」に登場する街はいかにもパリらしいが、パリによく似た架空の都市であるというところがポイントだ。オーウェン・ウィルソン演じる記者が自転車に乗って取材する街アンニュイ=シュール=ブラセと、実際のパリの歴史を並べてみると興味深い。本物のパリにしてしまうと、彼のファンタジーをそこに組み入れることができないとウェス・アンダーソンは考えたのだろう。そこが第3話でのアニメーション部分などの飛躍につながっている。彼の“アンニュイ”は本物のパリ以上に、アメリカ人の憧れフィルターがかかったファンタスティックな幻のパリなのだ。

ジャック・タチの映画やヌーヴェル・バーグなど、フランスの名画へのオマージュ

シネフィルのウェス・アンダーソンらしく、今回もさまざまな過去作品のオマージュが見てとれる。編集部があるビルディングと自転車を使ったシーンはジャック・タチの映画そのもの。ティモシー・シャラメ主演の第二【2】話は、ゴダールの「中国女」(1967)「男性・女性」(1966)「女と男のいる舗道」(1962)といった作品群をほうふつとさせる。インスパイア元としてトリュフォーの「大人は判ってくれない」(1959)も挙げられていて、シャラメ演じるゼフィレッリ・Bのキャラクターの根幹にジャン=ピエール・レオーのイメージがあるのは明らかである。当然、重要なパリの作品としてアルベール・ラモリスの「赤い風船」(1956)の名前も挙げられる。そのほかジャン・ルノワールや、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ジャック・ベッケル、ジュリアン・デュヴィヴィエなど、アンダーソンが触発された作品から、彼のフランス映画への憧憬が見てとれる。

■フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊
公開:1月28日
公式サイト:『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

Edit Sumire Taya
Illustration Atsushi Toyama

author:

山﨑 まどか

コラムニスト。著書に「優雅な読書が最高の復讐である」「映画の感傷」(共にDUブックス)「ランジェリー・イン・シネマ」(blueprint)、翻訳書にサリー・ルーニー「カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ」(早川書房)、他。最新刊は三月に発売予定の「真似のできない女たち」(ちくま文庫)。

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