#映画連載 モーリー・ロバートソン Vol.4 時代の大転換を妄想できる3作品 ―『英国王のスピーチ』編―

映画鑑賞は動画配信サービスの普及によって、もはや特別な行為ではなくなり、感想の共有やレコメンド検索も簡単になった。しかし、それによって映画を“消費”しているようにも感じる。本連載では、映画を愛する著名人がパーソナルなテーマに沿ったオススメ作品を紹介する。

タレントのモーリー・ロバートソンによる時代の大転換を感じさせる映画の第3弾。メディアを中心にコメンテーター、DJ、ミュージシャンの他、国際ジャーナリストとしても活躍し、政治・経済からサブカルチャーまで、いくつもの引き出しを持つ彼がコロナ禍の今だからこそ、見るべき映画を紹介する。

“がんばる人が報われる”。今だからこそ心に響く物語

『ジョーカー』では、その先の未来がどんな姿をしているかもわからない状況の中で、抱えている不安や恐怖を解放する姿に私達が置かれている現状、まさに今、時代の大転換を感じさせるというお話を。『マッドマックス』では恐怖心も何もかもを捨てて未来へ向かうことができる人こそが、この混沌とした時代において強い人間であるというお話をしました。

そして今回ピックアップしたのは、『英国王のスピーチ』です。この作品は、先出の2作品よりも、ものすごくリアリティを感じさせる作品。エドワード8世が離婚歴のある民間出身のアメリカ人ウォリス・シンプソンと駆け落ちしてしまい、幸か不幸かイギリス国王になることになってしまったジョージ6世の物語です。本来ならば隠しておきたい吃音症に悩む様子を赤裸々に描いていて、本当にギリギリのリアリティを保っている秀作です。

英国のロイヤルファミリーをリアルに描いた作品で有名になったのは、ヘレン・ミレンがエリザベス2世を演じた『クィーン』(2006年公開)だったのではないかと考えているのですが、美しく清楚で尊い女王が、実は一般人と同様のマインドを持っていることを描きましたよね。女王を1人の人間として描くなんて本来はタブーであろうことなのに、ヘレン・ミレンの演技が素晴らしく、映画からエリザベス女王への愛が溢れていたこともあり、この表現がギリギリ許されたんじゃないかと想像しています。愛こそが防御壁になっていたというか。

『英国王のスピーチ』がおもしろいのは誰もが知るエリザベス女王が主人公の『クィーン』を経て、実はあまり語られなかったジョージ6世を主人公に描いたことで、さらにこの王様を尊敬するイギリス人が増えたであろう点です。血筋も身分もある王様が吃音症であり、さらにとても子どもっぽい側面があったり、執事がいなかったら何もできないところが赤裸々に描かれるなんて、普通だったら許されないですよね。でも、非現実的に尊い人としてだけ描いてしまえば嘘に嘘を重ねていくだけで、映画で観る意味が全くない作品になってしまう。日常で語ることができないものを観ることこそ映画の醍醐味なわけだから、恐れずジョージ6世のありのままを描いた。興味深いのは、今のように世の中が不安定になって、何か解放されたいと思っている時にこの作品を改めて観ると、見てはいけないはずのものが美しく見えること。結局は環境が違うだけで、「王様だって自分と同じ人間だった」って感情移入ができるから、王様ががんばったように自分が無理だと思うことも逃げずにやれば、もしかしたら成就できるのではないか。結局、がんばる人が報われるということが、この映画の側面にあったと感じられるんです。

『英国王のスピーチ』

ブルーレイ ¥2,200

発売元・販売元:ギャガ

© 2010 See-Saw Films. All rights reserved.

こんな時代だからこそ生まれるヒーローもいる

『マッドマックス』は、どんなにがんばっても犠牲になる人が存在する残酷さも描いていて、そこに妙な爽快感を覚えるけど、『英国王のスピーチ』の場合は真逆の勧善懲悪の物語になっている。実際、イギリスではこのような王室をはじめ、身分制度はいらないんじゃないかというディベートもなされているのですが、一方で王室があるおかげで生きる気力をもらっている人も大勢いるわけです。前回の『マッドマックス』の回でも同じことをお話ししましたが、誰か強い人に守ってほしいと思う現代人がすがることができる究極は血筋。目に見えないパワーが心の聖域になるからです。だからこそ、王様に共感し、自分を重ね合わせ、生きる力に変えることができるんです。まさにこのコロナ禍におけるリーダー像にふさわしいですよね。

実は、こんな時代だからこそリーダーになれた人物が現代にもいます。ドナルド・トランプです。毎回、世間を賑わす彼の言動を考えてわかったのは、権力を持つ人が、国民1人1人の願望と重なるような、言ってはいけないことや、はしたない行動をしていると、熱烈に愛情をいだいてしまう。被害者意識が強い状態や不安・圧迫されるような状態が続くと、行儀の悪いリーダーを欲しがるのが民衆でもある。善人が言うことには「お前が言っているようなことを真似したって、俺達に何もいいことなんて起きないじゃないか!」と反発されるだけですしね。そう考えると、トランプもジョーカーもイモータン・ジョーも、そして権力のある王様と繋がるように思えませんか? もちろんプリズムの違う角度から見て、ですがね。

守りに入るな! 挑戦してこそ明るい未来は見えてくる

よく考えてみると時代の流れがものすごくよくわかるようになるし、未来に向けて行動したくもなってくる。でも、実際のところディスカッションする場所や場面ってそうそうないですよね、それがすごく現代っぽくもある。今って賢者の出番がない時代なんです。本当はこんな不安な時代であればヨーダ(『スター・ウォーズ』)や山の上にいる仙人のところへ行って教えを乞いたいし、乞うべきですよね(笑)。でも今の社会=特に生活保守的な人々を見ていると、賢者の前でみんながギャーギャー騒いでいる。賢者が素晴らしいことを言ったとしても、その人の人格否定までしてみたり。そういう現象を見ていると「ああ、賢者の声なんて聞きたくないんだな」って思うし、結局みんな今持っているものを失うのが怖くて、その恐怖に大声を上げているだけなんだという惨めささえ感じます。

でも、よく考えてみてください。幸せになりたいということは、いわゆる快楽を求めているわけですよね。本来、快楽というのは死と向き合ったり、破綻や恐怖などリスクと向き合って冒険してこそ得られるんです。生活保守的な考え方に縛られて、ただ大声を上げて生きていると、大きな罠に引っかかると思いますよ。例えば、「絶対儲かる投資話があるよ」と、どこかで聞いたことがあるような詐欺を信じてしまったりとか(笑)。

僕がこの3作品を通して伝えたいのは、とにかく今の世界を生き抜くために固定観念を全て捨ててしまえということ。不安定な時代だし、僕にだって先に何があるかなんてわからないけれど、生活保守的考えや思考停止したまま生きていては時代に取り残されてしまう。

『ジョーカー』や『マッドマックス』で、未来がどうなろうが自分の正義と幸せのために自分自身の殻を破り、突き進んでいく物語を『英国王のスピーチ』で、ひたすらがんばれば報われるという希望の物語を観て感じたように、守りに入るのではなく、とにかく自分がワクワクするものに向かっていく生き方に勝算あり! ということ。不安な時代はまだ続くと思います。だからこそいらないものは捨てて、頭を使って、チャレンジしながら明るい未来を作っていきたいですよね。

Edit Kei Watabe
Photography Teppei Hoshida

TOKION MOVIEの最新記事

author:

モーリー ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、東京大学とハーバード大学に現役合格。ハーバード大学を卒業後、メディアを中心にタレント・ミュージシャン・国際ジャーナリストとして幅広く活躍中。現在、日本テレビ「スッキリ」にレギュラー出演。著書「悪くあれ!窒息ニッポン、自由に生きる思考法」(スモール出版)も好評発売中。 Photography Kazuyoshi Shimomura

この記事を共有