連載「クリエイターのマスターピース・コレクション」Vol.5 音楽家・石橋英子の“音楽機材とぬいぐるみ”

音楽家、シンガー・ソングライターとして6枚のアルバムを発表する傍ら、映画や舞台の音楽制作を行い、演奏者としても多くの作品に参加してきた石橋英子。近年では、米・アカデミー賞にもノミネートされた映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を手掛けたことや、「星野源バンド」への参加でも知られる。“ミュージシャンズ・ミュージシャン”である彼女が愛用する機材のこと、そして幼少時代から肌身離さず持っているというぬいぐるみについて話を聞いた。

海外にも連れていくぬいぐるみ達は、お守りのような存在

--石橋さんの愛用品について教えてください。

石橋英子(以下、石橋):ぬいぐるみはいつも一緒にいて、海外に行く時も必ず持っていきます。左の子は、モシモシさんという京都の人形作家さんのもので、右の子はどうやって見つけたのか覚えていないくらい昔から持っているもの。お守りのような感覚があって、手元にあることで少しピリッとするというか、ちゃんとしなきゃという自制の気持ちが持てるんです。

--それは、昔から同じ感覚ですか?

石橋:子どもの頃はただ一緒に眠りたいとか、そういう感じだったと思うんですが、大人になってからはこの人達に守ってもらってるようなところもあって。以前、ポルトガルのリスボンにあるライヴハウスに忘れてきたことに気が付いて、相当動揺した時もありました。でも、そのライヴハウスの人がとても大事に扱ってくれて、移動先のベルリンまで送り届けてくれたんです。こういうものを大人になっても大切にするということを馬鹿にしない人で、本当によかったなと(笑)。

--そういうものって子どもの頃は誰しもあると思うんですが、いつの間にかなくなってしまったりするので、ちゃんと残っているというのが素敵です。

石橋:そうですね。ジム(・オルーク)さんもずっとぬいぐるみを持っている人なので、そういうところは共有できる部分です。家にはジムさんのぬいぐるみもあるし、私がどこかで拾ってきたぬいぐるみ達もいます。なぜか、歩いているとよく捨てられたぬいぐるみに遭遇するんですよ(笑)。去年も2人くらい拾ったので、お風呂に入れて、家に置いています。

--ぬいぐるみって生き物ではないけれど、ただの「物」でもない、不思議な存在ですね。

石橋:そうそう。だからといって魂が宿っているとか、そういう感じでもないんです。それは私達の心の中の、勝手なものだったりもするから。でも、私にとってはなくなると自分自身もちょっとぐらつくような感覚になる、そういう存在です。機材と一緒に荷物に入れて、いつも持ち歩いています。

シンプルでおもしろい音楽機材に出会うたびに、作品が生まれる

--愛用の音楽機材についても聞かせてください。

石橋:HOLOGRAMの「INFINITE JETS RESYNTHESIZER」は、最近の作品では必ず使っているエフェクターで、ほとんどシンセみたいなもの。ピアノやフルートの音などを機材を通すことで少し歪ませたり、変化をつけたりします。私は音楽をやっているくせに、音に驚いたり苦手に感じることも多いんですが、このエフェクターは自分の音嫌いを和らげてくれる大事なもの。なんだか蜃気楼のような、霧の向こうで鳴っているような音になってくれて、そこが好きなんです。

--いつ頃から使っているんですか?

石橋:これ自体は2年前くらいからですが、エフェクターを使うようになったのは15年くらい前かな。YouTubeとかでデモ演奏しているのをチェックして、自分のやりたい演奏や楽器に合いそうだなと感じたら買うようにしています。ただ、大体デモ演奏はギターを使っていて、フルートを使ったらどういう音になるかっていうのは未知数だったりするので、それがおもしろくて買っているところもあるかもしれないですね。

--もう1つは、レコーダーですね。

石橋:これは2017年にジョン・ダンカンというアーティストとツアーをしている時、ハードオフで買ったもの。「ソニー」の「PCM-M10」という古いモデルではあるんですが、未だに名機といわれているレコーダーです。一緒にツアーをまわっていたドラマーのジョー・タリアさんに、「これは安いから買ったほうがいいよ」と勧められて、確か¥10,000しなかったんじゃないかな。ツアーの目的の半分はハードオフかもしれないっていうくらい(笑)、地方に行ったら必ずチェックしています。

--これは、いつもどういう時に使うんですか?

石橋:例えばライヴハウスの換気扇が変な音を出していたり、街でおもしろい音が鳴っていたら、録音してデータをためておくんです。それをあとで作品の中で使ったり、その音でリズムを作ったりするので、すぐ録れるよう常に持ち歩いています。

--街のスナップみたいな感じでおもしろいですね。

石橋:そうですね、素材集めみたいな感じです。子どもの頃からラジオを録音するのが好きで、ラジカセを2つ並べて外の音を混ぜて録ったり、テープからテープに録音したりしていました。外にあるノイズと音楽を混ぜるっていうことが、自分の中で心地よいものとして定着していたというのはあるかもしれません。

--実際に、このレコーダーを使っている作品について教えてください。

石橋:Bandcampでリリースしているものに関しては、けっこう使っていますね。最近『For McCoy』というアルバムを出したのですが、それは熱海の商店街のスピーカーから流れていた音楽を録音して使いました。古いスピーカーから流れているちょっとこもって歪んだ音は、他にないものですよね。

そんなふうに思いつきで録音したものでも、たいていきれいに録れていますし、操作も簡単で使いやすいんです。私は複雑な機材よりも、シンプルでおもしろい音づくりができるものが好き。機材を1つ買ったら、いじったり遊んだりしているうちに形になってくるので、作品ができたらBandcampでリリースするという感じです。

映画を観る時間がなかったら、音楽をやめていたかもしれない

--外で聴こえてくる音と、音楽というのはすっと馴染むものですか?

石橋:もちろん音量やバランスなどもありますが、自分の中では、混ざらないものはそんなにないんじゃないかなと思います。最近、映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当したのですが、劇中では車や船などの外の音がすごくきれいに録音されていたので、それを中心に考えていったんです。映画の中で録れている音がメインで、音楽は添えるだけでいい、という感覚でできました。

私は出身が千葉県茂原市で、実家の近くに工場がたくさんあったりしたので、そこから聴こえてくる音が、自分の中では1つの音楽として存在していました。一定のリズムの機械音やノイズみたいなものを日常的に聴いていた経験が、音楽を作る時の基盤としてあるのかもしれないですね。

--『ドライブ・マイ・カー』の劇中では、“音楽を意識させられる瞬間”というのがなかったんです。でも確実に、石橋さんの音楽があるから映画が完成しているという感覚はあって、これが映画音楽なんだと感じました。

石橋:それはよかったです。濱口竜介監督からは特に具体的なリクエストはなかったのですが、「これは違う」という判断をはっきりしてくださる方でした。映画や舞台の音楽を作る時は、作品の核になるもの、軸になるものから外れたくないという気持ちが強く働くので、そういうクリアな判断にすごく助けられましたね。

--石橋さんは昔、映画館でアルバイトをしていた経験もあると聞きました。映画は、石橋さんの音楽づくりにとって欠かせないものですか。

石橋:そうそう、ずっと前に渋谷Bunkamuraのル・シネマで働いていたんです。当時は上映のたびに肉声でアナウンスをしなきゃいけなくて、滑舌が悪かったり言い間違えたりして、とても大変でした(笑)。私は音楽よりも映画の方が好きかもしれないっていうくらい、映画を観ている時間が長いんですよ。1日に少なくとも1本は観るので、日常生活の一部になっています。映画の時間があることでリフレッシュできて、気持ちを切り替えることができるので、それがなかったら音楽をやめていたかもしれません。1日かけてもいいものができなかった時などに、それを一旦忘れさせてくれるような存在でもあります。

--何かを作る人にとって、そういう存在は大きいですね。

石橋:仕事場にも大好きな『刑事コロンボ』のピーター・フォークのポスターを飾っているんですが、作業中にぱっと見上げると「まだダメでしょ」と叱咤激励されているような感覚になるんです。「もっとちゃんとやんなさいよ」っていつも鼓舞されている気がして、「はい、頑張ります」と(笑)。これからも自分の頭の中で描いているものを、いろいろな楽器で演奏して、形にしていけたらと思っています。

石橋英子
千葉県出身、日本を拠点に活動する音楽家。電子音楽の制作、舞台や映画や展覧会などの音楽制作、シンガー・ソングライターとしての活動、即興演奏、他のミュージシャンのプロデュースや演奏者として数多くの作品やライヴにも参加している。近年では劇団マームとジプシーの演劇作品や、アニメ『無限の住人-IMMORTAL -』、映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。ピアノ、シンセ、フルート、マリンバ、ドラムなどの楽器を演奏する。2022年の最新作はBlack Truffleよりリリースされた『For McCoy』。

Photography Shin Hamada
Text Mayu Sakazaki
Edit Kei Kimura(Mo-Green)

■石橋英子 BAND SET with ジム・オルーク、山本達久、マーティ・ホロベック、藤原大輔、松丸契
日時:4月13日、14日
会場:ブルーノート東京
住所:東京都港区南青山6-3-16
時間:1st/17:00(オープン)18:00(スタート)、2nd/19:45(オープン)20:30(スタート)
入場料:¥7,000
チケット: http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/eiko-ishibashi/

日時:4月22日
会場:ビルボードライブ大阪
住所:大阪府大阪市北区梅田2-2-22 ハービスPLAZA ENT B2
時間:1st/16:30(オープン)17:30(スタート)、2nd/19:30(オープン)20:30(スタート)
入場料:サービスエリア¥7,000、カジュアルエリア¥6,500(1ドリンク付き)
チケット: http://www.billboard-live.com/pg/shop/index.php?mode=top&shop=2

日時:4月23日
会場:radi cafe apartment
住所:三重県四日市市諏訪栄町1-6
時間:17:00(オープン)18:00(スタート)
入場料:¥4,000
チケット: http://radicafe.blogspot.com/2022/02/band-set-live.html

出演 :石橋英子(ピアノ、シンセ、フルート、ヴォーカル)、ジム・オルーク(ギター)、山本達久(ドラムス)、マーティ・ホロベック(ベース)、藤原大輔(テナーサックス、フルート)、松丸契(アルトサックス、フルート、クラリネット)

Drive My Car Original Soundtrack (with bonus tracks)

■Drive My Car Original Soundtrack (with bonus tracks)
https://ssm.lnk.to/DMCOSwbt

CD ¥2,750
LP(初回限定生産商品)¥3,850円

Official Audio
https://youtu.be/Sp3GQ_3eg10

Drive My Car (Kafuku) Official Music Video
Starring Toko Miura
Direction & Edit Ryusuke Hamaguchi
For McCoy

■For McCoy
LP Now on Sale

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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