ジェフ・ミルズが語ったパンデミック以降の音楽 起こりうる変化と未来への期待

遠くの未来や、世界の動向に思いを馳せ、それらを題材にした作品を数多くリリースし、時代を常に更新してきたダンス・エレクトロ界のレジェンドでありパイオニアとして知られるジェフ・ミルズ。今年に入って突如発表になったデジタルマガジンプロジェクト「THE ESCAPE VELOCITY MAGAZINE」と2月にリリースされた最新アルバム『The Clairvoyant』を軸に、現在のマインドを探った。

テクノ・ミュージックを追求することは物語に近い

無類のSF、フューチャリズム、そして宇宙への思索好き。時代を更新してきたダンス・エレクトロ界のレジェンドでありパイオニアとして知られるジェフ・ミルズ。

近年でいえば、自発性を題材にドラムマシン「Roland TR-909」を全面的にフィーチャーしたアルバム『Exhibitionist 2』(2015年)をリリースしたり、クラシックのポルト・カサダムジカ交響楽団と共演を果たした『Planets』(2017年)など、ダンスミュージック・シーンを拡張させるような数々の金字塔的作品を世に投げかけていた。

そんな彼が2020年パンデミック以降も精力的に活動を続け、世に作品を出し続けているのをご存知だろうか。1つは主宰するレーベル<Axis Records>から「THE ESCAPE VELOCITY MAGAZINE」と名付けられた無料のデジタルマガジンを2月に発表。    

創刊号ではジェフ・ミルズ自らインタビュアーを務めたDJ Surgelesのインタビュー。それから何と言っても感覚に訴えかける圧倒的なビジュアルイメージ。そしてデジタルマガジンならではの動画コンテンツなどが目を引く。もちろん同レーベルから発売されたMike StormやTadeoのインタビューなども並ぶ。Vol.2ではさらにコンテンツを拡大させて表紙が動画になっている他、舞踏家・演出家の麿赤兒からの提言まで、まさにジェフの今やりたいことへの情熱がデジタル上に詰め込まれている。そして、7月30日に3号が早くも発行された。もっとも彼が近年熱を上げてチャレンジしてきたコラボレーションやクリエイテビティを念頭に置けば、この志の高いスペイシーなマガジンは意外ではないのかもしれない。では、彼はなぜ今年に入って表現の場にデジタルマガジンを選んだのだろうか。パンデミックによる心境の変化か。その真意を探ってみた。

――圧巻のボリューム感でありながら無料のデジタルマガジンを発刊した経緯について聞かせてください。コロナパンデミックでツアーや現場でのリスナーとのコンタクトができなくなったことがデジタルマガジン作りのきっかけになったといえますか?

ジェフ・ミルズ(以下、ジェフ):パンデミックとは関係ないと思います。デジタルマガジンを作るアイデアは、私達のレコードレーベル<Axis Records>(ジェフ自身が主宰を務める)から多くのアーティストが作品をリリースしている状況から⽣まれたものです。彼等の作品やアイデア、コンセプトを語るためのカタログやファンジンのようなものが必要でした。

――雑誌の中ではフューチャリズム、SF、宇宙への愛、ファンタジーなどについて触れています。こうしたテーマが読者にとってどんなインスピレーション源になることを期待しますか?

ジェフ:「テクノ・ミュージックを追いかけている多くの人は、SF ファンでもある」という持論があって。なぜならテクノ・ミュージックを追求することは、ファンタジーの世界を物語ることに⾮常に近いから。なので、できればこうしたテーマが読者の興味関心を惹きつけるものであってほしいですね。

100年前のペスト危機を参照に仕上げた最新アルバム

ジェフ・ミルズの拠点であるシカゴとニューヨークはもちろん、長引くロックダウンで世界中のクラブが一時休業に追いやられた2020年。ダンスカルチャーの現場が奪われた特殊な時期を経て、2月に発売されたフルアルバム『The Clairvoyant』。コロナウイルスのパンデミック以前から音楽のライヴでの体験のみならず、家での鑑賞に耐えうるアルバム制作を続けていた彼の現在のマインドとエレクトロミュージックの未来について尋ねた。

――パンデミック以降どんな⼼境の変化がありましたか? 改めて今⾳楽家としてのご自身のスタンスを教えてください。    

ジェフ:⾳楽制作における基本的な考え⽅や視点が、パンデミックの影響で変わることはありませんでした。とはいえ、今回の出来事はある種の「警鐘」のような出来事でした。私達の社会では「(適切に利用されれば)⾳楽に勝るものはなく、⾳楽が私達に何をもたらしてくれるのか」ということを思い出させてくれる出来事だった気がします。⾳楽家としては、世の中の啓蒙のために楽曲制作をしていくべきだという実感を強めました。

――最新フルアルバム『The Clairvoyant』には、「Remote Viewing」のように、わかりやすくパンデミック以降の世界を象徴したようなタイトルを冠する楽曲や私達の新しい⽇常がたくさん隠されていると思いました。丸みを帯びたビートやグリッチしたような揺らぎのあるスペイシーなサウンド。生の楽器をサンプリングしたサウンドなど、今作はどのようなインスピレーションから⽣まれているのでしょうか。

ジェフ:私は⼈間はみんな、⼼の中で「もう1つの⼈⽣」を⽣きていると考えています。なぜなら、普通の⼈⽣、つまり他の⼈々と交流し関わり合う⼈⽣や⽬標に向かって進む⼈⽣をまっとうすることは、あまりにも消耗が激しく、気が散ってしまうことだらけだから。自分の中に潜むもう1つの⼈⽣、⼼の中にとどまっていて、ほとんど表出しない心の奥底には感情を駆り⽴て、夢を形作る潜在的な世界があるといえます。この深追いすると危険ですらある「もう1つの人生」こそがインスピレーション源になりました。

――楽曲タイトルにもある、1920年代にもてはやされた「Clairvoyant(透視能力者、予知能力者)」が2021 年にも存在していたら、どのような役割を果たしたと思いますか?

ジェフ:たった100 年前とはいえ、私達の多くの生活環境は格段に変化しています。ただ一方で当時と現在では似たような反応を⽰すものがたくさんあります。1920年代はペストで死者がたくさん出たように、コロナパンデミックによって世界中で多くの⼈が急死しました。そういう意味で⼤切な⼈と形⽽上学的に再会したいという欲求が⾼まったのではないかと思います。その欲求を満たす役割を果たしたのではないでしょうか。確信はありませんが。

――2020年パンデミックの影響によって、クラブが営業できない状況になってしまいました。これからの時代、ホームリスニングが私達の⼈⽣を救うと思いますか?

ジェフ:逆にコロナのパンデミックをポジティブな視点で考えると、もし、今もトランプ政権が続いていたらと想像してみてください……。⼈類はいとも簡単にやられてしまい、以前にも増してもっとひどいものになっていたかもしれません。より多くの⼈の命を奪い、数年どころか数⼗年にわたって苦しみ続けることになっていたかもしれません。そういう意味で、2020 年がダンスカルチャーを奪われた1年だったとしても、⼈々の健康と安全を守るための犠牲だったのだと思います。また、昔からライヴイベントでの試聴よりも室内での試聴の⽅が多かったので、根源的なことは何1つ変わっていないのではないかと思います。

ミュージシャンや音楽を愛するすべての人へ贈るジェフからのメッセージ

――複数にわたる緊急事態宣言などの影響で、⽇本の⾳楽シーン全体やローカルのクラブシーンは厳しい状況にあります。ミュージシャン、DJ、オーガナイザー、そして⾳楽に関わる⼈達に何か意⾒やアドバイスがあれば教えてください。

ジェフ:仮にあなたがミュージシャンやDJ なら、今回の停止(パンデミック)を利用して何かをマスターしてください。ただ覚えるのではなく、マスターするのです。⾳楽や好きなアーティストを研究して、そのアイデアをさらに発展させる⽅法を考える。⾳楽業界で働いている⼈は、業界構造の問題点や課題を⾒つけて、それを改善するためのプランを考えてみてください。⾳楽の熱⼼なリスナーであれば、何もアーティストに働きかけなくても、私達は常に考えを前進させて、成⻑していくことで、⾳楽のスタイルが時代とともに変化するものだということを知っておいてください。

――1980年代のデトロイト・テクノ・シーンや1990年代のヨーロッパのアンダー・グラウンドからオーヴァーグラウンドになるシーンに立ち会うなど、これまでたくさんの音楽文化、とりわけダンスミュージックの時代の変遷を見つめてきたかと思います。パンデミック以降の時代がエレクトロミュージック⽂化のターニングポイントになると思いますか? そして、今後に期待することはありますか?

ジェフ:2020年代には、今の⾳楽のメインストリームに取って代わるかどうかはわかりませんが、新しいジャンルの⾳楽が登場すると予想しています。さらに何をもって“成功”とするかの公式がますます問われる時代になるでしょう。例えば、⽕星の植⺠地化や⽉への移住といった記念碑的な出来事も起こるでしょうし、それが創造的な反応を引き起こすでしょう。そうした飛躍的な革新が起きることで、新しい考え⽅が⽣まれるのではないかと期待しています。

ジェフ・ミルズ
1963年アメリカ・デトロイト生まれ。DJ・プロデューサー。<Axis Records>主宰。現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえる“デトロイト・テクノ”のパイオニア。2007年、フランス政府よりChevalier des Arts et des Lettresを授与される。近年では各国オーケストラとの共演、日本科学未来館館長・宇宙飛行士の毛利衛とのコラボ作品『Where Light Ends』の発表。本人主演ドキュメンタリー『MAN FROM TOMORROW』は、パリ、ルーブル美術館でのプレミアを皮切りにニューヨーク、ロンドンの美術館などで上映された。2021年2月にミュージシャンのインタヴュー記事をメインだに写真家のインタヴューやSF小説のコラム等を紹介するwebマガジン「The Escape Velocity」を発表した。

Direction Kana Miyazawa
Cooperation Pull Proxy

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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