『勝手にふるえてろ』が描く恋愛の折り合いと、片思いする人達へのメッセージ/連載「東京青春朝焼恋物語」第3回

日本の文化の中心であると同時に、あらゆる創作物のテーマにもなってきた、東京。発展と崩壊、家族の在り方、部外者としての疎外感、そして恋――さまざまな物語を見せてくれる東京に、われわれは過ぎ去った思い出を重ね、なりたかった自分を見出している。

本連載では東京在住のライター・絶対に終電を逃さない女が、東京を舞台にしたラブストーリーを取り上げ、個人的なエピソードなどを交えつつ独自の視点から感想をつづる。

第3回の作品は、大九明子監督による松岡茉優主演の映画『勝手にふるえてろ』(2017年)。松岡茉優演じる主人公のヨシカが好く相手と好かれる相手、妄想と現実のギャップに揺れ動いた上で最後にとる選択――そこから読み取れる恋愛の在り方とは?

好きな相手へのそれぞれの振る舞い

キモくなくてダサくなくてウザくない人と付き合いたいけど、それらがそろっている男はだいたい遊び人だし、遊び人ではないのにそろっている貴重な人がいたとしても、私の手の届かないところにいる。

と勢いでツイートしようとしてやめた。完璧に見える人も本気で付き合ったら何かしらダサかったりウザかったりするのかもしれないし、そもそも私だって相手から見ればそういう部分があるだろうし、キモい・ダサい・ウザいとは具体的にどういうことかの説明が必要かもしれないし、などと思ってまとまらなくなったからだ。

そんな時に観た『勝手にふるえてろ』。ヨシカに思いを寄せるニ(渡辺大知)が、まさしく私の思うキモい・ダサい・ウザいを見事に体現してくれていてもはや爽快だった。綿矢りさによる原作のニはそうでもなかったのだが、映画版ではその三拍子がそろった絶妙に不器用な人物に仕上がっている。

冒頭、経理部のヨシカに指摘された領収書のミスについて、「いや〜プロジェクトがらみじゃなくてよかったわ、動く金額、億単位だもん」「俺今、億動かしてるから。やっぱ神経弱ってるんだな。昨日も3時間しか寝てないし」などとドヤ顔でアピール。登場からウザい。

ヨシカと接点を持つために開催した飲み会での、「経理やれる女性って、きちんとしてるから、正直良い奥さんになれそうですよね」「営業の女性も見習ったほうがいいと思います」などの発言もウザいのだが、「ごめんなさい、これだけ、ごめんなさーい」と強引にヨシカとツーショット自撮りをし、かすかに震える手でスマホを操作しながら「この写真を送りますんでLINE教えてもらってもいいですかね」と切り出すシーンなどは、あまりのリアルなキモさに身震いしてしまった。こういう人いるよなあ。下心を隠そうとして全然隠し切れていない。それならいっそ潔く隠さないでほしい。こっちが恥ずかしくなってしまうから。

クラブで反復横跳びもダサくて恥ずかしいからやめてほしいし、付き合ってもないのに「俺達の思い出の品」とヨシカに一方的に惚れたきっかけである赤い付せんをプレゼントするシーンでは、お前1人の思い出だろ、と言いたくなる。

「年明けてから連絡できてなくてごめん。不安にさせちゃったよな」って、彼氏ヅラすんな。

有明のタワマンのオートロックをすり抜けてエレベーターにまで同乗するのは、それはもう不法侵入だから。引くわ。

などと、鑑賞中、散々心の中で悪態をついてしまった。と言いつつ私は、現実でそうしたアプローチを器用にできるスマートな男性を前にすると、それはそれで「うわ〜慣れてんな〜」と警戒してしまう。この作品にはそうした男性は登場しないものの、多分、いや絶対に、ヨシカも同じタイプだと思う。

私にはヨシカにとってのイチ(北村匠海)のような存在はいないものの、好きな人のことは見ているだけなところも同じだ。原作の「私はベストを尽くしても欲しいものが手に入らなければ、きっとプライドを傷つけられて立ち直れなくなるから、ほとんどなにもせずにいつも欲しいものは見ているだけ」という一文を読んだ時は、痛いところを突かれた気分になった。自分は戦わずに、安全な場所から文句を垂れているのだ。

2人のやりとりから見えてくる恋愛の在り方

その点、ニは正反対である。どんなに泥臭くても彼なりにベストを尽くしている。クラブで酔って反復横跳びをして、通りかかったラブホテルの前で嘔吐したあとという究極にダサいシチュエーションではあるものの、初めてのデートで彼は「俺と付き合ってください」とストレートに告白する。世間には3回目のデートで告白すべきというセオリーもあるが、彼等のような都会の20代の社会人なら、同時進行で複数の恋人候補の選考を行う人も多い。3回目を待っている間に他の人に取られる可能性が大いにあるので、この人と付き合いたいと思ったら1回目でも告白するくらいの勢いは必要である。

そんなニに触発された部分も多少あったのか、妄想の世界に生きてきたヨシカは、現実へと立ち向かっていく。ヨシカはニのやり方を踏襲しつつ奮闘するが、その挙動不審ぶりに周囲は引きまくっている。同級生の名前をかたって同窓会を開き、イチが東京に住んでいるという事前情報をもとに上京組を集め、突然写真を撮って震えながらLINEを交換する。後日、同級生のタワマンで上京組同窓会を開催することに成功したものの、無理にアピールしようとして食器の片付けをし始めたことが裏目に出てウザがられてしまう。半ば自暴自棄になってまだ1月なのに他人の家のカレンダーを3月まで勝手にめくるなどはただの迷惑行為である。

自分だって好きな人にアプローチしようとするとキモくてダサくなるくせに。ヨシカのぶざまな姿を通して、そう言われている気がした。

それでもヨシカは、一瞬とはいえイチと心を通わせることに成功し、イチはしみじみとつぶやく。「あの頃君と友達になりたかったなあ」。もっと早く行動していれば2人は結ばれたのかもしれない、と思わせられる切ないシーンだ。傷つきたくないという臆病な自尊心は、自分が損をするだけなのかもしれない、と反省もさせられる。

結局イチに名前すら覚えてもらえていなかったヨシカは勝手に失恋し、ニとレインボーブリッジデートに出かける。すると、どうしてだろう。待ち合わせのカットで久々に登場したニが、急にかわいく見えてくる。ヨシカがあれだけウザがっていたニにかれ始めたのと時を同じくして、ニに惹かれ始めている自分がいるのだ。全くわざとらしくなく、ごく自然に、観客がヨシカと一緒にニにかれ始めるように計算された脚本や演出、演技の絶妙なあんばいに舌を巻く。ヨシカから「私たち付き合おうか」と言われて「やった〜〜!!」と子どものように喜ぶあたりからは、もうかなり愛おしく思えてくる。

その後のシーンでも、それまで彼氏ができたことがなかったヨシカについての「そういうピュアなところもかわいいなって」など、相変わらずキモい発言はあるのだが、それでもあんなに脈ナシだったヨシカを熱心に口説き続けてきた一途さを振り返ると、かなり良い男に思えてくる。

終盤、アパートの玄関で言い争うシーンは、むしろヨシカのほうがかなりウザい。「私のこと愛してるんでしょ!? こうやって野蛮なこと言うのも私だよ! 受け入れてよ!」などと身勝手な要求をするヨシカに、さすがのニも「うぜえ……」とへきえきし、「いくら好きだからって、相手に全部むき出しでしなだれかかるのは良くないよ」と正論で応戦したかと思えば「とか言っちゃって俺、今さら何言っても、好きなもんは好き」と折れ、「俺との子供作ろうぜーー!!」という謎の恥ずかしすぎる決めぜりふを放つ。どっちもかなり痛いのに、いつのまにか2人の恋路を応援したい気持ちが芽生えている。

そしてなんだかんだ2人が結ばれたところで物語は終わる。キモいところやダサいところやウザいところが全くない人なんていない。お互いのそういうところも折り合いをつけながら関係を築いていくのが恋愛なのだ。そんなメッセージを私は受け取ったのだった。

「勝手にふるえてろ」というセリフに込められたメッセージとは?

ヨシカの「勝手にふるえてろ」というセリフで幕を閉じるこの映画は、主人公の女性が振り向いてくれない理想の男性と愛してくれるけどさえない男性との間で揺れた末に後者を選ぶという、王道のラブストーリーが主軸であり、公開当時は、似たような経験を持つ女性の共感を多く集めていた印象がある。

それをふまえると、やはり西野カナの「会いたくて 会いたくて」の「会いたくて 会いたくて 震える」という歌詞を連想する人は多いだろう。別れた恋人への未練を歌った曲ではあるが、『勝手にふるえてろ』と同様、不毛な片思いの葛藤を描いていると言える。「会いたくて 会いたくて」の発売が2010年5月、『勝手にふるえてろ』が「文學界」に掲載されたのが同年8月なのは偶然だろうか。

そう考えると、「勝手にふるえてろ」とは、新たな未来へと一歩を踏み出したヨシカの、妄想の世界に浸っていた過去の自分に向けた決別の言葉であり、会いたくて会いたくて震えている現実の女性達へのメッセージにも聞こえてくる。

『勝手にふるえてろ』が「会いたくて 会いたくて」のアンサーソングもといアンサーノベル/ムービーだとすると、挑発的なタイトル・セリフではあるがカウンターやアンチテーゼというよりは、不毛な片思いをしているすべての人に寄り添ってくれるような愛のある応援歌的な物語だと、私は思う。

Illustration Goro Nagashima

author:

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ。早稲田大学文学部在学中からライターとしての活動を開始し、卒業後はフリーで主にエッセイやコラムを執筆している。『GINZA』(マガジンハウス)Web版にて、東京の街で感じたことを綴るエッセイ『シティガール未満』連載中。今年挑戦したいことは、作詞、雑誌連載、ドラマなどの脚本、良い睡眠。 Twitter:@YPFiGtH note:@syudengirl

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