やけのはらことTaro Noharaの新作『Hyper Nu Age Tekno』に込めた90年代のテクノの多様性

近年はP-RUFF、H.TAKAHASHI、大澤悠大とのアンビエント・ユニット=UNKNOWN MEとしての活動でも注目を集めている、DJ/プロデューサー/ラッパー/執筆家など多彩な顔を持つやけのはらがTaro Nohara名義で新作『Hyper Nu Age Tekno』をリリースした。ドイツはハンブルクのレーベル、「Growing Bin」からリリースされた本作は、アンビエントやテクノの歴史の中で形成されてきた、ある種の洗練されたフォーマットを乗り越えようとするような意思を感じさせるアルバムだ。あるいは、次のように言うこともできるかもしれない。アンビエントと1990年代テクノを媒介にして、身体と心が一体となっていくような禅のようなアルバムであると。そんな『Hyper Nu Age Tekno』を完成させた彼に話を聞くことができた。

——この新作『Hyper Nu Age Tekno』は、ドイツはハンブルク拠点のレーベル「Growing Bin」からのリリースです。なぜ「Growing Bin」からリリースすることになったのでしょうか。また、「Growing Bin」というレーベルの魅力はどんなところにありますか。

Taro Nohara(以下、Taro):「Growing Bin」はもともと好きなレーベルで作品もよく買っていたのですが、「Growing Bin」から今回リリースすることになったのは、たまたまデモを送ったことがきっかけで。ただそれだけです(笑)。「Growing Bin」はDJのBassoさんが主宰していて、そのBassoさんの一つ軸を持ちつつも、何か定型の形に全部はまっているわけではない、絶妙な佇まいに惹かれますね。

——今作は”Taro Nohara”名義ですが、やけのはら名義と何か違いはあるのでしょうか。

Taro:基本的には何も変わらないですね。強いていうなら、”Taro Nohara”名義で作っているものは、非常にパーソナルなものであるのかもしれないです。リリースするからこうしなければとか表現だからこうしなければということは考えず、初期衝動ではないですけど、自分で音楽を作るのが楽しいから、ただ勝手に音楽を作っているという感覚ですかね。今作ではそんなことを久しぶりに思い出したりしました。

——実際いつごろから作り始めたのでしょうか?

Taro:コロナ禍でロックダウンが始まった2020年の4月か5月くらいですかね。その後、時間をあけて作り直したりすることはあったんですけど、その時はアルバムとして出そうということはあまり考えていませんでした。ただ、ロックダウンになって、今までの流れが強制的に止まってしまったような感じがして、なんとなく何か作ろうという思いにはなりましたね。実際2020年の春には5〜6曲くらいできていたんですけど、特にどうするつもりでもなく作っていたので、友人2人くらいに聴かせてそのまま半年くらい寝かせていました。

それである時、その友人にもったいないからリリースした方がいいんじゃないかと言われて、当時「Growing Bin」から出ていた新譜がダンス的なニュアンスもあるアルバムだったので、もしかしたら以前作ったものが合うかもしれないと思って、一球入魂でデモを送ったんです。そしたら、「とても良いからリリースしよう」ということになりました。

1990年代テクノのピュアさに触発された新作

——先ほどの話でBassoさんの魅力として定型の形にはまらないことを挙げていらっしゃいましたが、この『Hyper Nu Age Tekno』も、ある意味では、何か定型から逃れるような音楽だと思いました。

Taro:今回のアルバムは、もともと自分が好きだった1990年代のテクノに触発されたという部分もあるんです。僕がテクノを聴き始めた時には、新しいテクノという大きな器の中でいろんなスタイルがあるように感じました。アンビエントがあったり、ジャングルがあったり、ダンスフロアに直結したテクノがあったり、エレクトロニカに繋がっていくようなIDM/ピュア・テクノがあったり、いろんな形があった。何というか、特定のカッコいいとされているスタイルをみんなで一斉にやるんじゃなくて、多様性があったと思うんですよね。リリース形態も例えばジャケットがなくて、レコードのスリーヴのみでスタンプが押してあるだけでとか、どこの国の何歳の人が作っているかわからないんです。そういう記名性のなさも印象的だった。どこかの家のベッドルームで生み出される個のイマジネーションが、点で世界中に遍在したまま、ぼんやりと繋がっていく感じが90年代のテクノにはあって、そういうのをベッドルーム・テクノって言ったりしたんですけど、コロナ禍でそういったある種の断絶感を思い出して。その感じを頭の片隅に置きながら作っていましたね。

——どこの国でどんな人が作ったかわからない、影響源が俄かには判別しがたいっていう感覚はこの『Hyper Nu Age Teknoというアルバムにもあると思います。

Taro:そう言われると確かにそうかもしれないです。この人テクノ好きそうだけど、直接的な影響は何なんだっていったら、それがすぐにはわからないというか。このアルバムには定型的な曲調もないし、そういうところは狙って作っていたかもしれないです。

——ジャケットも90年代のテクノのイべントのフライヤーみたいですよね。

Taro:そうですね。90年代のテクノがテーマなんだということをBassoさんに伝えてジャケットを作ってもらいました。いつもはもっと具体的なアイデアを出して作ってもらうことも多いんですけど、言語の壁もあり結構ざっくりなイメージだけ伝えて。だから、自分のレコードじゃないみたいというか、知らない人のレコード・ジャケットを眺めているような距離感があって、その妙な距離感が今回はちょうど良いかなと感じています。

ポリリズムの魅力

——では楽曲についていくつかお聞きしたいのですが、例えばA面の1曲目「Space Debris」とB面の1曲目「Celestial Harmonia」は、最初の一音が力強いキックで始まります。そこからはリズムに対する欲求があるようにも感じられました。

Taro:去年、UNKNOWN MEというアンビエント・グループで『BISHINTAI』というアルバムを出したんですけど、そこに繋がる4〜5年くらいはアンビエントにハマっていた時期で、自分の中ではアンビエント・モードというか、リズムがないことによってより自由で多様性のあるリズムを生み出せるんじゃないかということに興味を持っていたんです。『Hyper Nu Age Tekno』を作り始めた時は、世界的にはロックダウンが始まった頃で、その頃って人と会う機会も減り、リモートでの作業が増えていったじゃないですか。それで家でゆっくり聴けるアンビエントや環境音楽の人気が高まったように思うんですけど、自分はそれまでどっぷりとアンビエントに浸かっていたので、そういう世の中の流れとは逆に、内から外へ向かうエネルギー、リズムという社会性を欲していたことをよく覚えています。人との繋がりを求めていたというか、外への願望があったのかもしれないですね。

——A面の2曲目「Ill Eel」は、シンゲリの躍動感をアンビエント化したような曲だと思いました。

Taro:リスナー/DJとしての目線として90年代のテクノがおもしろいと思って掘り直したりはしているんですけど、新譜もずっと聴いているので、シンゲリとか新しいUKのベース・テクノの影響はあると思います。例えばロックやレゲエでもいいですし、今回のアルバムでいったら90年代のテクノでもいいですけど、何十年も経ってまた同じことを昔の力点でやるのは興味がないんですよね。だから、90年代のテクノの影響もありつつ、現行のベース系のサウンドのエッセンスも取り入れたような感じです。とはいいつも、自然にというか、遊んでたら出来てしまったとも言えるのですが。

——Ill Eel」もそうですが、アルバムを通してポリリズム(複数の異なるリズムや拍子が同時進行している音楽)が印象的でした。ポリリズムは今作の1つのキーワードだと思います。

Taro:そうですね。でも、テーマというよりは、自分をしてはアンビエントから引き続いて自然にという方が近いかなと思います。どうやったら聴いたことのない面白い感じになるかなという時に、近年取り組んでいたポリリズム的手法を取り入れてみたというか。ただ、その塩梅には気をつかっていて、もっと複雑にもできるんですが、ぱっと聴いただけだと普通聴こえるけど、よく聴いてみたら4拍子じゃないみたいなバランスを狙っています。

——ポリリズムの魅力って何だと思いますか?

Taro:ポリリズムの魅力って多様な角度から言い様があるから難しいですね。今はいろんなポップスでも楽しく聴けるんですけど、ポリリズムに1番ハマっていた時期は、ポリリズムじゃないものは逆に気持ち悪くて聴けなかったりしました。ポリリズム中毒ですね。世の中の音楽って4とか8とかの偶数で周っていくものが多いと思うんですけど、ダンス・ミュージックのDJをやっていて、そういう定型が延々と続くことの気持ち良さは知っています。だからこそ、違うものも聴きたいという気持ちも芽生えたというか、今回みたいな各々違う拍子のパターンのポリリズムって、ずっとズレていくじゃないですか。例えば4小節目と8小節目と16小節目が同じにならないとか。4でずっと周るんじゃなくて、放っておいたバラバラのリズムが時間ごとに勝手に動いていくっていうのが、聴いていたり作ったりしていく中で面白く、気持ち良いなと思ったんです。自分の中で、「川の流れは絶えることはないが、そこを流れる水は同じではない」的な仏教観とか東洋思想的なものが、アンビエントを作っている時にキーとしてあったんですけど、ポリリズムもそれに近い感じがしますね。

——禅にも近い感じですか? アルバムには「Shikantaza」という曲もありますが。

Taro:そうですね。延々と形を変えながら循環しているような感じとか、自然の形を尊重して人間の作為を入れないようにするとか、アンビエントもそういう東洋思想的なものが少なからずあると思うんですけど、そこにある永続性みたいなものに興味を惹かれますね。今作ではシンセサイザーの音色とかも勝手に変化するようにプログラムしているので、同じ瞬間がないんです。例えば5分の曲があるとしたら、その曲の前の5分というのは普通ないわけですけど、さっき言った作り方だと前の5分も後の5分もあった中での5分みたいな感じになるんです。たまたまそこにある5分を切り取っただけというか。そういう作り方をすると、自分でプログラムを組んでいるのに、予測できないことが起こって驚くんですよね。ただ、それを全部自然に任せるんじゃなくて、コントロールするところとしないところのバランスは考えました。

人間が演奏しているようなフレーズを入れない

——では、今作は偶然性から生まれた音楽なのでしょうか?

Taro:完全に偶然というわけではなく、偶然を呼び込む音楽といったらいいんでしょうかね。そういう意味では、偶然ではないのかもしれない。偶然を発生させる装置というか、延々と変化し続ける装置を作っているような感じですね。

——何か起こりそうで、何も起こらないといった感覚もありますか?

Taro:それに近いところもありますね。例えば、バンドで何人かで演奏すると、ドラムのフィルがあってそれが合図でBメロに移って、キリが良いように頭にシンバルがあってとか、何かきっかけが必要な時がありますよね。でも打ち込みの音楽ってそういうものが特に必要ではないじゃないですか。今作ではその残像みたいなシンバルが鳴ったりするんですけど、普通だったら鳴りそうなところで鳴らずに、たまに何も関係ないところで鳴ったりするんですよ。リズムの組み合わせもそうで、自動的にズレることによって、勝手にグルーヴができる仕組みです。

——なるほど。

Taro:今作ではそういったポリリズムもあったり、アンビエント的な要素もあったりするんですけど、リズムを入れてテクノっぽく仕上げたというところもあるので、ギリギリ肉体性はあるのかなと思います。

——確かに、ある種のグルーヴも感じますね。

Taro:アフロ・アメリカン的なグルーヴであったり、一般的にグルーヴと呼ばれる横ノリのものは取り入れてないんですけど、グルーヴしないグルーヴみたいなものはあるのかなと思います。休符がグルーヴであったりとか、ポリリズムやアンビエントの手法を使って違う角度からグルーヴを模索したところはありますね。テクノ・ミュージックが作り得るグルーヴを自分なりの視点から探求するというか。

あと、僕がテクノで好きなところだったり、作っている時に気にしているのは、人間が演奏してるっぽいフレーズを入れないというところなんです。例えばギターのフレーズを聴いたら人間が演奏してるって思うじゃないですか。でもシンセサイザーを使ったテクノみたいな音楽って、作り方によっては人間が演奏しているように聴こえることもありますけど、僕は逆に人間がいないように感じさせるところが1つの魅力のような気がするんですよね。ただ純粋に音だけがあるというか。

——ありがとうございます。では最後に、そんな今作を自身のレコード棚に置くとしたら、その両隣にはどんなアルバムが並んでいると思いますか?

Taro:まずは、パッと思い浮かんだのは、ベタかもしれませんが、ベッドルーム・テクノの聖典としてAphex Twinの『Selected Ambient Works 85-92』。もう一方は、今はレコード持ってないですけど(笑)、Neu!のファーストですね。今作はジャーマン・ロックのイメージもあったんですよね。CanとかNeu!って人間の不在感が少しあるじゃないですか。だから、片方はエイフェックスの『Selected Ambient Works 85-92』で、もう片方にNeu!を買ってきて並べ、その間に『Hyper Nu Age Tekno』を置くという感じですかね。

Taro Nohara/やけのはら
DJや作曲、ラップ、執筆業など、多様なフィールドを独自の嗅覚で渡り歩く。2009年に七尾旅人×やけのはら名義で『Rollin’ Rollin’』をリリース。2010年、ラップ・アルバム『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』を、2013年には、セカンド・アルバム『SUNNY NEW LIFE』をリリース。アンビエント・ユニット「UNKNOWN ME」のメンバーとしても活動。2017年に米LAの老舗インディー・レーベル「Not Not Fun」からリリース。2021年にはLP『BISHINTAI』をリリースした。
Twitter:@yakenohara_taro

■Hyper Nu Age Tekno     
Taro Nohara
A1:Space Debris
A2:Ill Eel
A3:Baker Baker Paradox (Acid Mix)
A4:Shikantaza
A5:We Call it Tekno!
B1:Celestial Harmonia
B2:Use Your Head
B3:Airplane Without People 
B4:Music For Psychic Liberation
B5:Hyper Nu Age Tekno!
https://album.link/taronoharahnat
https://taronohara.bandcamp.com/album/hyper-nu-age-tekno

Photography Mayumi Hosokura

author:

坂本哲哉

1984年飛騨高山生まれ。音楽ライター。ミュージック・マガジン、Mikikiなどに寄稿。Twitter:@saka_tetsu_q Instagram:@skmttty

この記事を共有