アーティスト・obが語る“萌え”の感情と思春期の不確実性に秘められた自己変革のエネルギー

埼玉を拠点に活動するob(オビ)が昨年11月にニューヨークで初の個展を開催し、ギャラリー「ペロタン」の2階に純粋で異世界的な雰囲気が吹き込まれた。アートシーンの最先端のギャラリーの1つである「ペロタン」はニューヨークのローワー・イースト・サイドに建つ一見殺風景なコンクリート打ちっぱなしの“ブルータリズム”の建築物だ。数ヵ月ごとに、「ペロタン」では3つの展示会を一度に開催される。昨年11月にはobの個展「Your, My, Story」が開かれ、ファッション関係者やインフルエンサー等の他、純粋にobの作品にインスパイアされているキッズで賑わっていた。また、会場のフロントには、祝いの華やかなブーケが飾られていた。中でもひと際目を引いたのは、obの創造の源でもある「カイカイキキ」を率いる村上隆のサインつきカード付きのブーケだった。

「思春期の不確かさの中に秘められた自己変革のエネルギーは、他人と向き合う勇気を与えてくれる」

「Your, My, Story」では、obのキャンバスや紙にパステルカラーの色鉛筆で描かれた絵画などを含む新作が幅広く展示された。本展覧会は、ニューヨークで開かれた彼女の最初の包括的な展覧会であるとともに、アーティストとしてのデビューから10周年を迎えた祝いでもあった。アーティストのキャリアを歩む中、彼女は独自の観点からスタイルを確立させてきた。自身の文化的経験から生まれた、柔らかい背景に描く大きな目をした天使のような今仏像について、彼女は「船」または「パペット」と呼び、「異次元の空間からのメッセージを届けてくれる」と語る。

2006年からobは絵画に取り組むようになり、SNS黎明期にpixivなどのネット上のプラットフォームに作品を投稿してきた。当時、SNSを通じて美術作品を披露しあい創造的なコミュニティーを形成しつつあったニューウェーブのグループは「SNSジェネレーション」と呼ばれていたが、京都芸術高等学校を卒業した2010年に、obはすでにSNSジェネレーションのアーティストとして注目を集める存在となっていた。同年、活動を始めたばかりのobはともに活躍するSNSジェネレーションのアーティストを集めたグループ展「wassyoi」をキュレーションした。「wassyoi」は世界中のアートファンや業界関係者から注目を集め、現在につながるobのスタイルの華々しいデビューの場となった。

しかし、obの作品は、その時々に合わせて時間や場所に溶け込む能力を超越している。デリケートで意図的なディティールからなる世界観は、幅広い層から共感を得るようになった。彼女の描く人物は、ミステリアスな乳白色のオーラに包まれ、人々を魅了する。また、鑑賞者が自身を投影させたいと思わせる。たまにアニメや漫画のキャラクターと比較されるが、ポップカルチャーとして評価されることの多い作品は、何よりも社会的なメッセージを発信している。そして、彼女が描くキャラクターは、偏在する思春期の迷いを可視的に表現しているともいえる。メールを通して、obは「“萌え”や思春期の不確実性は、思春期そのものよりも、作品に不可欠なコンセプト」と明かし、「日本のオタク文化を象徴する言葉である“萌え”という感情は、私達の成長のどの段階にも光を当ててくれます。思春期の不確かさの中に秘められた自己変革のエネルギーは、他人と向き合う勇気を与えてくれると信じています」と語る。

「不確実性」とは、宙ぶらりんの場所を示している。つまり、未知ということはそういうことである。obはこのエネルギーを抱きながら、デジタルなインスピレーションとオイルペイント等のアナログの画法をバランスよく組み合わせたアプローチをしている。「私は常に矛盾の中で作っています」と、obは続ける。「矛盾した考えを持つことで人生に活力が与えられます。デジタルなインスピレーションを心地よく感じるからこそ、実在のマテリアルや具現化されたものに刺激を感じてしまうのです。都会の生活に疲れた人々が田舎暮らしに憧れを抱くように、手先を動かしながら大量の情報を得ることができるデジタルな世界と、体全体を動かし画材を駆使しながら作る絵画で表現することの2つを行き来しています」。

「多様性への評価が急速に広まっている。昔話を振り返る事により、我々は何か見出せるのではないか」

ギャラリー「ペロタン」の壁に飾られた作品を見渡すと、鑑賞者それぞれの物語に即した幻想的な夢風景が描かれているようだ。ベルリンや台北での展示会でアレンジされていたように、シーンを詳細に描いたり、はっきりとしたアクセントを取り入れてみたり、ニューヨークでの展覧会のように親密性を秘めるなど、実にさまざまな試みを行っているが、彼女は単純に人々が必要としているツールを与えているだけなのだ。obは「多様な意見がスリリングに拡散し、果てしなく増え続ける人々のコミュニケーションにより、現代文化が急速に変革している」とメールに記した。また、「これらを楽しみながら、時を超越するような作品を生み続け、そのプロセスを通して視点を広げていきたい」と語った。

「世界各国に存在し、互いに似た神話や民話に惹かれます」と、彼女は続けた。「その中でとくに、人間と動物が結婚するという話のジャンルに興味を持っています。古くから、別々の種類の存在同士が結婚することで大きな波紋が起こるという事をこれら物語は私たちに伝えています。人間と動物の結婚の話を精神分析的に人の心の中のざわつきを描いていると捉えるならば、我々の精神の奥深くにもう1つの何かが存在しているという事になる。現在、多様性への評価が急速に広まっています。昔話を振り返る事により、我々は何か見出せるのではないかと私は思います」。

「Your, My, Story」は、人々が実際につながるための努力から派生したといえるだろう。obはニューヨークのデビューについて、「村上(隆)さんがキュレーションし、パンデミック中に世界各国の「ペロタン」で行われたグループ展「Healing」があったからこそ実現した」と説明した。「コロナウィルスにより新しいライフスタイルの強制、何かを失う感覚や身を持って感じることにおいて、人々の間に同じ気持ちが芽生えたように思います。ニューヨークは100年以上かけて、このような難題を超えてきた歴史があり、さまざまな背景を持つ者同士が共存し続けている街だと思います」と結んだ。

これまで刻まれてきたミクロレベルのトラウマを乗り越えるために必要なティーンエイジャーの頃の感情

世界はパンデミックから少しずつ回復しようとしているが、それ以上に人はこれまで刻まれてきたミクロレベルのトラウマを乗り越えようとしている。生きるということは“萌え”と深く結びつく。なぜなら、人々は心の奥深くで迷えるティーンエイジャーの頃の感情を抱くことがあるからだ。obは可能な限り柔らかく心を揺さぶり、我々を静謐な希望へと優しく導いてくれる。

「人々がそれぞれの物語を展開できるよう、絵画に想像が入り込める余地を残すようにしています」に続くように、次のようにインタビューを締めくくっている。「この個展を開催している間、私の絵画を通して子どもの頃の体験を思い出した、という声を何度か聞きました。その時にその方々の心の奥深いところとつながることができたと思いました」。

彼女は引き続き絵画の深みを探求していくと誓い、2022年2月9日から「ペロタン東京」で開催されるタカノ綾や大谷工作室などによる作品も展示されるグループ展「Head in the Clouds」に展示する新作を含め、これからの作品に思いを引き継いでいく。

ob
1992年生まれ。大学生当時、学校の所在地である京都を中心に活動し、イラストコミュニケーションサービスpixivで同世代の作家にコンタクトしてキュレーション展「wassyoi」を開催。2013年には「シュウエムラ」とコラボレーションを行った。2020年に、「neo wassyoi」(Hidari Zingaro)、「Healing」(エマニュエル・ペロタンギャラリー・ソウル)を開催。昨年の11月にニューヨークで初の個展「Your, My, Story」を開催した。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

ヴィットリア ベンジン

ブルックリンを拠点とするアートライター・エッセイスト。現代アートを中心にヒューマンコンテクストやカウンターカルチャー、ケイオス・マジック等を扱う。彼女の作品は、「Whitehot Magazine」「Hyperallergic」「Brooklyn Magazine」等で掲載されている。 Instagram:@vittoriabenzine

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