ニューヨーク拠点の写真家、佐藤康気が表現する写真表現の根底にあるもの

ニューヨークを拠点に活動を続けている写真家、佐藤康気。これまでにも幾度かの展示を東京でも行ってきた経緯があり、去る2021年12月に、渋谷の「THE PLUG」で写真集『NOSTALGIA』のローンチと展示を行った。事前に大々的な告知があったわけでもないのに、実に多くの人がエキシビションに足を運び、最終日前には用意してきた写真集がソールドアウトするほどの盛況ぶりだった。

その佐藤康気の写真と言えば、人物ポートレートが多く、私自身、そういった印象を強く抱いていたのだが、本展示では風景を映し出した写真が展示され、写真集にも(人影や人物を連想させるカットはあるが)ポートレートは収められていない。
本作は、NYがパンデミックの混乱にある渦中で制作をスタートさせたものだが、そこにはどんな思いが込められているのか。ひいては、佐藤康気が写真表現のルーツに感じているのは、どのようなことなのかを尋ねた。

パンデミックの渦中で挑んだ風景写真作品の制作

ーーニューヨークを拠点に活動されている佐藤康気さんですが、まずは渋谷で開催されたフォトエキシビション「NOSTALGIA」の話からお伺いしたいと思います。

佐藤康気(以下、佐藤):今回展示した作品は風景写真のみなんです。人物のポートレートが1点もないというのは初めての試みですね。展示を開催したきっかけは、写真集『NOSTALGIA』の制作が大きく関係しているんですよ。

ーー写真集を作ることになった経緯について教えてください。

佐藤:本作はParadigm Publishing(ニューヨークを拠点にするパブリッシングレーベル)と一緒に制作しました。このレーベルを主宰するセオフィロス(・コンスタンティノウ)とは知人のフォトグラファーを介して4、5年前に知り合って仲良くなり、いつか一緒に本を作ろうって話をずっとしていたんですね。そんなある日、彼が拠点をニューヨークから移すことになって、ニューヨークにいる間に僕の本を形にしたいと言ってくれたことで制作が実際にスタートしました。それが2020年の、まさにパンデミックの真っただ中のことでした。実際の制作期間は2021年まで続き、入稿のギリギリまで撮影を続けていました。

ーー佐藤さんの作品ではポートレートが多い印象なのですが、『NOSTALGIA』で風景をメインにしたのは、どういった理由があるんですか?

佐藤:セオフィロスが僕の写真を見た時に「ポートレートもいいけど、風景写真のほうが引かれるんだよね」って話をしてくれたんです。彼の視点から見ると、日本人である自分が捉えるニューヨークの景色、そこに映し出される色使いや構図、街中のディテールにおもしろさを感じてくれたんだと思います。彼が、そう感じてくれたことがすごく嬉しかったので、風景写真だけで作品を構成しようと考えるようになって……。「パンデミックになって人に会えなくなったから」ということは必然的にあったんですけれども、それだけが理由で被写体が変わったわけではないんですよ。もともと僕が撮影していた風景写真に、セオフィロスが魅力を見出してくれたことが、きっかけなんです。

ーー実際に風景を撮影していく過程で、自分の中に芽生えたことや、感じたことを教えていただけますか?

佐藤:2020年の前半は、人に会えずに家の中にいながら制作を続けなくてはいけない状態でした。当然、モチベーションも下がってしまいがちになるんですが、制作に向かう気持ちを高め続けながら撮影しなければならなかったわけですよね。それは、やはり孤独な戦いでした。これは写真家だけではなく、創作を行う人であれば全員が同じ状況だったと思うんですけど。

ーーそうですよね。誰もがパンデミックによる環境の変化に対応しなくてはいけない状況でした。

佐藤:その孤独や葛藤がある中で、何よりも原動力になったのは将来に対する希望だったと思うんです。特に去年は精神的にも、生活的にも極限の状態まで追い詰められていたんですが、こんなことで負けてたまるかっていう気持ちが、写真を撮る大きな原動力になっていたと思います。

ーータイトルでもある『NOSTALGIA』は、そのまま和訳すると“過去を懐かしむ心”といった意味になりますが、その思いは込められているんですか?

佐藤:今現在、昔のことを懐かしく思っている気持ちを表現したわけではなく、未来の自分が過去を振り返った時に抱く感情として、『NOSTALGIA』というタイトルを付けています。これから先、ポジティブな気持ちを絶やさずに写真を撮り続けながら、活動を積み重ねていくことの1つとして、今回の作品があるという感覚ですね。未来から見た今の自分の気持ちというのは、きっとすごく懐かしくもあるでしょうし、どんな時代であっても、写真を撮り続けていかなくては、先々に過去を振り返ることもできないじゃないですか。ある意味、自分の決意めいたものを落とし込んだタイトルでもあります。

光をテーマに新たなアプローチを表現した作品

ーー展示されていた作品の中で、写真の内容について、いくつか解説してもらってもいいですか?

佐藤:このマンハッタンの光景を写した写真は、本作のキーにもなっている作品です。これはコロナ禍になった時に、この環境で何を作っていくかを自分なりに考えていて、ふと家の屋上に上がってみようと思ったのがきっかけなんですよ。ちょうど日が落ちていくタイミングで撮影した1枚なんですが、精神的にもすごく助けられたというか……。あたりまえのことなんですけど、毎日変わらず日が昇って落ちていくんだなって根源的なことを感じたんです。これを撮った時に、もしかしたら毎日記録してもおもしろいんじゃないかと思って、毎日日が沈むタイミングで屋上から撮影することをルーティンにしました。

ーーそこから、ずっとマンハッタンを撮影し続けたんですか?

佐藤:そうですね。ただ、2週間ぐらい続けて、これのコンセプトは何だったのか? って悩んじゃったんですよ。それで、妻に「毎日撮ってるけど意味があるのかな」って相談をしたら「きっと撮り続けたらいつか発表する機会があるかもしれないし、私達家族の希望だと思って撮り続けたらいいよ」ってことを言ってくれて。そう言ってくれる人が自分の周りにいるのであれば続けていこうって思えました。救われたという意味で、この写真はすごく思い入れが強いですね。これを撮ってから、必ずしも特別な状況でなくても、自分が表現したいものを撮れるんじゃないか、むしろ写真表現としては、もっと幅広いことに挑戦できるんじゃないかって考えるきっかけにもなりました。

ーー他の作品について、印象的なもの作品を挙げるとすると、どの写真ですか?

佐藤:挙げるのであれば、この雨が降って水滴がついている窓ガラスの写真ですかね。これもマンハッタンの写真と同様に、定点観測的な撮影手法を用いたもので、今回の展示においては水のシリーズと、夕日シリーズがあるような感覚です。共通するのは光がテーマにあるということ。この2シリーズは、コロナ禍において、コンセプトを持たせた上で写真を撮るというアプローチで始めたことなので、自分の中でも印象に残っています。

ーーではここからは、佐藤さんが写真を撮り始めるに至った経緯について教えてください。

佐藤:元をたどると、東京工芸大学で写真を専攻していたんです。写真の道を志したのは、今となっては気恥ずかしいんですが、高校生の頃に観た映画『シティ・オブ・ゴッド』がきっかけで……。

ーー映画『シティ・オブ・ゴッド』は、主人公の役どころがフォトグラファーですよね。

佐藤:そうです。そこに憧れめいたものがあったんですよね。将来的にクリエイティブな仕事をやりたいと考えていたこともあって、その手段を写真にしたらおもしろそうだと思ったんです。

ーーニューヨークに拠点を移されたのは?

佐藤:20歳の時に、ニューヨークに住んでいた従兄弟を訪ねて行ったんですけど、JFKからマンハッタンに入って47丁目のブロードウェイ辺りでタクシーを降りた時に、街を見渡して衝撃を受けたんですよね。あの感動は今でも忘れられないんですけど、その瞬間に、ここ(NY)に住みたいって感じたんです。実際にニューヨークに渡ったのは2009年になります。

ーーそして現在もNY拠点で生活や創作をされているわけですが、今後もずっとニューヨークで活動されていくんですか?

佐藤:最初の頃は、こんなにも長くニューヨーク生活を送るとは考えていなかったんですよね。僕は東京生まれなので、当時は東京を拠点にニューヨークに行っているという感覚だったんです。それが、ニューヨークにいる時間が長くなって、生活の基盤ができあがっていくにつれ逆転していき、最近ではニューヨークから東京に来ているという感覚になってきたと感じています。自分の制作活動は1人ですべてが完結できるわけではなくて、自分の性格を理解して活動をサポートしてくれる人がいるおかげで、今こうしてやっていけているので、信頼できる仲間がいる限りは、もっといろいろなことを彼らと一緒にやっていきたいし、いられる限りはニューヨークを拠点に活動していきたいという気持ちです。

ルーツにあるのは街自体が持つ絶対的な魅力

ーーなるほど。では、今回の展示「NOSTALGIA」から少し離れますが、佐藤さんの写真のスタイルや、原点にあるものについて教えてください。2015年にはニューヨークのダンスクルー、We Live Thisを撮影した展示を現地で行われていますよね。

佐藤:そうですね。高校時代にダンスを始めて、そこからヒップホップやハウスといった音楽やカルチャーを知るようになっていったので、シンプルに憧れや好きなものを撮影する延長線上に、地下鉄で踊るWe Live Thisがいたという感じです。僕のルーツにあるのは、「都会」を舞台にすることで、それがその街にいるという1つの意味なんだと考えているんです。東京にしろニューヨークにしろ、街自体にすごく魅力を感じていて、そこで出会う人達や風景とセッションしたい気持ちは、常にありますね。

ーー展示を終えて、次に表現してみたいことや作りたいものはありますか?

佐藤:本作での風景写真は、評価していただけた方も多くいらっしゃったので、今後も続けていきたいことの1つになりました。人物を撮影することは、常に自分にパワーを与えてくれるので、今まで通り変わらずに撮り続けていくと思います。
実は今、ブロンクスにいるスケートクルーのドキュメントを撮りためているんですよ。もう2年間ほど続けていることなんですが、かなり写真がたまってきたので、写真集なのかZINEなのかわからないですけど、これも形にしたいと思っています。
将来の自分の目標としては、より作品のクオリティを上げていきたいと考えていて。具体的に言うと、フレーミングとプリンティングの技術をもっともっと上げていきたいと考えています。撮影することは、どれだけ自分が動いて撮りためていくかということだと思うんですが、それをアウトプットするときの過程にもこだわっていきたいということですね。

ーー写真以外で自分を表現したいとは考えないですか?

佐藤:今のところはないですね。僕は1枚で表現できるというところに、写真の魅力を感じているんです。例えば映像であれば、前後のつながりの連続性があって成立していますよね。でも、写真は観た人が前後の物語を自由に想像したり感じたりすることができるものだと思うんです。そこにロマンを感じているからこそ、写真表現をもっと突き詰めていきたいと考えています。

佐藤康気
2009年よりニューヨークを拠点に活動を続けている写真家。2016年に写真集『99¢ CITY』、2019年に『fragile』を発表。2021年11月には、ニューヨークの「MAST BOOKS」にて写真集『NOSTALGIA』のローンチと写真展示を行う。その後東京では、「THE PLUG」にて、同作品のローンチと展示を行った。
Instagram:@kokisa10
https://paradigmpublishing.co/products/nostalgia-koki-sato

Photography Yuta Kato

author:

田島諒

フリーランスのディレクター、エディター。ストリートカルチャーを取り扱う雑誌での編集経験を経て、2016年に独立。以後、カルチャー誌やWEBファッションメディアでの編集、音楽メディアやアーティストの制作物のディレクションに携わっている。日夜、渋谷の街をチャリで爆走する漆黒のCITY BOYで、筋肉増加のためプロテインにまみれながらダンベルを振り回している。 Instagram:@ryotajima_dmrt

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