連載 内山結愛の「初聴き和モノレビュー」 Vol.2 細野晴臣「トロピカル三部作」

とんでもなくお久しぶりになってしまいました……!(連載といいつつもほぼ1年ぶりになってしまったので改めて)「TOKION」で「初聴き和モノレビュー」を連載しています、内山結愛です。普段は大学に通いながら、RAYというアイドルグループで活動しています。

事前情報をあまり入れない直感ベースの語りと収録曲全曲レビューを特徴とする音楽レビューnoteを週に1度のペースで公開し、古今東西の名盤を聞きあさりながら日々音楽を楽しんでいます。

音楽レビューnoteが取り留めのない作品チョイスをしているのに対して、このコラムでは「日本の音楽ムーブメントの歴史をたどる」というはっきりしたテーマを設定し、音楽を聴くことの楽しさや、さまざまな音楽との出会いをみなさまにお届けできればと思っています。

第2回は細野晴臣の「トロピカル三部作」と呼ばれる「トロピカルダンディー 」「泰安洋行」「はらいそ」の3作品を取り上げ、レビューしていきます。(内山は作品収録曲を全曲レビューする性癖があるのですが、3作品を全曲レビューすると読者がおなかいっぱいになってしまうと想像し、全曲レビューは1作品に限定します!)。

さっそく、「トロピカル三部作」のスタートとなった「トロピカル・ダンディー」を聴いていきたいと思います。「トロピカル・ダンディー」は、1975年に発表された細野さん2作目のソロアルバム。はっぴいえんどの活動や、フォークでカントリーなソロ1作目「HOSONO HOUSE」を経て、どのようなサウンドが広がっているのでしょうか……!

「トロピカル・ダンディー」

これは、まさに、ト、トロピカル・ダンディー……!

「CHATTANOOGA CHOO CHOO〜♪」を出発の合図に日本から飛び出し、トロピカルで陽気なバカンスが始まる。グッと気温は上昇し、カリブの風に吹かれ、白い砂浜で日焼けしながら、ハイビスカスが刺さったカクテルを飲む……そんな光景がものの数秒で目の前に広がる。が、次の瞬間にはペルシアの市場や、ジメっとした熱帯地域に飛ばされていたりする。つまり、このトロピカルなバカンスはボケ〜っとしている暇はないらしい。

わざとらしいまでに、イメージ通りのトロピカルが次々と提供される。こんなうまい話があっていいのか……? 調べてみると、細野さんは「トロピカル三部作」の形容詞としてしばしば用いられる「エキゾチック」を“遠くにあるものを近くに持ってきて眺めること”と定義しているらしい。「みんなが想像するような海って、バカンスって、アジアって、エキゾチックな雰囲気って……こんな感じだよね……?」と、ニヤニヤ眉を上げて、こちらの反応を確かめているような、そんな視線の正体がわかった気がした。

本作は、古き良きアメリカンサウンドを背景に、沖縄やハワイ的風情漂うメロディ、ラテン音楽的な陽気さなど“遠くて近い”エキゾチックサウンドがさまざまに混在している。中でもラテン音楽については、1960年~70年代に当時文化の交差点であったニューヨークで「サルサ」として定着し、細野さんはその「サルサ(=ソース)」を手がかりに、独自のトロピカルサウンドが詰まった本作を「ソイソース(=醤油)ミュージック」と名付けたという。太平洋を越えやってきた、文化も地域性も違う音楽に醤油をかけて、細野さんの味に、音楽に、調理してみせた。

夢に見たバカンスへ連れて行ってくれる上に、時代をも股にかける。この音楽世界旅行は細野さんと共にここから始まっていく……!

■アーティストメモ
細野晴臣は東京都出身の音楽家。「エイプリル・フール」でデビューし、1970年にはっぴいえんどを結成。1973年にはソロ活動を開始。同時にティン・パン・アレーとしての活動も開始。さまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年にYellow Magic Orchestra(YMO)を結成。YMO散開(解散)後はいくつかのレーベルを立ち上げ、楽曲提供、ライブなど活発な音楽活動を続けている。

続いては、「泰安洋行」を聴いていきたいと思います。1976年に発表された「トロピカル三部作」の2作目で、さらにエキゾな要素が強まっているという本作。今度はいったいどんな場所に連れていってくれるのでしょうか……!

「泰安洋行」

はじめて知った“チャンキー”という言葉。

トロピカルな旅の思い出や、細野さんの音楽ルーツであるアメリカンミュージック、願望、憧れ、様々なものが絡み合う…音楽ジャンルのごった煮料理こと“チャンキーミュージック”……! 「トロピカル・ダンディー」でも見られた沖縄音楽やラテン音楽に加えて、さまざまなジャンルが掛け合わされているこのアルバムで、特筆すべきはニューオーリンズサウンドだ。

細野さんはニューオーリンズへの愛が深い(と感じる)。記事を読み漁ると、ニューオーリンズの巨星ドクター・ジョンに一番影響を受けたと話していたり、ドクター・ジョンの「Gumbo」を「ニューオーリンズの音楽を知るための教則レコード」と紹介していたり……調べれば調べるほど、ニューオーリンズとドクター・ジョンへの愛とリスペクトが激重の細野さん情報が出てくる。

細野さんが名付けたチャンキーミュージックは、そんなお気に入りの地であるニューオーリンズのごった煮料理「ガンボ」から、「ちゃんこ鍋」を連想し、そこに「ファンキー」を掛け合わせて誕生したという。ソイソースミュージックも、チャンキーミュージックも、ニューオーリンズサウンド的なごった煮感という意味で共通している。実際ドクター・ジョンの「Gumbo」を聴いてみると、「これが……こうなって……なるほど!!」と、細野サウンドとの繋がりに納得。最も豪快に、上品に、細野さん風味においしくチャンプルーされている「Rochoo Gumbo」は、何度でも聴きたくなってしまう。

本作の「ニューオーリンズっぽさ」は、自分にとっては時代も地域も異なるまさに“遠くて近い”リアリティだけど、一方で沖縄音楽的な要素は、鮮明で生々しい景色としてすぐそこにある“近い”もののように感覚できた。沖縄は唯一、高校の修学旅行で訪れたことのある場所だったからかもしれない。ゴーヤチャンプルーを食べて、シーサーを見て、星の砂が入ったキーホルダーを買って帰って……でも、それだけで本当にその土地のことを体験し、本当に理解できているのか。上滑りした体験じゃないかと不安に駆られ、たった数日間の記憶でこんな風に沖縄を“近い”ものと感じている自分にどこかムズムズしたりもした……けど! 修学旅行はとっても楽しかった……!! 旅特有のわざとらしさに身を任せるのも悪くない。今思えばこれはとてもエキゾチックな体験だったのだと思う。

“本質”とか、“本当”のことも大事にしたいし、イマジネーションを掻き立てる余白こそおもしろがって、楽しんでいきたい。でも「トロピカル・ダンディー」から続く、わざとらしさや根拠のなさも、なんだかおかしくて、憎めない。愛着さえ感じてしまう。この夢のような音楽旅行はきっと、この愛すべき根拠のなさによって成立している……!

「トロピカル三部作」を締め括る、1978年に発表された「はらいそ」。世界各国、もう十分いろんな場所へ連れて行ってくれた気がしますが、今回は一体どこへ連れて行ってくれるのでしょうか。このアルバムは全曲レビューしていきたいと思います!

「はらいそ」全曲レビュー

1.東京ラッシュ
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界観が頭に広がった。昭和の東京下町。ひょうきんな「パフッパフッ」の音が陽気で楽しくなっちゃう。細野さんの歌声は絶妙な脱力感と幸福感を含んでいる。

2.四面楚歌
すぐさま東京を飛び出し、シンセとガムランの音で一気に別世界へ。歌詞に登場する「天竺」「カリビア」「魔術師の国カルデア」……一体どこへ行くのかわからないけど、「そこどけ」と言いながら、旅立とうとする意思がひしひしと伝わる。終始穏やかでピコピコなシンセにワクワク。

3.ジャパニーズ・ルンバ
めっちゃ民族。歌詞が全部カタカナで、海外の人が話す不器用な日本語みたいで可愛いらしい。中華なメロディも感じるし、ラテン、ハワイっぽさも感じるし、ここどこだ……!? ごちゃ混ぜ! 必殺技のチャンキーミュージックが溢れ出している。コンバンワ……バンワ……オヤスミナサイ……。

4.安里屋ユンタ
沖縄民謡のカバー。もうサウンドトリップが止まらない。「今……ここどこ……!?」で頭いっぱいになってたけど、ふと細野さんの歌声の多彩さがとんでもないことに気付く。

5.フジヤマ・ママ
手拍子と怪しげなメロディで始まる。細野さんの歌の表現、引き出しが無限。歌舞伎? みたいな歌い方だなと思ったら、次の瞬間には幼稚園児みたいなかわいらしい歌声になってパニック。バックの演奏は相変わらず陽気でハッピーオーラが溢れている。マイナスイオン。

6.ファム・ファタール〜妖婦
野鳥が飛んでる。アマゾン。今度はどこに連れて行かれたんだ……? 「ここは地の涯 街に潜む謎のオアシス」というヒントしかない。この曲は後にYMOを結成する坂本龍一さん、高橋幸宏さんがレコーディングに参加しているらしい。細野さんの中にはこの時からYMOの構想があったとか……! 妖艶な熱帯地域。想像掻き立て上手のパーカッション。デジタルな鳥がずっと飛び回っている。

7.シャンバラ通信
ついに地球から飛び出して宇宙に行ってしまった。焦燥感あるリズムと鐘のような音。宇宙と交信しているのかもしれない。無機質。後半段々と狂い始め、無邪気に暴力的になる。これもまた細野さん。多面的すぎる……底知れない……。

8.ウォリー・ビーズ
地球に戻ってきた……! このゆったりした細野さんの歌声に安心する。でも、ここはどこだ……(何回目)? 砂漠があるらしい。まんまとチャンキーミュージックに翻弄されている。楽しい。音は中華。他のトロピカル作品に比べて、このアルバムはシンセが多く使われている気がする。

9.はらいそ
旅が終わってしまう。私たちのトロピカルが締め括られてしまう。「バイバイ バイバイ Good-bye」なんて歌わないで……。濃厚でゆったりとした歌声に揺られていたい。中盤で過去最高にシンセに包まれる瞬間があってビックリする。ずっとこの夢のようなパラダイスが続くような気がしちゃう。謎の足音。無音になり、走る足音が近づいてきた! と思ったら、「この次はモアベターよ!」と言われる(YMOを示唆しているらしい)。セーラームーンの「月に代わってお仕置きよ!」感がありなぜかキュンとした。

タイトルは、ポルトガル語で「パラダイス(paradise)」にあたる「パライソ(paraíso)」が訛った、キリシタン用語での「天国」のことらしいです。

ファンタジックで夢のような時間……確かに天国だった……!

このアルバムでも、さまざまな音楽ジャンルをごった煮した「チャンキーミュージック」が繰り広げられていて、ナイスソイソースでした(?)。

本当になんとなく、『トロピカル・ダンディー』や『泰安洋行』と比べて、音の質感がスッキリしたというか、デジタルな感じがして、気になって調べてみると、クラウンレコードからアルファレコードに移籍したことにより、スタジオと機材が変わったことがわかりました。また、この作品から多用され始めたシンセサイザーや、整理されたビート感、坂本龍一さん、高橋幸宏さんがレコーディングに参加した「ファム・ファタール〜妖婦」など、諸々がYMOに繋がっていくための布石だったのかなと思いました。

「本物を知らなくても、想像さえできれば、信じる心があれば、きっと楽しむことができる」

3作を通して駆け足で細野晴臣さんの音楽、「トロピカル三部作」を体感しました。

『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』の三部作は、(実態や本当のことなどは一旦横に置いておいた)みんなの思い描く通りのパラダイスが広がっていたように感じました。東京、ニューオーリンズ、中国、ハワイ、沖縄、インド、ヒマラヤ……(多分もっとある)と、いろんなところへ連れて行ってくれた音楽世界旅行、本当に別れ惜しい……。

そういえば、高校生の時によく友達とサイゼリヤに行って頼んでいた「ミラノ風ドリア」。あれも、実際のところ「ミラノ」ってなんなのか、どこらへんに位置するのかなんて正直わかっていなかったけど、「ミラノ風」という、“本場“っぽい……確かそうなネーミングセンスに惹かれて、信じて、楽しんでいたことを、このトロピカル三部作を通して思い出しました。

海外の人が日本をイメージするとしたら、今も「忍者」「侍」だったりして……そんな想像も膨らんでしまう。

本物を知らなくても、想像さえできれば、信じる心があれば、きっと楽しむことができる。

……ちょっと怪しい宗教みたいになってしまいましたが! 細野さんが自覚的に作ったフィクションは、チャンキーでソイソースな細野晴臣サウンドがある限り、どこへだって行ける! そう強く思いました。

久しぶりになってしまった第2回、ボリュームたっぷりでおなかいっぱい大満足です。次はどんな音楽と出会えるのでしょうか……ドキドキ! 次回もお楽しみに!

author:

内山結愛

大学生兼アイドルグループRAYのメンバー。RAYではシューゲイザーをはじめ、IDMから激情ハードコアまで、「マイナー音楽×アイドルソング」に挑戦している。音楽レビューnoteを週に1度のペースで公開し、Twitterでは“#内山結愛一日一アルバム”で毎日なんらかのアルバムを紹介中。DJとして活動することも。古今東西の名盤を聞きあさりながら日々音楽を楽しむ。 音楽レビューnote:@_yuuaself_/ Twitter:@_yuuaself_/ RAY 公式HP:RAY

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