対談〈佐久間裕美子 × Z世代〉 「Z世代の一部であってZ世代の代表ではない」能條桃子——前編

カルチャー、ライフスタイル、ファッション、社会運動など幅広いジャンルの執筆活動をし、著書『Weの市民革命』では若者が率先する「消費アクティビズム」のあり様を描いたNY在住の文筆家、佐久間裕美子。キラキラした世代と描かれることも多い一方、気候変動や所得格差など緊急の社会イシューとともに生きるZ世代についての解説を求められる機会が増え、それなら本人達の声を聞き、伝えたいと考えるに至ったことで持ち上がった〈佐久間裕美子 × Z世代〉の対談企画。

第2弾の対談相手は、NO YOUTH NO JAPANの代表理事を務める能條桃子。国政・地方選挙の投票率向上施策や政治家と若者の対話の場づくり、イベントなどを行っている。今回の対談は、前・中・後編の3回でお届けする。前編は能條が政治に興味を持ったきっかけから、大学におけるジェンダーバランスなどについて。

政治的意識の芽生え

佐久間裕美子(以下、佐久間):私自身はいわゆるX世代で、若い頃は特に「こんな長い期間に生まれた人達とひとくくりに言われてもな」と、違和感を持っていたこともあるんだけど、一方で世代として見た風景には共通項があって。(能條)桃子さんはZ世代と言われることについてどう感じている?

能條桃子(以下、能條):世代で区切れないことのほうが多いんじゃないかなと思います。でも、世代で区切りたくなるメディア側の気持ちもわかる部分があるというか、理解できないものにラベルをつけることによって、それを理解しようとしているんだろうなと感じます。ただ、そうやってラベリングしてしまうことの弊害もあると思っていて。例えば、自分はZ世代のごく一部であってZ世代の全てではないので、私が“Z世代の代表”として取り上げられるのには違和感があります。私のことを見て「最近の若い子はこうなんだ」って思われるのは嫌ですね。

佐久間:Z世代は政治的にアクティブ、という通説があるけれど、みんなが政治的にアクティブというわけではなくて。でも桃子さんは、U30(アンダー30)を盛り上げたいという気持ちもあるじゃない。活動するにあたっては、世代というバナーは有効性があると感じている?

能條:23歳の私が今の社会を見ると、人生のフェーズによって必要とする公共サービスが違ったり、今後何年生きるかの想定によって見える「これから」が違ったり、生きてきた時代背景によって感覚が違うことが多分にあるということを感じます。そういう意味で、なんだかんだ“世代”というのは有効性はあると思うんですよね。NO YOUTH NO JAPANが運営している「U30世代のための政治と社会の教科書メディア」と名付けたInstagramメディアも、世代間でピンとくるものにずれがあるんじゃないかなと思って、自ら世代を区切って始めました。

日頃、私達が接するマスメディアって、もちろん現場の記者に20代の方はいるけど、意思決定を担っているのは基本的に50代あたり、しかも男性であることが多いじゃないですか。その単一的な目線で切り取るニュースの伝え方とか、これが大事なんじゃないかという提起とかって、同じ目線を持っている人達には響くけど、私に響くかというとそうではない。そういう意味では、当事者達が世代を区切ることと、「自分達にはない考え方の人達だから」ってラベルをつけてっていうのはちょっと質が変わってくるかなとは思いますね。

佐久間:桃子さんは政治的な意識が芽生えた一つの理由として留学経験があったと思うんだけど、それ以外にも、子供時代に政治に関心を持つきっかけって何かありましたか?

能條:もともと政治に対して人より良いイメージがあるのは、小・中学生の時に地域のボランティアとかをやっていたからだと思います。小学生の時に、神奈川県平塚市の「こども議会」という、夏休み何日間か市庁に集まって平塚市の問題を書いて議会で読んでみるみたいなワークショップに参加したことがありました。

中学1年生の時には姉妹都市だったアメリカの市にホームステイに行って、当時の市長が女性で、それまで身近な女性は「専業主婦」か「学校の先生」しか知らなかったから、「こういう人もいるんだ!」みたいな発見があって。そういった経験もあって、なんとなく政治に対するイメージは良かったです。

でも直接的に問題意識を持ったのは、高校受験でした。中学まで地元の公立校に通っていたんですけど、高校から東京の、いわゆる超進学校と呼ばれる私立の中高一貫校に入学しました。その学校は高校から入学する生徒が少なく、私が中学まで見てきた常識とは違う社会がそこにはあって。例えば中学の頃は、隣の席の子が生活保護を受けているとかが当たり前にありました。そういった中で私はたまたま家庭環境が恵まれていたし、勉強も好きだったから私立の中高一貫校に入れたんですけど、他の人が頑張っていないから良い学校に行けないわけじゃなかった。

それで高校生になって自分がいざその競争社会に入ってみると、自分のことしか考えられなくなるし、小さい頃から私立に通った子と常識が一致しなかったり、そもそも彼女らは中学まで私の周りにあった世界を知らなくて、「そんな人と出会ったことがない」「本当にいるの」という感じで。やはりそこで、生まれた家庭によってかなり教育格差があるっていうことに気づきましたね。

次は大学ですね。高校は女子校だったけれど、大学の経済学部には女子が2割弱しかいないほぼ男子校みたいな環境で。男子の同級生が「結婚は専業主婦としたい」と言ったり、学校も「女子学生は子育て支援がちゃんとしている会社に入ることが大事だから」とか言ったりして。「いや、それは男子にも言えや!」って思いますよね。そういうことを見聞きするうちに、「え、このままでいいの?」っていう日本社会に対する問題意識みたいなものが募っていきました。かつ、自分はせっかく大学に入れているわけだから、こういった状況を変えるために何かしたいという気持ちもありました。

そんな時にたまたま選挙事務所での2週間のインターンを見つけて、大学2年生の秋にやってみたんです。それが結構大きく変わるきっかけでしたね。正直、当時は、各政党の違いもそこまで分かっていたわけでもなく、政治に対して強い問題意識を持っていなくて、いわゆるノンポリですよね。社会に問題意識はあるけど、でも政治の中のことをあまり知らない状態でした。

選挙事務所でのインターン中は、SNSの運用とか、ビラを配ったり電話かけたりいろいろしたんですが、活動中は本当に高齢者にしか出会わなかったんですよ。外でマイクを持って喋ってると声をかけてくれるおじいちゃんがいたり。2週間で私のこと覚えてくれる人はたくさんいたのに、おじいちゃん達に囲まれてもしょうがない。候補者は30代で、「子供の将来のために」って言っていても、当選するためにはやっぱり「高齢者のために」って言わざるを得ない。間近で見ていて、それまでは政治家が悪いって思っていたけど、これは候補者を取り巻く環境が高齢者に向くようにさせてしまっているのではないか、という点に気がついて。政治そのものよりも有権者に問題意識を持ちましたね。そこから、政治文化、政治参加、社会運動に関心を持つようになって、デンマークが投票率80%以上、かつ若い人の政治参加が盛んだということを知って留学するに至りました。

大学におけるジェンダーバランスについて

佐久間:私が桃子さんと同じ大学(慶應義塾大学)に通ったのは、1992年から1996年までだったんだけど、その頃から「経済学部は女性が2割」という状況ってほぼ変わってないんですよね。私はその後、アメリカに行ってしまい、なんとなく良くなっているのではないかという幻想を抱いていたけど、この何十年かの間に何にも改善できてなかったんだ、という衝撃があって。これって、そういう文化が脈々と醸成され続けてきたってことだよね。

能條:そうなんですよね。社会全体で言えばきっと緩やかに変わってきているとは思うんですけど、いわゆるエリートを育てるような社会の上澄みだけを見るとそうでもない気がします。なんで慶應の経済学部に男性が多いかって、慶應義塾の内部の男子校から3〜4割ほど学生を入れているから、固定でそこは男子って決まっちゃっている。学校がもし男女比を根底から覆そうと思ったら、中高の受験でいれる人数から変えないといけない。けれど結局、慶應は男子学生ばかりを育てることをやめてないし、“男子校の良さ”みたいなものを信じている状態。8割男子2割女子の中でも、ほとんどが別学の付属校出身なんですよ。中高一貫の女子校、男子校の出身者ばかりで、そこで育った人達が社会に出て、「(別学にも)なんだかんだ良さがある」って思いながら、同じシステムを作っている。

佐久間:例えば経済力がないために、女性が自分の意思で離婚をしたい時にできないという状況がよく起きていて。そういう世界を見ていたから、私にとっては自分が経済力をつけることって必須条項だったんだけど、当時そんな考えは相当マイノリティだったと思う。私のいた環境では、求められて専業主婦でいるっていうことが“女性としての幸せ”って本気で思ってる人達が大半だったんですけど、そういう感じはある?

能條:これまで経済が悪くなる一方の中で生きてきたから、性別問わず専業主婦になれるとは思ってない気がします。「専業主婦が良いな」ってポロッと言っちゃう人達も、「まあでも心配だから一応働いてほしいしな」「でも(給料とか地位とかでは)俺より上にはいてほしくない」みたいな。ただこれに関しては、活動していく中で自分自身にもジェンダーバイアスがあるって気づくことがあるんです。例えば、なんだかんだ付き合う人は自分と同じか自分より上が良い、みたいな。なんとなく女子がちょっと下の方が良いみたいなのを、意外と受け継いじゃっている。向こうが嫌がるからっていうのもそうだし、「正直そうじゃないとダメな感じしちゃうよね、なんでだろうね」、みたいなことを同じ大学の友達と話したりします。「別にすごい嫌なわけじゃないんだけどね」、みたいな。

「自分は間違わない」って前提を持ち始めると危険

佐久間:円滑なコミュニケーションをする上で、だよね。なんかそれって、収入だけじゃなくて、背丈とかでもあるじゃない。男のプライドみたいなものを尊重するほうが恋愛はうまくいく、みたいな話だと思うんだけど、そういうのって、気が付いた時にはハッとなるわけ?

能條:やっぱり植え付けられてるし、一瞬の判断の時に気づけないですよね。かつ、気づいてハッとした時に、それを良くないものだから変えなきゃいけないのかって言われると、それに気づいているだけで良いのかなって思っています。確かにこれが社会問題の構造の根幹だと言われればそうなんだけど、でも例えば恋愛してる時に、いちいち「ああこれは刷り込まれてきた社会の構造を踏襲してしまってる」とか考えてられないなって思うから。

ただ、自分が森喜朗みたいになるのはすごく怖いです。今はこんなに自分が正義かのように「この社会おかしい!」って言っているけど、それでもそれは私が見えている範囲でしか言えてないし、自分の中のバイアスに気づくことだってある。自分が知らない話で誰かを傷つけてしまったりした時に、今は「なるほど」って素直に受け止めて「知らなかった」って言えるけど、これも今後言えなくなるなって思っていて、言えなくなった時が怖いですね。

あともう一つ。今の私は、まだ感覚でそういった間違いに気づけていて、例えば私が友達に何か間違ったことを言っちゃった時に、ちょっと嫌な顔をされて、「今のごめん、言い方が悪かったね」って、その体験の中で「あっ! 違ったんだ」って気づくことができる。最近だと、「彼氏いるの?」って聞いちゃった時に「彼氏じゃないんだけどね」って言われて、「ごめんごめん」って返す。この一連の流れって、体験の中だったから次からは必然的に直せるけど、でも「最近はLGBTQというものがあり……」みたいに座学的なインプットから入ったら、きっと、直すというか、理解したりするのは難しいだろうなって思ってしまって。私は今まで感覚でしか学んでこなかったなって思うと、それはすごくありがたいことだけど、知性や理解で、脳を使ってアップデートすることができる人間にならなきゃいけないなと思います。そうしないと森喜朗と同じになっちゃうから。

佐久間:多分ならないから大丈夫(笑)。

能條:やっぱり年々、自分の知らない何かを理解することが難しくなるのはそうなんだろうなって思います。

佐久間:48歳の自分が今果たして大丈夫なのか、ちょっと怖いって思いつつも、知りたいと思い続けてればなんか大丈夫な気もするけど。

能條:それでも「自分は基本的には間違うはずがない」って前提を持ち始めると危険だなって思います。

佐久間:そうだね。絶対に間違うから。私も間違え続けてるから。でも間違えることって自分にとってすごく大切な気がするし、「間違ってるよ」って言ってくれる人がいるっていうこともすごく大切だと思う。でもそれを不快、不愉快、不安に感じてしまうとダメだろうなとは思うよね。教えてくれてありがとうってスタンスね。

能條:言えなきゃいけないですよね。

佐久間:そうそう。

能條:今団体をやっていて、最初は同い年で始めたけれど、徐々に後輩が入ってくるじゃないですか。私の代は社会人になるから、中心のメンバーの年が私と離れてきていて。「もしかして前より指摘し合うのが難しくなってるかも」って感じます。そういうのも同じなんだろうなあって。

佐久間:そういえば気候変動について活動している若いグループに、グループ内で自然発生する権力勾配みたいなものをどうしたら良いかを聞かれたことがあって、例えば司会とか、やっぱり年下の子がマイクを持ったほうが良いんじゃないかなって答えたことがあって。年功序列って日本の特殊な構造問題じゃない? 終身雇用は破壊されたけど、同時に年功序列は破壊されなかったから、ただ長くいる人がいまだに権力を持たされてるってところがある。でも例えば桃子さんを登用する年配が現れたり、ちょっとずつその構造も変わっている気はするんだよね。その変化が一部の人だけに偏らずに、どこに行っても幅広い年齢の人がいるっていうのが理想かと思うんだけど。

就活におけるジェンダーギャップ

佐久間:ちょっと話を戻すと、桃子さんは大学院に進学する前に、同学年が就職活動しているのを見たわけだよね。私が大学を卒業した時に、例えばゼミとかクラスとかで一番優秀だったのは女性だったのに、その人達は就職戦線でことごとく惨敗して、全然勉強してない、体育会にいたような人とかが華々しい職業に就くっていう衝撃的なさまを見たんだけど、就活におけるジェンダーギャップみたいなものはどうだった?

能條:それで言うと、私の周りでは、皆それぞれ苦労はあるけど、女性だからという理由で大変な思いをしている友達は少なかったと思います。真面目に就職活動をするし、企業側も男女比を考えなければいけないプレッシャーが基本的にはあるから、強く「働きます」っていうタイプは結構受かっていた印象ですね。ただそれは、それこそ上澄みにいるからって言うのはあるかもしれない。もしかしたら、例えば私の友達は「きっとこの子は子供を産んでもまた働き続けられるだろうな」って思われるような人が多くて、でも「家庭も大事にしたいし」みたいな子達がどういう結果だったのかはあまりわからないですね。私は逆に、女子にだけ子育てとか介護とかと両立することを想定して会社が言ってくる感じが耐えられないんですけど、それをありがたいと思える人は割といける感じはあるかも。

佐久間:なるほど、そうだよね。私は就職しなかったけど、当時は女性が入りやすい、働きやすいのはメーカー、というような固定概念もあったし、IT企業やスタートアップの概念が生まれる以前の時代だから、そういう意味では進化しているのかもね。

中編に続く

能條桃子(のうじょう・ももこ)
一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN代表理事、慶應義塾大学院生、ハフポスト日本版U30社外編集委員。デンマーク留学中に現地の若者の政治参加の盛んさに影響を受け、選挙や政治を分かりやすく伝えるInstagramメディア「NO YOUTH NO JAPAN」を立ち上げ、若者の政治参加を促す団体NO YOUTH NO JAPANを設立。国政・地方選挙の投票率向上施策や政治家と若者の対話の場づくり、イベント実施などを行う。慶応義塾大学大学院で学びながら団体の代表理事を務め、社会問題について意見を発信する。近著に『YOUTHQUAKE:U30世代がつくる政治と社会の教科書』(よはく舎)。

Photography Kyotaro Nakayama
Text Nano Kojima

author:

佐久間裕美子

文筆家。1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に「Weの市民革命」(朝日出版社)「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)、「My Little New York Times」(Numabooks)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。慶應義塾大学卒業、イェール大学修士課程修了。2020年12月に「Weの市民革命」を刊行したのをきっかけに、コレクティブになったSakumag Collectiveを通じて勉強会(Sakumag Study)、発信(Sakumag Stream)などを行っている。Twitter:@yumikosakuma Instagram:@yumikosakuma

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