連載「時の音」Vol.13 「アンブッシュ®」デザイナー・YOON 観察し未来を想像する これから大切になってくる観察力と考える力とは

その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に、今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回は、ナイキやモエ・エ・シャンドンといったグローバル企業とのコラボレーションや「ディオール オム」のジュエリーデザイナーを手掛ける「アンブッシュ®」デザイナーのYOONが登場。近年、独学のファッションデザイナーたちが数々のステレオタイプを打ち壊していく中、彼女は社会学的な視点から未来を想像した表現とメッセージを力強く発信している。そのメッセージが世界中に共鳴として広がる所以はなんなのか?

それは取材を進めていく中で見えてきた、彼女が常に自身に向き合い、考え、更新しつづけようとする姿勢にあらわれている。そしてその日々磨かれる洞察力は、ファッション、街、人、社会にも向けられ、その先に現実味を帯びた未来への想像力がある。アメリカから東京へ拠点を移した8年前の景色やコミュニティの変容を思い返しながら、これからの時代に必要となる「考える力」について紐解いていく。

ルーティンを見つめ直し、それまでの自分の視点と異なる角度から物事を見るように

――ここ数年、ますますグローバルに活躍する姿をたくさん拝見するようになりました。「アンブッシュ®」のブランドとともに、YOONさんの優しさを持った強いメッセージが多くの人々の共感を呼んでいるように感じます。ちょっと変な質問かもしれないのですが、不安になったり、悩んだりすることってあるのでしょうか?

YOON : ありますよ。人間だから、もちろん(笑)。ずっとアウトプットをし続ける職業なので、アイディアがスッと出てこなくて悩む時もあります。でも、ブランドを立ち上げてから13年経った最近になって、そんな時は一旦考えることをやめて、違う視点や環境に身を置いてみるようにしました。そうすることで、プレッシャーから解放されて、自然とアイディアがどんどん出てくるようになったんです。前までは、アイディアが出ない自分にフラストレーションを感じながら、それでもデスクに向かっていたんですけどね。

――パンデミック後に海外へなかなか行けない中、そういうリラックスした状態に持っていくにはどのようなことをされていますか?

YOON : 最近、自転車を買ったことが大きいですね。渋谷の小道を自転車で探検して、仕事脳から一旦離れられるようになりました。それまでは、自宅からオフィスまで同じルートで歩いてたけど、パンデミック後に少し余裕ができてから、東京の新しい景色や場所を探してみようと思って。直感的に興味のままに動いて、純喫茶やおいしいご飯屋に出会うサプライズが楽しいですね。

――とはいえ、YOONさんは余暇だけではなく勉強の時間も大切にしていますよね。ステイホーム中は、ビジネスのオンラインクラスを受けたりしていたそうですが、最近勉強していることはありますか?

YOON : カメラについて勉強し始めました。これも始めた動機が、自転車と似ているんですけど、自分のルーティンを見つめ直したら、1つのことにすぐ飽きてしまう自分がいて。半年おきに変わるファッションサイクルの中で仕事しているからこそでもあるんですが、身近なことに対してもそんな感覚を持っている自分がすごく嫌だなと感じたんです。そんな時に、自転車と同じくカメラは、今まで自分が持っていた視点と違う角度から物事を見れるようにしてくれました。あとは単純にガジェットが好きで、ハマったらすごくナードになっちゃう性格なんです(笑)。

どちらも同じ景色や環境だと感じていたものを自ら360度さまざまに見つめている。

YOON : 脳も視覚も言ったら筋肉と一緒で、トレーニングが大事だと思うんです。一方でカメラを触り始めてから改めて、人間の記憶力ってやっぱり機械の記録には敵わないなって思いますね。

個が強くなる次代には「考える力」を持つことが必要

――2013年にアメリカから東京へ移ってきたときの感覚って、どのようなものだったか覚えてますか?

YOON : 当時は、正直言語の壁もあって半分わからない、もう半分は好奇心のままさまざまなことに刺激を受けていました。例えばファッションだと、日本では、モードとカルチャーの間にグレーゾーンが存在しますよね。それってアメリカだとファッション雑誌を見てわかる通り、モードの世界以外が存在しない。もちろん、カルチャーから生まれたファッションもあるけど、それは本当に場所に根付いたものだから現地ではあたりまえのものとしてある。だけど、日本はインポートされたカルチャーに対して、過剰な想像で組み上げて、独特のミュータントみたいなルックをつくりあげていく。当時は、雑誌「Relax」や「Boon」、ショップ「キタコレビル」からそういう独自のオタク的なロマンスを感じていました。だからこそ海外から日本に来た人達はインスパイアされて、もう一度再構築していくんじゃないでしょうか。

――オリジナルから刺激を受けて、自分達なりの新しいクリーチャーをつくっては、それが海外から見ると新鮮に映る。そういう人達が集まっていたシーンは、どこにあったと思いますか?

YOON : 南青山のクラブラウンジ「ル バロン ド パリ」ですね。あの場所は、すごく大切だったと思うんです。なぜかというと休日も平日も関係なく、世代を超えてさまざまな人達がフラットに混ざりあえていたから。そこで楽しく遊んで仲良くなってから、いつの間にか仕事につながってたりすることもあったし、のちにできた「トランプルーム」も然り。クラブカルチャーの大事なところって、そこなんですよね。

――パンデミック後ということもありますが、なかなかそういう偶然の出会いが生まれにくくなったような気はします。Instagramもある意味、偶然の出会いを呼び起こす可能性は秘めているけど、あくまでもフィルターを一個挟んでから対面するので、また違いますよね

YOON : どちらが良いとか悪いとかいう話ではないのですが、Instagramが普及する前のクラブシーンでは、エクストリームなことがたくさん起きていた気がします。自分自身の見せ方もそうだったと思う。いまは部屋であろうとクラブであろうと「自撮りしてアップ」できるけど、当時は「撮られる」時代だったので、とにかくみんなクラブに行くってなったら、どれだけ派手にできるかが勝負でしたね。

――そういう状況って言い換えると、場所に付随した「その場所らしい」コミュニティみたいなカテゴライズがなくなってきているなとも思っていて。もっと細分化されていて、あらゆる場所でも個人の意思が尊重できるような時代なのかなと。

YOON : そうですね。これからの未来、もっとインディビジュアルになっていくと思います。今も通貨で言えば、中央集権的だったものが、コントロールから外れて1人ひとりが作れるようになりましたよね。そういうふうに個々人に力がある時代だからこそ、もっともっと個人が強くなって「考える力」を持たないといけないと思います。

――リアルとバーチャル世界の両方を手にする時代だからこそ、「考える力」がより必要になってきますよね。

YOON :近い将来、本当にマトリックスの世界みたいにリアルとバーチャルのラインがぼやけてくると思うんです。そうなった時に今SNSを通して見える世界は、あくまでもアルゴリズムによって、プログラムされているものだってことをちゃんと意識しておく必要がある。なぜかというと、最終的にネットの画面で見ているものを自分の中ではっきり正しいか否か考えて、行動しなきゃいけないから。もちろんテクノロジーやネットの進化で、新たなカルチャーや動きが生まれているので、私自身はリアルもバーチャルもどちらの良さも感じながら生きていたいと思います。だからこそ、まるでプログラムに洗脳されたゾンビのように、考える力を失いつつある人間像に懐疑的になるんです。

――これも先ほどおっしゃっていたように脳も筋肉と同じで、日々の意識として得られるものですよね。おそらく幼少期に受けた教育で思考方法も変わってくるんじゃないかなと。

YOON :これから人と違ってもいいから好きに考えて、というやり方に抵抗がない/ある人に分かれてくると思います。日本の教育方法は、どこか“reject”されることを怖がってしまって自分の意見が言えない環境をつくってしまっているような気がしていて。せっかく、こんなにカルチャーの歴史や熱量があるのにもったいないなと感じるんです。特に日本は2021年の段階で平均年齢が49歳、2025年の段階で50歳になる。そうなるとこれ以上大きなシステムが急に変わることは難しいと思っていて。その中でこれからの未来を担っていく人達には、周りの目線を気にすることなく、自分なりの考えをポリシーとして生きていってほしいです。一旦携帯から離れて、読書をしたり、自発的に勉強することで、自分個人で判断できる力を持ってほしい。

さまざまなノイズに埋もれないように、自分のメッセージをより強く伝える

――「アンブッシュ®」としては、今後何が一番力になってくると思いますか?

YOON : もちろんビジネスが成り立つことを前提としていますが、自分達のメッセージや描きたいビジュアルをさらに強く発信することですね。2015年前後から、ハイブランドもファストファッションも影響力が大きくなってきて、そうすると「アンブッシュ®」みたいにその中間地点にいるブランドの需要が狭くなってくる。プラスして、ファッション以外にもさまざまなノイズが日々起きている中で埋もれないように、自分達のメッセージをより強く伝えていく必要があると思ってます。

――近年、ファッションのシステムへのアプローチもブランドによってさまざまに分かれ始めてますよね。

YOON : ブランドの規模と拠点次第ですよね。「アンブッシュ®」の場合は、パンデミックが起きる前からいつも2年先のことまでグローバル規模でプランが決まってました。なので、今フィジカルでファッションウィークには行けないけど、そういうふうにグローバル規模で動くバイイングのリズムには、パンデミック前から慣れていってよかったなと改めて感じました。あとは、ブランドのコンセプト次第なので、どちらが正しいという話ではないのですが、オンラインショップを持っているかどうかでも大きな影響があったと思います。

――どのようにこれからの未来図を想像していますか?

YOON : まず、いつもリアリティを考えるときに、あくまでも自分から見ている世界と実際に起きている世界は、別ものだと意識してます。自分の視野の広さ次第で、実際起きていることの全体を見ているか、一部しか見ていないかが変わってくるじゃないですか。でも逆に、こんな宇宙の中のちっぽけな地球の中で、私達が生きているというリアリティも感じなきゃいけないと思っていて。そう考えると、小さな惑星の中でも1人ひとりの意味が生まれていることにすごく感動します。もしかしたら近い将来、食料や災害などの関係でジェフ・ベゾスやイーロン・マスクが実践している通りに、みんなで月に行く可能性もある。まだその実現性なんて私にはわからなけど、いつかそうなった時に、地球というジャングルの中でクリエイティブなメッセージを伝えていたことの大切さを忘れたくないなと思ってます。

YOON
韓国生まれ、アメリカ育ち。大学時代からのパートナーであるVERBALとともに「アンブッシュ®」を2008年にスタート。2017年にはLVMHプライズのファイナリストに選出される。2019年春夏から「ディオールオム」のジュエリーディレクターも務める。

Photography Steve Gaudin
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

倉田佳子

1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、「Fashionsnap.com」「HOMME girls」「i-D JAPAN」「Quotation」「STUDIO VOICE」「SSENSE」「VOGUE JAPAN」などがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。CALM&PUNK GALLERYのキュレーションにも関わっている。 Twitter:@_yoshiko36 Instagram:@yoshiko_kurata https://yoshiko03.tumblr.com

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