『ドライブ・マイ・カー』で湧く日本映画 世界最大の日本映画祭「ニッポン・コネクション」による世界発信への鍵

日本国内でも広く知られているドイツ、フランクフルトで開催される日本映画祭「ニッポン・コネクション(以下、NC)」が、今年は劇場上映とオンライン配信(ドイツ国内のみ)される。今回で22回目となる映画祭では、約100本に上る最新の邦画を上映。さらに同時開催されるカルチャープログラムでは、ワークショップや講演、コンサート等を通し、日本文化に触れる機会を提供する。

世界最大規模の日本映画祭として知られる「NC」は、アニメーション部門やジャンル別部門等、今年も見どころが満載だ。今回のテーマである「大人になる物語(Stories of Youth)」では、日本の若者の日常や、彼等が直面する現実や経験について洞察する。また、邦画界に重要な功績を残した人物に贈られる「ニッポン名誉賞」の今年の受賞者は、俳優の永瀬正敏。永瀬が出演する複数の作品がドイツプレミア上映を迎える。授賞式は5月29日に映画祭会場で行われ、上映後の質疑応答に加え、これまでの俳優人生を振り返るトークイベントが予定されている。

日本映画を愛するドイツ人による小さな映画祭としてスタートした「NC」は、ボランティアを中心に運営されてきた。その核となる日本映画の多様性や“今”を伝えるという価値観を守りながら、長年にわたって確固たる地位を築いている。同映画祭のキュレーターの1人フロリアン・ヘアに、日本映画の魅力について聞いた。

多面性を持つ日本独自のキャラクターが海外作品との違い

――今年も盛りだくさんの内容ですね。どのような参加者がいるのでしょうか?

 フロリアン・ヘア(以下、ヘア):「NC」は、フランクフルトの大学のキャンパス内で学園祭のように始まったため、以前は大学生や多くの映画愛好家も訪れていました。そして2013年に、現在の開催場所でもある市内の劇場に移動したことで、参加者の顔ぶれも変わっていきました。会場が演劇やコンサート等を行う多目的スペースであることから、劇場の来場者であるシニアの方々も「NC」に来てくれるようになりました。あとは、地元の映画祭をくまなく回る映画ファンの方々もいますね。

以前は学生だった参加者達は歳を重ねて、子どもを持つ親の世代になっているので映画祭にキッズ部門を設けました。子ども向けの映画上映やワークショップを開催したりもしているので、家族連れも増えています。ご存知のように、フランクフルトには大きな日本人コミュニティがあるので、映画ファンだけでなく、日本人の来場者も多いです。

――日本映画の魅力は何でしょうか?

ヘア:よく聞かれるのですが、答えに悩みますね。観客や西洋の人達が、日本映画に魅力を感じる点は、私達が普段見ているものと日本映画の世界が全く異なる点だと思います。ハリウッド映画の文脈を持たず、物語の語り方が全く違う。特に自主映画に関しては予想がつきません。あと、アメリカ映画の人気作品の登場人物よりも、日本映画のキャラクターは多面性を持っている場合が多いです。ロケ地やトピック等、映し出されるものは西洋の人達が普段見ている映画とは異なるため、日本映画から日本の文化について多くのことが学べます。

『ドライブ・マイ・カー』のアカデミー国際長編映画賞の受賞という快挙によって、これまで日本映画にあまり興味を示さなかった人達が、興味を持つきっかけになればと願っています。この作品はドイツでもヒットしたので、これをきっかけに他の日本映画も見てみたいという人が出てくるかもしれませんね。

――『ドライブ・マイ・カー』はいかがでしたか?

ヘア:当初は3時間に及ぶ作品なので、少し懐疑的でしたが、実際にローカルの劇場で見た時には時間は気にならず、楽しく鑑賞しました。登場人物も魅力的で、好きな作品です。三浦透子さんの演技が良かったですね、彼女の演じたキャラクターに魅了されました。思いもよらない物語の展開に引き込まれ、純粋に楽しめました。

――映画祭の中で人気のジャンルは何ですか?

ヘア:1990年代後半から2000年代初頭にかけて制作された、北野武監督や三池崇史監督による犯罪映画で日本映画が好きになった人は多いはずです。犯罪映画は暴力的ですが人気があり、未だにかなりのファンがいますが、最近はこのジャンルの上質な作品はそれほど多くない気がします。その他に、涙を誘う感動的な作品も人気があり、このジャンルは年配の方にファンが多いですね。過去に上映した『湯を沸かすほどの熱い愛(2016)』は大好評でした。

あと、アニメが人気です。ドイツの観客の中には“日本映画はいつもクレイジーで奇妙なアイデアに満ちている”というイメージを持っている人がいます。漫画原作で映画化された「翔んで埼玉(2019)」は大人気で、公開の1、2週間前にチケットが完売したのを覚えています。作品自体に既存のファンが多くいたので、映画も流行ったのでしょう。とてもクレイジーなコンセプトでしたし、ドイツでの上映前から日本での評判を聞いていた人達も多かった。計算され尽くした巧みなアイデアに溢れた『ドロステのはてで僕ら』も大ヒットでした。

――2018年にドキュメンタリー部門をつくり、翌年から観客投票による「日本ドキュメント賞」を開始しています。2021年の受賞作品は、今泉力哉監督のクィア映画『his』が邦画賞、藤元明緒監督『海辺の彼女たち』が日本ビジョン審査員賞受賞、日本ドキュメント賞はトーマス・アッシュ監督『牛久』に贈られました。人権と移民をテーマにした作品が多く選ばれましたが、なぜ、このセクションに注目が集まっているのでしょうか? 

ヘア:当初、ドキュメンタリーは日本ビジョン部門の一部でした。このセクションは、若手映画製作者による自主映画や実験映画、短編ドキュメンタリーを含んでいます。ある時、日本には良質のドキュメンタリーが多いので、独立した部門を作るだけの意味があると思いました。日本ビジョン部門の中には、フィクションもありますが、ドキュメンタリーに人気が集中していたことで、フィクションの作品が目立たない状況もありました。

日本のドキュメンタリーが注目される理由の1つは、日本には人権や政治など、映画の題材として興味深いテーマが豊富だからでしょう。ドキュメンタリー作品を作るのに必要な機材はカメラだけで、究極1人ですべての作業を担当することができます。『牛久』のように、才能と良いアイデアがあれば高額な製作予算は不要です。「NC」では、毎年8〜9本くらいの作品を上映するにあたり、できるだけ多くの良質なドキュメンタリーを探して、題材もシリアスなテーマだけでなく、ポップさも考慮して多様化を図っています。過去に上映した、タイガーマスクの姿で東京・新宿の街で新聞を配る男性を撮影した『新宿タイガー』(2019)は印象的でしたね。今年は移民に関するドキュメンタリーをさらに上映する予定です。

映画祭で一番大切にしているのは、個人レベルでの出会いやつながり

――「NC」で女性監督の作品は増えていますか?

ヘア:そうですね、2年前に「女性の未来? 日本女性の新しいビジョン」というプログラムを開催し、日本人の女性映画監督にスポットライトを当てました。日本の商業映画では、女性監督の活躍の場が少ない印象があります。作品の多くが自主映画ですが、それも徐々に変化していると感じています。他の国に比べて、日本では今後も女性の映画監督が増えるのではないかと思います。私が注目している監督は、大九明子です。映画祭で大九監督の映画をいくつか上映していて、商業映画を作る女性監督の適例です。

――「NC」に招待される監督、特に若手の中には、この映画祭が初めての渡航となる方々がいると聞きました。日本人映画監督との思い出に残る瞬間は何ですか?

ヘア:そうですね。個人的な思い出ですが、2019年のパンデミック前の映画祭で、高橋賢成監督の『海抜』を上映しました。年齢は聞いていませんが監督はとても若く見え、映画学校を卒業したばかりだったと思います。高橋監督は同作品のプロデューサーと一緒に、映画祭に参加したゲストや来場者と交流を楽しんでいました。『海抜』は審査員賞を受賞したのですが、チームにとっては初めて制作した映画が受賞した瞬間で、監督は感極まって、ステージで涙を流していましたね。

日本国内で「NC」が広く知られるようになり、ドイツの観客の日本映画への反応を見られて嬉しいです。多くの監督は、ドイツの劇場での反応は日本とは異なり、日本人の観客が笑わないシーンで笑っているという話をよく聞きます。

――世界中では数え切れないほどの映画祭がありますが、「NC」は世界最大の日本映画祭の1つとして知られています。運営チームは約70人、多くの方々がボランティアであり、20年以上も発展・成長してきたことは大きな成果だと感じます。成功の秘訣は何ですか?

ヘア:「NC」の素晴らしいところは、このチームで、自分のアイデアを実現するチャンスがあることです。変革したいプログラムがある場合、またはイベントのアイデアがあるなら、それを試すことができる機会も多いです。運営チームはオープンで、毎年メンバーも変わるため、新人でも最初からいろいろなことに挑戦できます。メンバーが変わることで新陳代謝が活発になり、常に新鮮なアイデアや映画祭のアプローチも豊富になっていきます。

「NC」の技術スタッフのほとんどは、イベント運営の専門家ではないため、技術部門に割り当てられた人は、運営を学ぶことから始めます。私が初めて「NC」に参加した時は、カルチャー部門に所属し、まずはイベントの開催方法や計画、アーティストの検索方法、イベント全体の手配を学びました。私は、カルチャー・イベントの運営経験はあまりありませんでしたが、毎年新しいことを学び、チームからの信頼を得て、新しいことに挑戦する機会を与えてもらいました。

――他の映画祭と同様に、「NC」はパンデミックの最中に上映形式を変え、新たな課題に直面しました。同時に、映画の鑑賞方法も多様化しています。将来の展望を教えてください。

ヘア:『ドライブマイカー』の劇場上映が好評だったことで、多くの人が映画館に来たいと思っていることがわかり、これが1つの希望になりました。過去2年間で、ストリーミングの人気が高まり、映画業界にとっては重要になりました。しかし、映画館の大画面で映画を見ることは特別な体験であり、ストリーミングでは人に会うことができないですし、置き換えはされないと信じています。それは劇場で映画監督と会うだけではなく、見知らぬ人とたった今一緒に見た映画について会話をすることも含んでいます。

私が一番大切にしている「NC」の価値は、個人同士のつながりです。「NC」という名前の通り、ここでなければ出会うことのなかった人達と出会うことができます。映画製作者にとっては、映画祭で観客の反応を見ることも重要です。オンライン上映では、映画のクリック数しか知ることができず、聴衆からの反応は得られません。私達は映画祭だけでなく、フードイベントやワークショップ、講演、パフォーマンス等も開催しているので、映画以外のイベントへの参加者もいますし、オンラインに置き換えられないイベントも多いです。「NC」の開催地、フランクフルトに来られない方々のために、映画祭終了後にビデオオンデマンドとしていくつかの映画を配信します。パンデミック中、今までNCに来たことのなかった方々が、オンラインでたくさんの邦画を鑑賞する機会となり、新しい視聴者も獲得しています。

ニッポン・コネクション
約70人のボランティアを中心としたチームからなるNPO法人「NC」により運営されている日本画祭。ヘッセン州科学芸術大臣アンゲラ・ドルン、フランクフルト市長ペーター・フェルトマンおよび在フランクフルト日本国総領事館に後援されている。2000年の映画祭発足以来、邦画に関する世界最大のプラットフォームへと、またヘッセン地方における最大級の映画祭となった。毎年、日本から多くの映画人や芸術家がゲストとして映画祭に来場し、自身の作品を紹介する。また同時に開催される幅広い文化プログラムは、来場者に日本文化をより身近なものにする機会を提供している。

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。

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